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24.神の裁き

未だ雪は降り続け、それを大結界で守り通しているパラミナの大修道院。

その大聖堂で、女神・アナスタシアは閉じていた瞼を開いた。

誰かに呼ばれた訳ではない。

オスカー達の戦いを見通し、好機を見極めたようだった。

立ち尽くしたまま視線を動かし、先代勇者であるフェーネラルに告げる。


『直に、あの魔将に神の裁きが下る』

「裁き……天罰、という事でしょうか……?」

『そう。邪悪に染まった魔族に与えられるのは、天からの罰以外にない。その身を焦がしながら、己が行った罪を悔い、その果てに命を落とすだろう』


予言に近い神託。

比喩表現ではなく、本当に裁きが起きると言いたげな態度だった。

勇者以前に信徒であるフェーネラルに疑う余地はない。

ただ女神の言葉に感謝し、心に刻み込む。

そして大修道院から旅立った彼らの身を案ずるだけだった。

すると考えを見透かしたのか、女神は少し穏やかな口調で続けた。


『案ずる必要は無い。彼らには主神・ゲイル王の加護がある。神に背きし者がどのような末路を辿るか。彼ら自身も理解するだろう』

「……元より疑う道理はございません。全ては神の御心のままに」


疑いを晴らすようにフェーネラルは言うが、些細な事で神が怒りを覚えたりはしない。

彼女達の怒りの矛先は別。

自らを裏切った邪神と、その力を受け継いだ魔将だけだった。

調和を乱すあの者達だけは、決して残しておくべき存在ではない。

例えその先に、多少の犠牲があったとしても。

それこそが顕現した理由であるからだ。

アナスタシアは大聖堂に備えられた窓の向こうへ視線を移す。


『頃合い、か』


結界の向こうで吹雪いていた景色に、一筋の光が差し込んでいるのが見えた。







突如、氷結の地に光球が浮かび上がる。

冷気ばかりが蔓延する場に僅かな温かさが広がった。

抑え付けられていたエイダにもその感覚は分かったが、何処か不自然だった。

包み込まれるような優しさではない。

形式的な、感情の込められていない光のようだった。


「この光は、一体……!」


今まで冷酷を極めていたエスゼリクが動揺する。

その原因は、光が現れただけではない。

空間自体が揺らいでいる。

彼が生み出した空間の狭間が、元の状態に戻されつつあったのだ。

恐らくあの光球が関係しているのだろう。

エイダがどうにか見上げると、次第に光が別の形に変化していった。

人の形、女性の姿。

誰かを模しているのかもしれない。

出で立ちは悠然としているが、光を放つそれに彼女は一切見覚えがなかった。


「だ、れ……?」


考えるよりも先に、光に向かって問いかける。

しかし返事はない。

意志や人格は存在しないようだった。

唐突に現れながらも、虚空を眺めて動く気配がない。

やがて次第に光の女性は、エイダ達の方へと視線を向けた。


「ば、馬鹿な! 何故、お前が……!?」


エスゼリクには覚えがあるようだった。

お前がいる筈がないと、酷く狼狽え始める。

何故そんな反応をするのか分からなかった。

そもそも竜族である父が人族を、それも特定の女性を知っている筈がない。

彼にとって人々は、滅ぼすべき対象だと再三吐き捨てられていたからだ。

だが仮に。

仮にエスゼリクが唯一記憶の中に残っている女性がいるのだとしたら、どうなるか。


そこでエイダは、妙な既視感を抱いた。

見知らぬ女性に対して、言い知れぬ動揺が全身を縛り付ける。

まさか、とは思った。

証拠も根拠もない。

実の父親に殺されそうになり、正常な思考が出来ていないのかもしれない。

それでも彼女は目の前の女性にもう一度問い掛けた。

名も知らず、容姿も知らず、それでも何者なのかを探し求めていた、もう一人の家族として。


「おかあ、さん……なの……?」


瞬間、女性の姿が幾つもの光の槍に変わった。







ギンコの助言を受けてオスカー達が辿り着いたのは、何十ⅿもの氷の柱が立ち並ぶ氷山脈だった。

