9話 平行線を辿るお互いの正義
「行かせるわけないだろ」
踵を返してルームへと向かって歩いていく甲斐田を追いかけようと、地を蹴って踏み込もうと身構える。
同時に颯馬の足元にある鉄柵に銃弾が撃たれ、躱す動作を取ったことにより出遅れる。
「今撃った君、後で特別ボーナスだ」
隔壁に閉ざされ、甲斐田を足止めすることは出来なかったが、ラフィアに武装職員を向かわせなかったのはよしとする。
気がつけば颯馬の周りは武装職員が数十名以上。非武装の子供達を助けるなら甲斐田一人いたところで障害にはならない。
(これでいい。俺の役割は、ここでラフィアの元に武装した奴らを行かせないことだ)
颯馬が孤軍奮闘している中、ラフィアは『ルーム』と思われる建物の前に降り立ち、施錠された鍵を魔力を通して強制的に解錠していた。
重苦しい扉を開いて中へと入ると、そこには子供部屋が広がる。
「お姉さん、だあれ?」
「私はラフィア。皆さんをここから出すために来ました。さぁ、怖い人が来る前に、ここから逃げ出しましょう。みんなで」
「ラフィア? 絵本で出てくる天使様と同じお名前だー!」
人間の保育所を感じさせるような内装は、一種の不気味さを演出しており、壁にはラフィアと思われる天使の絵が何個も飾ってあった。
優しく微笑みかけながら、少しだけ声に魔力を意識して乗せる。
すると、何人かは近くによっては来るが、さすがと言うべきか魔力耐性の高い子供達が多い。
半数以上はまだ戸惑ってラフィアに近づいてこない。
(ここ以外の世界を知らない子供達が集められているのですね。だから警戒している子が殆ど……
もう少しだけ、魔力を込めた声をかける他ありませんか)
申し訳ない気持ちになりながらも、もう一度声をかけようとした時、天井に取り付けられたスピーカーから甲斐田の声が聞こえてくる。
その声を聞いて、喜びを露わにする少年少女達。最初にラフィアがかけた声の効力もすぐに失われて我に返っている。
「あ! パパだ!」
「最近会えなくて寂しいよぉ……」
子供達が甲斐田を慕っているのがよく分かる。
だが、甲斐田自身が与えているのは愛情ではなく、愛玩という感情。
『やぁ、こんにちはみんな。久しぶりだね。
ラフィア様は先ほどぶりですかね?
どうしてこんな凶行に出られたのかは予想がつきます。
ですがそううまくいきますかね?
これから子供達には最終試験を受けて頂きます』
「どういうつもりですか」
『どういうつもり、とは?』
「こんな道具のように箱に閉じ込めて、この子達の未来を奪う権利はあなたにはないと言っているのです!」
側から見たら虚しい正義感だろう。
しかし、そこにいないと理解していても、甲斐田の声がする方向へ叫ばずにはいられなかった。
『全く見当違いのことを仰いますね。
ここに集められているのは悪魔によって親兄弟を奪われ、故郷を奪われた犠牲者達の生き残りなんですよ??
あなたが取りこぼした人類の一部を、私が再び救い上げている! 私は素晴らしいことをしているのですよ!
そして全てを奪った憎き仇を討つ機会を、再び与えてあげているのです。
これは、そう! 救済! 救済なのですよ天使ラフィア!」
「それは違う!!
そんなこと、子供が望むように幼い時に教育。
いいえ、洗脳しているだけではありませんか!」
ラフィアの正論に、甲斐田の持つ正論。
二人の譲れない思いが交錯する。
「おやおや、手厳しい。
ですがこれ以上は平行線を辿るのみですねぇ……。
あなたとの対話はこれで終わりにしましょうか。
さぁ、二人目の誕生を共に祝って下さい」
甲斐田は高い声から低い冷めた声へと変わり
『最終試験を開始しろ』
と無慈悲に命令を出してスピーカーの音声は途絶える。
ラフィアは近くの子供達を両手で抱き寄せて、強く身構えた。すると、部屋のありとあらゆる所から青白い煙が噴き出てくる。
(何かのガス……! 悪魔と同じ魔力が込められているガスを撒いている!)
すぐに周りの子供達に息を止めるように、魔力を込めた声で指示しようとしたが、最初にラフィアへ駆け寄ってきていた子供達が既に咳き込み始める。
「みんな、すぐに息を止めて!」
徐々に立つことも叶わなくなり、床に倒れ込む子供達。白い泡をブクブクと噴きながら呼吸を止めて行く。
(お願い! 早く止まって!)
ラフィアの力ならこの部屋ごと完全に吹き飛ばすこともできる。
だが、碌な魔力防御も出来ない子供が攻撃の余波を浴びれば、間違いなく致命傷は避けられない。
いくら悪魔を打倒する力を持っていても、使い方を誤れば止めることの出来ない兵器に他ならない。
庇護対象がこんなに近くにいた状態で、本来の力を発揮しては来た意味がない。
ただ泡を噴いて中毒症状を起こし、絶命する幼い子供達を見守ることしかできない。
もう駄目だと理解していながらも、回復魔法を反射的に使ってしまう。
「待って……、ヒーリング!
お願い。戻ってきて!」
天使のみに許された魔法をかけるが、解毒には効果がなく意識は戻ってこない。
瞳から涙が溢れると同時に、ラフィアは目の色が煌びやかな金色の輝きを強く放ち、スピーカーを睨む。
スピーカーの接続先にいる、ガスを流した研究員が目から血の涙を流して意識を失い、倒れた拍子でボタンが押されてガスが止まった。
しかし、ガスが止まったとしてもただ一人を除いて、およそ全員が死亡。もしくは虫の息。
死んでしまった子供を悼むようにゆっくりと下ろし、残る最後の子供に歩み寄る。
「あなたは大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ」
安心しつつも、すぐ表情を引き締め直して言葉をかけた。
「見ての通り、あなた方が父と呼んでいる甲斐田は子供達を使い潰している。
このままではあなたも死ぬまで兵隊として終わりのない戦いに駆り出されてしまいます。
さっ、一緒にここから脱出しましょう。
甲斐田のことです。早くしないと……」
「大丈夫ですよ。ラフィア様。
この最終試験は、私の耐性を確認するため。
この子達は出来損ない。資源を食い潰すだけでこれ以上生きて行く価値はない。
彼なりの救済なんですよ」
興味のなさそうな声色に、ラフィアは得体の知れない物を見た時のように背筋へ冷たいものが走る。
一瞬言葉に詰まったが、すぐに声を荒げてこの少女から感じる不気味さをかき消した。
「なんてことを! いくら洗脳が行き届いていてもそれだけは間違っている!
命の選別など人の身には大いに余りある行為です!」
「安心して下さい。
すぐにあなたも千年の枷から解放して差し上げますから」
「何を言って……!」
ドスン___。
ラフィアの腹には青色を放つ魔力光で出来た剣が深く突き刺さっていた。




