第22話:魔術・錬金術の実技試験
「……あの、先生。これで大丈夫でしょうか?」
静まり返った会場に、ケントのいつもと変わらない純朴な声が響いた。
縦一列に連なっていた頑強なミスリル製の的を、火系統初級攻撃魔法『ファイヤーボール』を細くして回転させるという超高等技術で、一発ですべて撃ち抜いた当の本人は、まるで大したことでもしていないかのように首を傾げている。
「あ、あ、ああ……」
魔法実技の担当教師は、激しく叩きつけられる心臓の音を必死に抑え込みながら、震えそうになる膝をすんでのところで踏み止まらせた。
叫び出しそうなほどの衝撃と驚愕が脳内を駆け巡っていたが、試験官としてのプライドが、彼に辛うじて「平静」を装わせた。
「ゲフン……! む、胸を張りたまえ。規定通り、初級魔法での『すべての的の貫通』を確認した。減点する理由はどこにもない。……完璧だ」
「よかった! ありがとうございます!」
ケントはホッと胸を撫で下ろし、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。その愛らしい笑顔は、先ほどミスリルを一瞬で穿った化物と同じものとは到底思えない。
「では、君の魔法実技の審査は以上だ。……次は【魔術実技】の試験となる。案内係の指示に従って、速やかに次の会場へ移動しなさい」
「はい! 失礼します!」
ケントは丁寧にお辞儀をすると、タタタッと軽い足取りで会場を後にした。その小さな後ろ姿が見えなくなった瞬間、魔法会場の教師はがっくりと肩を落とし、冷や汗でびしょ濡れになった手元の採点表に『規格外の最高得点』を書き込むのだった。
* * *
案内係に連れられてケントがやってきた次の会場は、無数の幾何学模様や複雑な術式が床一面に刻まれた「魔術実技試験会場」だった。
ここには、すでに先に魔法試験を済ませていた別のグループの受験生たちが待機しており、そこへ小柄なケントがひょっこりと姿を現すと、「なんだ、あのチビは?」と再び不審げな視線が突き刺さった。
ケントは気にせず、こちらの会場の担当教師へと近づき、ルールを尋ねた。
「失礼します。次の試験のルールを教えていただけますか?」
こちらの担当教師も、12歳の平均よりひと回り小さなケントを見て一瞬驚いたが、すぐに事務的な説明を始めた。
「よろしい、説明する。こちらの魔術実技は、『一度にどれだけの数を的に当てられるか』を測定する。使用する術式は初級のものであれば何でも構わん。ただ、こちらも的の素材は……すべて『ミスリル』だ」
教師が指し示した先には、扇状にズラリと並べられた大量のミスリル製の的が設置されていた。
大人の熟練魔術師であっても、複数の術式を同時に展開し、かつそれらすべてを狂いなく正確に制御して、頑強なミスリルに命中させるなど至難の業だ。大人なら傷一つつけるだけでも大変なのに、それを子供に求め、あろうことか「一度に当てた数」で加算するなど、横暴以外の何物でもない。
(本当に、あのヘンテコな女4人のせいだ……!)
教師は心の中で、先日学園に急に来て難易度を上げろとだけ言って丸投げしていった「謎の女4人組」に激しく毒づきながら、生徒たちに同情していた。
しかし、ケントは並んだ的を見つめながら、再び小さな手をじっと見つめて思考を巡らせる。
「一度にたくさんの数を当てる、か……。初級魔術なら何でもいいんだよね。それなら……」
先ほどの魔法試験では「一点突破の貫通」だったが、今度は「広範囲への複数同時展開」だ。ケントは静かに両手を広げ、足元の魔法陣にそっと自身の魔力を流し込み始めた
ケントは静かに目を閉じ、自身の内側にある膨大な魔力の海から、必要な分だけを丁寧に汲み上げていく。
ケントにとって、魔術の複数展開は呼吸をするのと同じくらい当たり前の技術だった。
(一度にたくさん、だよね。じゃあ、これくらいかな……)
ケントがすっと両手を前に突き出した、その瞬間だった。
ゴオォォォォォッ!!!
