お嬢様 『その名は、軽くない』
「このままじゃ、私たちの青春が終わってしまいますわ。
そう思いませんか?」
突然、琴音が言い放った。
皆は、缶コーヒー片手にぽかんと彼女を見た。
「確かに、最近裏レースばっかで、青春って言葉忘れてたス」
玲奈が相槌を打つ。
「でもなぁ、何が青春かよくわかんねぇし、今のままでも十分楽しいけどな。あたしは、ここで美味いもの食べれて満足なんだが」
千鶴がポテトチップスを開けながら言う。
「千鶴、あんたは食い気だけが人生なのか?」
千秋が苦笑する。
「じゃあ、箱根でも行きましょうか?」
雅が提案すると、みんなが顔を見合わせる。
「総長、一つ問題が。ウチらのスクーターやニンジャで行ったら、騒ぎになるんじゃ?」 奈美子が心配そうに言う。
「バイクを変えて、ラフな格好で行きましょう。ツナギもライダースーツも禁止。ヘルメットもフルフェイスなし。これなら誰にもバレませんわ」
梓がにっこり笑う。
「箱根で美味しいもの食べて、鎌倉の寺まわりとかいいかもね」
彩がうなずく。
こうして、アルテミスとルナゴスペルの面々は、 身分を隠して箱根ツーリングへと出かけた。
私服にラフなツーリングスタイル。 バイクも250cc以下の控えめなモデル。 いつもの“戦闘モード”とは違う、ちょっとだけ緩めの休日。
休憩所で缶コーヒーを手にしていると、 五台の小型バイクの集団が入ってきた。
バイクは125cc〜250cc。 派手な改造はなく、どれも丁寧に磨かれている。 乗り手の“バイク愛”が滲み出ていた。
年は高校生くらい。 まだあどけなさを残す顔立ち。
美奈子がにやりと笑って声をかける。
「へえ、あんたらも走ってきたんだ?仲良いな」
リーダー格の少女が少し驚いたように振り向き、警戒を解くように笑った。 「はい。でも……ちょっと悩んでるんです」
梓が首をかしげる。
「悩み?」
少女は視線を落とし、言葉を選ぶように続けた。
「……この間、“アルテミス”と“ルナゴスペル”の人たちに絡まれたんです。 すごく有名で強い人たちで……でも、『お前らみたいな弱小は道を走るな』って、ひどいことばかり言われて……」
アルテミスとルナゴスペルの面々は顔を見合わせる。
宗子が小声でつぶやく。
「私たちの名前を騙る偽物がいる?」
少女たちは気づかず、きらきらした目で続ける。
「でも、あの人たちは有名人だから仕方ないんです。私たちみたいな小さいチームじゃ、相手にならないし……」
「アルテミスさんとルナゴスペルさんは、やっぱり格好よくて、私たちとは住む世界が違うんですよね」
その無垢な信頼が、逆に本物たちの胸を締めつけた。
雅は拳を握り、低く呟く。
「……私たちの名を使って、弱い子たちを苦しめるなんて、絶対に許さない」
美奈子も肩をすくめる。
「アタイらの名前を騙って好き勝手やってるのか。腹立つねぇ」
千秋が優しい声で高校生たちに言った。
「……大丈夫。そんなやつら、ほんとのアルテミスじゃないよ」
少女たちは意味を理解せず、ただ感謝の笑顔を向けた。
「ありがとうございます!……やっぱり、先輩方って優しいですね」
「先輩って……まあ年上もいるけど、私たちも高校生ですわよ」
梓が苦笑する。
昼下がりの箱根。 観光客で賑わう駐車場の一角で、 アルテミスとルナゴスペル(本物)たちは高校生チームとバイク談義に花を咲かせていた。
そこへ、エンジン音を響かせながら数台の大型バイクが滑り込んでくる。
車体は無駄に派手なカスタム。 排気音もわざと大きく改造されている。
ライダーたちは特攻服風の上着に、 アルテミス・ルナゴスペルを模したカラーのヘルメット。
高校生チームの少女たちは息をのむ。
「……き、来た……!アルテミスさんとルナゴスペルさんだ!」
彼女たちは、駐車場の隅にいた雅や美奈子たちを素通りし、 偽物の一団に駆け寄ろうとする。
偽物アルテミスの女が、観光客にも聞こえるように高笑いする。
「ハッ!また会ったな、小娘ども。あたしたちアルテミスに逆らおうなんて百年早いんだよ!」
偽物ルナゴスペルの隊長役も負けじと声を張り上げる。
「お前らみたいなチビチームは、せいぜい原付でも乗ってろ!この神奈川の道路はアタシらが仕切ってんだ!」
高校生チームは萎縮し、下を向くしかなかった。
少し離れた場所でこの光景を眺める本物の面々。
梓が眉間に皺を寄せ、低く呟く。
「……あんな安っぽい偽物が、私たちの名を名乗って……」
エマは思わずフランス語で毒づき、涼子は拳を握りしめる。
宗子が冷静に周囲を確認しながら、雅に小声で問いかけた。
「……どうしますか?今ここで正体を明かすのは得策じゃない」
美奈子が、血の気の多い仲間たちを顔で制した。
「落ち着け。今はまだ“出番”じゃない」
雅は目を細め、偽物たちの言動を静かに見つめながら言った。
「ええ、今は……でも、この子たちを守る時が来たら、必ず私たちが動く」
美奈子がニヤリと笑う。
「その時は派手にやろうぜ。本物の名にかけてな」
観光客が見守る中、偽物たちは高校生チームを囲むようにバイクを並べ、 マフラーから爆音を吹かして威圧する。
「どうした?口もきけないのか?」
「“アルテミス様”に挨拶もできねぇとはなぁ。お嬢ちゃんたち、育ちが悪いんじゃねえか?」
偽ルナゴスペルの一人が、わざと肩を小突くように手を伸ばす。
高校生のひとりが、勇気を振り絞って言い返した。
「わ、私たちは……ただバイクが好きで……!」
偽物たちは一斉に嘲笑した。
「バイクが好きぃ? そんなの誰でも言えるんだよ!」
「アタシらに土下座して“通してください”って言えば、少しは許してやるけどな」
「通行料払うってんなら、子分にしてやってもいいぜ」
遠巻きに見ていた本物たちは、怒りを必死に抑えていた。
涼子は拳を握りしめ、今にも飛び出しそう。 エマが一歩踏み出しかけたところで、梓が腕を掴む。
「ダメですわ。ここで正体を明かせば、どちらが本物かでもめる」
だが、偽物たちは少女たちのバイクに手をかけ、 蹴り飛ばそうと足を上げた。
「壊されたら……もう走れなくなる……!」
高校生の一人が、泣きそうな声を漏らす。
その瞬間
「やめてください!!」
一番小柄な少女が、声を振り絞って偽物の腕を振り払った。
場の空気が、一瞬、凍りつく。
場の空気が、一瞬止まる。
「なぁに? ガキのくせに逆らう気か?」
偽アルテミスが指を鳴らして近寄る。
それでも彼女は震えながら叫んだ。
「……たとえ勝てなくても、バイクを壊されるくらいなら、あたしが止める!」
その言葉に、仲間の四人も顔を上げる。
その行動が、アルテミスの心を燃え上がらせることになる。




