第13話:決闘の勝者
「……ふざ、けるな。……まだだ!!」
血管を浮き上がらせ、痺れている筋肉を強引に動かしてゴリアスが立ち上がる。その眼光は、先ほどよりもさらに鋭く燃え上がっていた。
「……その体では、もうまともに戦えないはずですよ」
ケントの言葉に、ゴリアスは不敵に笑って見せた。
「心配いらねぇぜ。――『技能スキル:雷電・重装』!!」
ゴリアスの全身から、バチバチと激しい黄色の火花が飛び散る。肌を焼くような熱気と、鼻の奥を刺す焦げた匂いが一気に広がった。凄まじい雷の魔力が全身を駆け巡り、体内に残っていた痺れを一気に打ち消した。武器の大斧さえも投げ捨て、雷を纏った拳を握りしめるゴリアス。
「これを使えば、俺の魔力はもって数分。……その時間内にお前を倒せなきゃ、ガス欠で俺の負けだ」
「……わかりました。なら、その時間が終わる前に、僕も全力でいきます」
そう言うとケントは、借りたばかりの剣を無造作に床へ置き、掌打の構えをとった。コトン、という小さな音が、張り詰めた訓練場に響いた。
「……へっ。舐めているのか、それともお前なりの敬意なのか……」
「どちらでもいいですよ。ただ、武器を持たないあなたに、武器を持って勝ったところで意味がないので」
その真っ直ぐな言葉に、ゴリアスは高らかに笑った。
「は、はははは〜。なら行くぞ、ケント!」
次の瞬間、ゴリアスが弾丸のような速度で地を蹴った。これまでで一番の速さ。黄色い雷の残像を引き連れ、一直線にケントへと肉薄する。
「はい!」
ケントもまた、真っ向からゴリアスへと向かって踏み込んだ。そして、ゴリアスにくらわす右掌に風魔法が、凝縮された魔力とともに渦巻き始めた。
(風系統初級攻撃魔法・ウィンドインパクト)
互いの距離がゼロになる。
先に動いたのは、雷を纏ったゴリアスの剛拳だった。
雷を纏った拳が、目にも止まらぬ速度でケントの脇腹にめり込んだ。
――ゴキッ!!
「っ……がはっ……!?」
嫌な破壊音が響き、ケントの肺から空気が絞り出される。ゴリアスの渾身の一撃がケントの肋骨を砕いた。視界が一瞬、白く明滅する。
だが、ケントは倒れなかった。
(……一回、受けた……! 次は、僕の番だ……!)
ケントは食い込んだゴリアスの拳を気にせず、至近距離からゴリアスの腹部へと掌を突き出した。
(『ウィンドインパクト』発動!!)
一発目の突風が放たれる。ドォォン! と重い衝撃がゴリアスの腹を叩くが、ゴリアスは歯を食いしばり、その衝撃に耐えたが、その巨体はわずかによろめいた。
「……ぐ、おぉぉ! 浅いぜ、ケント!」
「なら……もう一回です!!」
ケントは構わず、踏み込みながら右掌をさらに深く押し込み、全身の魔力を一点へと集中させた。掌の空気が震え、凝縮された風の魔力が唸りを上げる。
(『ウィンドインパクト』 発動!!!)
それはもはや「風の塊」ではなく、指向性を持った「爆風」に近いものだった。
「なっ……が、はああああああっ!!?」
至近距離で叩き込まれた二度目の猛撃に、ゴリアスは耐えきれるはずもなかった。巨体が雷の鎧ごと木の葉のように舞い上がり、訓練場の分厚い石壁を粉砕しながら深々とめり込んでいく。粉塵が白く舞い上がり、轟音が地下全体を揺らした。
訓練場を揺らしていた雷鳴が止み、そこに残ったのは、静寂と――肩で息をしながら立ち尽くす、一人の少年だけだった。
壁に深くめり込んだゴリアスは、全身を襲う激痛と魔力の枯渇、そして何よりケントの底知れない実力を前に、静かに目を閉じた。
「……はは、まいったぜ。これ以上は、立っているのもやっとだ」
ゴリアスは吐血混じりに笑い、震える右手をゆっくりと上げた。
「……降参だ。俺の負けだよ、ケント」
その一言は、静まり返った地下訓練場へ静かに広がり、誰もすぐには声を発することができなかった。
呆然としていた審判のエミルは、その一言で我に返り、慌ててホイッスルを口に咥える。
――ピィィィィィィッ!!!
