2.デバフ勇者のこれから
先代勇者でもある彼は、ゆっくりとした口調でそう言う。
未だ嫌疑の残されているオスカーに対して、今後どのように対処するべきか。
客観的に事実を元に、最終的な決断を下したようだった。
今までその判決が出るまで、大修道院から離れることは許可されていなかったので、流石のオスカーも少し緊張する。
しかし、フェーネラルの表情に厳しさの様子はなかった。
「暗殺計画の阻止、そして大灯台を占領する魔将の討伐。これらの功績から、私達は全面的に貴方を信用する事にしました。オルテシア王国で掲げられている貴方への大罪に対して、直訴をするよう既に手配を済ませています」
「あ、ありがとうございます……!」
「いえ。今までの非礼を考えれば、これは当然の事です」
パラミナが追放処分を下すことはなかった。
思わず表情を明るくしながらも、オスカーは大司教に感謝する。
それに対して頭を下げられるような事ではないと、彼は首を振った。
「かつての戦いで、私は同志だった皆に先立たれてしまった。老い先短い者からすれば、貴方達のような若い芽が、摘み取られる事は阻止しなければならないのです」
「かつての戦い……先代魔王との戦い、ですか」
「……私は生き残った。いえ、生き残ってしまった」
悔いるような声が微かに響く。
先代勇者と先代魔王の戦いは、オスカーも理解している。
境海の越えてくると言われた魔王の軍勢。
それらが先行するよりも先に突撃を仕掛けた、人族側の奇襲攻撃。
作戦はほぼ思い通りに動いたにも関わらず、最後の最後で失敗した。
魔王が地形を変える程の自爆を行ったためだ。
それによって生き残ったのは、フェーネラル一人だけ。
残りの勇者たちは遺体すら見つからなかった。
「神は何故、私を生き永らえさせたのか。そう考えることもありました。ですが、問うだけでは何も始まらない。己で見つけるべきなのだと、私は沈黙という答えを授かったのです。ならば私に出来る事は、摘み取らんとする者達の手を払うこと」
恐らくかつての先代勇者達と重ねているのかもしれない。
守れなかった仲間への弔い。
果たせなかった勇者としての責務。
一体どれだけの絶望を味わったのか、オスカーには計り知れない。
そんな時を経て、大罪を背負った一人の青年を冤罪として擁護した。
つまりは、勇者の志を持つ同志と見なされたという意味なのだ。
「貴方達はこのパラミナが保護します。結果として王国との関係が悪化するやもしれません。ですが今まで築き上げてきた軌跡、救われた者達の声を伝えれば、何れは冤罪であると理解を示してくれるでしょう。フィリアも、それを承知の上で王都に残るそうです」
「フィリアが?」
「はい。一度戻って来るようにと伝令は飛ばしたのですが、自分が残ることで使者としての役目も果たしたいと」
「そう、だったんですか」
「まさか、あの子が自発的に意見をするようになるとは。これも、貴方のお陰かもしれませんね」
オスカーが示した意志によって、フィリアも感化されるようになった。
大司教の声色は何処か嬉しそうに感じられた。
当然、それはオスカーも同じ気持ちだった。
彼女の導きの手がなければパラミナに留まる事も出来ず、カイツェルの更なる凶行を止める事も出来なかった。
ここまで周囲から信用される事もなかっただろう。
フィリアには、本当に感謝しなくてはならない。
出来ることならば面と向かって話がしたいものだ。
と、そこまで考えて、オスカーは一つの不安要素を思い出す。
確かにパラミナの安全は確保され、彼自身の名声も回復しつつある。
ただ、カイツェルが残した遺産だけは無視できるものではない。
「大司教様、一つ宜しいですか?」
「何かな?」
「魔将・カイツェルを討伐した時に散布された物質。あの正体について、貴方の見解をお聞きしたいのです」
「……例の、刻印の事だね」
カイツェルが最期の力で放った謎の薬物。
光を纏った物質は、パラミナの大修道院にまで届いていた。
当時、フェーネラルは大結界を展開したままだったが、その力すらもすり抜け神官達を一斉に昏倒させた。
得体の知れない技術を使うカイツェルならば、大結界を通過する術を持っていても不思議ではない。
空中に散布された時点で、回避する術はなかったのだろう。
「戦いの記録は、水晶を通して見ています。魔将が告げたという刻印の解除は、確かに真実なのでしょう。ローファンを含め、暴走していた神官達は、空から舞い降りた物質を受けて気を失い、そして目が覚めた時には浮かび上がっていた刻印は消え、意識を取り戻していた」
