10.妄執勇者の虚言
フィリアが宿舎から飛び出すと、人々の群れが目の前に広がった。
王都の広場に集い、円を描きながら中央にいる人物を見つめている。
ある者は目を見張り、またある者は勝利の声を上げている。
一体何が起きたのだろう。
彼らの元に近づくと、聞き覚えのある青年の声が響いた。
「見るが良い! この汚らわしくも奇怪な姿を! これこそ、魔王と呼ばれていた者に相応しい!」
ウィルズの声だ。
皆を先導する気力溢れた声で、民衆に問い掛けている。
何かを見せつけているらしい。
しかし、此処からでは人混みでよく見えない。
彼女は中央にあるものが見えるように、迂回する形で視点をずらしていく。
「あれが本当に……?」
「でも、確かに異様な感じだ……!」
「じゃあ、俺達の、人族の勝ちって事なのか!?」
「馬鹿言え! 奴が倒されたからって、魔族がいなくなった訳じゃない! 戦いはこれからさ!」
回り込んでいる間にも、民衆の不穏な声が聞こえてくる。
確か報告では、大灯台を占領していた魔族を倒したという話だったが。
オスカー達の話と微妙に食い違っているのが気になる。
すると大灯台に遠征に出ていた宮廷騎士団の面々と鉢合わせする。
彼らの防具はボロボロで、包帯を巻いている者も数多くいたが、見る限り重傷者はいないようだった。
「フィリア様」
「副団長さん! この騒ぎは一体……まさか、誰か死傷者が……?」
「いえ、団員は全員無事です。ただ、ウィルズ様が……」
副団長はそう言いながら、集る民衆の中央を指差した。
それと同時に妨げていた人の群れが開け、ウィルズの周囲が明らかになる。
ギラついた異様な笑みを浮かべる彼と共に見えたのは、巨大な木造の十字架。
そしてその十字架には、小さな魔族が打ち付けられていた。
「あ、あの魔族は!?」
「大灯台を占拠していた魔族です。彼はあの者を魔王と断定し、磔にするようです」
「え……!?」
思わず目を見開く。
あの姿形状からして、恐らくドワーフと呼ばれる魔族だろう。
物理的な力や魔力は弱いが、金属を加工する能力に秀でた種族。
しかし今では半身が消失し、完全に息絶えている。
生け捕りですらない遺体である。
そんな者を咎人として吊るし上げるなど、道理に反している。
フィリアは勇者以前に、一神官として声を荒げた。
「遺体を運んできたのですか!? どうしてそんな惨い事を!」
「我々も止めたのですが、自身が倒した功績を、皆に知らしめたいと……」
副団長も悔しそうに表情を歪めていた。
このような有様は騎士団の面々も本意ではないのだろう。
それでもウィルズは伝説の神剣を携えている。
神話に逆らうような真似は出来なかったのだ。
ならばと、フィリアが彼の前に進み出る。
人々が彼女を見て道を譲る中、ウィルズはようやくその姿を捉え、勝ち誇った笑みを見せた。
「ウィルズさん!」
「何だ、フィリアかぁ? 見ろ! この魔族こそ、俺達が倒すべき宿敵、魔王だ!」
「魔王!? そんな……この魔族が魔王である証拠なんてありません!」
「証拠なら、あるッ!!」
同時にウィルズは何を思ったか、神剣でドワーフを突き刺した。
声を上げる暇もない。
重々しい音が響き、残された半身から得体の知れない金属片が零れ落ちる。
ドワーフの体内は血肉ではなく、金属ばかりで敷き詰められていたのだ。
まさかこの魔族は、生命体ではないのだろうか。
その様を見ていた人々も、一斉にどよめき立った。
「最早この姿は生物ではない! 邪神と取引を交わし、姿形を変貌させた悍ましい者だ! この邪悪さこそ、魔王である証! 皆もそう思うだろう!?」
確かにこのドワーフは、今までの魔族と一線を画している。
並々ならぬ存在であることは間違いなかった。
彼の豪語を聞いて、同調するように民衆も頷き始める。
「あんな身体の魔族なんて見た事がない。じゃあ、やっぱりアレは、魔王……!」
