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5.デバフ勇者の接し方

振り返ると、見知らぬ幼い少女がいた。

エイダよりも年下らしく、体格も一回り小さい。

そんな風貌なので、やっとの思いで話しかけてきた、そんな雰囲気すら放っている。


「もしかして、エイダの事?」

「うん……そのぉ、お婆ちゃん、何処にいるか知ってる?」

「お婆ちゃん? もしかして、迷子なの?」

「周りの人……大きい人ばかりで……話せなくてぇ……」


どうやら迷子らしい。

神官服でもないので、外から来た参拝者なのかもしれない。

確かに大修道院は非常に広く、少しはぐれただけで迷ってしまいそうになる。

小さい子なら尚更だろう。

涙を堪える彼女を放っておく理由はない。

エイダは色々と考えながら問いを投げ掛けた。


「名前は分かる?」

「お婆ちゃんは、お婆ちゃんだよ……」

「どんな服、着てるの?」

「わ、分からないよぉ」


とは言え、ここまで小さい子だと要領を得ない。

お婆ちゃんとやらがどんな姿で、どんな名前なのか分からない。

これでは正直な所、探しようがない。

どうしたものかと思っていると、不意に変わった匂いがした。

少女のモノではない、別の匂いが彼女の懐から感じられる。


「もしかして……何か持ってるの?」

「えっ。こ、これ、お婆ちゃんの御守り……」


指摘されて少女が取り出したのは、小さな袋だった。

何やら大層な模様と文字が刻まれている。

御守りという観念がエイダにはなかったが、そこには彼女の祖母の匂いがあった。

これを元にすれば、ある程度の場所は割り出せるかもしれない。


「任せて。貴方のお婆ちゃん、探してみせるわ」


手掛かりを掴んだエイダは、少女を安心させるために微笑む。

少女もその様子を察して安堵したようだった。

引き攣っていた呼吸も徐々に元に戻っていく。

そうしてエイダは深呼吸を繰り返しながら匂いの元を探り、一本の道を見つける。

匂いの道は修道院の中へと続いていた。

目星のついた彼女は、少女の腕を引いて歩き出した。

自分が竜人であるという自覚を持ち、あくまで優しく引き連れる。

薄く壊れやすい硝子を持つような感覚。

自分より年下の人に優しくすることに、エイダは少々不思議さを感じていた。


「どうして、迷子になったの?」

「大きな熊さんがいたから、追い掛けたの。気になっちゃって」

「熊……?」

「そしたら……そしたら、はぐれちゃった……」


聞くと彼女は目の前を通り過ぎる熊を見たのだと言う。

熊がいたら普通は周囲が大騒ぎしそうなものだが、どういう事だろう。

エイダにはその熊の正体は分からない。

ただ少女からすれば不覚だったらしく、申し訳なさそうに顔が俯いていった。


「どうしよう……お婆ちゃん、身体良くないのに……」

「えっ」


そこまで聞いてエイダが驚く。

病気が分かるとか、容体が分かるとか、そういう話ではない。

身体が良くないという言葉そのものが、オスカーと結びついてしまったのだ。

さっきまで感じていたモヤモヤが再び湧き上がってくる。

思わず彼女は尋ねた。


「もしかして、具合が悪いの?」

「ううん。お婆ちゃんだから、気を付けてねって言われてたの」

「……病気とか、じゃないのね?」

「うん」


しかし、少女からの返答は単純なものだった。

高齢であるが故の身体の心配。

病気を患っているというものでもないようだ。

そこまで聞いて、エイダは自分でも分からないままに安堵した。

とは言え、これだけ人通りが多いとそれだけでも身体に負荷がかかる。

早く出会わせた方が無難だろう。

匂いを辿り、二人は壁に沿って歩いていく。


そしてエイダは思う。

例え病気のない丈夫な身体であっても、少女と祖母は生きている年齢が違う。

人族の寿命は、どう足掻いても百年は越えられない。

ずっと一緒にいられる筈はない。

少女は何れ来る別れを悟っているのかもしれない。


「でも、一人じゃ不安よね」

「怖いよ……怖いけど……。でも、お婆ちゃんも探してる……」


独り言のように呟いたエイダの言葉に、確かな返事がある。

振り返ると少女はいつの間にか、涙を溢さないように上を向いていた。


「だから、泣かないもん……心配させちゃダメだもの……」


どれだけ同じ時を生きられるかも分からない。

悲しみもきっとあるに違いない。

それでも彼女達は共に歩み、離れることもないのだ。

自分一人が悲しんでいれば、それはきっと大切な人に繋がっていく。

悲しませないため、辛い思いをさせないため、最後まで笑顔でいよう。

エイダには、彼女がそう言っているように見えた。


「貴方は、とても強い子なのね」

「えっ」

「大丈夫。もう直ぐ、会えるわ」


少し羨ましく感じながらも、二階層へと上る。

