6.デバフ勇者の見守り人
聖夜祭当日の朝。
準備が整い、大修道院は周辺の村々から来る信徒たちを迎える。
年に一度の行事なので、当然の如く参拝者も大勢訪れる。
催しを行う大聖堂ですらも人で溢れかえる程だ。
それでも大きな騒ぎも起きずに、静かに人の波が押し寄せるのは、ここがグリム教の総本山だからだろう。
神に祈るが如く、信徒たちは巡礼を果たしていく。
ちなみに大修道院に属する下町には、様々なものを売る市場が開かれている。
オルテシア王国の商業都市程ではないが、品揃えはかなり充実している。
大修道院で商売を許された専属の商人たちが、そこで複数の露店を開いていた。
修道女のテリアは、そんな場所に早朝から顔を出していた。
「キラキラ……キラキラねぇ……」
基本的に修道院の者が買い物をするとなれば、ここ以外にない。
彼女はエイダに渡す贈り物を決めるために訪れていた。
幼い少女が欲したのは、キラキラしたものだった。
聞き出せたは良いものの、結構に抽象的なので、どれにすれば良いのか悩んでしまう。
「小さな宝石なら商店で売ってるかもだけど、ちょっと大げさだし。やっぱり、アクセサリーかな」
お金を掛け過ぎるのは、欲の象徴でもある。
適度な信仰をモットーとするテリアも、その辺りはしっかりと守ろうという思いがある。
高価過ぎず、それでいてエイダが満足できる代物を探さなければならない。
一体どうしたものか。
色々な雑貨が売られている区画まで立ち寄り、彼女は足を止めた。
「お困りのようじゃないか、お嬢さん」
不意に男性から声を掛けられる。
何処から呼び止められたのだろうと思って、テリアは辺りを見渡す。
すると商店と商店の間。
非常に狭い通り道のような場所に、大きな熊が居座っていた。
「く、熊!?」
「毛皮さ。今日は聖夜祭なんだろう? こういう格好をするのもアリかと思ったんだが、これが割と子供に好評でねぇ」
「な、何だ……仮装なのね……」
中身は毛皮を纏った中年男性らしい。
熊の姿のままで、陽気な声を出しながら片腕を上げる。
その格好でいる事に楽しさを覚えているようだが、聖夜祭で仮装する人など滅多にいない。
あんまりに不釣り合いな格好なので、テリアは若干後退りをしてしまう。
「それで? 何を買うか迷っていたみたいだが、これなんかどうだい? 宝珠の葉って言うんだが、光に当たると宝石のように輝くのさ。勿論それは、淹れた紅茶も同じだぜ。王国じゃあ、王族が祝いの時だけに飲む貴重なものでなぁ……」
自分の商品を見に来たと思ったのだろう。
熊はゴソゴソと懐から得体の知れない葉っぱを取り出した。
妙に輝いた、造り物にも見えなくもない透き通った茶葉だった。
ただ、そんなものを彼女は今まで見たことがない。
喋っている話も大袈裟すぎて信用ならない。
買う気が起きないというのが正直な所だった。
「ごめんなさい。あたしが探しているのは、茶葉じゃないんです。聖夜祭で渡す贈り物なんです」
「んあ? そうだったのか。そりゃあ悪かったな、早とちりして」
「い、いいえ。こちらこそ、商売の邪魔をしちゃって」
「気にしなさんな。それよりも、お嬢ちゃんどっかで……あぁ、そういう事か……」
「?」
「もしかして、渡す相手は小さな女の子かい?」
何かを理解したようで、唐突に問いを投げ掛けてくる。
確かにテリアが渡すのは、彼が言う通りの相手だった。
思わず彼女は頷く。
「は、はい。そうですけど」
「成程ねぇ。だったら少し、相談に乗ろうじゃないか」
「えっ。でも」
「まぁまぁ、何故か俺んトコには誰も立ち寄らなくてなぁ。暇なのさ。勿論、金も取らねぇから安心してくれ」
