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25.神への反逆

何が起きたのか、エイダには良く分からなかった。

得体の知れない光が現れ、人の姿に変化した所までは見えていた。

しかし、その後の事がうまく思い出せない。

既視感のようなものを感じ、彼女自身が手を伸ばしたような気がした。

失ったものを取り戻すように、手を取ってほしいと願うように。

それでも温かい感触は返って来なかった。


向かってきたのは鋭い光。

光線のように形を変えて襲い掛かってきたような気がした。

身動きが取れなかったエイダに避けるだけの力はない。

代わりに、傍にいたエスゼリクが彼女を庇った。

庇った、ように見えた。

本当かどうかは分からない。

事実として彼も、そしてエイダ自身も、幾つもの光線に巻き込まれた。


そうして少しの間があって、エイダは自分がうつ伏せに倒れている事に気付く。

状況が呑み込めない。

思考も纏まらない。

鋭い筈の五感すらも殆ど機能していなかった。

それでもどうにか瞼を開き、目の前の光景を見定める。

すると貫くような光の先に何者かがいた。


「誰……?」


意識が朦朧としていて、よく見えない。

光を背にして全身が影に覆われているため、どんな顔をしているのか、性別もよく分からない。

それでも自然と口だけが動く。


「お母さんなの……?」


何の根拠もなかった。

ただ光を遮って自分を守ろうとする姿に、何処か覚えがあった。

いつの頃だっただろう。

とても幼く、物心つく前の記憶。

温かい思いと共に、とても寂しく悲しい感情が湧き上がる。

脳裏に過ぎったのは、死別という文字。

過去の記憶を辿るが如く、光に呑まれるように、徐々に影が遠のいていく。


「待って! 行かないで……!」


思わず手を伸ばす。

同じ過ちを繰り返してしまう。

彼女には予感があった。

あの影を失ってしまえば、自分はきっとまた孤独に取り残されてしまう。

皆から嫌われ、蔑まれ、自分自身を傷つけてしまう。

故にこの手で取り返そうと、影に触れようとした瞬間。

フッと、全てが見えなくなった。







「オスカーッ!!」


ザカンの声が微かに聞こえ、エイダは失っていた意識を取り戻す。

氷の地を砕きながら、轟音が響き渡る。

目を開けると、数多くの氷の破片が視界を横切っていた。

更に氷を粉砕しただろう正体不明の光が力を失い、空気のように周囲に漂っているのが見える。

そうして彼女は思い出す。

自身が光の槍に貫かれ、大きな傷を負ったことを。

地に伏した自らの視界の端に、血だまりが広がっていることを。

身体は動かなかった。

アリアスに嬲られた時と同じような傷の深さを感じる。

だが死んではいない。

今も尚、途轍もない威力の攻撃が眼前に迫っていると言うのに、自分に届く気配はない。

一体、何が起きたというのか。


「零式――解放――」


考えるよりも先に、別の声が聞こえた。

それは紛れもなくオスカーのもの。

覚悟と決意の込められた、己が力の解放だった。

エイダは這いつくばりながら、やっとの思いで視線を前に向ける。


「ぇ……?」


そして呆然と呟く。

エイダの先にあったのは、剣を天に構えるオスカーと、彼が造り出した巨大な結界だった。

白く脈動する波動が彼女を守るように展開され、全ての攻撃を遮断する。

大灯台の戦いで見た、オスカー最大の切り札。

そして対するは、降り注ぐ光の裁きだった。

彼女を貫いた光の槍を何十倍、何百倍にも強めた光線だった。

触れるだけで、あらゆる物質を消し飛ばす。

そう思えるほどの圧倒的な光の束が、今も尚続いている。

その様子は、まるであの時を同じだった。

先程の夢と同じように、オスカーが絶大な光線の渦を、たった一人で食い止めていたのだ。


れい――攻魔剣こうまけんッ!!」


更に魔力が解き放たれる。

結界が裁きに勝るとも劣らない輝きを放ち、拮抗する。

今までにない強烈な力の波だった。

恐らく今、持てる全ての力を使い尽くしているのだろう。

エイダの方を振り返る余裕もなく、彼はただひたすらに天に抗い続ける。

まるで神々に反逆するかのように。


「ば、馬鹿な……何故……」


不意に別の所から、信じられないという声が聞こえる。

それは父、エスゼリクだった。

彼もまた、身体の殆どを氷細工のように半壊させ、動くことが困難でありながらも、オスカーが展開した結界を見上げている。

そう、オスカーは巻き込まれた魔将すらも、零式の結界によって守り通していたのだ。

何故かは分からない。

分からないが、彼にはこの場にいる全員を死なせまいとする、強靭な意志があった。

その姿に圧倒され、誰もが口を挟めない。

しかし、それでも徐々に、結界が光の渦に圧され始めていく。


「くッ……! これでも、足りないか……!」


オスカーの苦しそうな声が聞こえる。

それを聞いて、エイダは力なく首を振った。

零式、しかも零攻剣を使う事が何を意味するのか、彼女は既に知っていた。

自らの寿命を縮める切り札。

それだけでない、零式のデバフを合わせる合体技を、今も湯水の如く使っているのだ。

そんな事をすれば、そんな力を使い続ければ。

彼の身がもたない。

彼の命が無くなってしまう。

呼応するようにパキン、とオスカーの剣に罅が入る。


「だめ……」


どれだけ藻掻もがいても、身体は動かない。

助けに行かなければならないのに。

守らなければならないのに。

貫かれた傷だけが激痛を走らせるだけ。

そして次々に剣に罅が入り、彼も覚悟を決めたようだった。

魔力を放ちながら、思い切り息を吸い込む。


「でも、まだだ……俺の、全ての魔力をッ……!」


直後、オスカーの全身から赤い魔力が湧き上がった。

それにより、純白の結界が深紅のそれに染め上がる。

それはただの魔力ではない。

血を犠牲に振り絞った決死の力。

純血の結晶。

命の対価。


「お、ねがい……オスカー……! やめてっ……! あなた……だけでも……!」


死に一歩一歩近づく彼を見て、エイダは胸が張り裂けそうだった。

どうして皆、自分の元から遠くなっていくのだろう。

この手を伸ばすことが出来ないのだろう。

現実でも夢の中でも、いつも、いつだってそうだった。

彼を巻き込み、彼を助けるために今まで共に旅をしてきたのに、待っていたモノがこれだけだなんて、信じたくはない。

もうこれ以上、自分のために犠牲になるなんて嫌だ。

今ならまだ間に合う。

どうか、どうか一人だけでも逃げてほしい。

そう必死な思いで、彼女は告げる。

するとオスカーが僅かに俯く。


「お前達の事は分からない! でもッ……! 俺の前で……大切な仲間を、命を、奪わせはしないッ……!!」


思いが、代償が、届いたのだろう。

圧されかけていた結界が、光の渦を次第に押し返していく。

神の意志であろうと関係はない。

好き勝手にはさせないと。

人の思いだけでも取り返せるのだと。

久絶くぜつの勇者として、一人の人間として、大切な仲間を守り抜く。

そのために彼は力の極致に至ったのだ。


「止まれえええぇぇッッ!!」


オスカーの叫びと共に、周囲が一気に光に呑み込まれる。

相殺による反作用の如く、それは膨らみ広がり続ける。

そしてその直後、全てが光の膨張に呑み込まれた。

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