9.デバフ勇者の諜報
聖夜祭は終わり、新たな日が訪れる。
祈りを捧げた信徒達も、己が日常に戻るために修道院を後にする。
催されていた物も、寂しさを残す形で収められていく。
祭りの後の静けさとは、どの国でも、どの場所でも同じだった。
そんな中での謁見の間。
オスカーはフェーネラルと共に、王都に滞在するフィリアと連絡を取っていた。
水晶の向こうに見える彼女の姿は、以前と変わりなく元気そうに見えた。
『そうですか。パラミナの聖夜祭、楽しんで頂けたのなら幸いです』
「あぁ。でも、フィリアには悪いことをしてばかりだよ。本当なら君も、故郷に戻って祝いたかった筈なのに」
『いえ。私がここで気を休めていてはいけないので。それにまた、来年にも聖夜祭は訪れます。その時は皆さんと一緒に、祈りを捧げられる筈ですから』
それだけでなく、態度も言葉遣いも、以前より引き締まったように感じられる。
心境の変化があったのだろうか。
王都を攻めた魔族を撃退したという話は聞いているが、それが原因かもしれない。
勇者として彼女が成果を挙げている事に、オスカーは嬉しく思う。
同じくフェーネラルも笑みを浮かべつつ、その後の進捗を尋ねた。
「それで、王都で何か異変は?」
『以前起きた、光の粒が舞い降りた出来事以外は何も。私を含め、粒を浴びた人達の容体は皆で注意深く観察していますが、今の所、新たに異変を感じた人はいません』
「成程。状況としては、こちらと変わりないようだね」
カイツェルが放った薬物は、王都全域にも届いていた。
事象は全く同じで、それ以上に異変のあった者はいない。
戦いのあった商業都市も含め、安全は確保されているようだ。
現状のオスカーは、大修道院から出る許可を得ていない。
直接フィリアの元へ赴くことは出来ない。
それでも気掛かりな点がない訳ではなかった。
「やっぱり、王族の人達は……」
『はい……未だに、貴方の冤罪を取り下げようとはしていません。私も根を詰めて話をしているのですが、証拠がない以上は信用し切れない、と』
「此処まで来ると、もう個人の話し合いじゃ解決しないか。大司教様の言う通り、国同士で対話するしか、方法はないと思う」
『すみません。あの時、私が王都外に出ずに、貴方達の傍にいれば……』
「過ぎた事は悔やんでも仕方ない。今は、俺達が出来る事を探そう」
王が発言を撤回すること自体が、過ちを認めたと同義なのだ。
クレイロード王の宣言は、簡単には取り消されない。
それこそ大司教・フェーネラルのような王に匹敵する権限を持つ者でなければ、話にもならないだろう。
王への説得は大司教に任せる他ない。
せめて自分達に出来るのは、この手で伸ばせるものを守り切る事。
勇者として役目を果たす事だけだった。
彼の思いを理解してフィリアは頷き、続けて彼らに告げる。
『あの、一つ気になる事がありまして』
「?」
『ウィルズさんが、宮廷騎士団の皆さんによって大灯台から救出された件は、ご存知ですよね?』
「うん。その話はこっちにも届いているけど」
『オスカーさんは、彼が持つ剣を見ましたか?』
大灯台にいたウィルズが持っていた剣、それをオスカーは思い出す。
あれは以前から彼が持っていた宝石剣ではなかった。
異質な力を放つ、この世のものとは思えない代物。
彼だけでなく、間近で見ていたエイダも異様さに気付いていた。
『ウィルズさんは、あの剣を神剣と呼んでいたんです。神から授かった、寵愛を受けし剣だと』
「そう言えば……魔将がそんな事を言っていた気が……」
あの時はそこまで考える余裕がなかったが、考えてみればおかしな話だ。
ヴェンダル家に伝わる武具は宝石剣だけと聞いていた。
まさか目の前に神が現れ、本当に剣を与えたと言うのか。
真偽を確かめる前に、ウィルズは大灯台から落下して行方を暗ましてしまった。
形状などは説明できるものの、それが神剣か否かまでは判断できない。
思い当たったかのようにフェーネラルが呟く。
「神剣……かつて魔王を倒すために勇者が授けられた、神々の力を行使する剣。私としても、信じがたい話ではあるが……」
『確かにあれは、伝承にある神剣に酷似していました。私達に神託が降りるように、彼にも神託が降りて剣を授けられるという事も、有り得なくはないのだと思います』