「そ、そこまで! 勝者、ケントさん!!」
エミルの鋭い宣言が響き渡る。
一瞬の静寂の後、観客席からは信じられないものを見たという困惑の声が漏れ出した。
「おい、マジかよ……。Cランクのゴリアスさんが、降参したのか?」
「あのレベル16のガキが……本当に勝ちやがった……!」
勝利を告げられたケントは、折れた肋骨の痛みに顔を歪めながらも、ホッとしたように肩の力を抜いた。戦いが終わった実感が、じわじわと全身に広がっていく。
「ゴリアスさんとケントさんは控え室へ移動してください! 医療班はただちに控え室へ向かい、お二人の治療を開始してください!」
エミルの指示に従い、互いにフラフラになりながら控え室へと向かう二人。しかし、ギルド内は前代未聞の事態にパニックとなっており、肝心の医療班はなかなか現れなかった。
*
静かな控え室。
壁際の椅子に腰を下ろした二人の間に、清々しい沈黙が流れる。荒い呼吸が少しずつ落ち着いていく音だけが、部屋に満ちていた。
「……すまねえな」
先に口を開いたのは、ゴリアスだった。天井を仰ぎ見たまま、どこかバツが悪そうに呟く。
「え?」
「いきなり決闘なんてふっかけちまってよ。……だが、あの場でああでもしねえと、周りの疑いは晴らせねえと思ったんだ。……まあ、結局は俺自身が、お前の数値を疑ってたってのが一番の理由なんだがな」
ゴリアスは自嘲気味に笑った。自分が手も足も出なかった事実を認め、素直に謝罪する彼の姿には、確かな器の大きさがあった。
「いいですよ。むしろ、ゴリアスさんが決闘を挑んでくれなかったら、今頃はまだ登録できずに困っていたと思うので……。本当にありがとうございました」
ケントは折れた脇腹を押さえながら、深々と頭を下げた。
「……お前、本気で言ってんのか。肋骨を折られてまで、感謝される覚えはねえよ」
「あ、これですか? でも、これくらいで済んだのはゴリアスさんが手加減してくれたからですよね。やっぱりプロの方は凄いです。僕なんて、必死に避けるのが精一杯でしたから」
ケントの言葉に、ゴリアスは
「……手加減、か」
と力なく笑う。その笑いには、苦さと、どこか嬉しさのようなものが混じっていた。
「あの、ゴリアスさん。さっきの『雷電・重装』……あれ、なんていうスキルなんですか? 普通の雷魔法とは全然違うように見えたんですけど」
ケントの素朴な疑問に、ゴリアスは少し驚いたような顔をしてから、丁寧に答えた。
「ああ、あれは『技能スキル』って呼ばれるもんだ。お前さんのステータスにあるような、単純な剣術や魔法のスキルとはちょっと毛色が違う」
「技能スキル……ですか?」
「簡単に言えば、二種類以上の力を無理やり混ぜ合わせて使う『混合技』だな。俺の場合だと、『雷魔法』と『体術』を組み合わせて、雷の魔力を直接肉体に流し込んでる。そうすることで、魔法の破壊力を拳に乗せたり、一時的に身体能力を爆発させたりできるんだわ」
ゴリアスは、今も微かに火花が散る自分の拳を見つめた。
「だが、これは魔力制御が死ぬほど難しいし、体への負担もデカい。ただ魔法が使えるだけじゃ辿り着けない、経験とセンスが必要な領域なんだよ」
「……すごい。魔法と体術を混ぜるなんて、考えたこともありませんでした」
ケントは目を輝かせて聞き入っていた。スキルとは単に「今自分ができる技術」を指す言葉だと思っていた。だが、それらを掛け合わせて自分だけの「技能スキル」を作るという発想は、まさに目から鱗だった。
(……二種類以上を混ぜる。僕なら、例えば『錬金術』と『魔法』とか……『一刀流』と『気配遮断』とか……。そんなこともできるのかな?)
