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1.一ヶ月後

魔将・エスゼリクと勇者・オスカーとの戦いから一ヶ月後。

神都・パラミナ、そしてオルテシア王国共に平穏を取り戻しつつあった。

両国を襲う猛吹雪はとうに消え、凍結による被害も徐々に再起されていった。

避難されていた人々も、元の村々に戻り、かつての生活を送っていく。

勇者とその仲間達が、命を賭して守り通した結果だと信じて。


オスカー・ヒルベルト達の功績は瞬く間に広まった。

両国を襲った魔将の脅威から、人々を守り通した歴とした勇者として認知された。

加えて顕現した女神・アナスタシアの言葉によって、疑っていた者もそれを呑み込まざるを得なくなる。

王族殺し、勇者殺しの罪は、魔将が企てた陰謀である。

彼の死を汚すことは許されないと、確かな命が下ったのだ。

皮肉にも魔将との戦いと、その死によって、彼の冤罪は完全に晴らされたのである。


大灯台は、依然として監視塔の役目を続けていた。

魔将の脅威も去り、人員もより配置され、更に厳重な壁となって魔族の侵入を阻み続ける。

そんな中、境海を巡回する者が一人いた。

白日はくじつの勇者、フィリアである。

彼女は一ヶ月前の戦いから、休むことなく浜辺と境海の捜索を行っていた。

その様子に哀愁はない。

ただひたすらに魔導を駆使し、何もない周辺に改める点がないかを探し続ける。

するとそこへ、大灯台の監視員が現れる。

既に殆どの者が生存を諦める中、未だに人族と魔族を隔てる海から離れることはなかった。


「もうじき、陽が落ちます。大灯台にお戻りください」

「そう、ですか」


フィリアはようやく、陽が落ち始めている事に気付く。

夜の境海は、光が一切ない漆黒の闇に覆われる。

いかな実力者であっても、その場に留まり続けるのは得策ではない。

陽の沈む水平線を見つめた後、彼女は大灯台に戻る。

早朝から境海一帯を探り、夜になれば捜索を諦める。

何も変わらない、これが今のフィリアの一日だった。

まるで自分を罰しているように見え、監視員も複雑な表情でその身を案ずる。


「フィリア様、同じ勇者であるオスカー様達を失われて、心中お察しします……。しかし、いつまでもこの場に留まる必要は……」

「いえ、何も行方を捜しているだけではありません。魔将の脅威は去ったとは言え、これまでの間に魔族の侵攻も幾度となくありました。いつ、また境海を越えてくるか分かりません。ですから今、ここを離れることは出来ないのです」