これらも境海を氷結させて生まれた地形なのだろうが、かなり異様な場所だった。

吹雪が止んだことで陽光が当たり、透明な氷によって周囲に乱反射している。

意図的に造ったのではなく、エスゼリクの放った魔力によって歪まされたように見える。

此処にエイダ達がいるのだろうか。

オスカーは臆する様子もなく足を踏み入れる。


「何だ!? 何か光ってるぞ!」


すると突如、ザカンが端の方の光景を指差す。

よく見ると数百m先の氷柱に紛れて、僅かな光が零れていた。

それだけではなく、光のある周囲が蜃気楼のように揺らいでいる。

空間の歪み。

空間の裏側。

そこだけが氷山脈ではない、別の景色を映し出していた。

見えるのは暗闇に包まれた巨大な氷塊。

あれが極限凍結によって生み出された別空間で間違いなかった。


魔将の存在を感じ取り、注視していたオスカーは氷塊の上に立つ少女と、巨大な魔族の姿を認識する。

揺らめいて見にくいが、直ぐに分かった。

紛うことなき竜の、氷竜ひょうりゅうの姿を持つ魔将・エスゼリク。

そしてそのエスゼリクが、片腕でエイダを抑え付けていた。

既に戦いは決着がついている。

だが止めを刺す動きはない。

原因は一つ。

空間の歪みを生み出した、光球が現れているからだ。

恐らく彼らからしても、あの光は想定外の事態なのだろう。

徐々に光が輝きを増し、揺らぎも大きくなっていく。

傍から見た状況では、何が起きているのか殆ど理解できない。

ただあの光が、エスゼリクが引き起こした空間の狭間を元に戻そうとしているようだった。


「あの光、空間を戻している……!?」

「お、おい! 何だか、人の形に変わっていくぞ!」


すると不意に、光が女性の姿に変わっていった。

色素は光そのものであるため、眩しいだけで何も持たない。

女性ものらしき騎士服を着た、身なりの良い出で立ちだけが明らかになる。

一見、それだけでは誰なのか判断できない。

それでもオスカーは思った。

何故、彼女がこの場に現れたのかと。

思わず彼は息を呑み、持っていた剣を握りしめる。

心当たりがある、という範疇を越えていた。

伝承にも見たあの姿を、勇姿を憧れた身として、忘れる訳がなかった。


「まさか……あの人は……!」

「知っているのか!?」

「間違いない! 先代勇者、クィン・マリーだ!」

「なっ!?」


先代勇者パーティーのリーダー。

葬天そうてんの勇者と呼ばれたかつての女性が、光に照らされ現れていた。

もしかするとエイダ達も知っているのだろうか。

エスゼリクも含め、呆然と目の前に出現した彼女の姿を見つめている。

まさか、本物という事もあり得るのでは。

そこまで考えて、オスカーは振り払うように首を振った。


「いや……でも、アレは違う……。姿形は似ているけれど、もっと別の……」


クィン・マリーは先代魔王との戦いで命を落とした筈だ。

今、この時代に生きてはいない。

人族の誰もがそれを理解している。

原理は不明だが、あの光はあくまで作為的に造られた力の一端。

それが形を成しているようにしか見えなかった。

ならば何故、今になってあの姿で現れたのか。

そもそも、あの光は一体何なのか。


瞬間、オスカーの全身に悪寒が走った。

理由などない。

説明するだけの理屈もない。

それでも強烈な胸騒ぎが駆け抜けた。

あのままでは取り返しのつかない事態になる。

全てを失ってしまう。

予知のような感覚を察知し、彼は魔力を漲らせた。


「どうする気だ!?」

「嫌な予感がするんだ! 何か、途轍もない……!」


距離はあるが、今から向かえば間に合う。

今まで感じた事のない不穏な気配に、彼が駆け出そうとした瞬間だった。

マリーの身体を似せていた光が、別の形へと変貌する。

それは人ではなく、神々しい槍の形状。

一本ではなく何本にも分裂し、光の波動を放ち始めた。

矛先は近くにいたエイダ達に向けられる。

何故と思う暇もない。

直後、槍となった光の群れが、エイダ諸共エスゼリクを貫いた。


「なっ!?」


硝子が砕け落ちるような音が、一帯に響き渡る。

光の槍に貫かれ、巨大なエスゼリクの全身が吹き飛ばされる。