人が寄らないのは熊を被っているからでは、というツッコミは呑み込んでおく。
その代わりに出る言葉が思いつかず、熊が何を贈るのが相応しいか、勝手に思案し始める。
本当に大丈夫なのかとテリアは思ったが、贈る相手を的確に言い当てたこともあって、少しだけ待ってみることにした。
そして少しの時間が経って、熊男が俯いていた顔を上げた。
「ああいう年頃に渡したいなら、小物が良いだろうな」
「小物……香水とか、ですか?」
「あー。それもアリだが、鼻が利くからなぁ」
「?」
「それよりかは、指輪や首飾りとか……いや、それじゃ重すぎるな。お、そうだ。髪留めとかはどうだい?」
何やら意味深な言葉を並べながら、その解に辿り着く。
髪を束ねる女性用の髪留め。
それならば、辺りの商店を探せば幾つか見つかる筈だ。
彼女はそこで、エイダの長く美しい髪を思い出した。
「髪留め……」
「長い髪が邪魔だと思っているかもしれねぇし、それが一番かもな。後はそこにキラキラしたものがあると尚良しって感じだ」
考えてみれば、エイダは長い髪を煩わしそうにしている場面があった。
それでいて、特に纏める様な小道具を持っているようにも見えなかった。
化粧といった類には興味がなさそうだったが、こういった物ならば気に入ってくれるかもしれない。
キラキラに関しても、装飾に拘った髪留めを探せば何処かにあるだろう。
熊男の指摘はかなり的を射ていた。
「確かに、エイダちゃんの髪って横に広がってるし、髪留めは良い考えかも」
「参考になったかい?」
「は、はい! ありがとうございます!」
正直迷っていたテリアだったが、それはアッサリと氷解する。
参考というよりは、殆ど答えのようなものである。
彼女の中で、毛皮を被る変な人から、それなりに話が出来そうな人にクラスアップする。
しかし、彼は女性に対する理解があるようだ。
恐らく身内に年頃の娘がいるのだろう。
「もしかして、娘さんがいるんですか?」
「ん? まぁ……そんな感じかな……?」
「やっぱり! じゃあ聖夜祭の贈り物も、もう決めたんです?」
「贈り物ねぇ。決めたと言えば、決めてるな。いつもと同じことをやるだけさ」
大した事ではないと、流す形で男は答えた。
彼も聖夜祭に参加する者として、ある程度の考えは持っているようだ。
適当な意志でこの場にいる訳ではない。
ならば、もう一つだけ聞いてみても良いだろう。
贈り物を届けるべきか迷っている人物が、もう一人いる事を。
視線を迷わせつつ、テリアは意を決し質問した。
「あの、それじゃあ、もう一つ聞くんですけど」
「何だい?」
「年頃の男の子って、何が好みなんですか……?」
「え? それって、もしや……?」
抽象的な内容なのだが、男は思い当たったような声を出す。
まさかバレてしまったのだろうか。
一瞬戸惑うテリアだったが、そんな筈はないと持ち直す。
性別しか言っていない状態で、誰に渡すかなど分かるとは思えない。
看破の白魔導ならばそれも可能だろうが、目の前の彼が行使している様子はない。
何の問題もない。
そう安心していると、返答を聞くよりも先に、二人の元に近づいて来る人物がいた。
「こんな所で何やってるのさ」
現れたのはオスカー・ヒルベルトだった。
聞き覚えのある声に身体が硬直する。
どうして彼がこんな所に、という思いばかりが頭を駆け巡る。
驚きすぎて振り返ることが出来ない。
そんなテリアの様子を知らず、彼は呆れた様子で熊の男性を見ていた。
「何やってるって……見ての通り商売さ。そろそろ路銀を稼がねぇと底が尽きちまう。安心しな。販売の許可は貰ってるぜ」
「それは心配してないけど、そんな格好してたら人が寄らないだろ」
