3.本性腹黒王子はこっち来んな!
クロエに、セドリックルートの魔の手が迫っています。
あんな次々と先回りして邪魔になるものを潰していく、腹黒囲い込み王子、絶対ダメです。
友人としてどうしたらクロエを、あのセドリック殿下から守れるのでしょう。
「険しい顔してどうしたの? エミリー?」
一緒に廊下を歩いていたクロエの声に、わたしははっと我に返りました。
心配そうな顔でクロエがわたしの顔を見ています。天使。
「……もしかして、試験結果が心配?」
「え、ええ」
「大丈夫よ。セドリック殿下に教えてもらって、練習問題も出来ていたし」
一週間前。
数学が苦手なわたしのために、クロエとレスター様が勉強会をしてくれることになりました。
レスター様は同じクラスだからと言いましたが、クロエ狙いに違いありません。
それなのに放課後、約束した図書室に現れたのはセドリック殿下でした。
レスター様は急な体調不良で、代理で来たと言っていましたが怪しすぎます。
後でお詫びにいらしたレスター様に尋ねたら、胃腸の具合が悪くなったそうです。なにか盛られたのでは?
「やあ、君達は今日も仲がいいね」
「セドリック殿下。ごきげんよう」
すっと、優雅に淑女の礼をしたクロエ。すっかり令嬢の所作が板についています。
さすがヒロイン。愛らしさに優雅さがプラスされて、わたしのお友達、最高です。ふふん。
「どうしたのですか? 下級生の階にいらして」
「ん? んー、教えた以上結果が気になってね」
わたしに微笑む目が笑っていなくて怖いです。
ええ、もしかし今度はわたしを排除するつもりです?
さりげなーく、わたしとクロエの間に入って歩いていますし。
「で、殿下のおかげで……いままでよりは……出来たと思います」
「いくつか問題出したけれど解けていたし、上位二割には入るのじゃないかな?」
一学年、おおよそ百人くらいです。
試験結果は五十位以上から張り出されます。
はっ、もしかして、王太子に教えてもらって二十位以下なら処すってこと?
ちらりとセドリック殿下を上目にうかがえば、目が合ってしまいました。
にっこりしてきた殿下に、ぞっと背筋が冷たくなります。権力の横暴!
「エミリー、なんだか顔色が悪いけど……大丈夫?」
「ダイジョウブ……デス……」
心配するクロエに大丈夫と繰り返し、試験結果を張り出す掲示板の前に来ました。
ギリ、二十位です。
よっしゃ! わたしとブラウン家は守られました。
「……このまま一緒に食堂にいかないかい? ブラウン嬢が頑張ったお祝いをしないとね」
お昼前でしたので、一緒に昼食をといった流れになりました。
食堂には王族専用のサロンがあります。
サロンは、セドリック殿下とその婚約者か側近、招かれた者しか利用できません。
生徒会役員は側近ではありません。クロエを誘ういい口実にされてしまいました。
まったく抜け目のない王子です。
クロエとセドリック殿下は、楽しそうに生徒会のことを話しています。
すでに「クロエ」「殿下」と呼び合う仲で、着実に親密度を上げているのがわかります。
「それにしても、メラニー様の件は驚きました。生徒会のお仕事も手を抜かず忙しくされてて心配です」
「体は気をつけてほしいけれど、彼女は忙しい方が生き生きするタイプだからね」
メラニー様とセドリック殿下の婚約解消は、ゲームと違いとても円満に行われました。
公爵家のお家騒動においては、メラニー様は王太子殿下の後ろ盾を得ている状態です。
「私は応援しているよ。たぶん貴族たちの大半がそうじゃないかな?」
それに関しては……わたしも不本意ながら同意です。
公爵家が長男様の好きにされたら、下々にまで影響が出て、色々大変ですからね。
これまでの堂々とした気高き令嬢っぷりもあって、当主を目指すメラニー様は「格好いい」といまや若いご令嬢方にも大変な人気です。
一部の殿方の癖も刺激しているようで、「婿に入りたい」「罵られたい」「むしろ踏まれたい」のだそうです。
それはそれで心配ですが、メラニー様はしっかりした方なので大丈夫でしょう。
「プレッシャーもあるだろうね。私も兄上が亡くなって王太子になった身だから気にかけている」
「まあ……」
あああ、メラニー様の心配をしている場合ではありません。
ゲーム通りなセドリックルートの、さらっと重い過去の匂わせが、進行しています!
騙されないでクロエ。
その方、隠れキャラとして現れたお兄様の幽霊に『いらっときて、護符を投げつけた』と言った人ですから!
