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2.疑う者達

通信を終えたフェーネラルは小さく息を吐く。

少しは身体を休めてはどうかと提案したが、彼女はやはり譲らなかった。

当初は魔族の領土に探索、或いは迎撃に出ようとした程だ。

今はその荒れ果てる意志を止めるまでが限界だった。

魔将との戦いから一ヶ月が経ったが、大修道院の有り方は変わらない。

ただ決定的に各々の考えが、感情が変わってしまったように、彼は感じていた。

控えていたローファンが、大司教の様子を窺う。


「いかがでしたか?」

「いや、首を縦には降らなかったよ。あの子の意志は固い。それに道理に欠いている訳でもない。それ以上の強制は出来なかった」

「そうですか……」


ローファンも少しだけ残念そうに言う。

今のフィリアは、自分自身を責め続けている。

本来、守らなければならなかった同志、オスカーの戦いに駆け付けられなかった。

その思いが、大灯台から離れる事を許さなかったのだ。

とは言え、そこに留まる事で魔族の侵攻が食い止められているのは事実だった。

フィリアが大灯台に向かってから一ヶ月、魔族が侵入する例は一度としてない。

無論、境海という広大な海の全てを監視することは不可能なのだが、それでも人族の領土で魔族が出現した報告はなかった。

成果を上げている彼女を、無理に大修道院へ連れ帰るのは難しい。


「やはり勇者としての責務が、彼女をそうさせているのでしょうか」

「いや……正確には違う」

「違う、とは?」

「あの子は、信じられなくなっているのだろう」


既にフェーネラルは彼女の奥底に抱えているものに気付いていた。

勇者としての責務、オスカー達への罪悪感だけではない。

一種の反抗心、疑い。

それらが全て合わさり、修道院への帰還を妨げている。

彼は明言しないままローファンに後を任せ、ただ無心でとある場所へと向かう。

それは大聖堂、一ヶ月前の転機となった場所。

未だ顕現する、女神・アナスタシアの御前であった。


『それで構わない。あの娘には境海の警備を続けてもらう。ゲイル王の意志と同じ事だ。神託を与えるまでもなく、自らその役目に気付いたのだろう』

「しかしフィリアは、まだ魔族の領土への捜索を諦めていないようです」

『そうか。しかし今ここで攻勢に出れば、戦力の均衡を崩す事になる。認める訳にはいかない』


アナスタシアの意向は変わらない。

全ては人族の安寧のため。

魔将の討滅のため。

白日の勇者が大灯台で監視を行う事も、許容範囲内だと断定する。

そしてかつて、そんな女神が下したオスカー達の末路はこうだった。


『オスカー・ヒルベルト。あの者達一行は魔将との戦いの果て、エスゼリクの自爆によって消息を絶った。それほどまでに巨大な崩壊だったのだ。陸地の吹雪は取り除かれたが、境海の爆発痕は色濃く残っている。失われた命は痛ましく、嘆かわしい事。だが、此処で諦める必要はない。お前達には、ワタクシ達がいる』


国内の皆が知っている、久絶くぜつの勇者の最期。

それは魔将・エスゼリクの自爆によるものだった。

見つかったのは、彼が振るっていた長剣だけ。

だが、女神の言葉を疑う余地はない。

パラミナに住まう者は、その神託を受け止めて彼らの死を悼んだ。

老齢であるフェーネラルが、実際に境海に赴くことはない。

神託そのものを疑うつもりもない。

しかし騎士団などから伝聞を受けた内容から、一つの予感を抱いていた。


「女神・アナスタシア様。先代魔王の最期については、ご存知でしょうか」

『……』

「私がかつて勇者として戦場に出た時、同じような爆発によって魔王が、そして仲間達が命を落としました。仮にそれと魔将の自爆に関係があるのだとしたら、残された者として、私は真意を確かめなければなりません」

