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6.神と人族と魔族と

「神々は存在する。だからこそ妾達は、魔将の言葉が信ずるに値すると、彼らを受け入れたのじゃ。古来、人族は神剣と呼べる代物を分け与えられた過去もある。最早、疑う余地は残されていなかった」


ギンコは話を続けつつ、背後を振り返る。

そこには先程から見えていた、石の台に突き刺さった黒剣だった。

宝物庫にある武具の中でも、異彩を放った長剣。

意味深に見返す彼女に、オスカーは問いを投げる。


「その剣は……?」

「魔王の剣。数百年前、人族に対抗すべく魔族の力を結集して生み出した魔剣じゃ。言わば、魔族の頂点に到達した者の証。この剣を手にした者は、あらゆる魔族から尊敬され、畏怖されることになる」


そこまで聞いて、彼も思い出す。

かつての魔王は王を名乗るに相応しい剣を振るい、人族に対抗していた伝承を。

大司教・フェーネラルも、神剣と双璧を成す強大な剣が存在すると語っていた。

鋼鉄のように硬く、それでいてどんな武器よりも軽い魔剣。

しかし、ギンコがそれを扱っていた様子はない。

先代も先々代の戦いでも、この剣が現れたという話は聞かない。

長年の戦いで失われたと言われていたが、まさか目の前に実在するとは思わなかった。

思わずオスカーは、その剣に近づく。


「迂闊に触らぬ方が良い。その剣は特殊で、持ち手を選ぶ。魔族の血を持つ者である事が条件であり、剣が与える試練を突破しなければ選ばれぬ。過去にも試練に挑む者はいたが、突破できた者は片手で数える程度。最近では、誰もが剣を恐れて近づかぬ有様じゃ。そして仮に突破できなかった場合、命の保証は出来ぬ。あの魔将達も、リスクある試練を受ける気はないようだった」

「……ギンコは使わないのか?」

「妾の身体で、剣を振えると思うか?」


ギンコは自嘲するように九つの尻尾を揺らす。

確かに彼女の戦闘スタイルから考えて、剣を振るようには見えない。

彼女は単純に自分と噛み合わないがために、剣を放置しているらしい。

それにしても、試練とは一体何をするのだろうか。

得体の知れない空気を纏っている事も考えると、只の試験ではない。

恐らく人族を怨敵として、あらゆる悪感情が込められている。

造り上げた魔族達すら恐れ戦き、長年引き抜く者が現れない程に。

人であるオスカーも利はないと気付き、その剣から離れる事にした。


「妾達はこの魔剣のように、あらゆる手を尽くしてきた。しかし作為的に人族へ与えられる神々の力によって、尽く無に帰された。まるで調和を取るようにな。そして四魔将が現れた今こそが好機。妾も含め、皆がこの戦いに全て賭けたのだ」

「商業都市の一件も、そのためだったのか?」

「あぁ」


息を吐くような小さな声で答える。

商業都市で起きた黒船による奇襲。

ギンコや魔族達が、境海を越えてまで死を選んだ訳。

それこそが勇者の死に繋がると、かつての彼女は言っていたが実際は違う。

全ては促すため、作為的な均衡を生み出すため。

今までは全く理解できなかったが、全てを知った今、それも説明がつく。


「あの時、ギンコは言ったな。自分を殺せば勇者が死ぬ、って。あれは、呪いなんかじゃない。両種族の力の均衡を保つために、神々の調整によって、力ある勇者の命が奪われる。そういう事だったんだな」

「あの都市で妾の配下は命を賭した。それは決して、意味のない死などではない。神々の調整を促し、刻印を失わせることで神の顕現を促すための策。仮に妾が死なずとも、一万に近い兵力が失われたのだ。お主の周りで、不審な死を遂げた者が、いたのではないか?」


