8.迫り来る脅威
「外部の様子はどうだった?」
「やっぱり、この近くに探りを入れてきているわ。だからそろそろ、この場所からも離れるべきだと思っていたのだけど……」
城の外の監視をしていたようで、エイダは何者かが近づいてきていると告げる。
もしかすると、追われている立場なのだろうか。
考えてみれば、ここは魔族の領土であり、オスカー自身も人族の勇者である。
追撃を受ける理由としては、十分な程にある。
未だに事情が分からない中でも、彼は置かれている状況を推察する。
しかしエイダが向けてきた視線には、ある種の決意があるようだった。
ギンコも納得したように頷く。
「少し、事情が変わった訳か」
「……何が起きているんだ?」
「魔将・エスゼリクが神の裁きから生き延び、お主の父親を攫ったことは話したな。これは、その後の話じゃ」
境海で起きた戦い。
オスカーの身に起きた変調。
神々の調整。
そこまでは話に聞いていた通りだ。
そうしてギンコは、その先で起きた異変について話し始める。
「エスゼリクは魔族の領土に退避して以降、暫くは消息を絶っていた。奴も満身創痍じゃったからな、傷を癒す事を優先したようだ。しかし最近になって、周囲の様子が一変した」
「一変?」
「強大な力を持つ魔族が、複数体現れたのだ」
力ある魔族と聞いて、思い出すのは四魔将の存在。
邪神の力を浴びて増長した人族への憎悪、その化身とも呼べる者達。
オスカーは思わず身を乗り出す。
「まさか、新しい魔将が!?」
「ううん、魔将じゃないわ。彼らと比べれば、弱い。でもその魔族達は自分達を、エスゼリクから選ばれた魔族だと言っていたわ」
エイダが首を振る。
どうやら魔将が増えたなどと言う、酷な話ではないらしい。
ハッキリ断言するように、今までの魔将と比較すれば、明らかに格下の魔族のようだ。
そしてその魔族達の宣誓を聞きつけたのか。
神の裁きから生き延びたエスゼリクの消息を、彼女達は知った。
つまり。
「エスゼリクが、他の魔族に力を譲渡したのか?」
「分け与えた、と言うのが正しいじゃろう。所詮は魔将の力の一部、力自体は魔将より遥かに劣る。しかしこの地で生きてきた他の魔族達にとっては、強力無比であることに変わりはなかった」
彼は邪神が行った事と同じ事をしたのだろう。
目ぼしい魔族と接触し、新たな力を与えた。
今の魔族の領土も、安定とは程遠い。
もぬけの殻となった魔王城が、その証拠だ。
力ある魔族達は、今までの戦いや神々の調整を促すために命を賭した。
仮に魔将や魔王に及ばなくても、この地に住んでいる魔族にとっては脅威でしかない。
「エスゼリクより力を与えられた四体の魔族は、自らを四宝と名乗り、魔族の領土を統制していった。現れて数週間の出来事じゃが、既に半分近くの領土が奴らの手によって占領された」
「一体、何のためにそんな事を……」
「統制を失った魔族達を統べるためじゃろう。エスゼリク本人も、深手で自ら動けないのだと妾は見ている」
仮にエスゼリクが動けるならば、本人で統制すれば良いだけの事。
それをするだけの力が、或いは治癒に注いでいるために、今の彼には出来ないのだろう。
四宝は、そのための尖兵という訳だ。
目的は分からない。
魔族を統制して、再び人族の地に攻め入るつもりなのか。
彼女達もそこまでは分からないようだった。
「つまり、魔王城にも四宝の脅威が迫っている、という訳だな」
「うん。戦うこと自体、わたしは構わなかったけど、意識を失った貴方がいた。無暗に暴れて居場所を察知されるなら、隠れ潜んだ方が良いと思ったの。でも……もう隠れ続ける必要もなくなったかも」
エイダ達は、オスカーを抱えながら四宝から逃げ続けてきた。
そうして魔王城まで辿り着いたのだ。
恐らく戦って打倒する位ならば、簡単に出来る敵なのだろう。
それでもオスカーが眠っている間、エスゼリクひいては神々に、その存在を察知されたくなかったに違いない。
いつ別の脅威が迫ってくるか分からなかったからだ。
そして今、目覚めの時は過ぎ去った。
守勢に回り、逃げ続ける必要もなくなった。
「エイダはお主に血を分け与えただけではない。エスゼリクに勝るために、己が力を増していったのじゃ。始めは形振り構わずお主の父、ザカンを取り戻そうと自暴自棄になったこともあったが、妾が止めた。今の妾達では奴には敵わない、と」
「……」
「故にこの魔王城で力を蓄え続けた。その結果が、今の姿という訳じゃよ」
「そう、だったのか」
