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4.試される力

後を付いていくと、ギンコは城の階層を下り始める。

まるで自分の敷地内であるかのように、その歩きには淀みがない。

確かに此処は魔王城であり、彼女は魔王なのだから納得は出来るのだが。

何をしようとしているのか分からない。

不可解さだけが残る中、徐々に獣のような唸り声が聞こえてくる。


「俺に何をさせる気なんだ?」

「少し、手並みを見るだけじゃよ。今のお主がどれだけ戦えるのか、それを見極めるためにも必要な事なのだ」


改めてオスカーの実力を見定めたいようだ。

しかし、それをする事に何か意味があるのか。

既に商業都市で、彼女とは戦い抜いた過去がある。

今更、互いの力の程を見極める必要もない気もする。

上手く考えが纏まらず、オスカーは頭を軽く抑えた。


「何が何だか……と言うか、ここは魔王城なんだろう? 他の魔族だって、いるんじゃないのか? もし、俺が此処にいるって知られたら……」

「安心するが良い。今、この城は殆どもぬけの殻。お主が此処にいる事を知っている魔族などおらんよ」

「……そうなのか?」

「所有者である妾は、既に死んだと思われておるからな」


何てことはないように、彼女は答える。

主を失い、既に城として機能は失っているらしい。

控えていた魔族達も、それによって散り散りになったのかもしれない。

透過能力を考えれば、死を偽装する事も難しくはない。

だが何故、わざわざそのような真似をするのか。

未だに真意が見えてこない。

ただ一つ分かるのは、彼女が危害を加える事はないという予感だけだった。

暫し色々と考えていると、ギンコが不意に立ち止まる。

既に目的の場所、城の地下に辿り着いていたようだ。

視線を上げると、見上げる程に大きな漆黒の扉が立ちはだかっていた。


「此処じゃ」

「扉の先に、何かいる……? 今まで聞こえていた物音の正体、か?」

「うむ。お主には、この先にいる魔族を鎮めてほしいのだ」


扉の奥からは、鎖を引き摺るような音と、苦しそうな魔族の呻き声が響いて来る。

狂乱の中で意識を半分だけ取り戻し、助けを求めるようなもの。

ただ暴れている訳ではなさそうだ。

声を聞いて、ギンコは沈痛な表情を浮かべる。


「以前、四魔将達が魔王城を占領していた時があったのだが、その際に一部の魔族が心を惑わされた。自分達に従わない者を暴走状態にさせたのだ」

「洗脳、ってことだな」

「そう。この先の魔族には、城の宝物庫を守る番兵をさせていた。宝に近づく者は誰であれ容赦はしない。それが目の上の瘤だったのだろう。今では妾の声も届かぬ」


恐らく宝物を守る役目により、誰も立ち入らせないために魔将にすら敵意を向けた。

それが彼らの怒りを買ったようだ。

精神を惑わされ、目に映る者全てに攻撃を行うようになった。

黒魔導の類か、それとも特異なスキルが原因なのか。

どちらにせよ、ギンコに洗脳を解く術はない。

限られた者以外に、その術を解除することは出来ない。

そうしてオスカーは、そういった力の減退が得意分野だ。


「オスカー、お主の力は相手を殺さずに生かす。奴を正気に戻してはくれぬか」

「……それが出来れば、今まで起きた事を話してくれるんだな?」

「あぁ、約束しよう」


魔族を正気に戻すことに抵抗はない。

洗脳され、暴れ狂う様を強制されているなら尚更だ。

それにギンコは今までの出来事を全て把握しているようだった。

明かすと約束した以上、拒否する理由は何処にもなかった。


「分かった。出来る事はやってみよう。ただギンコ、君も少しは手伝ってくれよ」


わざわざ遠くから見ている意味もないだろう。

そう言って、彼女も巻き込む。

特に拒否もされず、ギンコはそのままオスカーの横に並び立った。

そして念動力を用いたのか、扉が音を立てて自然と開かれる。

狂乱する魔族への道が繋がる。

直後、大きな二本角と共に、紫一色の強靭な肉体を持った四足歩行の獣が現れた。

ギンコに勝るとも劣らない大きさで、頭部から背中にかけて、生えている黒毛が揺らめいている。

無造作に開かれた口からは、獲物を求めて常に涎が垂れ流されていた。


「ウオオオオォォォンッッッ!!!」

「ベヒーモス、か」


魔族の中でも、一際巨大な体格を持つと言われる種。

高い攻撃力を誇り、魔導を行使するという記録も残されている。

そして今の状態は明らかに普通ではない。

ベヒーモスは、狂った目をオスカーに向ける。

見覚えのない男、しかも人族に、元々あった敵愾心が揺さぶられたらしい。

流していた涎ではなく、口から禍々しい魔力が溜め込まれる。

闇の力、黒魔導か。

渦を巻いて球体状に圧縮された暗黒の力が、オスカーに向けて放たれる。

彼は剣を持たない中で右手を構えるが、それが自分の元に届く瞬間、見えない壁に守られる。

よく見ると、それは不可視の障壁。

ギンコが展開した念動力によるものだった。


「奴の攻撃は、妾が食い止める。守勢に回る必要はない」


闇の波動が、障壁を破ることはない。

魔王としての力は健在だった。

ベヒーモスの攻撃は威力を失い、その場で紐が解けるように飛散する。

