第21話:筆記試験と魔法の実技試験
巨大な大理石の柱が並ぶ大講堂には、数百人もの十二歳の受験生たちが整然と座っていた。冷たい石の床に反響するざわめきと、緊張からくる浅い呼吸の音が、会場全体にどこか重苦しい空気を漂わせている。周囲の張り詰めた空気を物ともせず、ケントは配られた分厚い問題冊子を前に、小さく息を吐いた。
壇上に立った厳格そうな担当教師が、鋭い視線を講堂全体に走らせながら口を開く。
「これより筆記試験を開始する。制限時間は四時間だ。その間に全て解けた、あるいはこれ以上は無理だと判断した者は、各自で解答用紙を担当教師に提出してから、静かに次の実技試験会場へと移動するように」
教師が手元の大きな砂時計をひっくり返すと同時に、一斉に紙をめくる音が会場に響き渡った。カサカサという乾いた音が波のように広がり、あちこちでペンを握る手の緊張が伝わってくる。
今回の試験科目は、魔法、魔術、錬金術、生態学、歴史の五分野。
いずれも専門的な知識や、複雑な魔導式の理解を必要とする超難問ばかりだ。周りの受験生たちが早くも絶望的な表情で頭を抱え、必死にペンを走らせる中、ケントの視線は滑らかに問題を追っていく。
(あ、この錬金術の配合比率、雅ねぇに教えてもらった薬草の知識と同じだ。歴史のこの部分は、シオン姉さんが言ってた本に書いてあったなぁ……)
4年間、優秀な姉たちに囲まれて暮らしてきたケントにとって、これらの問題は「日常の延長線」に過ぎなかった。
カリカリ、と軽快な音を立てて、ケントのペンは一切止まることなく解答欄を埋めていく。淀みのないその筆致は、まるで答えを暗唱しているかのように迷いがなかった。
――そして、試験開始からわずか一時間後。
「……よし、できた」
ケントは小さく呟くと、まだ四分の一しか砂の落ちていない砂時計を見上げ、解答用紙を綺麗に揃えた。
まだほとんどの受験生が1科目めか2科目めで冷や汗を流している中、ケントは静かに席を立ち、壇上の担当教師のもとへと歩み寄ったのだった。
「もう諦めて退室する者が現れたか……」
試験開始からわずか一時間。
教壇に立つ担当教師は、歩み寄ってくる小柄な少年ケントの姿を見て、心の中で小さくため息をついた。
この最高峰の学園の入試問題は、現役の魔法使いですら頭を悩ませるほど難度が高い。毎年、重圧に耐えかねて早々に白紙で提出し、会場を去る受験生は珍しくない。ましてや目の前にいるのは、周りよりもひと回り小さな、まだ幼さの残る少年だ。
「これ、提出します。ありがとうございました」
ケントは丁寧にお辞儀をして、分厚い解答用紙の束を差し出した。
「あ、ああ。……お疲れ様だったな」
教師は気の毒そうな視線を向けながら用紙を受け取った。
せめて白紙の答案に名前だけでも書いてあるか確認しようと、教師は何気なく手元の用紙に目を落とす。しかし、その瞬間、教師の身体がピキリと硬直した。
(……な、なんだこれは……!?)
白紙どころか、全ての解答欄が整然とした文字でびっしりと埋め尽くされていた。
魔法、魔術、錬金術――どのページをめくっても、間違いどころか迷った形跡すらない完璧な解答が並んでいた。あまりの衝撃に、教師の目はこぼれ落ちそうなほど見開かれた。指先が用紙の端を掴んだまま、小刻みに震え出す。
(まさか、でたらめを書き殴っただけか……!? いや、しかし……)
動揺を隠せないまま、教師は自分の専門分野である『生態学』のページへ目を走らせた。
魔物の習性、生息地、部位の有効活用法。現役の熟練冒険者でも間違えやすい、極めて実践的で専門性の高い設問ばかりだ。
しかし、ケントの答案は、最新の学説に基づく細かい専門用語の差異を除けば、本質的な部分まで、ほぼ完璧に答えられていた。
(嘘だろ……。この難問を、わずか一時間で……!? しかも、この生態学の解答の深さは何だ。まるで、日々魔物と対峙している最前線の人間が書いたような……!)
