11話 影から覗く白装束の男
「颯馬!」
「そっちも無事みたいだな」
粉塵の中から少し咳き込みながら頼れる相棒が姿を見せる。煤けた髪をパタパタ叩きながらこちらへゆっくりと歩いてくる。
「私は大丈夫です。今もう一人の適合者、シエルさんを治療しているところです」
「ならそっちは任せた。甲斐田は俺が」
「頼みます」
颯馬が甲斐田へ向き直ると同時に、甲斐田が拳銃を懐から取り出して向けてくる。
「そんなおもちゃで何をするつもりだ」
「だ、黙れ化け物が! 身寄りのないお前を誰が育ててやったと思ってる。
親に感謝こそすれ、与えられた牙を向けるとは何事だ!
お前はただ与えられた使命に従っていればいいんだ。何も思考する必要はない!」
銃口がラフィアと颯馬に向けられるが、その先端は動揺からか小刻みに揺れている。
「なぁ、俺の使命ってなんだ?」
「そんなこと決まっているだろう。
この世を蹂躙する悪魔を一匹残らず駆逐することだ。
お前は、お前達はそのために生み出された殺戮兵器!
ただ黙って指示に従うことこそが喜びだと教えたはずだ」
「そうだな。だけど俺はアンタなんて声しか聞いたことがない。
最初会った時はわからなかったがな。
そうやって声だけでずっと刷り込まれてきた。俺が逃げ出したのはさぞ不思議だったろうぜ。
それに、それが使命なら俺はアンタの言いつけを守っているぞ」
甲斐田が向けていた銃の射線を颯馬から切り、変えられない主張を繰り広げる。
「なら帰ってくるはずだ。お前はなぜまだそちら側にいる」
「そんなもん決まってるだろ。俺は寂しがり屋の天使と行く。
方法はこちらで決めさせてもらう。
飯もちゃんと食わせてくれるしな」
不敵に笑う颯馬を見て、もうこちらには本当に帰ってこないと確信した甲斐田は、わかっていても呼びかけるのを止められない。
「ふざ……ふざけるな。ふざけるな!
私の努力の結晶が勝手に手から離れるなど、決して許されることではない!
ごちゃごちゃ言ってないで戻ってこい!
颯馬!」
「嫌だね」
「そうか、これだけ言っても決心は変わらないか……」
銃口がラフィアへと変わり、ホルスターの中身を全て発射してばら撒かれた。
だが、全て颯馬が全て片手で握りつぶし、ラフィアの身を守った。
癇癪を起こすように甲斐田が悪態を吐く。
「くそ! くそ!!
天使ラフィア! たぶらかしの卑しい天使が!
私の子供を取り上げるお前は一体何様のつもりだ!!
ここまで人心を惑わし、導く立場の天使が思うままに人類を動かすなどあってはならない!」
これもまた正論。間違っていない主張。
人体実験の張本人の甲斐田でなければ筋は通ったかもしれない。
しかし、颯馬が一言で甲斐田の理論武装を粉砕した。
「それ、お前が言えることじゃねぇだろ」
一発だけ甲斐田を殴りつけ、数メートルぶっ飛ばして意識を刈り取る。
「ふぅ、スッキリ」
「殺しましたか?」
「いや、気絶させただけだ。
甲斐田は殺しておくか? 今後のことを考えるとよ」
ラフィアが頷く。
言葉はかけない。颯馬は興味を失ったように甲斐田から視線を切って、ラフィアと未だに意識が戻らないシエルの元へ近寄る。
「殺すと我が名に誓いました。
ですが、道は違えどこの男もまた人類のために動いた者。痛みを伴わず魔法で余命を刈り取ります。
「そうか、なら任せた。
もう一人の適合者はどうするんだよ?」
「そうですね。自慢じゃありませんが宗教団体以外にツテがありません。
かといって私自身、実態があまり掴めていない場所に置いていくのは……」
「じゃあ連れていくのか?」
心底面倒くさそうに颯馬が提案する。
「それ以外に方法がありませんからね。仕方ありません」
「甲斐田が死んだと知られれば、癇癪を起こすかもしれねぇ。
なんて説明するかなぁ……あぁー」
連れて行く方向に傾きかけたその時、一人の女性が現れて待ったをかける
「あちゃー、こんなになっちゃって。これはもうやめ時かな」
「あなたは、受付の……」
履いていた黒のヒールの踵を折ってから見知った女性が瓦礫の隙間をぬって歩いてくる。
「あ、覚えておいてくれましたか。光栄です。
受付をやっていたリーナです、……よっと。
うちの会社。何か悪どいことやってるとは思ってましたが、まさかここまで腐っているとは思いませんでしたよ」
「リーナ。というと日本人ではありませんね。
しかし……」
「あぁ、見た目は日本人と変わりませんね。
クォーターなので。外見からはわかりませんよね。
それよりもその子、連れて行くと聞こえましたが、いいのですか?」
「ええ。置いていくよりかは安全ですので」
遠慮がちにリーナがラフィアの顔を、上目遣いで覗き込みながら提案する。
「もし差し支えなければなんですけど、ウチで預かりましょうか?」
「そんな、一人養うだけで莫大なお金が必要になります。そんなことを軽々しく言うということは……」
「ええまぁ……ウチの家系はこの会社に出資するくらいには裕福です。
なので心配は要りません。
心のアフターケアも任せて下さい」
二人で目を合わせて目をパチパチと瞬きしていると、リーナは少し笑ってから「そういう反応になりますよね」と返した。
「裕福なのに、なぜ働いているのですか?」
「それは簡単です。出資先の会社が気になるのは、このご時世です。当たり前なのですよ。
まあもっとも……受付に追いやられて中の実態は掴めませんでしたけど」
「な、なるほど。そちらの事情は把握しました。
では彼女はリーナさんにお任せします。
私達は先を急ぎます。
いきますよ、颯馬」
「へいへい、天使様」
「前から思ってましたが、なぜ私のことを『アンタ』や『天使様』と呼ぶのですか?
前に一度ラフィアとちゃんと名前で呼んでくれたではありませんか」
歩き出したラフィアが寂しそうな声色で颯馬へ振り返るが、当人はあまり興味がない様子。
「別にどっちでもいいだろ、そんなこと」
「よくありません。名とはその者の定義を表します。
故に! ちゃんと名前で呼んで頂かなければ困ります」
颯馬は少し恥ずかしがりながら、一言おどけて見せる。
「なぁラフィア。ちょっと俺の腹にまだ穴空いてるんだけど、治してくれねぇ?」
ラフィアは焦ってすぐに振り返ってからすぐに服を引っぺがしてヒーリングをかける。
そんなやり取りを気配を完全に殺して観察している白装束の男が一人。その場を後にしたのは誰一人気付かなかった。