打って変わって物静かな空気が流れ、通りすがる神官達がジロジロとこちらを見ていく。

入り組んだ通路を抜けて辿り着いたのは、仰々しい扉だった。

匂いの持ち主はこの向こうにいる。

扉に近づこうとすると、衛兵らしき男が彼女達を呼び止めた。


「待ちたまえ。これより先は謁見の間だ。許可なく入ることは許されない」

「でも、向こうからこの子のお婆ちゃんの匂いがするの。通してあげて」

「何だ、迷子か……?」


連れの少女がどういう状況にあるか、衛兵は直ぐに理解したようだ。

それでも、煩わしそうな顔や雰囲気を崩さない。

子供だからどうという話ではない。

寧ろ子供と言うよりは、亜人のエイダに悪感情を抱いているようだった。


「そういう事なら、外にある迷子の案内所に行ってくれ。子供の相手をしている時間はないんだ」

「じゃあ、ここで待っているわ。入らなければ、良いんでしょう?」

「何?」

「それもダメなの?」

「全く……邪魔だと言っているのが分からんのか?」


溜め息交じりに、衛兵は手を払うような動作をする。

亜人という存在に対する明確な差別意識。

エイダは先程耳にした女性たちの誹謗を思い出した。

オスカーの功績があっても、自身には魔族の血が濃く混じっている。

修道院の中には、身内を魔族に命を奪われた者もいるかもしれない。

毛嫌いするのも無理はないのだろう。

だがここにいる幼い少女は、純粋な人族だ。

本来手を差し伸べるべき者を蔑ろにするのは、少し大雑把ではないか。

どうしたものかと迷っていると、唐突に閉ざされていた扉が開かれる。


「何やら騒がしいねぇ」


騒ぎを聞いていたのか、身なりの良い老婆が現れた。

ゆったりとしていて、落ち着いた雰囲気の女性だ。

同時に手を繋いでいた少女の顔が、ぱあっと明るくなる。


「お婆ちゃん!」

「おやおや、何処に行ったのかと思っていたらこんな所に。駄目じゃあないか、勝手に走っていったら。お婆ちゃんは、簡単には追いつけないんだよ?」

「ご、ごめんなさい……!」


少女は祖母に抱き付き、大きな声で謝った。

やはりこの場所で正解だったようだ。

離れ離れになっていた二人を元に戻すことが出来て、エイダもホッと息を吐く。

衛兵はその様子を見て、ようやく表情を驚いたものへと転じた。


「村長様のお孫さんだったのですか!?」

「えぇ。やんちゃで仕方のない、可愛い子ですよ。それにしても、何かあったのかい?」

「い、いえっ! そちらの娘が、迷子という事で連れてきたのです! まさか、本当だったとは……」


取り繕いはすれど、誤魔化すことはなく有りのままを話していく。

すると老婆はにこやかな笑みを浮かべ、エイダに近づいた。


「貴方がこの子を探し出してくれたのね。ありがとうね」

「ええと……大丈夫、です」

「それにしても、貴方も聖夜祭で此処まで来たのかい? まだまだ、若いのにご苦労だねぇ。もしかして、ご家族と一緒かい?」

「は、はい」


慣れない敬語でどうにか話を合わせる。

オスカーの口調を思い出しつつ、たどたどしく返答していく。

その中で、エイダは彼女の姿を見た。

少女が言ったとおり病気を患っているようには見えないが、既にかなりの老体である。

老いの意味は当然知っている。

自分と違い、女性の命の灯は小さく感じられる。

目の前の祖母と少女の様子が、今の自分を映し出しているように見えた。


「じゃあ、安心……とは言えないかねぇ。ここは広い。自分が何処にいるのか、分からなくなるからねぇ。私達みたいに、迷子になっちゃ駄目だよ」

「……」

「あと、これはほんのお礼だよ」


すると女性はそう言いながら、エイダの両手を優しく握る。

穏やかで温かい感覚だった。

続いて何かを持たされた感触があったので開いてみると、そこにはピカピカに光る金貨が一枚残されていた。

報酬という意味だろうか。

そんなつもりで来たわけではなかったので、思わずエイダは顔を上げた。


「これで美味しいモノでも食べなさい」

「えっ。でも……」

「良いんだよ。気にしなさんな」

「……あ、ありがとう、ござい、ます」


流石に悪いと思ったが、女性は首を振るだけだった。

更にエイダは光るモノが好きなので、特に金貨には目が無かったりする。

なので、これ以上断るのは失礼だと思い、お礼を言って見送ることにした。

用事は既に済んでいるのか、彼女達は互いに手を繋ぎながらゆっくりと立ち去る。

そして最後にもう一度振り返って、エイダの方を見た。


「貴方に主のご加護があらんことを」

「お姉ちゃん! ありがとう!」


元気溢れる姿を見て、エイダは彼女達の姿が見えなくなるまで小さく手を振った。

それと同時に、衛兵が慌てて頭を下げる。

何事かと振り返るとそこには、先代勇者であるフェーネラルがいた。


「祝電を頂くだけでなく、孫娘が迷子になったと聞いていたのですが、探す必要はありませんでしたか」