「他に何か気になる事でも?」
『それがその……彼の言動が、あまりに偏執してしまっていて……』
そこまで聞いて、商業都市の船上で出会った時のウィルズが、オスカーの目に浮かぶ。
言い難そうにフィリアは続けた。
『かつてのウィルズさんにも、確かに少しだけ傲慢な所がありました。でも今のあの人は、その時の比ではない位に考え方が変わってしまっているんです。まるで、人が変わったような……』
「人が、変わる?」
オスカーは思わず反芻する。
その考えに彼は覚えがあったのだ。
王都でパーティーを追放されたあの時、確かに感じた疑いの念。
魔将・アリアスがギルドマスターに化けていた時、自分が抱いたものと同じ違和感だった。
直後、フィリア側の周囲が騒々しくなる。
民衆の声だろうか。
言葉までは聞こえないが、驚くような感情が雰囲気で伝わってくる。
彼女も少しだけ顔を逸らし、背後にある窓の外を確かめた。
「どうかしたかね?」
『宮廷騎士団が、ウィルズさんが帰還したようです』
「金石の勇者か。本当に神剣を得たと言うのなら、拝見したい所ではあるが」
『少し、様子を見てきます。何か異変があれば、また改めて報告しますね。では……』
案ずるフェーネラルに問題はないと言い切り、フィリアはその場から立ち去ろうとする。
今から見に行くらしい。
交信を直ぐにでも切ってしまいそうだったので、オスカーは思わず身を乗り出した。
妙な不安を抱いたのだ。
偏執したウィルズについては心当たりがあった。
大灯台で出会った彼は、傷を負っていてマトモに話せる状態ではなかったが、放たれた言葉からはオスカーに対する怒りで満ち溢れていた。
決して偽物ではない。
入れ替わっているとは思えない。
それでも違和感を違和感のまま放置して、取り返しのつかない事態を起こさないためにも、忠告はしておくべきだった。
「フィリア」
『は、はい?』
「俺もアリアスと戦う以前、ギルドマスターに同じ違和感を抱いたんだ。人が変わったような、妙な感覚。もしフィリアがそう思ったなら、周りに注意した方が良い」
『オスカーさん……』
「君を同じ目に遭わせたくないんだ」
大灯台で会ったウィルズの様子は明らかにおかしかった。
まさか彼がフィリアに危害を加えるとは思えないが、最悪の可能性を考えるのも勇者としては当然の事だった。
仮にフィリアの身に悪しきモノが迫っているなら、同じ轍を踏ませてはならない。
フェーネラルもその意見には賛同のようだった。
「彼の言う通りだ。王都には既に新たな使者を送っている。先走った行動は取らず、慎重に動きなさい。良いね?」
「お師様……分かりました。オスカーさんも、ありがとうございます。そのご忠告、胸の内に収めておきますね」
普段は見せない大司教の優しい声を聞いて、少しだけフィリアの緊張が和らぐ。
二人は師弟の関係だと以前に耳にした事がある。
師弟ならば互いを案じるのも当然だが、それ以上の家族に近い、親密な繋がりがあるように感じられた。
オスカーはそれを見て、少しだけ安堵した。
そうして水晶を通しての通信は切られる。
王都の様子は、依然としてフィリアに任せる他ない。
今の彼女は勇者としての責務を抱き、自分以上に明確に行動で示している。
あまり無理をしてほしくはないものだ。
水晶から視線を外し、オスカーはゆっくりと席から立つ。
しかしフェーネラルは椅子に座ったまま、少しだけ視線を手元へ向ける。
「本来、神剣は人々の希望。かつて魔族によって振るわれていた魔王の剣と対を成す存在。疑う余地など、ない筈なのですが」
「やはり、気になりますか」
「はい……私達の知らない所で何かが起きている。その違和感が、どうしても拭えないのです」
魔将は倒し、魔族側の戦力は確実に削れている。
それでも敵の狙いは見えてこない。
人族の殲滅が目的ならば、もっと簡単な方法があったはずだ。
何故、あんな薬物散布という回りくどい行動を取ったのか。
加えて、別の方向からやって来る作為的な意志。
邪悪さの欠片もない、純粋な神剣の介入。
この場にいる二人共が、それらに疑問を感じずにはいられなかった。




