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第14話:冒険者登録完了

 ケントとゴリアスがホールに戻った瞬間、待機していた姉たちが弾かれたように動いた。

「「「ケント!!」」」

 凄まじい叫びと共に、三人の姉が弾丸のような速度でケントに肉薄する。

「え、あ、ちょっ――」

 返事をする間もなかった。全力で飛びついてきた凪、雅、ノノの三人の凄まじい衝撃を正面から受け、ケントの体は木の葉のようにふわりと浮き上がり、そのまま後方へと吹き飛んだ。

「うわぁぁぁっ!?」

 ――ドォォォォォォンッ!!

 ケントが背中から着地した場所には、運悪く空の酒樽が積み上げられていた。

 ケントの背中と床の間に挟まれた頑丈な樽は、姉三人が飛びついた凄まじい勢いに耐えきれず、一瞬でひしゃげ、耳を貫くような破砕音を立てて粉々に砕け散った。

「……あいたた。……でも、樽がクッションになってくれたみたいで助かりました」

 バキバキになった木片の山の上で、姉たちに押し潰されながらもケントはのんきに声を出す。

 そんな惨状を数歩離れた場所から眺めていたシオンは、優雅に扇を広げると、楽しそうに目を細めた。

「あらあら。ケント、大丈夫かしら? 樽を下敷きにしてしまうなんて、少し暴れすぎたわね」

 シオンは慌てる様子もなく、むしろ「面白いものを見た」とでも言いたげな余裕を見せていた。

 そんな中、ケントの腕を強引に引っ張り、木片の山から救い出したのは凪だった。

「ほらケント、いつまでも寝てないで! さっさと冒険者登録を終わらせるわよ。一緒に行きたいところがあるんだから!」

「わわっ、ちょっと待ってよ凪姉さん!」

 凪はケントを急かし、呆然と立ち尽くしている受付嬢エミルの前まで、文字通り彼を引きずっていった。

 凪はケントを急かし、呆然と立ち尽くしている受付嬢エミルの前まで、文字通り彼を引きずっていった。

 背後ではボロボロになった樽の山と、まだ呆然としている他の冒険者たち、そして相変わらず楽しげなシオンの視線が突き刺さっている。

「はい、お願いします。……なんだかすみません」

 ケントが申し訳なさそうにペコリと頭を下げると、エミルは力なく微笑んだ。

「いいえ、もう慣れました……」

 ――そんな風に答えたエミルだったが、その内心は、とても「慣れた」と言えるような穏やかな状態ではなかった。

ーーエミル視点ーー

 ――慣れた? 私、今「慣れた」って言った?

 ……嘘。嘘よ。全然慣れてないわ。むしろ、心臓が口から飛び出しそうなのを必死に飲み込んでいる最中なんですけど!

(なにこの可愛さは……っ!!)

 目の前にいるケントさんの瞳は、どこまでも澄んでいて、下心なんて微塵も感じられない。

 今までこの窓口に来た男たちは、私の胸元をジロジロ見たり、手柄を自慢してくるヤツらばかりだった。でも、ケントさんは違う。ただただ純粋に、私のことを「受付のお姉さん」として、申し訳なさそうに見つめている。

(はわわ……ギャップ。ギャップが凄すぎて動悸が止まらない……!)

 さっきまでゴリアスさんを圧倒的な力でねじ伏せていた、あの「死神」のようなオーラはどこへ行ったの?

 今はただ、お姉様に振り回されてタジタジになっている、等身大の「男の子」が目の前にいる。

(尊い。尊すぎます。……あ、私、今すごく幸せかもしれない)

「……エミルさん? 手が止まってますけど、大丈夫ですか?」

 ケントさんが心配そうに覗き込んでくる。その上目遣いに、私の理性が音を立てて崩れていく。

(ダメよエミル、あなたは受付嬢。公私混同なんて……! でも、今の「すみません」で、私の好感度メーターは完ストしました……!)

 私は震える手で魔導端末を操作しながら、平静を装うのが精一杯だった。

「……では、改めて冒険者のランク制度についてご説明します」

 エミルは、ケントの無垢な視線に動揺しそうになるのを必死に抑え、事務的な口調を保って話し始めた。

「当ギルドでは、実力に関わらず一律『Fランク』からのスタートとなります。上のランクへ上がるには、規定のレベルとステータス平均値を満たした上で、一定回数のクエストをクリアする必要があります」

「レベルと、ステータス平均……ですか」

 ケントが神妙な面持ちで頷く。

 本来、冒険者ギルドで「ステータス平均」の数値をわざわざ口にすることはない。この世界の常識では、ステータス平均は『レベル×100前後』に収まるのが当たり前だからだ。レベルを見れば実力は察しがつく。

 だが、今のエミルは説明せずにはいられなかった。目の前の少年の数値が、あまりにも常識から逸脱していたからだ。

「あ、あの。僕みたいな低いステータスでも、一生懸命頑張れば、いつかは一人前の冒険者になれますか?」

 その純粋すぎる問いかけに、ホール中の冒険者たちが一斉に心の中でツッコんだ。

(お前が一人前じゃなかったら、俺たちはプランクトン以下かよ!!)