『……』

「何か、知っていらっしゃるのなら……どうか無知なわたくしめに、ご教示頂きたいのです」

『……ワタクシは邪神との戦いで記憶を失っている。先代勇者と魔王の戦いについての覚えはない』


フェーネラルの問いに対して、何も明言しなかった。

かつて邪神と戦い、記憶を失った彼女に答えられるものがないのだろう。

それでも先代勇者とオスカー達の顛末は、あまりに似すぎている。

何か繋がりがあるのではないか。

自分達の知らない関係性があるのではないか。

いかに信仰深い大司教であっても、そう思い至るのも仕方のない事だった。


『それでも、主神・ゲイル王ならば心当たりはあるかもしれない』


すると不意に、アナスタシアはそう言った。

彼が顔を上げると、その表情は神としてではなく、自己に対する不可解さ、難解さが浮かんでいた。







オルテシア王国、その王都。

猛吹雪の脅威が消え、人々は元の生活に戻り始める。

当初はオスカーに対して死罪すら打ち立てていたが、王が前言を撤回したことで、その疑いも完全に晴らされた。

彼が商業都市を、そして国中の人々を守ったという結果だけが残る。

最早、悪感情を以って動く者達はいない。

糾弾する者も現れない。

自らの過ちを悔いながら、彼らは慎ましやかに日々を送るだけだった。


「ナッッッ!!!」


そんな中、ヴェンダル家の地下室で奇声が響く。

牢屋の前にいた兵士達も、若干引きながらもその場に留まる。

彼らの視線の先には、一人の青年がいた。

金石きんせきの勇者、ウィルズ・ヴェンダルである。

彼は以前、魔王を倒したと偽の情報を流したことで父のロランより連れ戻され、投獄されたのだ。

両手には魔力を奪う魔封じの手錠が嵌められている。

無論、貴族の子息であるため普通の囚人が使うものとは違い、殆どの必需品が揃った場所だ。

とは言え、貴族たるものがそのような扱いなど耐えられないだろう。

だが、ウィルズにとってそんな事は二の次だった。


「な! 何を言う! アイツが、オスカーが死んだ!? 何度聞かせても無駄だ! そんな、そんな馬鹿な事、俺は信じないッ!」


ウィルズはしきりにオスカーの安否だけを確かめた。

どれだけ他の者が伝えても、彼の死を認めることはなかった。

仲間として案じているのではない。

敵対する者として、自分が倒さなくてはならない相手として、目的を失う訳にはいかなかったのだろう。

彼は鉄格子に掴み掛りながら叫ぶ。


「奴に思い知らせるんだ! 本当の勇者が誰なのかをッ! 俺は、俺はまだ何も、アイツに出来ていないッ!!」


既にウィルズは勇者としての立場はおろか、貴族としての地位も失いつつある。

それすらも認識できていないのか。

ただ、妄執の如く叫び続ける。

兵士達は見るに堪えずに視線を逸らす。


「ウィルズ様、お労しい……」

「完全に気が触れてしまわれたのだ。一体、彼に何が……」

「例の剣が原因で間違いない。あの剣を手にしてから、明らかに様子がおかしくなっていたからな。恐らくアレは、神剣に似せた洗脳の剣だったのだろう」

「それで、その剣は……?」

「山奥の谷底へと投げ落とした。お館様の意向だ。もう、誰も取り戻せはしないだろう」


謎の神剣・エフィルフィートについては色々な者が話し合い、結果として偽物だと断定した。

彼の様子が一変したのは、フィリアからの報告でも上がっていた通りだ。

此処まで堕ちてしまえば、他の者であっても不自然だと思う。

得体の知れない剣をそのまま放置しておく訳にもいかない。

そして頑強さ故に人の手で破壊も出来なかった。

そのためクレイロード王の命令により、神剣は無理矢理ウィルズの手元から引き剥がされ、王都から離れた場所へと投げ捨てたのだ。

磔にされていた魔将・カイツェルと共に。

もう、誰も取りに行くことは出来ないだろう。


「剣を寄越せ、お前達! そうすれば、俺が得る栄誉の半分をくれてやるッ!」


それでもウィルズの錯乱状態は止まらない。

色々な医師に見てもらっても、何の解決にもならなかった。

魔導の類ではない、精神的なものだと診断された。

時が解決するのを待つ以外にない。

故に彼は衆目に晒されないため、地下室で囚われたままなのだ。


「俺には分かるぞッ、オスカーッ! お前は必ず生きているッ! 絶対に! 絶対に、だッッ!!」


妄執続くウィルズは、オスカーが生きている希望を手放さない。

そんな彼を注視する者はいない。

全員が居た堪れなくなって、目を逸らす。

故に刻印が微かに浮かび上がっている事に、気付く者も誰一人いなかった。

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