驚愕のあまり、教師の背中にドッと冷や汗が吹き出た。
信じられないものを見る目で、すでに講堂の出口へと歩き出しているケントの小さな後ろ姿を見つめる。
周りの受験生たちはまだ、ケントが「早々に諦めて逃げ出した哀れな子供」だと勘違いし、侮るような視線を向けている。だが、その解答用紙を持つ教師の手だけは、規格外の天才の出現にブルブルと小刻みに震えていた。
筆記試験を終えて廊下を進むと、そこは広大なドーム状の「魔法実技試験会場」へと繋がっていた。天井高くまで吹き抜けた空間には、外の光を取り込む大きな窓が並び、埃っぽい石造りの匂いと共に、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
会場には、すでに別の講堂でケントたちより早い時間から筆記試験を受け、試験を終えてこちらへ移動してきたと思われる、エリート風の受験生たちが十数人ほど集まっていた。彼らは一様に自信ありげな表情を浮かべていたが、そこへ小柄なケントがひょっこりと姿を現すと、「なんだ、あのチビは?」と不審げな視線が一斉に突き刺さった。
ケントは周囲の視線を気にする風もなく、この会場の担当教師らしき人物へと近づき、丁寧にお辞儀をした。
「失礼します。筆記試験が終わったのでこちらに来ました。実技のルールを教えていただけますか?」
担当教師は、12歳の平均よりひと回りも小さなケントを見て一瞬驚いたが、すぐに咳払いを一つして、事務的に説明を始めた。
「よろしい、説明する。今回の魔法実技のルールは至ってシンプルだ。使用できるのは『初級の攻撃魔法のみ』。回数は『最大で五回まで』とする。我々試験官は魔力の質や魔法の制御力などを総合的に審査するが、それとは別に、その五回の間に『破壊、または貫通した的の枚数』がそのまま評価に加算される仕組みだ」
教師が指し示した先には、等間隔に配置され、縦一列にずらりと連なった複数の的が設置されていた。会場の明かりを反射し、鈍く銀色に輝いている。
「的の素材は、安全性を考慮して『ミスリル』を使用している。……言うまでもないが、これは剣や、君たちと同年代の子が放つ通常の魔法では絶対に破壊できない、極めて強固な希少金属だ。つまり、初級魔法の威力をどれだけ一点に集中させ、制御できるかという、極めて高度な技術が試される。欲張って魔力を込めすぎれば魔法が霧散し、制御だけに気を取られれば的に傷一つつけられん。理解できたかね?」
「はい、よく分かりました。ありがとうございます!」
ケントは元気よく返事をして、自分の順番を待つために一歩下がった。
周囲の受験生たちは、教師の「ミスリル製」という言葉にどよめき、冷や汗を流している。初級魔法でミスリルをぶち抜くなど、常識的に考えれば不可能に近い。
しかし、ケントは驚くどころか、その小さな手をじっと見つめ、静かに思考を巡らせていた。
「この試験内容は、さすがに無茶が過ぎるのではないか……」
的の前に整列する受験生たちを見つめながら、魔法実技の担当教師は、内心で受験生たちに深い同情を寄せていた。
大人の熟練魔術師であれば、あの極めて頑強な希少金属『ミスリル』の的に傷を負わせることは可能だ。しかし、それを「破壊する」となると、大人でも至難の業。それをまだ12歳の子供たちに求め、あろうことか貫通した枚数で加算するなど、無茶な要求以外の何物でもない。
(本当に、あのヘンテコな女4人のせいだ……!)