「やはり、あの物質は全土に?」
「フィリアからの報告も受けています。ハッキリとした情報は得ていませんが、恐らく、その認識で間違いありません」
散布された薬物は、パラミナだけでなくオルテシア王国にも及んだ。
しかし身体そのものに異常は一つもない。
フェーネラルも細心の注意を払って体内に異常がないか隈なく探ったが、変わりない健康体があるだけだった。
加えてこの数日、自覚症状を持つ者の報告も募ってみたが、両国共に全く挙がらなかったという。
まさしく刻印を消すための毒ではなく薬物、だったのだろう。
それでも不可解な点は残る。
カイツェルは刻印で神官を惑わせた後、わざわざ自分の手で解放させたのだ。
一体何のために、そんな回りくどい行動を取ったのか。
「あの魔族の真意が不明瞭な以上、下手に動くことは出来ません。他二体の魔将も控えていますからね。今は領土内に潜伏している魔族が他にいないか、徹底的に調べ上げる方が先決です。自国領の安全が確保できてから、魔族領へ干渉をするか否かを話し合いましょう」
「分かりました……」
「何か、言いたそうだね」
「……不躾を承知で言わせて頂きます」
オスカーは改めて切りだす。
彼が思い出すものはカイツェルとの対話。
人族に刻まれているという刻印の存在意義である。
確かに魔将は、刻印は人族を操るモノだと語っていた。
事実、ローファン達は刻印操作によって我を失っていた。
遥か昔からそれが存在していたのだとすれば、人々は常に意志を剥奪される危険性を持っていた事になる。
彼にとってそれは、簡単に容認できるものではなかった。
「カイツェルの……魔将の言葉が真実だった場合、私達全員が神々からの刻印を持っていたことになります。もしそれが、ローファン司教達のような争いを生む事になっていたなら……」
神そのものを疑うかのような発言。
これは言わばパラミナの、大司教にとっては禁句に近い。
それでも無礼であると分かった上で問わなくてはならなかった。
するとフェーネラルは顔色一つ変えずに答える。
「私は、それでも良かったと思っています」
「!」
「信奉する神々からの意志。それは私達にとって、絶対的なもの。間違える事などありません。かつて私は自分の意志で戦いに臨み、生き残ってしまった」
「……」
「主たる四神様の御意思ならば、あのような間違いは起きなかった筈ですから」
かつての仲間を救えなかったのは、己の責に他ならない。
神への疑いなどなく、信仰心も揺らがない。
それがフェーネラルの意志だった。
別にオスカーも信仰そのものが間違っているなどと言うつもりはない。
故にそれ以上の追及は出来なかった。
外で羽ばたく小鳥が影となり、陽光に照らされていた二人に一瞬だけ影を作る。
間を置いて、寂しそうな顔から一転、フェーネラルは柔らかな笑みを浮かべた。
「さて。暗い話もここまでにしましょう。明日には、聖夜祭がありますからね」
「聖夜祭……確か、年に一度の祭典ですよね?」
「えぇ。私も、大司教としての努めを果たさなければなりません。オスカー君はそれまでの間、ゆっくり身体を休めて下さい。聖夜祭は日頃の感謝を伝える場でもあります。これを機に、何か贈り物を送るのも良いかもしれませんね」
「分かりました。ありがとうございます」
どの道、今のオスカーに出来ることはない。
身の潔白が証明されるまでは、大修道院に留まるつもりでいる。
ならば明日の聖夜祭についても、他の人々と同様に臨んでも文句は言われない。
敬虔な信徒ではないので、一応その辺りは注意を払いつつ、迷惑を掛けない程度に過ごしていれば良いはずだ。
彼はフェーネラルに頭を下げつつ、謁見の間から退室する。
そうして先ほど言われた単語を反芻した。
「贈り物、か。そうだなぁ」
聖夜祭で行われる感謝の気持ち。
あまり考えたことのないものだ。
パラミナの風習としては普通なのだろうが、オスカーからすればあまり馴染みがない。
しかし自分だけ行わないのも、空気が読めていないというヤツだ。
日頃のお礼、お世話になっている人に向けた何かをするべきなのだろう。
とは言え、何をすれば良いものか。
形残る物を贈るという行為を好まない彼にとって、選択肢は自然と限られてくる。
そこで丁度、廊下で自身を待っていたローファンが視界に入る。
「終わったかね?」
「えぇ。取り敢えずは……」
「何か気になることでも?」
「……ローファン司教、一つお願いがあるんですが」
考えた末、折角なのでオスカーは彼に頼みごとをした。