大勢の魔族が襲い掛かり、大半の者が命を落とした。

例え死を望んだ結果だったとしても、全体的な魔族の力は衰えた。

天秤が傾いたのだ。

それによって何が起きたのか。

オスカーは気付く。

パラミナの大修道院を訪れた直後。

大司教・フェーネラルの暗殺未遂が行われる以前に、一人の神官が不審死した事を。


「ヴァンダイン司教……」

「心当たりは、あるようだな」

「馬鹿げている……人の命を、しかも自分を信仰する神官の命を、平気で奪うなんて……」

「それが神。奴らは情では決して動かぬ。ただ、自らが定めた法則と規則によって動く。言わば、天災のようなもの。故に妾は、この法則に縛られた魔族の解放を夢に見た」


ヴァンダインの死因は、最後まで不明なままだった。

恐らく暗殺を企てたカイツェルが仕向けたのだろうと勝手に解釈されていたが、それは違っていた。

神々の調整、強大な力を持つ者を削減する意志。

しかしギンコや魔将が存命の中、人類最強格のオスカー達を殺す訳にはいかない。

そこで選ばれたのが勇者に匹敵する実力を持っていた、ヴァンダインだったのだ。

仮にカイツェルが大灯台で刻印を解除しなければ、オスカーだけではなく、他の人族全員がその効果領域内にあったに違いない。

刻印の存在が明るみになったのは魔将が現れて以降だが、それでも魔族が人族を忌み嫌う理由が漠然と理解できた。


「神に従う人族とは分かり合えぬ。神に逆らう者などいる筈がない。決して手を取り合うことはない。そう思っておった。じゃが、しかし……」


ギンコも同じ思いだった。

調整で駒のように取り上げられるなら、人族と和解など決して出来ない。

それでも彼女は決意を示すように、オスカーを見つめた。


「オスカー・ヒルベルト。お主は神に抗った」


宝物庫内に吹いていた風が強まる。

生い茂っていた植物がサラサラと擦れる音を放ち、何処からか落ちた葉が頭上に降り注ぐ。

目の前にいる銀狐の美しい毛並みが、波立てるように揺らめいた。


「絶対の守護神である者達の神託よりも、守るべき者のために己の命すらも賭けようとした。それは妾達が抱いてきた思いと、何も変わらない。だからこそ、妾はお主を助けたのだ」

「ギンコ……」

「無論、お前達の全てを赦した訳ではない。商業都市で妾の臣下を討ち滅ぼした遺恨は、決して消えぬ。しかし、その姿に妾は思い出したのだ。かつての葬天そうてんの勇者、クィン・マリーを」


不意に先代勇者の名が語られる。

魔王であるギンコが、その名を知っていても不思議ではない。

かつての英雄の存在は、確実に魔族の間でも語り継がれている筈だ。

しかしその言い回しは、まるで彼女と交流があったかのようだった。

何かを知っている。

違和感を覚えたオスカーが聞きだそうとした瞬間、何処からか別の気配を感じた。

先程のベヒーモスとは違う、ひっそりとした気だった。

場所は宝物庫外。

抜き足差し足という程ではないが、向かい合っていたギンコも察知する。

そしてそれを待ち侘びたように、少しだけ安堵した。


「戻って来たか」

「誰か、城の中に……?」

「出迎えてやれ。それが、一番良いじゃろう」


今まで城の外にいたようだ。

含みのある言い方にオスカーは一つの予感を抱き、来た道を戻る事にした。

ギンコも止めはしない。

宝物庫を去り、眠っているベヒーモスの横を通り過ぎ、地上の城内を目指して上っていく。

辿り着いたのは一階にある、広々としたリビングだった。

明らかに高級そうな照明が並び、汚れ一つ見当たらない。

漆黒を基調にしている点を除けば、オルテシア王国の王宮にも匹敵する華麗さだ。


そうして辺りを見渡していると、向かってくる一つの足音が聞こえる。

軽く小さいものだが、確実にこの部屋に近づいて来る。

向こうも警戒する様子はない。

この場に目的の人物がいると思い込んでいるらしい。

誰が待っているかなど知らぬまま、その者は扉を開け放つ。

直後に見えたのは、透き通るような青い長髪。

涼し気な青白い瞳。

あの時、命を賭けても守り通そうとした、大切な人の姿が想起される。


「ギンコ、駄目よ。もう直ぐ、此処も嗅ぎつかれる。出立の準備を……」


聞き覚えのある声が届く。

しかし、それは彼が思い描いていた幼い少女ではなかった。

見た目12歳前後であった筈の姿が、数年が経ったかのように、背丈が伸びている。

15歳、16歳と言った所だろうか。

幼さは僅かに残っているが、そこにかつての子供らしい無邪気さはない。

少女もギンコだと思っていた相手が、全く違っていると気付く。

室内の照明に目を細めながら視線を合わせ、オスカーの姿を視認する。

目の前にいるその光景を信じられなかったのだろう。

彼女は暫く呆然としていたが、やっとの思いで唇を震わせる。


「オス……カー……?」

「まさか……エイダなのか……?」


間違いなく、間違える筈もなく。

竜人・エイダは成長した姿で、そこにいた。

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