「大司教、さん……?」

「こうして話すのは始めてですね。少し、良いですか」


丁度良いと言わんばかりに声を掛けられる。

何か話すことがあるのだろう。

拒否する理由は何処にもなかった。

難しい話でなければ良いのだがと思いながら、謁見の間に通される。

やたら煌びやかな室内の装飾に目を奪われながらも、彼女はフェーネラルと対面した。


「貴方にも感謝しなければなりません。大修道院を、そして信徒達を守った貴方は、確かに勇者に連なる者としての資格がある。どうか、彼を支えてあげて下さい」


彼はエイダが亜人である事を気にしていないようだった。

自身と大修道院を守った恩人として、改めて感謝の意を述べる。

ただ、最後の言葉だけには引っ掛かりを覚えた。

オスカーを支える。

果たして自分にそれが出来るかどうか、彼女は未だ迷いを抱えていた。

それをフェーネラルは正確に見抜いたようだった。


「何か、迷っているようですね」

「……エイダは亜人だから、寿命が違うって、聞いた、のです」

「竜の亜人。確かにそうであるなら、貴方の寿命は、我々人族よりも遥かに長い。数百年……或いは千年に届くかもしれません」


竜族は魔族との闘争の中でも一切姿を現さない。

結果的に一度として人族に敵対したことがないため、伝承以外では語られない存在だ。

寿命に関しても、ある程度の推測しか出来ない。

それでもエイダの悩みを彼は理解したのだろう。

純粋な人族と、魔族の血を持つ亜人との明確な差。

同じ時を生きられない、必ず来る別れに対して、彼は優しい口調で言った。


「貴方は、彼の事を大切に思っているのですね」

「……」

「命とは出会い、別れを繰り返すものです。私も数多の者との別れを経験してきました。しかし、そこにあるものが悲しみだけとは限りません」


諭すようで、それでいて導くような声が響く。

大司教という威厳は確かなものだった。

雰囲気だけでなく、声色だけでも、頭の中に巡っていきそうな錯覚を覚える。


「貴方が協力してくれた村長と孫娘さんのお二人。彼女達は悲しんでいる様に見えましたか?」


そう言われて、エイダは先程の二人を思い返した。

彼女達にも何れは別れが訪れる。

生きている以上は必然のような出来事である。

しかし、それを悲観し続けているようには見えなかった。

あるのは今を共に生きる、触れ合えることを大切にしている姿。

彼女が首を振ると、フェーネラルはゆっくりと頷く。


「一歩足を踏み出すのは、とても難しい。しかし、例えその先に別離しかなかったとしても、私達は今を生きている。だからこそ、貴方に出来ることは一日一日を愛する事です」

「愛……?」

「えぇ。恐れるのではなく、今ある日々が、掛け替えのないものなのだと」


別れは必ず訪れる。

悲観してばかりでは前には進めない。

待ち受ける悲劇ではなく、今ある幸福を大切にするべきだと。

以前、彼女自身がオスカーに伝えた言葉と同じだった。

そこでようやくエイダは気付く。

一つの事に囚われ続け、自分本位な思いしか抱いていなかったと。

彼が一体何を考えて今を生きているかを理解し切れていなかったと。

つっかえていたモヤモヤが無くなり、バラバラだった線が一本に繋がる。


「ありがとう、ございます。少し、軽くなった気が、します」

「私の言葉が助言になったなら、幸いですよ」


的確な助言を与えてくれたことにエイダは感謝する。

やはり勇者としての名を持つ者は、他の者に勇気を与える道標のような存在なのかもしれない。

そこにあるというだけでも、理由となり原動力となるのだ。

そう彼女が思っていると、不意に彼が尋ねてくる。


「あぁ、それともう一つ」

「?」

「貴方は、クィン・マリーという人物に心当たりはありますか?」


唐突に出て来た人物の名を聞いて、思わず首を傾げる。

クィン・マリーの名は、以前オスカーに教えてもらった事がある。

先代勇者パーティーのリーダー。

かつて先代魔王と戦って消息を絶ったと言われている。

フェーネラルからすれば共に戦った戦友でもあるが、残念ながらエイダにはそれ以外の情報はなかった。


「先代勇者さん、ですよね。その人が……?」

「……いえ、何でもありません。さぁ、彼の元に行ってあげなさい」


何も知らないのだと気付くと、フェーネラルは再び笑みをつくるだけだった。

そうしてオスカーの元に戻るように促され、エイダは謁見の間を後にする。

長い青髪を靡かせつつ、小走りに駆けていく姿は、普通の幼い少女そのものだ。

そんな去り行く彼女を見ながら、彼は不思議そうに顎に手を触れる。


「やはり他人の空似だろうか。いや、しかし……」


かつてのソレと合致するような、しないような。

フェーネラルは確証が得られないまま、見送るだけだった。

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