30.デバフ勇者、禁じられた力
暗闇に閉ざされた中、オスカーの意識だけが残されていた。
気を失ったのだろうか。
毒が完全に身体を侵食してしまったのだろうか。
感覚の一切がなく、手足が何処にあるのかも分からない。
ただ、彼の脳裏には一つだけ浮かぶモノがあった。
『キミがキミである証拠は何処にある? 勇者になったのも、その思いも、そう仕組まれていたのだとしたら?』
カイツェルが突き付けた言葉。
刻印の話が本当だとしたら、それは自身の身体にも存在する。
修道院のローファン達がそうだったように、望まぬまま意志を捻じ曲げられる。
魔将の言葉は否定できない。
自覚などないのだから、否定できる筈もない。
仮にもし、今まで貫いてきた信念すら紛い物だとしたら、自分には一体何が残っているのか。
昔と同じ。
ただの抜け殻。
自ら立ち上がることも出来ない木偶。
放り出され、朽ちていくのを待つだけの残骸でしかない。
(また、随分と派手にやったな)
不意に、過去の光景が浮かんでくる。
見覚えのある診療所、その天井の風景。
オスカーは思い出す。
これは、冒険者として活動していた頃。
まだ力の加減が半端だった時、一度だけ気を失う程の力を放出した事がある。
その時の記憶だ。
同じように倒れた自分を、心配そうに見つめる父の姿が、声が聞こえてきた。
(王国の秘宝を狙った大盗賊を倒したんだってな。周りの連中は、相手が勝手に自滅しただけだと思ってるみてぇだが……そうじゃないんだろう?)
抜け殻だった自分に、始めて色を与えてくれたのは父だった。
無は一つの色を得た。
無論、色は一色ではない。
様々な色を取り込んで始めて、一つの形が、夢が作られる。
(お前が使ったその技は……多分、今までの常識をひっくり返すモンだ。それだけの技なら当然、身体に返ってくる反動もデカくなる。常用薬の力があっても、数分が限度だ。それ以降は、間違いなく気絶する。副作用でお前の命も……更に縮む事になる)
色を求めて、オスカーは剣を振り続けた。
それは、その過程で生まれた力。
皆の元に行きたいと、並び立ちたいと我武者羅で発現したイレギュラー。
自他共に危険すぎるが故に封印した、最大の武技。
(良いか、よく聞け。これからは絶対に気軽に使うな。その技を使う時、それは……)
そこまで聞いて、オスカーは思考を打ち切る。
迷いは消えた。
思い出したのだ。
始めて剣を握った時の、己の意志を抱いた時の事を。
彼はゆっくりと大きく、息を吸い込んだ。
●
「そろそろ、潮時だ。幾ら竜族の亜人と言っても、魔力の貯蔵量は人の範疇みたいだね」
「く……うっ……!」
「本当に、良くここまで食い下がってきた。オスカーもキミも、確かに勇者としての、いや歴代勇者以上の実力があった」
展開される偽神の門を前に、エイダは攻めきれなかった。
電撃を放ちながらも別の息吹を組み合わせ、何とか突破を狙ったが、あざ笑うかのように遮断された。
無理に捻出したこともあって、既に魔力は枯渇しかけている。
ここで膝を屈せば、カイツェルは砲台を作動させ薬物を散布するだろう。
絶対に阻止しなければならない。
彼が守ろうとしたモノを守らなければならない。
それでも限界がない訳ではない。
思わず体勢を崩しかけ、その姿を見たカイツェルは勝利を確信した。
「でも、ボクの想いの方が上回った」
もう魔力が無くなる。
ここまでなのかと、エイダが思わず目を逸らしかけた瞬間だった。
朽ち落ちた床の大穴から、一つの影が飛び出す。
辺りに満ちた稲妻を物ともせず、彼女を庇いながら着地したのは、転落した筈のオスカーだった。
「オス……カー……?」
彼は答えない。
俯いたまま、静かに剣を構える。
何処か雰囲気が違う。
エイダだけでなく、カイツェルもその異様さを感じ取ったようだ。
「な、何故!? あれだけの毒を受けて、意識を保っていられる筈が……!」
驚きの声を隠せない。
今もこの空間には虚毒が蔓延している。
人族という身である以上、立ち上がってくる筈がない。
虚毒に回復手段は存在しない。
ポーションや白魔導であっても決して癒せない。
そのようにカイツェル自身が調整し製造したからだ。
だと言うのに、彼は目の前に現れた。
そして今までとは様子が明らかに違う。
静止した空気、時が止まったかのような雰囲気が彼の全身から放たれていた。
●
(得意なものを伸ばせ。極めるんだ。それがきっと、お前の色になる)
かつての声が聞こえる。
何も出来ず、一人で生きることも出来なかった自分に、唯一許された道。
そしてこれは、色を得た自分が辿り着いた境地。
今までの自分が築き上げてきた結晶。
それを今、ここで解き放つ。
全身から白い波動が溢れ出す。
魔力ではなく、物理的な現象でもない。
エイダの魔力が尽きると共に、流れていた電撃に代わるように、波動が周囲に伝播していく。
脈動するように空気が呼応し、オスカーは剣に力を込めた。
彼女はこの場を守り抜いた。
