第12話:ベテランの意地 vs 初心者の搦め手
ケントが地下訓練場へと続く重い扉を開けると、そこには予想だにしない光景が広がっていた。
「……えっ?」
円形の試合場を囲む観客席には多くの見物人がいた。
熱気と酒の匂いが混ざり合い、地下とは思えないほどの喧騒がすでに渦巻いている。
「おい、来たぞ! あの『異常数値』のガキだ!」
「隣にいるのがゴリアスか。おい! そのガキのメッキ、さっさと剥がしてやれよ!」
上から降り注ぐのは、期待と、疑念と、ほんの少しの恐怖が入り混じった野次。ケントは、借りたばかりの剣をぎゅっと握りしめ、思わず観客席にいるシオンたちの顔を見上げた。四人の姉は、静かに、しかし確かな眼差しでケントを見ていた。
「では、まずはじめにお互いの対戦相手の説明をさせていただきます。審判は私、受付嬢のエミルです」
受付のエミルが、緊張を隠しきれない声でルールと対戦相手を紹介し始めた。
「私から右手に見えますのが、Cランク冒険者のゴリアスさんです。レベルは52、ステータス平均は5280です」
観客席から
「やれー! ゴリアス〜!」
と地響きのような歓声が上がった。
「対しまして、左手におりますのが――新人、ケントさんです。レベルは16、……ステータス平均、5200!」
その瞬間、場内は静まり返り、直後に爆発したような罵声が降り注いだ。
「ふざけるな! レベル16で平均五千だと!?」
「イカサマだ! そんなガキがゴリアスさんと同格なわけねえだろ!」
「とっととギルドから叩き出せ!」
見物人たちの容赦ない野次がケントに突き刺さる。言葉の一つ一つが、矢のように胸に刺さってくる。あまりの剣幕にケントが身を縮めようとした、その時
「――うるせえええええ!! 黙って見てろ!!」
ゴリアスが腹の底から響くような怒声を上げた。
「戦いもしない奴が、ごちゃごちゃ言うんじゃねえよ」
その一言で、野次を飛ばしていた冒険者たちは言葉を失い、訓練場にはピリついた緊張感が戻った。ゴリアスの視線がケントに向く。その目には、侮りではなく、純粋な値踏みの色があった。
空気を読み取ったエミルが、震える声を整えてルールを告げる。
「……で、ではルールの説明に入ります。審判が戦闘続行不可能、もしくは対戦者が降参をした場合に決闘は終わります。対戦相手を殺さないこと、勝敗がついたのに攻撃をしようとした場合はギルドがそれ相応の対処をさせていただきます。……よろしいですか?」
エミルが二人に確認する。ケントとゴリアスはお互いに短く、しかし決意の籠もった返事をした。
「あぁ、いいぜ」
「はい」
ピィィィーーッ!
エミルの吹くホイッスルが鋭く鳴り響いた。
その瞬間、ゴリアスが爆発的な踏み込みを見せる。巨体に似合わぬ速度で肉薄し、背負っていた身丈ほどもある巨大な戦斧を、力任せに振り抜いた。床板が、踏み込みの衝撃で小さく軋む。
「まずは挨拶代わりだ! 耐えてみせろよ、少年!!」
大斧が空気を引き裂き、凶悪なまでの風切り音を立てる。
ケントは危険を感じ、大きく後ろへ跳んで攻撃をかわした。ゴリアスの大斧は地面を直撃し、轟音とともに土煙が巻き起こった。足元から衝撃波が這い上がってくる。
(距離さえ取れれば、なんとかなるはず……!)
「逃げれると思うなよ!」
ゴリアスは叫ぶと同時に、身丈ほどの大斧を前方で猛烈な速度で旋回させた。
ゴォォォッ!
暴風が巻き起こり、周囲に溜まっていた土煙がケントの方へと一気に押し寄せる。目を開けていられないほどの砂埃が、一瞬でケントの視界を奪った。
ただでさえ濃い土煙が、ゴリアスによって「目潰し」へと変貌したのだ。
(どこだ……!? 気配が消えた……! 仕方がない、『気配察知』……! やばい!)
