1.デバフ勇者の追憶
十年以上前。
未だ幼少のオスカーが真の実力に気付かず、剣を握ったことすらなかった頃。
人族と魔族の闘争は激化しつつあった。
境海を挟んでの争いは絶えることがなく、それでも両者ともに攻め切れない状態が続いていた。
互いにひたすらに消耗していくばかり。
海という攻め辛い地形が、余計にその状況を生み出していたのだろう。
するとそれに痺れを切らしたのか、かつての魔王、先代魔王が人族の領土へ大規模な侵攻を開始しようとした。
魔族の軍勢を連れ、一気に乗り込もうとしたのだ。
しかし人族は神託を受け取ったことで、侵攻の知らせを受ける。
これにより先んじて、接近する先代魔王を討ち取るため、先代勇者パーティーが迎え撃つ。
境海を越え、魔族領へと足を踏み入れたのだ。
作戦は完璧だった。
魔族側は侵攻に注力していたため、まさか自分達の動きが読まれて攻め込まれるとは考えていなかった。
緩まった敵陣を一気に突破し、宿敵である魔王を倒すため、勇者の皆が奮戦した。
その勢いのままに迫り来る魔族をなぎ倒し、勝利は目前かに思えた。
だが、不測の事態が起きる。
最後の一撃。
魔王の命に刃が届く瞬間、それは起きた。
先代魔王の自爆である。
「く……うぅ……。一体、何が起きたと言うのだ……?」
勇者の一人、フェーネラルは巻き上がる土煙の中で混乱する。
何も分からなかった。
突然、魔王を含んだ一帯が白い光と共に弾け飛んだのだ。
彼は反射的に白魔導で防御結界を発動したが、殆ど意味を成さなかった。
呆気なく結界は破壊され、炸裂した爆風に巻き込まれた。
だが生きている。
左肩や頭部からはかなりの血が流れているが、奇跡的に致命傷は受けていない。
白魔導で回復すれば、どうにでもなるだろう。
それよりもフェーネラルは耳鳴りのする中、辺りを見回した。
他の勇者達は無事なのか。
自身よりも幼い、活気溢れる若い先駆者たち。
これだけの爆発をまともに受けていれば、かなり危険な状態の筈だ。
嫌な予感を抱く前に、土煙を晴らしながら声を張り上げた。
「だ、誰かッ! 誰かいないのかッ!? セルジュ! エルニド! ウォースラッ!」
しかし誰の返事もない。
誰の気配も感じられない。
まさか、と背筋が冷える。
回復する事すら忘れ、フェーネラルはヨロヨロと歩き出す。
そして視界が晴れた先にあったのは、巨大なクレーターだった。
都市一つ分はあるだろうその大穴に、フェーネラルはただ一人残されていた。
「マリー……」
思わず最後の一人の名を呼ぶが、それに応える者は何処にもいない。
魔王の姿も当然ない。
炸裂した爆風と同時に、魔族の軍すら消し飛んだのだろう。
代わりにあったのは、自分の命だけ。
フェーネラルはたった一人、生き延びてしまったのだ。
「まさか……私が……私だけが……?」
結成されて一年程度のパーティー。
自身よりも若い彼女達の有り方には、何度も元気づけられた。
共に戦う姿には、何度も勇気づけられた。
故に未来ある彼女達の命は、自分が守らなければならないと、確固たる意志を持っていた。
だと言うのに、待っていたのはこれだったのか。
自分の無力さ、情けなさが全身を支配する。
巨大なクレーター跡に、慟哭が響き渡った。
●
神都・パラミナ、その大修道院。
朝日を受けた院内は、静寂に身を包んでいた。
元より四神を称える総本山でもあるので、騒がしくなる所でもない。
信徒達は己の役目を果たすため、朝早くから動き出している。
魔将・カイツェルの脅威も去り、物々しい雰囲気は一切ない。
そんな中でオスカーは、とある一角のバルコニーで座禅を組んでいた。
信徒から教わった修行の一つである。
精神統一のために有用と聞き、彼は一時間前からずっとその態勢を続けている。
目を閉じ、精神を研ぎ澄ませ、僅かな動きすら見せない。
石化の如く固まっていたのだが、するとそこへ一匹の小鳥が舞い込んでくる。
「ん……?」