「勝った、のか?」
「やった……! 俺達は、勝ったんだ……!」
魔王とは強大な力を持つ、魔族の中でも異質な存在。
そこだけを見るならば、目の前の遺体が魔王である可能性もあるかもしれない。
しかしフィリアは気付いていた。
真の魔王は商業都市に攻め込んだ九尾の狐であり、ドワーフではない事を。
恐らくこの者こそ、魔族の裏で暗躍している四魔将の一体である事を。
倒したとて、勝利を喜ぶ短絡的な話で済ませて良い筈がない。
「待って下さい!」
「おいおい、フィリア。幾ら自分の手柄に出来なかったからって、俺の功績を否定するなんて、随分と酷いじゃないかぁ」
「ウィルズさん! この魔族が魔王とは限りません! 魔王に連なる者、魔将の可能性だって……!」
「魔将? あぁ、お前が適当な事を言っていた種族か。そんなもの、存在する訳がないだろう?」
彼女の指摘をバッサリと切り捨てる。
王であるクレイロードですらも、魔将の存在にはある程度理解を示していた。
当然、ウィルズにもその話は通している筈だ。
だが彼は魔将の存在を認めていなかった。
それとも自分の成果を否定される事が気に喰わないのか。
突き刺した神剣を魔将から抜き取り、彼は続ける。
「魔王の存在は、神託によって俺達人族に知覚される。本当に魔王に匹敵する存在がいるなら、同じような神託がある筈じゃないか。そして俺は、神託で魔将の存在など伝えられていない」
「何も、神託の全てが万能な訳じゃ……」
「何だぁ? 神官であるお前が、神託そのものを疑うのか? 自分で言っていて、おかしいと思わないのか?」
神官でもあるフィリアの立場を理解した上で、わざとそう言ってくる。
実際、彼女も神託そのものを疑う気などない。
ただ神託はあくまで、神に仕える限られた人間にのみ与えられるものだ。
何故ウィルズにそれが降りたのか、神剣という伝説上の武具を与えられたのか。
分からない事が多すぎる。
するとそんな彼女の考えを見抜いたように、ウィルズは笑い出した。
「成程、そういう事か! 通りで、お前じゃなくて俺に神託が降りた訳だ! お前は神を疑った! だからこそ、神から見放されたんだよ、フィリア!」
「……!?」
「見るが良い! この剣の輝きを! どちらが正しいかなんて、一目瞭然だろう!?」
彼はその場で神剣・エフィルフィートを掲げる。
魔王を倒し、大灯台を鎮圧した勇者として威光を見せる。
放たれる剣の光は確かに本物ではある。
だがそれが仮初の、虚構の光であると知っている者も少なくない。
ようやく宮廷騎士団の者達が、彼らの話に割り込んでくる。
「し、しかし、ウィルズ様! あの場には、オスカー・ヒルベルトの一行がいました! 灯台の監視員によると、自分達は彼らによって助けられたと……!」
「何を言って……そんな訳がないだろう? 魔王の死骸を持って来たことこそ、何よりの証拠! ヤツは魔王を倒してなどいない!」
実際にウィルズが、魔王なる者を倒した瞬間を見た者はいない。
代わりにオスカー達が倒したという証明も出来ない。
宮廷騎士団は大灯台の手前で壊滅一歩手前になっており、監視員達も前後不覚の状態だった。
どちらが正しいのか、物証出来るものがない。
あるのは磔にされた奇怪な魔族だけ。
そして民衆も、流石に貴族であるウィルズが嘘をつく筈がないだろうと思い込む。
「正しいのは俺だ! アイツじゃない! アイツの目じゃない! 俺だ! 俺が倒したんだ! ふ、フハハハハハ!!」
オスカーが指摘していた予感は当たっていたようだ。
人が変わった妙な感覚。
まさにそれは、目の前のウィルズにこそ相応しい。
人格そのものが悪しき方向に歪められているような気がする。
最早、言葉で説得できるような状況ではない。
これは先にクレイロード王に進言しておいた方が良いだろう。
途切れぬ笑いを続ける彼を見て、フィリアはそう思った。