ケントは『気配察知』した途端、慌ててその場から離れた。次の瞬間、ケントがいた場所を大斧がものすごい勢いで横切る。風圧だけで、頬が切れそうなほどだった。
「……っ、あ、あぶっな〜! ちょっと、ゴリアスさん! 今の避けてなかったら死んでましたよ!? 殺すのはダメってルールでしたよね!?」
ケントが冷や汗を拭いながら叫ぶ。しかし、ゴリアスは気にする様子もなく、巨大な斧を無造作に肩に担ぎ直すと、淡々と答えた。
「……お前なら、今のは避けられるはずだろ。逆に今のを避けられないなら、あのステータスはただの飾り――偽物ってことになるからな」
ゴリアスの目は笑っていなかった。実戦の重みを知る者特有の眼だった。
「避けられたのはいいが、動きに余裕がねえな。まあ、そこは『経験の差』だから仕方ねえが」
「……言ってくれますね。なら、今度は不意打ちなしで、堂々と正面から来てみてくださいよ!」
ケントは借りたばかりの剣をぐっと握り直した。
恐怖よりも「負けたくない」という感情が勝り始めた。その無意識な闘争心の高まりに呼応するように、ケントの周囲の魔力がわずかに揺らぎ始めた。
「なら行くぜ!」
ゴリアスの咆哮と共に、空気が爆ぜた。
先ほどまでとは比較にならない速度。巨体に似合わぬ身軽さで肉薄し、身丈ほどの大斧が、まるで嵐のようにケントを襲う。
「……ぐっ、……ふん!」
横薙ぎ、叩きつけ、そして鋭い突き。
回避不能とも思える連撃を、ケントは借りたばかりの60cmの剣で、最小限の動きで受け流し、あるいは紙一重でかわしていく。剣を通して伝わってくる衝撃は、骨が軋むほどの重さだった。
(……これ、一度でも当たったら死ぬかもしれない。絶対に当たらないようにしないと!)
ケントの脳裏には、地面をクレーターのように破壊した斧の威力が焼き付いている。だからこそ、彼は「必死に」避けていた。
だが、それを見ている観客席と、何より攻撃を繰り出しているゴリアスは、戦慄していた。
(な、なんなんだ……!? 俺の連撃を、あんなナマクラ一本で全部受け流してやがるのか!? 一撃一撃が岩を砕く重さなんだぞ!?)
ゴリアスは戦慄し、一度間合いを切るために大きく後方へ跳んだ。着地の衝撃で、訓練場の床がどすんと揺れた。
「……ふぅー。やるじゃねえか。そんな小さな剣一本で、俺の連撃をいなすとはな。――なら、次は俺の『全力』を受けてみろ!」
ゴリアスは吠えると、再び大斧を旋回させた。
最初と同じく猛烈な土煙が舞い上がり、ケントの視界を白く染め上げる。
(……最初と同じ? ――いや、違う! さっきの連撃以上の速度で来てる!?)
土煙の向こう側、風を切る音が重なり、網の目のような殺気がケントを包み込む。肌の産毛が一斉に逆立った。
ケントは反射的に距離を取ろうとしたが、その瞬間、ある案が脳裏をよぎった。
(……このまま避け続けてもキリがない。この土煙を利用して、火の魔術で場所を撹乱させたら……行けるかも!)
シオン姉さんから言われた「魔術・魔法は2種類まで」という言葉が、一瞬だけ頭をかすめる。
(一つ目は、火の魔術でいいよね。よし……やってみる!)
ケントは借りた剣を左手に持ち替え、空いた右手を煙の向こう側、ゴリアスの気配がする方へと向けた。
(火系統初級攻撃魔術・ショットフレイム!)
ケントの手から放たれた魔力が、先ほどまで自分が立っていた場所に魔法陣を描く。次の瞬間、その魔法陣から小さな火球が土煙を切り裂いて飛び出した。
「! そこかぁ!」
ゴリアスは即座に反応し、火球の射線へと突っ込んだ。だが、そこはすでにケントが移動した後の「囮」の場所だった。
(……ふぅ、ギリギリだな。よし、次はこれだ!)
ケントは懐から、事前に作っておいた小さな瓶を取り出した。
ケントはゴリアスの足元を狙って、その瓶を投げつけた。
パリンッ! と小気味よい音を立てて割れた瓶から、気化した紫色の液体がゴリアスの周囲に立ち込める。甘ったるいような、それでいて鼻の奥を刺すような、不思議な匂いが漂った。
「なっ、ゲホッ! こ、これは……っ!?」
ゴリアスの巨体が、目に見えてガクガクと震え始める。
「グ……がッ……!」
たまらず膝をつくゴリアス。床に膝がつく音が、静まり返った訓練場に重く響いた。それを見たケントは、戦いが終わったと確信して告げた。
「これで終わりです。……無理しないでください」
だが、その言葉が逆に、ゴリアスの冒険者としての誇りに火をつけた。
「……ふざ、けるな。……まだだ!!」
血管を浮き上がらせ、痺れている筋肉をなんとか動かしてゴリアスが立ち上がる。その眼光は、先ほどよりもさらに鋭く燃え上がっていた。
ご覧いただきありがとうございます。冒険者ギルドに来てから、本格的な戦闘描写に入るまでだいぶお待たせしてしまい申し訳ありません!初めての戦闘シーンということもあり、設定やステータスの説明についつい話数を割いてしまいました。ここからはケントの「規格外」な実力が本格的に動き出します。お待たせした分、スカッとする展開をお届けできるよう頑張りますので、ぜひお付き合いください!




