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突然の下僕扱いにムッとして眉を寄せるも、しかし越田さんは「ああ、あれはストーカーです」ともっとひどいことを言う。は、はぁ!?
「だ、誰が!」
「なんかずーっといちゃもんつけてきてぇ、さっきなんかアタシに触ってきたし、気持ち悪いんでどっかやっちゃってくださーい」
いやいやいや! たしかに、触ったのはゴメン! でも、あの状況だ。ヤらしい意味でしたわけじゃないことぐらい、わかるだろ!? ああ、でも、それも加害者側の勝手な意見なのかな?
とにかく、触ったのは僕が悪かったよ!
でも、ストーカー呼ばわりはない! それは明確な嘘じゃないか!
「違う! 僕は……!」
「そうか、聖女を脅かす不届き者だ。始末せよ」
しかし、もとより僕の言い分など聞くつもりはないのだろう。第一皇子はこちらに見向きもせず、さっさと騎士たちに命じてしまう。いや、始末って!
「ちょ……待っ……!」
「恐れながら、皇子殿下。聖女がご降臨なされためでたき日に、血を流すのはいかがなものかと存じます」
さすがにそれは……と思ってくれた常識のある人もいたようで、おそらく神官だと思われる白いローブを着た人々の中から声が上がる。
それには、第一皇子も「まぁ、そうだな」と頷いたのでホッとしたんだけれど――しかしそれも一瞬のこと。第一皇子の「では、四肢をへし折って外に放り出せ」という言葉に、僕は目を剝いた。
は、はぁぁ!? 放り出すだけでいいだろ! なんで四肢がへし折る必要あるんだよ!? そんなの始末するのと変わらないじゃないか! って言うか、なんで一回しっかり害そうとするんだよ!? 僕はストーカーなんかしてないってば!
愕然とする僕の前で、第一皇子はなぜか得意げに「痛い目に遭えば、二度と聖女に近づこうとはしないだろう?」などとのたまう。いやいや! そんなことしなくても、二度とかかわりたくないから! いっさい近づいたりしないから! 頼むから普通に門から外に出してくれ!
だいたい、関係ないなら僕はもとの場所に戻してくれよ! なんでそれについて誰も言及しないんだよ!? おかしいだろ!
心の中のツッコミは止まらないけれど、もちろんそれを口に出す勇気はない。このとんでもない状況にただただオロオロするしかできない僕に、第一皇子の命を受けた騎士たちが近づいてくる。
「っ……!」
でも、始末されるのも、四肢をへし折られるのもゴメンだ。
僕は勇気を振り絞り、素早く身を翻した。
「あ……!?」
「おい……!」
そのまま驚きや戸惑いの声を置き去りに、石造りの部屋を飛び出した。
方向なんてわからない。でも、そもそもそんなのは重要じゃない。逃げられればいいだけだから、ただ思うままに、がむしゃらに走る。
「待て!」
鋭い声が背を追いかけてきたけれど――いや、無理! だって、四肢をへし折るんだろう?
廊下には窓がなかった。たしか、あの部屋にもなかった。石造りの――息が詰まるような閉塞感。もしかして、ここは地下なんじゃないか? 思うや否や、扉や階段を探す。
目についた扉を開け、廊下を駆け抜け、発見した階段を駆け上がる。
その予想は当たっていたらしい。階段を駆け上がった先の重たい扉を開けると、そこは先ほどの部屋よりもさらに豪華な大ホールだった。
ただ、精緻な彫刻が施された純白の壁も磨き込まれた大理石の床も、今の僕の目には入らない。
大ホールの一番奥にある扉の向こうに見える――暖かな光と風に揺れる緑以外には。
外だ!
僕は全速力で大ホールを突っ切り、その扉から外に出た。
「わ……!」
一気に視界が開け、思わず声が出てしまう。
この場所は、小高い丘の上だったらしい。抜けるように高い青空。眼下には――小麦だろうか?どこまでも続く緑の絨毯が。さらにその先には街が。その傍には、ここよりもさらに高い高台に、堅牢な城壁を持つ荘厳な城が見える。まさに、ファンタジーの世界だ。
「そん……な……」
一気に実感が押し寄せてくる。ああ、本当にとんでもないことに巻き込まれてしまった……。
よろよろと歩いて、建物前の広場の端まで行く。
すぐさま目の前の階段を駆け下りて逃げるべきだと、頭ではわかっている。
だけど、眼下に広がる衝撃に、身も心も痺れたように動かない。
ああ、僕はこれからどうすればいいんだろう……?
「…………」
呆然と景色を眺めていると、背後から大勢の足音と「いたぞ!」とか「逃がすな!」という声が聞こえてくる。僕は背中を弾かせ、素早く振り返った。
瞬間、足が地面を見失う。
階段を踏み外したのだと気づいたのは、身体が宙に舞ってからだった。
落ちる――!
「うわぁっ!」
恐怖にぎゅっと固く目をつむった瞬間、なにかが僕の身体を受け止める。
「――大丈夫か?」
どこも痛くないことに驚いて目を見開いた瞬間――低く、甘く、ぞくぞくするほどの色香を持つ声が耳を打つ。僕は弾かれたように顔を上げた。
「っ……」
まるで紅蓮の炎のような、もしくは熱き血潮のような、強い意志に煌めく深紅の双眸。まっすぐ通った鼻筋に薄く形のよい唇、引き締まった精悍な頬。キリリとした眉にけぶるような長い睫毛、陽光を受けて煌めく髪は白銀。
「…………」
目が逸らせない。
いや、視線だけじゃない。思考も、呼吸も、魂さえもすべて奪われるほどの魔性の美貌――。
なぜだろう? もう駄目だと思った。逃げられない。捕まってしまったと。
すさまじい絶望感とともに目の前が暗くなってゆく。
「! オイ?」
視界の中の男が、驚いた様子で目を見開く。
それが、最後。
そのまま僕は意識を手放した。
◇*◇
「必要ない」
「必要ないって……あのねぇ……」
「かすり傷だ。こんなものでいちいち神殿を頼っていられるか」
「そうは言っても……」
人の声に、ふと意識が浮上する。
僕はゆっくりと目を開けた。




