第一章 まきこまれて異世界に召喚されました
非常~に困っていた。
「だからぁ! なにが問題なわけぇ?」
スマホを弄りながら、女性が僕をにらむ。
こういうタイプを『港区女子』というのではないだろうか。ダークブラウンのゆるふわ巻き髪に、同じ色のぱっちり大きな目。白い陶器肌にピンクベージュの形の良い唇。ボディラインがはっきりわかる黒のニットワンピースをばっちり着こなした美人さんだ。
僕――久住琉一は、内心ため息をつきつつ、頭を下げた。
「何度もお伝えしていますとおり、当店では大量に注文して大量に食べ残すのは迷惑行為として、罰金をいただいております」
「はぁ? お金を払って購入したものを、食べようが残そうがお客の勝手でしょ?」
「最初に説明させていただいたと思うのですが、たくさんの方に楽しんでいただくために当店ではそのような制度を設けさせていただいております。ご注文の際にも、この量を本当に食べ切れるか確認させていただいたはずですが」
「っ……聞いたけどぉ! でもこんな量、普通に考えて食べられるわけないでしょ?」
女性が背後のテーブルを手で示す。そこには、ほとんど手つかずのままアイスが溶けてしまった無残な姿のフルーツパフェが五種、フルーツたっぷりのパンケーキ。これもほぼ手付かず。そして、中身が一口ずつ減ったカラフルスムージー五種のグラスが並んでいる。
もちろん、こちらもそう思った。普通に考えて、一人で食べられるわけがないって。だから、オーダーを取った店員は注文は食べられる量だけにしてくださいと注意した。そうしたら、アンタ、なんて言った? 「食べられないって勝手に決めつけないでよ!」って怒鳴ったよな? ちゃんと聞いてるぞ。
――という内容を、丁寧な言葉に変換して伝えると、「だって! 一個や二個じゃ全然映えないじゃない!」と叫ぶ。
知らないよ……。アンタの『映え』なんて。
「では、罰金のほうをお支払いいただきます」
「だからぁ! 残したからって商品値段以上を払わなきゃいけないのはおかしいでしょ!」
……話聞いてた?
「食べようが残そうが、材料費もかかった経費もなにもかも変わらないじゃない! なのに、残したら追加料金って、それぼったくりでしょ!」
「……ですから、お伝えしていますとおり、当店では……」
内心ため息をつきながら、もうすでに数回繰り返している説明を再度繰り返そうとすると、女性がひどくめんどくさそうに声を上げた。
「あーあー! わかったわよ! じゃあ、罰金分は宣伝してあげるからチャラにしなさいよ」
「宣伝……ですか?」
「そうよ。アンタ、アタシのこと知らないの? 十万人以上登録者がいるインフルエンサーなんだけど? ライブ配信で宣伝してあげるわよ。それでいいでしょ?」
なぜいいと思った。
「いえ、宣伝は結構です。罰金を支払ってくだされば」
「っ……だからぁ!」
女性がさらに大声を上げた――そのときだった。
ギギィィィーっと耳障りなブレーキ音とともに、店が面した通りから悲鳴が上がる。ほぼ同時に、ガシャーンというすさまじい音と衝撃。店内に勢いよく突っ込んできた車のヘッドライトを視界の端にとらえた瞬間に、キラキラ光を反射する無数のなにかが降り注ぐ。それらが割れたガラスだと理解するよりも早く反射的に身体が動いて、僕は目の前の港区女子を抱き寄せて身を屈めた。
その直後――床が発光し、視界を真っ白に染め上げる。
「なっ……!?」
目を固く閉じていても、まだ眩しいほどの光の洪水。
周りから音が消え、空気が変わる。
そして――目蓋の向こうが暗くなり、シンと耳に痛いほどの静寂が訪れる。
それを破ったのは、「おおおおおおおおー!」という、たくさんの人間の歓声だった。
ぎょっとして、慌てて周りを見回す。
そこは、見たこともない場所だった。
まるで古い教会か神殿のような、体育館ほどもある石造りの部屋。たくさんの太い柱には精緻な彫刻が施され、ドーム型の天井には神々が描かれたフレスコ画が。床には魔法人のようなものが描かれており、厳かで神秘的で、息を呑むほど美しい。
声を上げて喜びを分かち合っているのは、純白のローブ姿の人々と紫のローブ姿の人々。
その外側には、甲冑姿の騎士のような人たちが整然と整列している。
「…………」
なんだ? ここ……。
そして、アイツらは誰なんだ……?
