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1-3

「……?」


「あ、気がついた?」


 優しい声とともに、誰かがひょいっと視界に入ってくる。


 サラサラと肩を滑り落ちる美しい長髪は、澄んだ泉のような淡い青色。落ち着いた優しい双眸も、まるで穏やかな春の青空のようだ。物腰が柔らかくて男臭さがなく、上品で雅やかな雰囲気の男性だった。えっと……誰だろう? あれ? 僕、どうしたんだっけ?


「大丈夫? どこか痛いところはない?」


「は、い……。ないと……思います……」


 ゆっくりと起き上がってみるも――うん、身体のどこにも違和感はない。どうやら四肢をへし折られるのは回避できたみたいだ。


 僕はおそるおそる周りを見回した。


 深い青地に銀のダマスク&アカンサス柄が美しい壁紙に、夜空のような宵闇色の毛足の長い絨毯。精緻な彫刻が施された白いマントルピースに、一目で上質なものとわかるロココ調の応接セット。そして、僕が寝ていたのは――キングサイズ? クイーンサイズ? わからないけれど、とにかく大きくてふかふかのベッドと、まるで外国の格式高いホテルのような部屋だった。


「…………」


 暖炉前のカウチソファーには、気を失う前に見たあの白銀の髪の男が座っていた。傷の手当てをしていたのか、裸の上半身には真っ白の包帯が巻かれている。


 どこだ? ここ。そして、この美形たちは誰だ?


 ポカンとしていると、青髪の男ふぁ「あ……。ごめんね?」と言って、自分の胸に手を当てた。


「私はセオフィラス・ディ・エレンディール。第一神殿の神官だよ。セオと気軽に呼んでほしい。あっちに座っているは、レイモンド・ディ・ヴィンターハルト。この国で一番力のあるヴィンターハルト公爵家の当主だよ」


「は、はぁ……」


 すごい人ってこと……だよね? とはいえ、いまいちピンと来ない。明確な身分制度のない国で育ってるからなぁ……。公爵って、二十一世紀の日本で言うと、どのぐらい偉い人になるの?

 それよりも、セオフィラス――セオさんが『神官』ってことのほうが気になる。つまりそれって、僕を召喚した人たちの仲間ってことだよ……ね……?


 一気に警戒心を強めた僕に、セオさんは再度「あ~そうだよね……。ごめんね?」とひどく申し訳なさそうに両手を合わせた。


「あのときは、『聖女召喚の儀』が成功して、第一皇子殿下をはじめ、みんなどこかテンションがおかしくなっていたんだと思う」


 ……いや、それで四肢をへし折られたらたまったもんじゃないんだけど。


「一応、私は止めたんだよ? 『恐れながら、皇子殿下。聖女がご降臨なされためでたき日に血を流すのはいかがなものかと存じます』――」


「え? ああ、アレ、あなただったんですか」


「そう。怖い思いをさせちゃったけれど、もう誰も君を傷つけようとはしないから、安心して」


「あ……」


 その言葉にようやく安堵する。


「そうですか……。よかった……」


「名前を訊いてもいいかな?」


「久住琉一、です」


「えーっと? クズミが名前? 姓?」


「姓ですね。琉一が名前です。とくにこだわりはないので、呼びやすいように呼んでください」


「なるほど。では、リューと呼んでいいかな?」


「大丈夫です」


「じゃあ、リュー。いろいろと説明が必要だと思うし、それをする準備もあるけれど、先にコレに食事を取らせてもいいかな?」


 セオさんが、白銀の髪に紅の瞳の――ヴィンターハルト公爵(だっけ?)を指さして微笑む。


「え……?」


「大丈夫だって言っているだろう。治療は必要ない」


 僕が答えるより前に、ヴィンターハルト公爵がムッとしたように口を開く。


「この程度の傷はよくあることだ。いちいち治療に高い金を払えるか」


「公爵のクセにケチなんだから……」


「金を惜しんでいるわけじゃない。なんにしても無駄が嫌いなだけだ」


「だったら、せめて効果のある食事をとりなよ」


 妙な言い回しだな。『効果のある食事』……?

 いや、それより怪我って……!


 僕は慌ててヴィンターハルト公爵を見た。


「もしかして、僕を受け止めて怪我を……? だったら……!」


「いや、違う。これは先日の魔物討伐の際に負った傷だ。お前は関係ない」


「それが、君を受け止めたときに開いちゃっただけ」


 ――じゃあ、しっかり関係あるじゃないか。


「す……すみません……!」


 慌てて頭を下げると、ヴィンターハルト公爵は眉をひそめて「言葉が不適切だ」と言う。


「え……? でも……」


「事情はセオからだいたい聞いている。お前は謝らなくちゃならないことなどしていない。そうだろう?」


「あ……」


 それは……そのとおりだ。


 ふわりと心が軽くなる。


 そうだ。今の言葉は不適切だった。伝えるべきは謝罪じゃなくて感謝だ。


「ありがとうございます、助かりました」


 紅蓮の瞳をまっすぐ見つめて言うと、ヴィンターハルト公爵が『それでいい』と言わんばかりに目を細める。


 笑った……。


 ぽつりと落とすような静かな笑顔に、なぜだか心臓が小さく跳ねた。


「ね? リューも、治療をしないならせめて効果のある食事をとるべきだって思うだろう?」


 セオさんが同意を求めるように僕の顔を覗き込む。えーっと……?


「すみません、その『効果』ってなんですか?」


 おずおずと訊くと、セオさんが驚いたように目を見開く。


「え? だから、毒消しとか、体力回復とか、滋養強壮とか……」


「ええっ!? 食事するだけで解毒ができるんですか!?」


 すげーな! 異世界!


 驚愕した僕に――しかしセオさんは少し慌てた様子で両手を振った。


「もちろん、完全にできるわけじゃないよ? それはやっぱり神官に治療をしてもらわないと……。ただ、なにもしないよりは少し効果があるって程度で……」


 あー……なるほど? つまり、栄養素と同じ考え方ってことか。


 たとえば――そうだな、レモン。


 レモンに豊富に含まれるビタミンCにはコラーゲンの生成を助け、美肌や肌のハリを保ち、抗酸化作用により体の酸化ストレスや老化を防ぐ作用がある。レモンの強い酸味のもととなるクエン酸には、エネルギー代謝をスムーズにし、疲労感の軽減する作用があるし、カルシウムや鉄などのミネラルを溶けやすくして吸収を高めるキレート作用もある。

 さらに、さわやかな香りのもととなっているリモネンには、副交感神経を優位にする効果があるから、リラックス効果や気分転換にもってこい

 ポリフェノールも豊富で、血管の健康維持やエイジングケアをサポートする効果もある。


 だけど、レモン一個食べたからといって、肌が急に綺麗になるわけじゃないし、疲労感が飛んでいくわけでもないし、傷ついた血管がみるみるうちに回復するわけでもない。


 でも、劇的な変化はなくとも、摂取し続けていれば、それらが徐々に効果を発揮して身体を良い方向に導いてくれる。


 ただ、これだけしきりに怪我人に食事を勧めるってことは、こちらの異世界の『効果』のほうは、僕らが知る『栄養素』よりももう少し目に見える変化があるのかもしれない。

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