 エミルもまた、震える指で魔法端末を叩きながら、遠い目をして答えるしかなかった。「……ええ。ケントさんなら、きっと大丈夫ですよ。保証します。……では、今後の目標のために昇級の基準を説明させていただきますね」

 エミルは一枚の規定書をケントに見せた。そこには、冒険者が目指すべき指標がびっしりと記されている。

「まず、ケントさんが今いるFランクは、レベル15・ステータス平均1,500が次のステップへの目安です。一段上のEランクへは、レベル20・ステータス平均2,000、さらにFランクのクエストを10回クリアすることが条件となります。以降、ランクが上がるごとに必要なクエスト回数はリセットされますが、実績としては蓄積されますよ」

 エミルはそのまま、Dランクから上の条件も読み上げていった。

「Dランク:レベル35・平均3,500(Eランク×10回、Fランク×15回クリア)」

「Cランク:レベル50・平均5,000(Dランク×10回、Eランク以下×25回クリア)」

「Bランク:レベル75・平均7,500(Cランク×15回、Dランク以下×40回クリア)」

「Aランク:レベル100・平均10,000(Bランク×20回、Cランク以下×75回クリア)」

 そこから先は、もはやお伽話の領域だ。「Sランク:レベル1,000・平均100,000」「SSランク:レベル10,000・平均1,000,000」

「SSSランク:レベル100,000・平均10,000,000」

 読み上げ終えたエミルは、ケントの横顔を盗み見た。

 ケントはレベル16でステータス平均5,200。つまり、実績さえあれば今すぐにでもCランクの仲間入りができる異常な数値なのだ。

「……なるほど。Cランクですら、レベルが50も必要なんですね。結構頑張って強くならないとですね。」

(……今の時点でもう強いのにこれ以上強くなってどうするの! レベル16でCランクの基準をぶち抜いてる時点でおかしいのよ!)

 エミルは喉元まで出かかった叫びを飲み込み、震える指先で書類を整える。

「あ、あの……エミルさん。僕みたいな人でも、地道にクエストをこなせば、いつかは認めてもらえますか?」

「…はい。ちゃんと認めてもらえるので安心してください」

 エミルは、ケントの無自覚すぎる謙虚さにクラクラしながらも、なんとか営業スマイルを保つのだった。

「最後に、ギルドの重要なルールについて説明しますね。これに反すると、ランク剥奪や強制退会、最悪の場合は指名手配されることもありますから……」

 エミルは少し声を真剣なものに変え、三つの基本原則を指折り数えた。

「一つ、『ギルド内での私闘禁止』。……まあ、これはさっき特例で地下に行きましたけど、基本は厳禁です」

「はい。さっきは本当にすみませんでした」

「二つ、『依頼の横取り、及び不当な妨害の禁止』。そして三つ目が最も重要です。『自己責任の原則』。ギルドは依頼の仲介はしますが、命の保証はしません。無理な依頼で命を落としても、それは冒険者の判断ミス、ということです」

 それを聞いたケントは、深く頷いて真剣な表情になった。

「……そして、これが一番気をつけてほしいルールです。クエストを四回連続で失敗すると、その失敗した難易度に応じてランク降格、あるいは最悪の場合『ギルド登録抹消』――つまり追放となります」

 エミルの言葉に、ケントは驚いた顔になった。

「つ、追放……!? 四回失敗しただけで、もう冒険者になれなくなっちゃうんですか?」「ええ。ギルドは信用第一ですから。依頼主からの信頼を損なうような冒険者は、置いておけないんです」

(四回……。薬草の採取場所を間違えたり、道に迷ったりして、あっという間に失敗しちゃうかもしれない……!)

「あ、あの! 失敗しないためには、どうすればいいですか!?」

 必死な形相で詰め寄るケントに、エミルは少し気圧されながらも優しく微笑んだ。

「心配しないでください。基本的に、自分が無理なく受けられると思ったクエストだけを選んでいれば、そんなことはほとんど起きませんから」

「……無理なく、ですね。分かりました。色々とありがとうございます!」

 ケントはエミルに心からの感謝を述べて、深くお辞儀をした。

(無理なく……。よし、まずは『誰がどう見ても絶対に失敗しない依頼』から慎重に選ぼう!)

 そんなケントの決意を余所に、周囲の冒険者たちは心の中で一斉にツッコんだ。

(お前にとっての『無理のない範囲』って、ドラゴンの討伐とかも入るんじゃねえのか……!?)

「……はい、こちらがケントさんの冒険者プレートです」

 エミルから手渡されたのは、鈍く光る鉄製のプレート。そこには確かに『Fランク』の文字が刻まれている。

「ありがとうございます、エミルさん! 僕、追放されないように精一杯頑張ります!」

 ケントがプレートを宝物のように両手で握りしめ、深々とお辞儀をした。そのあまりの初々しさと純粋な瞳に、エミルが「あ、あの、応援してます……!」と顔を赤くして言いかけた、その時。

「ほらケント! 話が終わったなら行くわよ!」

「わわっ、ちょっと凪姉さん!?」

 背後から伸びてきた凪の手が、ケントの首根っこをひょいと掴み上げる。

 そのまま、大型犬を引きずるような勢いで出口へと向かい始めた。

「待っててねケント、今すっごくいい場所に案内してあげるから!」

「ちょ、まだエミルさんに挨拶も――」

 ケントの抗議も虚しく、二人の姿はあっという間にギルドの扉の向こうへと消えていった。

 後に残されたのは、ボロボロになった樽の山と、嵐が過ぎ去った後のような静寂。そして、差し出した手を下ろすタイミングを見失った、顔の赤い受付嬢だけだった。

(……行ってしまったわ。……ケントくん、次に会う時はどれくらい仲良くなれるのかしら)

お読みいただきありがとうございます!ようやくケントの冒険者登録が完了しました。Fランクからのスタートですが、中身はすでにCランク超え。果たして凪が連れて行こうとしている「いい場所」とはどこなのか……?面白いと思ったら、ブックマークや評価で応援いただけると嬉しいです!

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