「そうかぁ? 子供達には結構人気だったんだけどなぁ。折角だから、このまま聖夜祭にしゃれ込もうと」
「恥ずかしいから止めてくれ……」
二人は親しそうに話している。
どう見ても初対面の接し方ではない。
まさか知り合いなのだろうか。
ゆっくりと、ぎこちなく、テリアはオスカーの方を振り返った。
「あの、オスカーさん?」
「あれ、テリアさんじゃないか。君も買い出し?」
「は、はい。そうですけど、もしかして……この人とお知り合い、ですか……?」
「えっ。ええと、熊被ってるから分からなかったもだけど」
そう言って彼は熊の方に視線を向ける。
知らないようだから教えてあげれば良いと無言で促す。
すると熊は仕方なさそうに、頭部を脱いで素顔を露わにした。
そこにいたのは、バツが悪い表情をした白髪の中年男性。
オスカーやエイダと共に行動していた人物だった。
「ども。コイツの父です」
「!!??」
オスカーの父、ザカンである。
詰まる所、テリアはオスカーの身内である彼に、自覚のないまま全てを話していたのだ。
元々そこまで話し合った事もなかったので、彼の声までは流石に覚えていなかった。
熊の毛皮を被っていれば、尚更気付くのは難しい。
今まで発言した内容が、テリアの脳内でどんどん思い返されていく。
自分は今、とんでもなく恥ずかしい状況にあるのではないか。
そう思った瞬間にオスカーと視線が合い、思わず頬が紅潮する。
「う、嘘っ……あたし、全然気付かなかっ……! って、もしかして、さっきのも……!? や、やだっ、あたし……!」
「えっ? ちょっ……」
「ご、ごめんなさいっ!!」
猛烈な勢いで謝りつつ、テリアは脱兎の如くその場から逃げ出した。
顔を見られないよう、両手で隠しながらの逃走だった。
普通に立ち寄っただけのオスカーは何が何やら分からず、立ち尽くすばかりだった。
代わりに何となく事情を理解していたザカンが、申し訳なくしながら後ろ首を掻く。
「いやぁ、悪いことしちまったな」
「一体、何をしたんだよ……」
「なぁに、ちょっとした勘違いってヤツだ」
ザカンは何も語らない。
自分が正体を隠した上で相談に乗ったことも、一つの原因だからだ。
そして、彼女が言っていた男子が何者なのかは察しがついていた。
疑いの目を向けるオスカーに対して、少しだけ茶化すような言葉を放つ。
「そんな事より、やっぱりお前、結構モテるじゃないか」
「え?」
「まぁ、そりゃ勇者を名乗ってるんだからな。言い寄る相手がいても不思議じゃねぇか」
「……」
「急に悲しそうな顔すんなよ……」
「別にそんな事はないし……じゃあ、行くから。あんまり騒ぎを起こさないようにな」
しかし、オスカーはあえて避ける態度を取るだけだった。
年頃の男子なら意識しても不思議ではないのだが、それだけは拒絶するように顔を逸らした。
そして来たばかりだというのに、アッサリと背を向けて来た道を戻っていく。
これは今までに何度も見た事のある、彼の女性に対する認識、明確な距離感だった。
変わりのないあんまりな様子にザカンは小さく息を吐く。
「ったく……ありゃあ、筋金入りだな」
こればかりは薬草でどうこう出来る話ではない。
オスカーは女性を、特に自分に好意を持つ女性を遠ざけようとする。
普通に接する分には全くそんな気配はないのだが、それが恋愛感情を纏ったものならば、露骨に嫌がる程だ。
エイダと行動を共にしていて、最近は鳴りを潜めているように見えたが、やはり治っていないらしい。
ある意味での女性嫌い。
一体、どうすれば分かってくれるのだろうか。
追う真似はせず、ザカンは小さく唸るだけだった。