まさか、彼女と肩を並べて戦う事になるとは思わなかった。

オスカーは勇者でありながら魔王と共闘している事実に、少しだけ感慨を抱く。

そうしてその思いのまま、彼は右手を持ち上げ、ベヒーモスに向けて己が力を行使した。


絶気ぜっき零魔拳れいまけん

「ウ……!? オ、オオオォォ……」


ベヒーモスに存在する魔力を狩り取る。

この魔族を狂乱せしめている力が、魔力によって形成されている事は一目で分かった。

ならば一度、善悪を含めた全てを打ち消し、消滅させる。

オスカーのみが扱える零式、魔を絶つデバフ。

魔力を一度に全て失ったベヒーモスは、そのまま意識を失うデバフに当てられ、眠りにつくように気を失った。

ズシン、と大きな地響きを立て、その場に倒れ込む。


彼は自身の力に変化がないと自覚する。

デバフの質に淀みはない。

万全を期した合体技に関しても、問題なく扱える。

だが一つ、見過ごせない点もある。

思わずオスカーはその場に膝をついた。

いつものように、されど思いのほか早く、眩暈が彼の身体を襲ったのだ。


「おい、大丈夫か……?」

「平気だ。ちょっと眩暈がしただけさ」

「……やはりか」

「やはり? 何の話だ……?」

「いや、何でもない。それよりも……」


ギンコは彼の身体を案じながらも、倒れ伏すベヒーモスを見据える。

狂乱していたその魔族からは、全ての力が消失していた。

持て余していたベヒーモス自身の力も、そして洗脳を行っていた力すらも。

しかし生きている。

ギンコでは手に負えなかった強大な魔族を、彼はたった一撃で、殺すことなく元の状態へと還したのだ。

その手腕、確かな実力に息を漏らした。


「こうもアッサリ、奴を鎮めてしまうとは。妾が出来ぬことを、容易くやり遂げる。これが人族の、勇者として選ばれた者の力か」

「ベヒーモスの魔力は、全て打ち消した。纏わり付いていた悪い魔力も。目が覚めれば、正気に戻っていると思う」

「……立てるか?」

「あぁ、大丈夫だ」


オスカーは一応、問題はないと首を振る。

しかし、身体に変調があると既に気付いていた。

本来、合体技を行使しても一度使っただけで眩暈を起こしはしない。

無理に身体を行使し、戦い続けた時に起きる反動のようなものだ。

ベヒーモスを昏倒させただけで起きる話ではない。

つまり先程の一撃が、それだけの酷使に値しているという訳だ。

やはりこの状況は只事ではない。


ギンコは申し訳なさそうに視線を逸らし、宝物庫へと歩き出す。

この先の宝物殿に今までの真相が隠されているのか。

無言で進んでいく彼女の後を、オスカーも追っていく。

彼女は不可視の力を用いて、堅牢な錠が備わった重々しい扉を開けた。

内部から漂ってきた空気の質が、彼の身体に浸透する。

先に待っていたのは宝物の数々、と言うよりは植物が生い茂る森だった。

魔族はおろか獣もいない。

見た事もない植物ばかりが所狭しに背を伸ばしている。

言ってしまえば、植物庭園だろう。

商業都市のそれとは違うのは、整備されていない点くらいか。

何処からか光すら照り付けてくる中、ギンコとオスカーは内部へと進み続ける。


「宝物庫も手付かずだな。荒らされた形跡は殆どない。狂乱するベヒーモスがいた手前だ。僥倖、と言うべきか」


よく見ると、植物に紛れて遺跡や遺物が残されている。

魔王城の財宝に目される品々だろう。

光源のように輝くものや、奇妙な魔力を放つものすらある。

恐らくそのどれもが特殊な力を宿した武具に違いない。

そう観察しながらオスカーが辿り着いたのは、大きな円状の広場だった。

そこだけ切り取られたように植物が生えておらず、地面の石垣が剥き出しになっている。

中心には同じ石造りの台があり、一本の長剣が突き刺さっていた。

不思議な場所だ、と彼は思った。

宝物庫には数々の財宝があるようだが、この場所だけは、他を寄せ付けない雰囲気が放たれている。

突き刺さった、あの黒剣がそうさせているのか。

不意に今まで背を向けて歩いていたギンコが、こちらを振り返って口を開く。


「この宝物庫は、収めるものが朽ちていかぬよう、特殊な力が宿っておる。劣化しない環境、空気の質。此処ならば、息苦しさは感じないのではないか?」

「!」


身体の変調に気付いていたのだろう。

オスカーが抱いている違和感を指摘する。

宝物庫に誘い込んだもの、彼が話しやすい環境を整えるためだったようだ。

事実、内部の空気は非常に軽い。

吸うだけで日に照らされたそよ風を受けるような、清涼さが流れていく。

とは言え、この身体に耐性がない事を知っているのか。

多少警戒する彼に対して、ギンコは台の黒剣を背に座り込む。

その態度はあくまで柔らかい。

敵を抱かないよう、敵対しないよう、あくまで話し合うための態度を崩さない。

魔王としてではなく、ギンコ自身の思いが感じられた。


「一ヶ月前、エスゼリクとの戦いで起きた事の顛末。その全てを話そう」


一ヶ月。

流れていた時の程を知ってオスカーが驚くと同時に、彼女は静かに語り始めた。

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