「……分かりました。ですがどうか無理をなさらぬよう、お願いします。貴方まで倒れられては、オスカー様達もきっと喜びませんから」


塔の階段を上りながら、簡単に答える。

無論、探索だけが彼女が留まる理由ではない。

かつての戦いからも、境海を越えて人族の領土に侵入する魔族は何体もいた。

空を飛びながら、海を潜りながら、やり方は様々だった。

全ては敵である人族を倒すためだったのだろう。

だが、その全てを彼女は打倒した。

白魔導を駆使し、一匹たりとも踏み入れる事を許さなかった。


「今まで表立った境海からの侵攻なんて殆どなかったのに、何でこうも正面から襲い掛かって来るんだ?」

「魔族の統制が崩れたんだろう。一ヶ月前の戦いで、やっぱり魔族側の主力がやられたのさ。指揮する奴がいなくなって、個々で勝手に海を渡って来ているんだ」

「でも最近じゃ、その数も減ってきたな。何かあったって事は?」

「単純に個体の数が減っただけだろう。フィリア様がいるから、上陸することも出来た試しがないからな。諦めたって話かもしれないが」


そのためか、大灯台の監視員が動く例は殆どなかった。

駆け付ける前にフィリアが全て倒しているからだ。

出来る事と言えば、大灯台から発見した魔族を見つけて報告する程度。

いつしか塔内では、軽い話し合いすら行われるようになる。

そんな中、彼女が戻って来たと知り、監視室の皆が慌てて席を立った。


「お疲れさまであります!」

「お疲れさまです、皆さん」

「あの、フィリア様、本日の収穫は……?」

「静かな海でしたよ。日中、特に異常はありませんでした。これからは日没になるので、私は一旦戻ります」

「はい! では、探照灯での監視に切り替えます!」

「お願いします。何かあれば声を掛けて下さい。直ぐに向かいますから」


フィリアはゆっくりと頭を下げ、そのまま退室する。

冤罪であると訴え続けていたオスカーを失った彼女が、今何を思っているのか。

そう考えると、監視員達もそれ以上は何も言えなかった。

ただただ、沈痛な面持ちで見送る事しか出来ない。

彼女自身も必要以上の会話をしない。

寧ろ、出来なかったのだ。


割り当てられた個室にフィリアは移動し、暗くなった部屋に明かりを灯す。

何の変哲もない、普通の机と本棚、寝床があるだけの場所だった。

毎日往復する、神官として、勇者としては質素に過ぎる、もう一つの地点。

そうして机に向かい、報告書に今日の状況を書き留めていく。

成果はなし。

何も異常はなかった、と。

最近では定例文になりかけていたそれを見て、誰にも聞こえない位の重い息を吐く。


「オスカーさん、エイダちゃん……ザカンさんも……」


かつての光景を思い返す。

一ヶ月前、オスカー達の消息不明を聞いて、フィリアは急いで境海に向かう準備を整えた。

彼女が王都から離れる事を許さなかったクレイロード王からも、吹雪が止んだことでどうにか許しを得る。

そうして他の人々と共に、荒れ狂う境海を懸命に探ったが、見つかるのは氷の跡や魔族の死骸ばかりで、人の痕跡は何も見つからなかった。

唯一見つかったのは、バラバラになった剣の一部。

オスカーが肌身離さずに持ち歩いていた、彼の長剣だった。


「本当に、いなくなってしまったんですか?」


誰に問うでもなく呟く。

皆がオスカー達は魔将と戦い、命を落としたと言っている。

女神の言葉もあり、信じる以外になかったのだろう。

だが、簡単に受け入れられはしなかった。

認めなくなかったのだ。


彼らは王族殺しと勇者殺しの汚名を着ながらも、人々のために奮戦した。

決して諦めたりはせず、陰謀を企む魔将からの危機を幾度となく打ち払った。

結果として、己の名誉すらも回復させたのだ。

まさしくそれは、勇者としての在り方。

ならば、自分はどうなのだろう。

フィリアは両手をゆっくりと握りしめる。

勇者という地位を譲渡された中で、自分は一体何をしていたのだろうか。

彼らの戦いに助力も出来ず、気付いた時には全てが手遅れだった。

こんなものは、間抜け以外の何者でもない。


「結局、私は……貴方達のようには……」


不意に机の上に置いていた、水晶が反応を示す。

応じると、そこには懐かしい人の姿が浮かび上がった。

大司教であり、師であるフェーネラルである。

彼の様子は変わりなく、弟子であるフィリアを心配しているようだった。


『フィリア、聞こえるかな』

「お師様? どうなされたんですか……?」

『境海の近況を聞きたくてね。そちらに問題はないだろうか』

「問題ありません。最近では魔族の渡りも減りました。迎撃に出る回数も減って、以前と変わりない位に、治安も安定はしてきたと思います」

『そうか……久方振りにクレイロード王と通信を行ったが、王国も特に異常はないようだ。大吹雪による被害も、こちらと同じように再興されて、皆が元の生活に戻り始めているそうだよ』


大灯台に異常はないと聞き、彼も国内の状況を話す。

オスカーの冤罪が明らかになり、両国の不和は解消された。

クレイロード王は遂に自分の非を認め、国民に対して自身が行ったことを明らかにした。

そして彼が、勇者を名乗るに相応しい男だったと改めて宣言したのだ。

今更、撤回して何になるという声も当然上がる。

それでも国を治める王が、過ちを理解した点は大きな意味を持った。

フェーネラルも彼の声明を受け入れ、協力関係を続けると約束する。

紆余曲折ありながらも、ようやく人々は一つに纏まったと言える。

ちなみに両国の関係について、女神は一切口を挟まなかった。

魔将以外の事柄には興味がないのだろう、とフィリアは推理していた。

少しの間があって、フェーネラルは静かに彼女に問う。


『フィリア、大修道院に戻ってくる気はないかい?』

「!」

『あれからずっと働き詰めだろう? 君の戦果は聞いているが、根を詰めすぎるのも身体に毒だ。境海の状態も安定してきたようだし、一旦こちらに……』

「それは、出来ません」


言い終える前にフィリアは首を振った。

まだ、足りないのだ。

何も出来ていない。

何も成し遂げていない。

彼らが行ったものに比べれば、あまりに小さ過ぎる。

休む暇など許されない筈だった。


「この程度では、あの人達に顔向けが出来ません。勇者に選ばれながら魔王にも、魔将にも一度として戦わず……結局、私は安全な場所から見ていただけなんです」

『そんな事はない。君が工面してくれたからこそ、彼らはパラミナの大修道院まで辿り着いた。失った信頼を取り戻す、勇気を与える切っ掛けとなったんだ。今まで救ってきた命、差し伸べた手を忘れてはいけない』

「そう、かもしれません。でも魔将はまだ残っています。今はその見えない脅威に立ち向かう時。魔族の領土に潜入できないなら、せめてこの大灯台に置いて下さい」

『……分かった。そこまで言うのなら、仕方がない。だが何か手に負えない事があれば、必ず私の元に伝えるように。決して、一人で解決しようなどとは思ってはいけないよ』

「はい……ありがとうございます、お師様」


フェーネラルも強制は出来ない。

助言を与えるだけに留め、両者の通信は打ち切られる。

勿論、オスカー達がまだ生きていると思いたいのもあるが、それだけではない。

彼女が大修道院に戻らないのは、もう一つ理由がある。

フィリアは立て掛けてあった大杖を見て、自分の心に宿る不信感を自覚する。

もう自分は、神に仕える神官ではないかもしれない。

漠然と、彼女はそう悟った。

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