2.息抜きに来られて困ります
知りたくもなかった溺愛枠王子の腹黒本性を知ったのが、三ヶ月前――。
いつもの絶好観察スポットのベンチの隣に堂々腰掛ける、セドリック殿下を横目にじとっと睨んでわたしは無視しました。
「君さ、クロエから生徒会に誘われてるはずだろう? 普通に我々の中に入ったらどうなの」
それを言うなら、どうしてこの人、こっちにいるのでしょうね?
四阿では、生徒会の皆様がお茶会中です。爽やかな初夏の日ですものね。
「ああ、あちらは所用で遅れて出席だ。私だって息抜きしたい。ここは人目がなくて実にいい」
わたしは、“人目”に、入らないそうです。
まあ本来背景モブですし、彼にとってそうなのでしょう。
どうやらわたしは、セドリック殿下の本性見せ要員に認定されたようです。迷惑です。
あの日以来、ふらりとやってきては好き勝手喋っていきます。
「クロエと周辺の交流をただ眺めたいだけ、信じがたい理由だが……本当のようだし、もう警戒していないよ」
無視です。気にしたら負けです。
クロエは、セドリック殿下のお声がけで会計になりました。
ゲームと同じ展開ですが、現実でその現場を見ると、ナ二カチガウ……。
成績優秀さに目を付けた、欠員補充の強制に近いお誘いでしたね。
クロエは平民特待生、王族に誘われて断れるはずがありません。そばにいたわたしだってそうです。
とっても心配でしたが、副会長はメラニー様ですし、すっかり打ち解けているようです。
生徒会にはセドリック殿下以外に、攻略対象がお二人いるのよねえ。
「しかし君は妄想というが、その通りのことが度々起きている。神託なら君こそ聖女では?」
「なにを言うのです! クロエが聖女ですわ!」
空気に徹しようと思っていたのに、聞き捨てならない言葉につい反応してしまいました。
三ヶ月の間で、わたしの知る各ルートのシナリオは、全部聞きだされてしまっています……不覚。
でもって、この腹黒王子。
娶るのであれば、公爵令嬢のメラニー様も悪くないが、聖女のほうが神殿勢力を取り込めて、王家の威光が増すなんて言ってやがるのですよ!
無しです! セドリックルートだけは絶対ナシです!
無しですが、聖女となるヒロインがクロエなのは揺るぎない事実です。
「聖女覚醒したクロエは天使を超えた女神ですのよ! 国に降りかかる困難はクロエなしには乗り越えられないのです」
「アーチャーと北部に現れる黒龍を倒すのだっけ? 隣国との摩擦をレスターと解消する話もあったね」
セドリック殿下の退屈そうな言葉に、わたしはうんうんと頷きました。
アーチャー様はセドリック殿下の護衛騎士。情熱枠の攻略対象キャラその二です。
レスター様は宰相のご子息。殿下の側近で、クール枠の攻略対象キャラその三です。
「でも黒龍なら捜索隊を組んで騎士団に討伐させた。隣国との摩擦の芽も摘んだから、心配無用に思うよ」
「はぁ?! なにしてくださってるんですか!」
「君こそなに言ってんの。妄想でも国に甚大な影響を与えそうな話を聞いて、王太子が確認しないとでも?」
それは、そうかもしれませんけれど。
「確認したらその通りだったので、大事になる前に手を打ったまでだ」
「ああああ! い、イベントが……エンディングが……」
セドリックルートを抜いて、おすすめルートのお二人なのに!
「そんな、残っているのはチャラ男枠と隠れキャラ……友人としてそちらは推せませんわ……」
チャラ男枠は語学教師のシルヴィン先生。
この方はいざ恋に落ちれば一途なのはいいのですが、傍系王族で複雑事情持ち。
ゲームと違って、現実的に、結婚すれば貴族社会で苦労するのが目に見えているお相手です。
隠れキャラに至っては、セドリック殿下の幼き日に亡くなったお兄様で幽霊。
番外ルートでこちらも現実のお相手に向きません。
「シルヴィン兄なら、一年後、友好国の王女に婿入確定したけど。もう内々で婚約済」
「なぁっ!?」
「少し年は離れているけど……あの人、お人好しだから。幼い王女に絆されるのは目に見えてる」
シルヴィン様は二十五歳。お相手の王女は十三歳だそうです。
ええ、十二歳差って、大人になったら気にならないといえばそうかもだけど……微妙。
そういえばゲームでもそんな設定があったような。
クロエに惹かれて反故に……したら、友好国との関係が最悪になりますね。
現実的に、マジで推せない破滅の恋ルート!
「な、なるべくシルヴィン先生とは接触させないよう、友人として気をつけますわ」
「頼むよ」
すごくいい笑顔で、セドリック殿下はにっこりとわたしに微笑みました。黒い微笑みです。
なんとなく、彼が仕組んだ縁談のような気がしてなりません。
はっ、もしかして!
王家の威信がどうのというのは照れ隠しなのでは?
本当はクロエと結ばれたいのでは?
わたしから聞き出したゲームの情報を活用し、自分以外のルートを潰して回ったのではー!
本性腹黒な上に、囲い込みヤンデレ気質――クロエ逃げて!
「わ、わたくしはお友達を守りますわよ!」
「結構だね。メラニーも君のおかげで己の望みに目覚めたようだ」
ふむ、とセドリック殿下は握った右手を口元に当てて楽しそうに笑いました。
黒い微笑みはそれはそれでダークな破壊力ですが、この笑みはゲームの王子そのままな光の笑みです。
不意打ち、やめて……本性アレでも顔がいいのは変わらないのです。
「め、メラニー様がどうかなさったのですか?」
近頃は、いままでにも増してお勉強に精を出されています。
休日は外泊許可を取って公爵邸に帰り、お忙しい公爵に代わり、領民の陳述書に目を通しているのです。
本当にお優しくてご立派です。
「メラニーから聞いてない?」
「いいえ。クロエと一緒に領民の困り事について時折ご相談は聞きますけれど……」
クロエの平民の立場からの意見は、メラニー様にとってはとても参考になっているようです。
手を取り合うヒロインとライバル令嬢、尊い。
「そういえば君、神殿付き合いに詳しいのだってね。メラニーが感心していた」
「領内に最古の神殿がありますから、統治上お付き合いが避けられないだけです」
「あの神殿、ブラウン領だったか……ふうん」
それから一ヶ月後、セドリック殿下とメラニー様との婚約が円満解消される公布がありました。
なんとメラニー様。
素行と性格に難ありなお兄様を退けて、公爵家当主を目指すそうです。
お兄様に領地は任せられませんと仰る姿は、それはそれは凛として美しく惚れ惚れしましたけれど。
「正直、あの長男が当主になったら、王家も頭痛いからね。その点、メラニーなら安心だ」
権威のためにメラニー様とクロエを天秤にかけていたクズが、なにか言ってますよ。
あれ、でも待ってください!
メラニー様が婚約者から下りたということは……セドリックルートの障害がゼロに!