会場の空気が一瞬で跳ね上がり、肌を焦がすような熱波がドーム内に吹き荒れた。
「な、なんだこの魔力量は……!?」
担当教師が驚愕のあまり持っていた名簿を落としそうになり、周囲の受験生たちが恐怖で一歩後退りする。
光り輝く複雑な術式が、ケントの頭上から前方にかけて、恐ろしい密度で次々と編み上げられていく。その数、実に五十個。
しかも、展開されたのは全て寸分の狂いもない、同じ術式の火系統初級攻撃魔術・ショットフレイムだった。
通常、初級魔術をこれほどの数同時に展開すれば、術式同士の魔力が干渉し合って暴発するか、あるいは霧散してしまうのが魔術の常識だ。しかし、ケントの目の前に浮かぶ五十個の火球は、まるで見えない鎖で固定されているかのように、完璧な統率を保って静かに拍動していた。
(魔法の時みたいに、これを全部細くして……回転させて、と)
ケントは愛らしい顔を少し真剣に引き締めると、五十個のショットフレイムの形状を一斉に変化させ始めた。
ぼんやりとした炎の塊だった火球が、限界まで鋭く尖った「炎の弾丸」へと圧縮され、それぞれの中心を軸に猛烈な超高速回転を始める。
キィィィィィィィィィィン!!!!
先ほどの魔法試験を遥かに凌駕する、鼓膜を突き刺すような高音が会場全体に鳴り響いた。五十個の超高速回転する炎の弾丸が放つプレッシャーは、とても12歳の少年が放つ初級魔術のそれではない。
「……いきます!」
ケントの短い掛け声と共に、五十条の光の線が、扇状に並んだミスリル製の的へと一斉に解き放たれた。
ドガガガガガガガガガッ!!!!
会場全体を揺るがすような凄まじい連続爆音と共に、五十の炎の弾丸が、扇状に並んだ的へと一斉に突き刺さった。
超高速回転する炎のドリルは、大人でも至難の業とされるミスリルの装甲を強引に削り、穿ち、そして――。
パキィィィンッ!!!
金属が限界を迎えて砕け散る、甲高い音がドーム内に響き渡る。
煙がゆっくりと晴れていく中、そこに広がっていたのは信じられない光景だった。傷一つつかないはずのミスリル製の的が、すべて、跡形もなく粉々に破壊されていたのだ。床には、文字通り木っ端微塵になったミスリルの破片が転がっている。
魔法に続き、魔術でも起きた異次元の破壊劇。会場は言葉を失った受験生たちの恐怖の静寂に包まれていた。
「……あの、これで大丈夫でしょうか?」
ケントは自身の引き起こした大惨事を前に、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて、担当教師の顔を覗き込んだ。
「あ、あ、ああ……」
担当教師は、もはや平静を装うことすら忘れて、ガタガタと膝を震わせていた。
大人でも破壊困難なミスリルを、初級魔術の同時展開だけで粉砕する。そんな規格外の出力を12歳の少年が放ったのだ。当然、その反動たるや恐ろしいものになるはずである。
「君……身体は、大丈夫かね……!? どこか痛むところはないか? 魔力欠乏で眩暈がしたり、意識が遠のいたりは……!?」
教師は採点よりも先に、ケントの体調を本気で心配して、慌てて教壇から駆け下りてきた。これほどの術を放ったのだ、最悪の場合、魔力回路が焼き切れて命に関わる。
「えっ? あ、はい! ボクは全然平気ですよ? どこも痛くないですし、魔力もまだまだ残ってます!」
ケントは不思議そうに首を傾げながら、いつもの愛らしい笑顔で元気よく答えた。実際、彼にとっては全魔力のほんの数パーセントを使ったに過ぎない。
ケントの顔色一つ変えないその様子を見て、教師は言葉を失い、心の中で天を仰いだ。
(平気……だと? あの規模の術式を動かして、息一つ乱れていないというのか……!?)