そこでようやく、先程からの疑問が解消される。
境海の戦いを経て、エイダは自分の実力不足を思い知ったのだ。
一ヶ月の間、あらゆる脅威から逃げ続けて味わった無力感は、きっと計り知れない。
だからこそ彼女は人としてではなく、竜としての力を高めたのだ。
幸いギンコには、竜族を知っている節がある。
そこから力を増大させるヒントを得たのだろう。
更に、ザカンを連れ去ったのは他でもないエスゼリクなのだ。
もしかすると、自分の責任だと思い込んでいるのかもしれない。
オスカーがエイダを見ると、彼女は居た堪れないように目を逸らすだけだった。
代わりにギンコが続ける。
「ザカンの安否は妾達にも分からぬ。一ヶ月が経った今、どうなっているか。それでも……」
「いや、大丈夫。父さんは、きっと生きている」
生きている保証はない。
そんな言葉に対して、オスカーはハッキリと否定した。
「何の意味もなく攫う訳がない。きっとエスゼリクにとって、父さんは何かを果たすために必要だったんだ。だったら俺は、生きている希望を捨てない」
感情論ではなく、確かな理論を以って言い切る。
あれだけ人族の地へ侵攻していたエスゼリクが、理由なく父を連れ去る訳がない。
きっとまだ魔将には、隠している事があるのだ。
そのためにザカンは攫われた。
生き残らせる、自分の手元に置く理由があったのだ。
生きている証拠までは出せないが、今はその望みを捨てるつもりはない。
死んでいるなどと欠片も思いはしない。
彼にとってザカンの存在は、それだけ大きな意味があるだからだ。
するとエイダが、俯きながら問いを投げる。
「ねぇ、オスカー」
「ん?」
「どうしてあの時、あの人を庇ったの? わたしだけじゃない、魔将だったあの人まで」
彼女も一つの疑問を抱えていたらしい。
あの時、どうしてエスゼリクを守ったのか。
人族を滅ぼそうとする魔将を、己が命を賭けてまで庇ったのか。
勇者を名乗る者として、普通ならば有り得ない行動なのかもしれない。
しかし、根本的な所を間違えている。
言葉に詰まったりもせず、オスカーは即答する。
「君の父親じゃないか」
「……」
「言った筈だよ。何もかもを女神の言うとおりにする必要はないって。俺は元々、エスゼリクを倒すつもりなんてなかったんだ」
あの時、オスカーは自然と身体が動いていた。
目の前で引き裂かれそうになっている家族を、彼女達をどうしても守らなければならない。
そんな衝動に駆られたのだ。
決して神々からの意志を受けた訳ではない。
これは彼自身の思い。
エスゼリクとエイダは、互いに話し合わなければならない。
分かり合わなければならないという、考えがあったからこそだ。
故に彼は、滅ぼそうなどとは思っていなかった。
それを聞いてエイダが言葉を失っていると、ギンコが小さく溜息を吐く。
「エイダよ、言ったであろう。この男は、こういう奴だ」
「……っ」
決して損得だけでは動かない。
改めて知ると、エイダは悲しそうな表情をして、その場から立ち上がる。
眩しさから顔を逸らすように、彼らから背を向けてしまう。
そして僅かに抗った、小さな声で言う。
「オスカーはもう、戦わなくて良い。ううん、戦ってほしくない」
「!」
「何もしなくて良いの。四宝も、魔将も、神様でさえも。わたしが、全部済ませるから」
エイダはそう言い終えると、部屋から出て行った。
冷酷、という印象はない。
ただただ、彼女からは自責の念ばかりが感じられる。
オスカーからザカンを失わせ、あまつさえその身体を悪化させたという事実が、余計に苦しめている。
自分で自分を傷つけている、そういった様子しか見えない。
「エイダは今まで、お主を失いたくない、その一心だった。しかし……それが逆に、あの娘を縛り付けているのかもしれん」
「……重荷に感じる必要なんて、ない筈なのに」
「お主はそうでも、そこまで割り切れんのだ。いっそ感謝されるのではなく、叱られる事すら望んでいる」
「そんなことは、出来ない」
「分かっている。だから今は、傍にいてやってくれんか。この一ヶ月だけではない。彼女の今までの素生を考えると、あまりに見ていられないのだ」
ギンコは沈痛な面持ちで語る。
父から見捨てられ、同じ竜族から嫌われ、四面楚歌の里からも逃げ出し、そして神々の調整によって命すら奪われかけた。
そんな状況に、絶望を抱いていても不思議ではない。
ならば今の彼女に必要なのは、一体何なのか。
かつての幼い自分を思い出したオスカーは、ギンコの言葉に頷くしかなかった。