好奇心を抑えきれないまま自分のスキル構成を思い浮かべるケントを、ゴリアスは少し呆れたように笑った。
「お前ほどのステータスがあれば、そのうち勝手に見つけるさ。……いや、もしかしたら、もう無意識に使ってるかもしれねえがな」
「教えていただき、ありがとうございます。勉強になります!」
ケントが深々と頭を下げると、ゴリアスは照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、いいさ。……それにしても、医療班は遅いな。俺はこの後、装備の点検があるんだ。早く終わらせて帰りてぇんだが、この体じゃ動けねえ……」
ゴリアスはいまだ痺れの残る腕と深い疲労感に、大きくため息をついた。
それを聞いたケントは、「それなら」と右手を差し出す。
「あの、ゴリアスさん。僕でよければ、少しお手伝いしましょうか?」
「あ? ……お前、回復魔法も使えるのか?」
「はい。そこまで高いものではないんですけど……行きますよ」
(光系統中級回復魔法・ハイヒール)
ケントが魔法を発動した瞬間、ゴリアスの怪我した部分が真っ白な光に包まれた。温かく、柔らかな光だった。
「なっ……!?」
ゴリアスの全身を、温かくも力強い魔力が駆け抜ける。一瞬で筋肉の強張りが解け、雷電の反動による倦怠感や、痺れ薬の残滓までもが完全に消え去った。
ケントもまた、自分の脇腹に手を当てて光を放つ。ゴキッ、という音と共に折れていた肋骨が元の位置に戻り、何事もなかったかのように肉が繋がっていく。ほう、と思わず息が漏れた。
「……よし。痛み、なくなりましたか?」
「…………おい。今のは、ただのヒールじゃねえだろ」
ゴリアスは自分の掌を何度も握りしめ、驚愕のあまり顔を強張らせた。
「えっ、そうですか? 僕としては、ちょっとした応急処置のつもりなんですけど……。やっぱり、専門の医療班の方に診てもらったほうがよかったですかね?」
「……応急処置で、欠損一歩手前の重傷が完治するかよ! お前、自分がどれだけとんでもないことしたか分かってねえだろ!」
ゴリアスの怒鳴り声のようなツッコミが控え室に響いた。
その時、控え室の扉が勢いよく開いた。
「失礼します! 医療班です! 重傷者は――」
慌ただしく飛び込んできた医療班の面々は、その場で動きを止めた。
「……え?」
そこには、先ほどまで死闘を繰り広げていた二人が、普通に椅子へ腰掛けて談笑している姿があった。
「あ、医療班の方。すみません。ゴリアスさんが急いでいたみたいなので、勝手に応急処置しちゃいました」
ケントが申し訳なさそうに頭を下げる。
「……応急、処置?」
医療班のリーダーは半信半疑のまま診断魔法を発動した。
淡い光がゴリアスの全身を包み、すぐに消える。
「…………傷が、ありません。」
信じられないという表情のまま、もう一度診断魔法をかけたが、結果は同じだった。
「反動による筋肉損傷も……痺れ毒も……内出血まで消えている……。」
震える声でそう呟く医療班を横目に、ゴリアスは拳を握ったり開いたりして感触を確かめると、豪快に立ち上がり、大きく肩を回した。
「だから言っただろ。こいつに治してもらったんだ。」
「おい、冗談だろ……。ゴリアスの『雷電・重装』の反動は、専門の治療師が三人がかりでも一晩はかかるはずだぞ……。それを、この短時間で……?」
「悪いな、医療班の連中。俺はもう全快だ。行くぞ、ケント! さっさと登録を終わらせて、ギルドの連中に新しい『怪物』の誕生を拝ませてやろうじゃねえか!」
ご覧いただきありがとうございます!ようやく、本格的な戦闘シーンをお届けすることができました。ここまでお待たせしてしまって申し訳ありません……!
初めての戦闘描写ということもあり、一挙手一投足を「どう書けば迫力が出るか」と悩みながら、一文字ずつ大切に書き進めていたら、いつの間にかこんな文字数になってしまいました。
ケントの規格外っぷりと、ゴリアスさんのベテランとしての意地、楽しんでいただけたでしょうか?
「面白かった!」「ケント、そこは無自覚すぎだろw」など、少しでも感じるところがあれば、ブックマークや感想をいただけると、これからの執筆の大きな励みになります!次回、いよいよギルド登録完了(?)です。またお付き合いいただければ幸いです!