心配が杞憂に終わった安堵と、それを遥かに上回る未知の怪物への戦慄。教師は冷や汗を拭いながら、震える手でケントの採点表に『測定不能(満点)』を書き込むしかなかった。
「……む、無理をしていないなら、よろしい。魔術実技の審査は以上だ。次は【錬金術】の試験となる。……体調に異変を感じたら、すぐに近くの教員に言うんだぞ?」
「はい! 心配してくださってありがとうございました!」
ケントは丁寧にお辞儀をすると、やはりタタタッと軽い足取りで、次の会場へと向かっていった。
案内された次の教室は、様々な薬品の匂いが微かに漂い、壁際の棚に怪しげな薬草や鉱石がズラリと並ぶ「錬金術試験会場」だった。
教壇に立つ担当の教師が、並んだ受験生たちを見渡して、今回の課題を説明し始める。
「これより錬金術の実技試験を行う。ルールは、その棚の中にある素材を自由に使用し、『より効果の良い薬品や道具を作ること』だ。そして、『よりコストの少ない素材で、より価値の高いもの』を作ることができた者には、大幅な特別点を加算する」
教師がそう告げると、周りの受験生たちは一斉に棚へと群がり、高価で魔力の高いレアな素材を血眼になって奪い合い始めた。コストを抑えつつ高品質なものを作るなど、並の技術では不可能だ。少しでも質の良い素材を使って、手堅く効果の高いポーションを作ろうとするのが普通の受験生の思考だった。
(より低コストで、効果の良いもの、か……)
ケントは人混みが落ち着くのを静かに待ちながら、棚の隅にぽつんと残された、誰も見向きもしない安い薬草や、ただの綺麗な湧き水に目を留めた。
その瞬間、ケントの脳裏に浮かんだのは、自宅の部屋で片手間にポーションなどを作る、雅の姿だった。
『いい、ケント? 高い素材を使って良いものを作るなんてのは、お金の力であって錬金術の本質じゃないわ。そこらに生えてる雑草からでも、不純物を極限まで抜き去って、純度を百パーセントに高めてあげれば、最高級の霊薬にだって化けるのよ。それがあんたの姉である、私の錬金術の基礎よ』
(うん。雅姉さんに教えてもらったあの方法なら、誰も使わないこの安い素材だけでも、すごく効果が良いものが作れるはず!)
ケントはにこりと微笑むと、誰も欲しがらない最下級の薬草と湧き水をいくつか手元に揃え、静かに実験器具の前に立った。
ケントは器具を前にすると、まるで迷いのない滑らかな手つきで調合を開始した。
誰もが目を見張るレア素材で手堅く作ろうとする中、ケントがやっているのは最下級の薬草のすり潰し。しかし、雅の教え通り、魔力を指先から均一に通すことで、雑草同然の素材から「不純物」だけが完璧に分離され、緑色の液体が驚くほどの透明度を帯びていく。
最後に湧き水と融合させ、魔力の循環をピタリと安定させると、フラスコの中で淡いエメラルドグリーンの輝きが放たれた。
(よし、完成だ!)
ケントが作り上げたのは、初級ポーションの一つ上のランクに位置する『ハイポーション』だった。
「……先生、できました。これでいいですか?」
ケントがフラスコを持って教壇へ歩み寄ると、担当教師は「もうできたのか?」と時計を見た。まだ制限時間の半分も経っていない。しかも、ケントの手元にあるのは、どう見ても棚の肥やしになっていたはずの最低ランクの安物素材だ。
「どれ、見せてみなさい」
教師は内心「どうせ失敗作か、良くてただの初級ポーションだろう」と思いながら、鑑定用の魔導具をフラスコにかざした。
ピキィィィン!
その瞬間、鑑定の魔導具がこれまでにないほど眩い緑色の光を放ち、検出された文字列を見た教師の目が、今度こそこぼれ落ちそうなほど見開かれた。
「な……ななな、なんだこれは……っ!?」
あまりの衝撃に、教師の声が裏返る。
「は、ハイポーション……!? バカな、君が使ったのは確かにそこらの雑草と同じ最下級の薬草だったはずだ! あれほどの低レベルな素材から、一つ上のランクのハイポーションが完成するわけがない!」
「えっ? でも、不純物を綺麗に抜き取って純度を上げれば、普通に作れますよ?」
ケントが小首を傾げて無邪気に言うと、教師は頭を抱えてガタガタと震え出した。
「普通なわけがあるかぁっ! それを可能にする精製技術は、国家錬金術師でも一握りの天才しか持っていない超高等技術だぞ……!?」
『よりコストの少ない素材で、より価値の高いものを』という特別ルールの斜め上をいく、材料費ほぼゼロからの上位ポーション作成。
魔法、魔術に続き、錬金術の会場でも『測定不能の特別点』が叩き出され、担当教師は未知の天才への恐怖に冷や汗を流しながら、採点表に最高得点を書き込むのだった。
今回で魔術と錬金術の筆記試験が終わりました。ケントの圧倒的技術と魔力があらわになりましたね。次は剣術や体術などによる物理の実技試験です。
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