第18話:とんでもない金額と受付嬢の初恋
ケントがアイテムボックスから取り出したのは、薬草やスライムの核だけではなかった。
ドサリ、という重苦しい音と共にカウンター横の空いたスペースへ横たえられたのは、鋼鉄の光沢を放つ巨大な狼の死体――シュタールウルフだった。
その瞬間、ギルド内の喧騒が、まるで魔法で消されたかのようにピタリと止まった。
「…………え?」
エミルが手に持っていたペンをポトリと落とし、目を見開いたまま静止する。
周囲の冒険者たちも、酒杯を口に運ぶ手のまま、あるいは仲間と笑い合っていた表情のまま、石像のように固まった。
数秒の、耳が痛くなるような沈黙。
「……ケント君。これ……どこで、狩ったの?」
エミルが震える声で、やっとの思いで問いかけた。
シュタールウルフ。単体でDランク、群れを率いればCランク相当の脅威となる「鋼鉄の狼」。熟練のパーティでも返り討ちに遭いかねないその魔物が、喉元を一文字に切り裂かれ、完全に絶命している。
「ええと……平原です。薬草を探していたら、急に出てきたので……倒すしかないかなって」
ケントがいつもと変わらない口調で、正直に答える。
その言葉が引き金となった。
「平原だぁ!? あんな初心者が通う場所に、なんでシュタールウルフがいやがるんだ!」「っていうか、それを一人で!? アイツ、半年前に登録したばっかりのEランクだろ!?」
「冗談じゃねえ、あの鋼鉄の毛並みをどうやって斬ったんだよ……!」
一気に爆発するような怒号と驚愕の声。
エミルは顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりしながら、ケントの肩を掴んで激しく揺さぶった。
「平原で……こんなのと戦ってたの!? 怪我は!? どこか痛むところはないの!? 調査隊が出るって言ったじゃない、どうして戦っちゃうのよ、このバカ!」
「あ、あはは……すみません、エミルさん。でも、逃げ切れそうになかったので」
怒鳴りながらも、エミルの瞳には涙が浮かんでいた。
ー1時間後ー
ようやく落ち着きを取り戻したエミルは、深くため息をつきながら、プロの受付嬢としての顔に戻ろうと努めた。しかし、まだ少し震える手で書類を整理し始める。
「……はぁ。驚かせないでって言ったそばからこれなんだから。……いい、ケント君。これから査定に入るけれど、いくつか事務的な説明をさせてね」
エミルはカウンターに横たわるシュタールウルフと、次々と取り出されるシルバーウルフの山を指差した。
「今回の依頼はあくまで『薬草探し』と『スライム討伐』よ。この狼たちは依頼外の遭遇戦だから、クエストクリアの対象にはならないわ。……でも、安心して」
彼女はバインダーに何かを書き込みながら、ケントを真っ直ぐに見つめた。
「低ランク帯に出現した高ランクモンスターの単独討伐。これはギルドにとって、ただのクエスト成功よりもずっと大きな価値があるわ。この討伐は、あなたの『実績』として強力にカウントされる。……そうね、今回の件だけで、ギルドへの信頼は上がるから同じランクの人同士でも優先的依頼を頼む場合あるわ。」
「実績、ですか。……よかったです。クエスト失敗になっちゃうのかと思いました」
「そんなわけないでしょ。同じランクの冒険者や一般人を救ったも同然なんだから。……じゃあ、これから素材の剥ぎ取りと査定に回すわ。これだけの量だと少し時間がかかるから、掲示板でも見て待っていてくれる?」
エミルはそう言いながらも、チラチラとケントに怪我がないか、再度確認するように視線を送っていた。
クエストと魔物の決算がすみケントは再び受付に戻った。
「……じゃあ、まずは今回の依頼分の報酬ね」
エミルは手際よく計算し、カウンターに硬貨を並べた。
「薬草探しが銀貨3枚と大銀貨5枚。スライム討伐が大銀貨8枚よ。……はい、これ今回の報酬ね」
「ありがとうございます!」
ケントは嬉しそうに硬貨を受け取った。
さて、ここでこの世界の貨幣価値の解説を少し挟んでおこう。
この世界の貨幣の価値は、日本円に換算すると概ね以下のようになっている。
・銅貨:10円
・大銅貨:100円
・銀貨:500円
・大銀貨:1,000円
・(※この間に、五万円相当の紙幣が存在する)
・金貨:10万円
・大金貨:100万円
・白金貨:500万円
・大白金貨:1000万円
今回ケントが受け取った報酬は、合計で銀貨3枚(1,500円)+大銀貨13枚(13,000円)=14,500円。
「……それで、シュタールウルフの方なんだけど…」
エミルは少し声を潜め、奥の査定室を指差した。
「今、奥でベテランの査定師たちが査定してくれているわ。シュタールウルフの素材は、全身が特殊な鋼鉄なの。全身ほとんど傷がないから相当な額になるし、何よりギルドから『特別報奨金』が出るはずよ」
「お待たせ、ケント君。シュタールウルフの査定が終わったわよ」
査定室から戻ってきたエミルの手には、ずっしりと重そうな小さな革袋が握られていた。彼女は周囲を一度警戒するように見渡してから、カウンターの上で袋の口を開けた。
中から現れたのは、鈍い黄金の輝きを放つ大きな硬貨。
「シュタールウルフ本体の素材価値と、ギルドからの特別報奨金を合わせて……金貨8枚よ」
「……き、金貨8枚……?」
ケントは目を丸くした。
先ほど解説した通り、金貨1枚は10万円。つまり、この小さな袋の中には80万円相当の価値が詰まっていることになる。Eランク冒険者が一日の依頼で稼いでいい金額を、遥かに超えていた。