教師は思い出すだけでも苛立ちが収まらず、心の中で激しく毒づいた。こめかみを指で押さえながら、苦々しい表情を隠せない。
つい先日、学園へ突然やってきた四人の女たちが、偉そうに「試験の難易度を大幅に上げなさい」と言い放った。その後の調整や準備は、すべて学園側に丸投げしたのだった。教員たちからすれば、たまったものではない。
その立ち振る舞いと圧倒的な威圧感から、教員たちの間では「一体どこの高貴な権力者なんだ」と恐れられている。
その結果、彼女たちのめちゃくちゃな要求を満たすために作られた今年の入試は、筆記も実技も、例年とは比べ物にならないほど不条理な超高難易度へと跳ね上がってしまった。未来ある子供たちに無理難題を強いて、一体何が楽しいのか。
「すまない、今年の受験生たちよ……。だが、これも上層部が決定したことなのだ……」
教師は申し訳なさそうに眉を下げ、心の中で受験生たちに謝罪した。
当然、並み居るエリート少年たちがどれほど全力で魔力を込めようとも、ミスリルの的は傷一つつくことなく、冷たい金属光沢を放ったままだ。的に当たった魔法が虚しく霧散する音だけが繰り返し響き、会場に絶望の空気が広がり始める。
しかし、そんな周囲の絶望的な空気などどこ吹く風。ケントが、静かに自分の順番を迎えて一歩前に踏み出そうとしていた。
「ミスリルを初級魔法の威力で壊すなんて、ボクには絶対に無理だよね……」
ケントは並んだ頑強な的を見つめながら、現実的な方法へと意識を切り替えた。
破壊が不可能な以上、狙うべきは「貫通」の一択。威力を力任せにぶつけるのではなく、初級魔法のエネルギーを極限まで尖らせる技術が必要だった。
「よし、それじゃあ……」
ケントは静かに右手を前に突き出し、意識を集中させる。掌の中心に、ちりちりとした熱の気配が生まれ始めた。
「火系統初級攻撃魔法・ファイヤーボール」
彼の掌の上に、小さな炎の球体がぽつんと生み出された。規定通りの紛れもない初級魔法だ。
しかし、ケントはそこで尋常ではない魔力制御を見せ始めた。生み出された火球を、まるで一本の鋭利な針のように、限界まで細く、細く引き延ばしていく。さらに、貫通力を極限まで高めるため、その炎の針に猛烈な超高速の「回転」を加えた。
キィィィィィィン!!
会場内に、本来、初級魔法から発生するはずのない高音の風切り音が、会場いっぱいに響き渡った。
担当教師や周囲の受験生たちが「なんだあの音は!?」と驚愕してケントに視線を注いだ、まさにその瞬間だった。
シュッ!
ケントの放った超高速回転の炎の針が、一閃。目にも留まらぬ速さで一直線に突き抜けた。
パシィィィィン!!!
金属が弾けるような鋭い音が鳴り響く。
次の瞬間、縦一列に並んでいた十枚すべてのミスリル製の的に、寸分の狂いもない円形の穴が開いていた。たった一発の初級魔法で、大人でも破壊不可能なミスリルの的を、その場にあるすべての枚数分、完璧に貫通せしめたのだ。
あまりの光景に、会場は水を打ったように静まり返った。誰の口からも言葉が出ず、ただ穴の空いた的から立ち昇る薄い煙だけが、静寂の中でゆらゆらと揺れていた。
「……一枚、二枚……十枚……全部、だと……?」
担当教師は持っていたバインダーを床に落としていることにすら気が付かず、開いた口が塞がらないまま、ケントと穴だらけになった的を交互に見つめて
いた。
ご一読いただきありがとうございました!
ついに始まった魔法実技試験!
大人でも破壊不可能なミスリル製の的を前に周囲が絶望する中、ケントくんはまさかの「初級魔法を細くして回転させる」という圧倒的な技術で、全ての的をぶち抜いてしまいました!
謎の女4人組の無茶振りのせいで難易度が跳ね上がり、とばっちりを受けていた担当教師の驚愕の表情が目に浮かびます(笑)。
果たして、この異次元の光景を目の当たりにした教師や周囲の受験生たちの反応は……!?
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次回もどうぞお楽しみに!