ゲームにおける、兄への罪悪感を抱えた王子の苦悩の欠片もないですから!
「夏の休暇は領地に戻って地盤固めらしい。君たちはどうするの?」
「うふふ、わたし、エミリーのご実家にお招きいただいたのですよ」
「ブラウン領に?」
「はい、お祭りがあるそうで。とても楽しみなんです」
ははは、腹黒王子ざまぁみろです。
クロエの夏休みの予定は、わたしが押さえました。
夏休みは、セドリックルートにおける最大のイベントが存在します。
古の神事、その視察にセドリック殿下と側近候補の文官見習いとしてクロエは行くのです。
神事でクロエが聖女であると発覚、一気にお妃候補へと進展するのです。
クロエはメラニー様とわたし、三人のきゃっきゃうふふのお茶会で、セドリック殿下ではなくメラニー様の文官へ方向転換しています。「共に女性の活躍を目指して頑張りましょうね」と固く手を握り合う仲です。
誰のルートも推せない、いま。
願うのは、クロエ自身が幸せを掴み取ること。
腹黒王子の好きにはさせません。
「殿下は休暇中はご公務ですよね?」
「そうだよ。城での公務もあるけれど、古の神事の視察にも出かける。奇遇だね?」
ん?
奇遇だねってどういうこと?
クロエも同じく疑問に思ったようです。こてんと頬に手を当てて首を傾げました。
「殿下、奇遇とは?」
「ブラウン領のお祭りって、最古の神殿の古の神事だろう?」
「はぃっ?!」
思わず変な声を上げてしまいました。
「どうしたのクロエ?」
「えーと、ちょっとよろけそうになっただけ」
「本当に大丈夫? 体調悪いなら医務室に……」
「ほ、本当に平気! 大丈夫ですわ!」
いまの話の途中で、クロエを置いて医務室なんかにいけますか!
え、ええ……そうなの?
あのイベント……あれってブラウン領の夏祭りなの?
待って待って待って、王太子の視察ってお父様からなんの連絡もないけれど?
「あのぉ、セドリック殿下。わたくし視察だなんて父からなにも……」
「決まったの一週間前だから、領地からの君への知らせはまだ届いてないかもね」
届いてないかもね、じゃねーだろ!
一週間前って、お祭りまでもう一ヶ月もない……王族受け入れる側のことも考えろや、このクズ王子!
「“学園でお世話になっている娘が案内いたします”って、伯爵から返事が来ていたよ」
「わ、わたくしはクロエと……」
「生徒会役員だし、クロエも一緒で構わないよ。視察といっても息抜きに近いんだ」
のおおおおぅ!
だから! 本性腹黒王子が息抜きにこっちに来るなー!
ていうか、完全にイベント狙いですよね? そうですよね?
「地方の祭りは、私も参加するのは初めてだ」
「わたしもです。楽しみですね!」
「案内してくれるね? ブラウン嬢」
黒いにっこりです。捕食者の目です。
こうなったら、ポジティブに考えるしかありません。
クロエとセドリック殿下の二人きりではなく、間にわたしが入れるのです。
なんとしてでも、イベント阻止です!
「ええ。光栄です」
にっこりと、セドリック殿下に負けるかと、わたしも微笑み返しました。
この夏は、クロエを守る夏です。
そう――この時のわたしは思ってもいなかったのです。
イベント回避をがんばった結果。
何故か、わたしとクロエがまとめて聖女認定される出来事が起きてしまうなんて……。
「どちらかが偽物だ!」
人々が声を上げます。そりゃそうです。クロエが本物で、偽物はわたしです。
わたし神殿を、国を、敵に回して処されるの?
瞬時にそこまで考えて涙目になったのですが……。
「まあまあ、聖女なんて何人いても国にとってはいいものだから。そうだよね?」
セドリック殿下の圧の強いお言葉により、聖女のありがたみ大暴落と共に騒動は鎮められ。
大騒ぎしていた神官達も、言われてみれば一人なんて聖典に書いてないかも、ならまあよしと言い始め。
なんとなく、クロエとまとめてわたしも聖女ってことで落ち着いてしまいました。
「クロエは王家で庇護しよう。大いに活躍してくれたら王家の評判にもなる。君は……最古の神殿が存在する領地の娘なんて、彼らを取り込むのに実に都合いいね」
「ナニヲ、イッテ、イルノデス?」
とりあえず、クロエ逃げて!
わたしも逃げます!
<完>