「ええ。本来なら大金貨が動いてもおかしくない素材だったけれど、今回はあなたの攻撃が強力すぎて、一部の素材が焼け焦げてたからこれでも安くなった方なのよ? ……それでも、あなたと同じランクの人が半年かけて稼ぐ額を一日で出しちゃったけどね」
エミルは呆れたように肩をすくめながらも、その革袋をケントの手へと押し付けた。
「さあ、しっかり持っておきなさい。あなたの『実績』と正当な『対価』なんだから。……でも、あんまり変なことに使っちゃダメよ?」
「……はい。ありがとうございます、エミルさん」
「……はぁ。驚いたわよ、本当に」
エミルとそんなやり取りをしていた時だった。
「よう、ケント! あのアホみたいに硬いシュタールウルフを仕留めたのは、やっぱりお前だったか!」
背後から、地響きのような野太い声が響いた。
振り返ると、そこにはゴリアスが立っていた。
「あ、ゴリアスさん。お疲れ様です」
「おう! ギルドに入った瞬間、奥で査定師たちが『化け物じみた斬撃だ』って大騒ぎしてたからよ。もしやと思えば……。おい、あんな鉄鋼の塊、一体何で仕留めたんだ?」
「この刀にシュタールウルフが放った落雷を纏わせて放ちました。纏わせた雷が大きかったからなのか、普段僕が使うよりも強い攻撃になりました。」
そう言ってゴリアスに叢雲を見せた。
「ほう、お前もう技能スキル使えるようになったのか?」
「いえ、僕が使っている技はステータスに乗るほどのものではないのでまだ使えてないですね。」
次にゴリアスは、ケントの腰に差された一振りの刀に目を止めた。
「……それが、お前の武器か?」
「はい。剛吉さんのところで選んでもらった、『叢雲』っていう名前の刀です。僕の自慢の武器なんです」
「そうか。……いいかケント、武器ってのは時に使い手よりも長く生きる、一生モノになるかもしれない代物だ。そいつを信じて、大切に使ってやれよ」
ゴリアスは満足げに頷くと、ケントの肩を軽く叩いた。
「じゃあな、俺はこれから一仕事行ってくるぜ!」
豪快な背中を見せながら、ゴリアスは次のクエストへと向かっていった。
ケントは金貨の入った革袋をしっかりとしまい直すと、カウンター越しにエミルへ向けて軽く会釈した。
「じゃあ、お疲れ様です、エミルさん。また来週お願いします!」
「あ、待ってケント君!」
背を向けて歩き出そうとしたケントを、エミルが慌てた様子で呼び止めた。彼女はカウンターから身を乗り出すようにして、少し顔を赤らめながら言葉を続ける。
「……あの、もしよかったらなんだけど、今日この後、一緒に晩御飯でもどうかしら? ほら、無事な帰還のお祝いっていうか……その、お疲れ様会も兼ねて!」
周囲の冒険者たちから「おっ、お熱いねぇ」と冷やかしの視線が飛ぶ中、エミルは必死にバインダーで顔を隠しながらケントの返事を待った。しかし、ケントは困ったように眉を下げ、丁寧に頭を下げた。
「誘ってくれてありがとうございます、エミルさん。でも……今日も姉さんたちが家で待っているので、帰らないといけないんです。ごめんなさい」
「……あ、そう。そうよね、お姉様たちが待ってるわよね……。ごめんなさい、引き止めちゃって」
エミルは分かりやすく肩を落としたが、ケントの誠実な断り方に「次はもっと早く誘わなきゃ」と心の中で密かにリベンジを誓うのだった。
「いえ! また今度、機会があればぜひ。……それじゃ、失礼します!」
ケントは今度こそギルドの重厚な扉を押し開け、夕暮れに染まり始めた街へと踏み出した。
そんな彼の後ろ姿が見えなくなった瞬間。「……ううっ、振られちゃった……」
エミルはカウンターに突っ伏し、分かりやすくベソをかき始めた。勇気を振り絞った人生最大のお誘いは、脆くも崩れ去ったのだ。
「お姉様たちが待ってるって……それ、私に勝ち目ないじゃない……」
「はいはい、そこまで。いつまでもメソメソしないの」
そこへ、隣のカウンターで作業をしていた女性の同僚が、呆れ顔で近寄ってきた。
「あ、アンナさん……聞いてくださいよ、私……」
「聞いてあげない。ほら、まだ査定待ちの書類が山ほどあるでしょ。仕事しろ!」
ポンッ!
アンナは手に持ったバインダーで、エミルの頭を軽く、リズミカルに叩いた。
「いったぁ……。も、もう、分かってますよぅ!」
エミルが涙目をこすりながら書類に向き合おうとすると、アンナは少しだけ声を和らげて続けた。
「あんた、初恋なんでしょ? だったらそんな状態だと色々とも持たないだろうから、パァーっと飲んで、明日からまた頑張りなさい。今日は私が奢ってあげるから」
「えっ……アンナさんが、奢り……?」
エミルが驚いて顔を上げると、アンナは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……ま、あんな規格外な子の担当なんだから、景気づけよ」
「アンナさん……! 大好きです!」
「はいはい、いいから手を動かす!」
ギルドの受付嬢たちのそんなやり取りを背に、ケントはお土産のケーキが入った箱を大事に抱え、鼻歌まじりに家路を急いでいた。
勇気を出して誘ったものの、見事に撃沈してしまったエミル。彼女の初恋が実る日は、果たしていつか来るのでしょうか……?この続きが気になる方は、ブックマークや評価をしてくださると、何より執筆の励みになります!よろしくお願いします。