呆然としていると、腕の中の港区女子が「ちょっと……」と身を捩る。
「あ、ごめん……」
慌てて腕をほどくと、彼女は僕をにらみつけて――それからひどく訝しげに周りを見回した。
「なに……? なんなの? アイツら……」
すると――まるでその声に反応したかのように、純白のローブ姿の人々も紫のローブ姿の人々もいっせいに僕らの方を向き、胸に手を当てて膝をつく。えええっ? なになになに?
恐れおののく僕たちの前に、一人だけ、まるでファンタジーアニメの王子様のような格好をした人物が進み出る。輝かんばかりの金髪おかっぱに、蛇のような冷たい三白眼をした男だった。
「私はアルトゥール帝国は第一皇子、リカルド・レジス・ディ・アルトゥール」
男はそう名乗ると、ひどく芝居がかった仕草で胸に手を当てた。
「降臨をお慶び申し上げる、聖女よ」
「「は……?」」
思わず港区女子とハモってしまう。
「あなたさまは、聖女召喚の儀により、この地に降臨あそばされたのです」
ポカーンとしていると、白いローブを着たうちの一人が顔を上げ、厳かに言う。
……説明してくれたところ悪いけれど、説明してもらったとて、だ。まったく意味がわからない。
だが、こちらが完全においてけぼりをくらっていても気にする様子もなく、おかっぱ男――第一皇子だっけ? は、気取った仕草で港区女子に片手を差し出した。
「名を訊いてもよいか? 聖女よ」
「せ……聖女ってアタシのこと……?」
「ああ、貴女は唯一無二の存在だ。名を聞かせてもらいたい」
「こ……越田、由美……」
「コシ?」
「え、えっと、ユミ、です」
「ユミ……なんとも美しい響きだ」
第一皇子はそう言って微笑むと、港区女子――越田さんの手を取り、優しく立ち上がらせた。
「あ、あの……聖女って……?」
「ああ、そうだな。説明させよう」
第一皇子が壁際を向き、白いローブ姿の人たちに指で合図する。すると、先ほどまったく説明になってない説明をしてくれた人が立ち上がって一礼、朗々と声を響かせた。
「天地 開闢、序説。古より世界には規律はなく、ただ渾沌の中にあった。地は果てなき闇に侵され、人の安寧は皆無であった。闇の中、人は魔と共存せざるを得ず、魔は悪戯に人を虐げ、屠り、残虐の限りを尽くした。しかし人は、搾取されるを良しとしなかった。人は光を求めていた。規律を求めていた。人が人として暮らせる世界を求めていた――」
――ごめん? それ、長くなる?
思わず眉をひそめると、越田さんも同じことを思ったらしく、「あの、結論から言ってもらっていいですか?」と言う。――ありがとう。僕からも頼む。
語る気満々だったのか、一瞬ひどく残念そうな様子を見せたものの、すぐさま気を取り直して、説明してくれたところによると――魔物と人間が共存するしかなかった混沌とした時代に、のちに聖女と呼ばれる特殊な力を持った少女が、一部の土地を浄化し、魔を祓うことに成功したんだそう。
以来、人間はその地に住むようになり、いくつもの小国が形成されていった。
そのうちの一つが、ここ――アルトゥール帝国の前身となる、アルトゥール国。
その後、百年に一度ぐらいの周期で瘴気が溢れ、疫病が流行ったり、魔物の活動が活発になるも、そのたびに類稀な浄化の能力を持つ少女――聖女が現れ、地に平和をもたらしてきた。
魔物から逃げ回ることなく安定した暮らしができるようになったため、無数の小国の中から力を持つ国が現れ、周辺の国を吞み込んで大国になってゆく。アルトゥール国も周辺諸国を平定して、アルトゥール帝国へと成長してゆく。
だが、およそ三百年前――国が六か国となり、世界地図が現在とさほど変わらない状態になったとき、いつもの百年周期の魔の活動期に、なぜか聖女が現れなかった。いつも必ず現れていたのに、だ。それで、世界六国は甚大な被害を受けたらしい。ある国では、人口が半分になってしまったとか。
事態を重く見た世界六国は話し合い、神殿の神官たちと魔塔の魔法使いたちの叡智のを集めて構築したのが、百年周期の間の活動期にどこかに存在する聖女を必ず見つけ出し、召喚する――聖女召喚の儀、らしい。
なるほどね? つまりこれって、漫画やアニメでよくある異世界召喚ってヤツだ。そして、越田さんは、この地を浄化し、再び魔物に怯えず暮らせる世を作る能力を持つ聖女――と。
マジか……。そんなこと、現実にあり得るのか?
って言うか、え……? じゃあ、僕は?
まさか……なんの関係もないのに巻き込まれた!?
「ときに、聖女よ」
第一皇子がチラリと横目で僕を一瞥する。
「そこの者はあなたの従者か?」
は?




