10話 もう一人の適合者とチェックメイト
視界がぐらつく。
天使には悪魔と同様に魔力を持たない攻撃は通らない。
今ラフィアの腹部に突き刺さっているのは、魔力で出来た剣。
反応が遅れた。
まさか守るべき人間から刃を突き立てられるだけでなく、自分にとって有効な攻撃を人間から受けるとは考えもしなかった。
(この少女は、颯馬と同じ……!)
「適合者……!」
手に魔力を込めて弾き飛ばす。
外壁を突き破って適合者の少女との間に距離を作る。
腹に刺さっている魔力光を引き抜き、赤い鮮血が流れ落ちる部分を手で押さえ、魔力で編んだ糸で止血する。
「ヒーリング」
塞いだ後に回復魔法を唱えて傷を完全に塞ぐと、外壁を吹き飛ばして舞い上がった土煙の中からこちらに近づいてくる影が一つ。
「痛いなぁ。折角私が千年の重荷を解放して上げようと思ったのに」
(流石は適合者……加減したとはいえ全く効いていませんね)
「何か探ってる?
まあ私は別に構わないけど。
こうして天使様に敵として見てもらえるなんて、なんて光栄なことでしょう!」
上げられた土煙から一気に突っ込んでラフィアに魔力光で斬りかかってくる。
ラフィアも咄嗟に魔力光を出現させて勢いを殺すが、力強い突進攻撃は天井を突き破って上空へと打ち上げた。
目の感覚を開いて地上をズームすると、甲斐田がこちらを見て歪んだ笑みを浮かべている。
「甲斐田……あなたという人は!」
狙いを適合者の少女ではなく甲斐田に変え、魔力の光を三発上空から降らせるが、素早く狙いを察知した少女が甲斐田を守るように全て弾き飛ばした。
弾かれた魔力光は近くにいた職員に突き刺さり、内側から魔力の棘が貫くように生えて絶命する。
「お父さん、怪我は?」
「私なら大丈夫だ。君が守ってくれたからね。
……シエル」
一泊置いて名前を呼ばれた少女の表情が明るくなる。このシエルという適合者は、それ程までに甲斐田に洗脳されていた。
「どうやら、本当に戦いになりそうですね。
颯馬は無事でしょうか……」
何にせよ、このシエルという白髪の適合者を止めなければ、甲斐田という巨悪を処罰することも出来ない。
かといって、相手は天使のラフィアと近い実力を持っていることが先程のやり取りですぐに分かった。
ラフィアは空中からゆっくりと地上に降りて、甲斐田とシエルに相対する。
「シエルさん。あなたは何のために戦い、その力を振るいますか?」
「そんなこと決まっている。
全てはお父さんのため。悪魔に奪われた家族を再びくれた甲斐田さんのために、私はなんだってする。
それが、例えアナタを殺すことになっても」
「そうですか。アナタの覚悟はよく分かりました。
甲斐田さん。いえ、甲斐田」
「何でしょう? 天使ラフィア」
「あなたをこのまま生かすことはできません。
これより与えるのは神罰。
神の代弁者たる天使。ラフィアの名の下に、アナタを殺します」
金色の相貌に捉えられた甲斐田は、天使ラフィアの放つ言葉のプレッシャーに半歩下がる。
「させない。また私の家族を奪おうとするなら、私は天使であっても許さない」
「その覚悟。しかと受け止めました。
本来であればこの力は人に振るうことは許されません。ですが、あなたはもう人の可能性を大きく踏み越えている。
悪魔と同じ。いえ、先日会ったばかりの変異体と同じレベルまで昇ってきてしまっている。
であれば、私があなたに力を振りかざしても文句は言えないでしょう」
「さっきのやり取りでわかったけど、天使様。
そこまで強くないでしょ」
「そうですね。封印していた力を使うのは実に数百年ぶりです」
翼に魔力を通して何倍にも膨れ上がる力を身体に纏いながら、手に全て集中する。
やがて両手から一つずつ魔力の塊が現れ、パチンと手を叩いてからゆっくりと両手を広げると、魔力ではなく一本の質量を伴った剣が具現化する。
魔力の余波がスパークのように周囲へ散らされ、纏うオーラはまるで別次元の神々しさ。
「神剣・刹那」
白銀に輝く一本の剣。
初めて変異体と遭遇し全身が砕かれた時に、発現させようと一度は迷った天使に与えられた専用武器。
まさか道を踏み外した人間に対して使うことになろうとは、ラフィア自身思ってはいなかった。
「行きますよ。構えて下さい」
ラフィアの言葉に釣られ、シエルが魔力光の輝きを一層強くして甲斐田を守るように構えた。
ラフィアの全身から赤い魔力が渦を巻くように立ち上り、その場から姿を消す。
シエルの目が見開かれ、甲斐田の首元へ迫る切先を弾いた。
「相手は私のはず」
「そうですね。ですが、私は甲斐田を止めるために剣を振るいます。
アナタの相手は、その後でいい」
ドンドンと剣を振るう速度が上がっていく。
甲斐田に向けられた刃は、悉く弾かれてシエルも譲らない。
神剣・刹那に更に魔力を込めて斬りかかると、魔力を付加された神剣は、魔力光で出来た剣を音もなく溶かしながらシエルの肩口から縦に斬りつけた。
深く入った一撃は、魔力の源たる悪魔の心臓。
寄生先の心臓に網を張り巡らされたものが見える。
半分以上意識が飛びながら、白目を剥いて膝を突くシエルを抱きながら、寄生された心臓部に手を突っ込む。
「何をしている。立ちなさい」
甲斐田が檄を飛ばしてシエルの意識を呼び戻そうと声をかけたが、ラフィアが強く睨んで黙らせる。
「そこで大人しく、静かにしていなさい」
「……ッ!」
温かい魔力で包まれたラフィアの手から逃げるように悪魔の核が動いていく。
それを摘み上げ、シエルの胸から手を引き抜いた。
ラフィアの手には、紫色の粘着質で出来た魔石と思われる魔力の塊が乗っけられ、握り潰された。
「これでチェックです」
戦闘不能になったシエルに苛立ちが隠しきれない甲斐田が罵倒を仕掛けた時、背後で爆発と共に粉塵が舞い上がる。
もう一つの作戦である揺動。
武装職員を無力化して壁を破壊し、聞き慣れた生意気な声が聞こえてくる。
「いいや、チェックメイトだ」




