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31.デバフ勇者、破られた楔

オスカーの振るった剣先は、土煙で覆われた。

腐朽剣によって生命のない物質は腐り落ち、全てが塵のように消滅していく。

何の技術もない力任せに振った一撃だったが、これが決定打となった。

零攻剣によって得た物理的な作用は、完全に出し切った。

反動によって倒れかけていた彼は、遂に身体のバランスを崩す。


「く……ぁ……」

「オスカーっ!」


身を乗り出していたエイダが、彼の元に駆け寄って抱き止める。

小柄な彼女では抱えきれなかったが、上体を起こす形でその安否を確かめた。

身体の方は全くの無傷で、寧ろ大技による反動が非常に大きいようだ。

オスカーが目を向けると、視界に血濡れの左腕が映った。


「エイダ……無事か……?」

「大丈夫! それよりも貴方の方が……!」

「解毒は、間に合ってる……ギリギリ、だったけど……」


虚毒ギフトは零攻剣を全身に巡らせたことで、その効力を喰らい尽くした。

既に体内に毒は残っていない。

ただ完全に症状が消えたわけではない。

未だに景色がぼやけ、耳鳴りも収まっていない。

それでも確実な勝利を掴み取ることは出来た。

エイダは徐々に薄くなっていく土煙の向こうを見据えた。


「倒したの?」

「腐朽剣を直撃させた……ヤツはもう……」


カイツェルは生命体ではない。

腐朽剣を受ける事は死を意味する。

それが直撃した今、消滅以外の道はない。

だが。


「ハ……アハハ……」

「!?」


微かに笑い声が聞こえる。

消失する土煙の中、電気を迸る物体の影が見えた。

まさかと思ったが聞き間違いでも、見間違いでもない。

二人の前の煙が晴れると、カイツェルは手を伸ばして、守るような形で座していた。


「ここは、通さない」


腐朽剣を後方に向かわせないため、全てを受け止めたのだろう。

半身は既に崩れ落ち、内部から得体の知れないケーブルや金属が零れ落ちている。

最早それは、ドワーフとしての形ではなかった。

ただの物体。

声を発しているだけの金属の寄せ集めのようだった。

もう、長くはない。

その姿を見て、捕らえられていたギンコが息を呑む。


「か、カイツェル……」

「あぁ、魔王様……無事で良かった……」

「何故じゃ……!」

「簡単な話です……。これもボクの役目を、果たすため……」


軋む音を響かせながら、カイツェルは答える。

そこには自分のすべきことを成し遂げたような静けさがあった。

直後、後方で崩壊しかけていた砲台が、何かの役目を終えたように停止した。

その様を見て、エイダがハッと見上げる。


「もしかして!?」

「薬物は……散布した……」


カイツェルが宣告していた増殖型の薬物。

死を覚悟した上で腐朽剣を一身に受け、砲台を守り通したのだろう。

最後の最後で砲台は上空に薬物を放ち、解放させた。

既に止める手立てはない。

驚異的な増殖速度で分裂を繰り返したそれは、空一面を小さな光の玉となって覆い尽くす。

まるで雪のようだった。

天上が崩れ落ちていた大灯台にも、頭上から光の粒が舞い降りてくる。


「オスカー、気を付けて! この光は……!」

「安心して……これは、朗報だよ……」


光に触れてはいけないと、エイダがオスカーを抱えようとする。

だが対するカイツェルが、安心させるような優しい言葉を投げ掛けた。


「ボクが散布した薬は……虚毒ギフトのような、人に害するモノじゃない……」

「どういう事!?」

「キミ達の身体に刻まれている刻印……それを消すためのモノさ……」


刻印。

ローファン達を狂わせた元凶ともいえる紋章だ。

そして彼曰く、神々の意志が介在する操り糸。

降り注ぐ光の粉は、それらを消滅させるために彼が造り上げたものなのだと言う。

本当なのだろうか。

被害を抑えるのを防ぐため、彼が出任せを言っているかもしれない。

二人が半信半疑のままでいると、カイツェルが苦しそうに首を振った。


「嘘なんかじゃない。この状況で人族全員に毒を撒き散らせば、絶対に直接的な介入を受けていたからね。意味なんてないんだ。だからこれは、せめてもの報酬。これで、ボクが操っていた神官の暴走も止まる……。キミ達の勝ちだ……」

「一体、何のために……」

「直ぐに分かるよ……。もう直ぐ、キミ達の前に神話が顕現する……」


そう言って弱弱しく左手を持ち上げ、人差し指で天を指す。

同時に、指先から小さな光線が放たれた。

直進した光線は、砲台の傍で安置されていたギンコに纏わり付き、術式を展開する。

その術式にオスカーは見覚えがあった。


「これは、転移術式!?」


恐らく修道院で起きた転移と同じモノだろう。

白魔導に似た陣が、ギンコを別の場所へと連れ去ろうとする。

これは最後の逃亡手段。

カイツェルは残された命で彼女を逃がそうとしているのだ。


「魔王様、お別れです……。これでやっと、貴方への恩義を返せます……」

「っ……!」

「どうか、生きて下さい……。皆を導く王として……一つの、命として……」


ギンコは目を逸らすだけだった。

止める間もなく、転移術式は完了し彼女の姿は光の中に消えた。

何処に転移されたのかは見当がつかない。

ただ人族の脅威から離れた場所であることは間違いないだろう。

オスカー達が視線を戻すと、カイツェルは持ち上げていた左手を重力に沿って取り落とした。

この場所には、もう何も残っていない。

そして己を倒した二人に敬意を表するように、ゆっくりと目を細める。


「さようなら……現代の勇者さん……」

「カイツェル……」

「ハハハ。全てを捨てて、こんな身体になったけど……最期だけは……悪く……なかった……か……な……」


それだけを言って、灯っていた目の光が消える。

微かに漏れていた電流も放出され、ゆっくりと頭を垂れる。

魔将・カイツェルは、完全に機能を停止した。

オスカーは意識がある中で、その最期を見届ける。

そこにあったのは人族を憎み、滅ぼそうとする悪魔だけではない。

敬愛する魔王を守り通した、確かな信念があるように感じられた。


「それだけの……誰かを思いやる優しさが、心があるなら……。お前はどうしてそれを、皆に分け与えようとしなかったんだ……」


互いに歩み寄ることが出来れば、何かが変わったのではないのか。

その思いが彼らに届くことはない。

頭上から降り注ぐ光の群れが、二人の身体に溶けていく。

すると暫くして、オスカーはエイダの腕の中で意識を失った。


「オスカー!? あ、あれ……目の前が……」


エイダが思わず声を掛けるが、彼女自身の意識も薄れていく。

疲労や出血のためではない。

これは別の力。

カイツェルが放った光の薬物が作用しているのだ。

彼女はどうにか彼を抱え、この場から去ろうとする。

しかし、その瞬間に目に入った。

いつの間にか自身やオスカーの身体に浮かび上がっていた刻印らしきモノが、ゆっくりと消滅していく光景を。

そして、分かるのはそこまでだった。

何かを考えるよりも先に、彼女の意識も闇の中へと落ちていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「それだけの……誰かを思いやる優しさが、心があるなら……。お前はどうしてそれを、皆に分け与えようとしなかったんだ……」 あれ?これってもしかして… アレに影響された感じ? ハンター×2…
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