何故わざわざそこに来たのか、頭の上に乗ってきたので、思わず目を開いてしまう。
ピヨッと自慢げに鳴いた小鳥は、彼が瞼を開けたと同時に、空へ大きく羽ばたいていく。
もしかしたら、ちょっかいを出して、自分を試しに来たのかもしれない。
小鳥に負け、オスカーはゆっくりと息を吐いた。
「やっぱり、瞑想ってのは難しいな」
まだまだ鍛錬が足りないのだろう。
反省していると、彼を探していたのか、バルコニーに近づく者が現れる。
司祭の服を着る男性は、オスカーも当然に見覚えがあった。
「此処にいたのか、オスカー」
「ローファン司教? 具合は、大丈夫なんですか?」
「あぁ、もう大事ない。他の神官達も、直ぐに動けるようになるだろう」
ローファン司教は、全く問題がないように振る舞った。
大灯台の制圧から数日が経ち、修道院で暴走していた神官達も我に返った。
全身に浮かび上がっていた刻印も消え、本来の人格を取り戻したのだ。
辛うじて意識を保っていたローファンも同じように救われる。
その事について何度目になるだろうか、彼は深々と頭を下げた。
「君に改めて謝罪と感謝をしなければならない。君達の身柄を拘束する間違いを犯したというのに、君は私達の同志、大司教、そして妹のテリアの命を救ってくれた。すまなかった。そして、ありがとう」
「そんな……貴方の行動は、全て大修道院を守るため。間違いだった、なんてことはありません。それにこれは、自分一人の力ではありませんよ。皆、生きようという強い意志を失わなかったからこそ、繋ぎ止めることが出来たんです」
「君は謙虚だな。しかしそれだけでは、私の気が収まらない。やはり何か、してあげられることはないだろうか?」
「その話ですか?」
「あぁ、その話だ」
刻印が消滅した事により、神官達は正気を取戻し修道院内の秩序は保たれた。
自身に向けられていた疑いも晴れる結果となり、ローファンはそれを恩義に感じているようだった。
回復してからというもの、彼はオスカーに対して何をしてあげるべきか、考えあぐね続けている。
ただオスカーからすれば、皆を救うのは勇者として当然であるので、謝礼を支払われる程の事ではなかった。
「そう言われましても。自分としては、今ここに置いてもらえるだけでも十分なんです」
「……」
「そんな顔しないで下さい。でも、そうですね……少し考えておきます」
断り続けるのも慇懃無礼に当たるので、取り敢えず適当な言葉で流しておく。
欲しいものと言われた所で、本当に何もないのだ。
昔から欲がないとは父から言われていたが、これは自分の体質が深く関わっている。
薬なしには生きられない身体で、最弱職を極めることだけを考えて生きてきた。
それ以外の事を考える余裕は、殆ど無かったのだ。
磨き上げた力を示し、自分が生きた証を残す。
だからこそ、今のオスカーはかなり満ち足りている。
一体どうしたものかと考えていると、更に別の神官がバルコニーに立ち入った。
「失礼します。大司教様がお呼びです」
何か用事があるようだ。
ローファンも大司教の命を優先するため、彼を謁見の間へと案内した。
かなり広大な場所なので、一人で目的の場所に行くのも一苦労だ。
バルコニーを立ち去り、大修道院内部を進んでいく。
伝統的な建造物が幾つも立ち並び、鍛錬を続ける者や礼拝の準備を行う信徒達が過ぎ去っていく。
既にオスカーが院内にいることは周知の事実なので、通り過ぎた人々からは様々な視線を向けられる。
彼らの心情も分かっているので、一喜一憂する必要は無い。
軽く挨拶をするだけに留めた。
そうして修道院の二階層まで上り、ローファンに促され、オスカーは一人で謁見の間へと立ち入る。
重々しい扉を開くと、色取り取りの硝子窓から陽の光を浴びながら、大司教・フェーネラルが彼を出迎えた。
「よく、来てくれました」
「大司教様、ご用ですか?」
「えぇ。貴方のこれからについて、ある程度の方針が立ちました」
単刀直入にフェーネラルは話を打ち明けた。