それによって空間の狭間も、此方側の世界に戻されたようだ。

映し出された光景でしかなかった氷塊が、質量を持って氷山脈に次々と飛散する。

光の槍によって弾け飛んだそれらは、まさに流星群のようだった。

聳えていた氷柱が降り注いだ霰によって削り取られ、瞬く間に頭を降ろしていく。

更に倒壊する氷柱の中、オスカーは見る。

同じように槍に貫かれ、僅かな血を撒きながら雪埃の向こうに消えていったエイダの姿を。


「く……! やっぱり罠だったんだ! 直ぐに助けに行く!」

「おい、オスカーッ!」

「父さんは此処にいて!」


彼はザカンを置いて、その場から走り出す。

周囲に散っていた雪が頬を撫でていく。

エスゼリクを襲った光は、どう考えても魔族によるものではない。

そしてオスカー達の仕業でもない。

別の意志の介入、天から降り注ぐ上位存在からの攻撃に思えた。

この感覚は、女神・アナスタシアと接触した時や、神剣・エフィルフィートを見た時と同じだった。

去り際のギンコが口にしていた言葉が思い返される。


「これがギンコの言っていた、神の裁きだって言うのか!?」


他に誰の気配もしない。

それでもオスカーは悟っていた。

彼女が仄めかしていた神の裁きが、今下っただと理解したのだ。

恐らくこれだけでは済まない。

先程の光の槍が飛来しただけで終わりだとは、到底思えなかった。

魔将を倒すためではなく、仲間を助けるために彼は雪の大地を蹴った。


その直後だった。

オスカーの動きを阻むように、周囲に見覚えのない紋章が浮かび上がる。

魔導の陣形と似ているが、力の性質は異なる。

あの光や神剣と同じ、神々しい異彩が纏わり付く。

彼に助勢しようとしているのではない。

動きを止めるために、紋章が光を放ち、その全身を縛り付けたのだ。


「な、何だ、これは!?」

「う、動けねぇ……!」


しかもそれはオスカーだけではない。

後方にいたザカンすらも紋章に阻まれ、身動きが取れない状態にあった。

彼女達の元に行くことは許さない。

邪魔をするな。

まるでそう言われているかのようだった。


同時に、眩い光が頭上から差し込む。

どうにか視線を上げたが、その先に広がっていたモノに目を見開く。

上空に浮かび上がるのは、光を纏った円状の図形。

それでいて氷山脈一帯を覆う程の馬鹿げた大紋様が、辺りの魔力を吸い込んでいた。

光の槍や、オスカー達を封じる紋章と同じものだ。

ただ、威力が違う。

光の槍など比較にならない程の強大な力の余波を感じる。

狙いは防御でも、転移でもない。

一筋の光、裁きの光。

敵を消滅させんとする意志が、そこにはあった。

そして紋様の真下、崩壊した氷柱の地には、槍で貫かれて地を這うエスゼリクと、未だ倒れ伏したままのエイダが残されていた。


「おい……待て……」


オスカーは声を震わせる。

神の仕業なのか否か、そんな事はどうでも良かった。

新たに介入した意志は、エイダの事などどうでも良いと言うように光を放ち始める。

裁きを放つ直前の、溜め込むための予備動作。

オスカーの仲間であっても関係がない。

情の欠片も存在しない。

そんなもの、激怒するには十分過ぎた。


「まだ、エイダが……! 仲間がいるんだぞ……!?」


依然として身体は動かない。

強力な封印術でも仕掛けられているのか、指一本動かせない。

ザカンもそれは同じだった。

駆け付ける事も出来ず、光の裁きを止める手立てがない。

こうやって、仲間が殺されるのを見ていろと言うのか。

いや、それこそが神の狙いだったのか。

だからわざわざ、彼女を父親と戦わせたのか。


「ふざけるな……」


そんな事は絶対に許さない。

オスカーは全身の魔力を解き放つ。

理不尽に抗うためにも。

定められた運命を打ち破るためにも。

怒りのまま、天に向かって叫ぶ。


「ふざけるなあああぁぁッッ!!」


全てを消滅させる光の裁きが、エイダ達に向けて放たれた。

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