何も言わずとも自分が来ることを信じ、片腕の一部を削ぎ取られながらも、全ての魔力を犠牲に魔将の前に立ち塞がったのだ。
そんな仲間の想いに応えずして、何が正義か、何が勇者か。
吸い込んでいた息を吐き出す。
禁じられた力を使う条件とは、まさにこの時。
勇者としてだけではない。
一人の人間として、オスカー自身を支えてくれる者のため。
命を賭してでも、大切な人を守り通す時。
「――零式解放」
零れていた白い波動が、爆発するように一気に拡散する。
床に散らばっていた粉塵が一斉に巻き上がり、空気と共に震えた。
振動は結界を張っている筈のカイツェルの元にまで届く。
「何だ!? 空気が、いや空間が震えて……!」
異様な力を目の当たりにして理解する。
ただの揺れではない。
これは歪み。
周囲の空間が、あらゆる事象ごと歪んでいるのだ。
カイツェルが再度オスカーを見ると、彼は既に剣を横へ振りかぶっていた。
「零攻剣」
拡散する波動を纏い、その場から姿が消失する。
見えなかった。
弾丸すら正確に見切るカイツェルの視覚能力ですら、その動きは捉えられなかった。
予期するのは、自身が破壊される感覚。
金属体である筈の身体が危機を察し、彼は外しかけた結界を全力で再展開した。
「ッ!? 偽神の門ッ!」
同時に、結界の正面にオスカーが凪ぎ払った剣が直撃する。
初速はまるで見えなかったが、剣術自体は凡庸な一撃。
だが、弾き返せない。
物理的な力ではない。
剣の先から、結界を侵食する得体の知れない力が迸っていた。
何がと察するよりも先に、パキンと罅が入る。
神に等しい力を持つ偽神の門が、殻が割れるように音を立てて崩れていく。
「超えて、くるのか!? キミは、一体何処まで……!」
そこでカイツェルは理解する。
零攻剣とは、力の根源を零にする力であると。
存在する物理概念、本来機能する筈の物理的法則。
それを喰らい、消失させる。
体内を汚染していた虚毒すらも喰らっているだろう。
最早それはデバフの域ではない。
人知を超えた力。
既に発射が整っていた砲台すらも、その影響で機能を停止しつつあった。
「これが勇者の、真の力じゃと言うのか……!」
商業都市で相対した時ですら、全力ではなかったのだ。
ギンコすらも、彼の武技を前に驚愕の声を隠せない。
「こんな奥の手があるなんて……思わなかったよ……!」
カイツェルは苦しそうな声を上げ、結界を維持しようとする。
しかし、それはオスカーも同じだった。
彼の身体は脆弱に過ぎる。
これ程の力を放出して、正常を保っていられる筈もない。
人知を超えた力の反動は、必ず自分へと跳ね返っていく。
毒によって弱っていた所に、体内の内臓が捻じ曲がるような激痛が走る。
普通の人間ならば動くことすら困難な痛み。
それでも彼は押し通る。
思い出したのだ。
最初に剣を取った時の思いを。
(だから、一緒に頑張ろうぜ。オスカー)
彼はザカンによって救われた。
色を持たなかった抜け殻から、色を持った人間へと変わった。
父のように、誰かを助けたい。
自分のように苦しんでいる人を、救ってあげたい。
それこそが起源。
例え最弱の力しか扱えなかったとしても、進む道はあるのだと、救える命はあるのだと。
その思いだけは、決して偽りでも、紛い物でもない。
だから、それを叶えるまで。
絶対に、負ける訳にはいかない。
ただ、己の意志を纏い。
彼は剣を振り下ろし、結界を斬り裂いた。
「結界が……!」
魔力尽きていたエイダが、偽神の門の破壊を視認する。
あらゆる現象を弾く最強の結界を打ち破った。
これでカイツェルを守る盾は、完全に消失したのだ。
だが。
「グッ!?」
零攻剣がカイツェルに届く瞬間、オスカーの身体が悲鳴を上げる。
力の限界に達するよりも先に、意識が一気に遠のいたのだ。
一撃を繰り出しただけで、途方もない反動が返ってくる。
思わず吐血し、それ故に零攻剣が解除される。
拡散していた波動が、一気に消失する。
怯えすら抱いていたカイツェルが、その隙を逃がさず最後の攻勢に出る。
「それさえあれば十分だ……! 偽神の裁きッ!!」
破壊された偽神の門の残骸を、黒光線へと収縮させる。
狙いは勿論、オスカーの全身。
これだけの至近距離では、避けることは叶わない。
ギンコは息を呑み、エイダが思わず身を乗り出す。
「キミの信念は見届けた! でも、ボクはその先を行くッ!」
「……!」
「もらったッ!!」
形成された偽神の裁きが放たれようとする。
だがそれと同じくして。
振り下ろされていた剣を、オスカーは強く握りしめる。
その力は今までの比ではない程に、強靭なものだった。
「まだ、だ……」
「!?」
「俺は……まだッ……!」
降ろされた剣を返すように、全力で振り上げる。
これは物理的な腕力。
デバフではない純粋なものだった。
無論、本来のオスカーにそれ程の力はない。
ただ零攻剣は、同じ零式である零魔剣と相対する武技。
零魔剣が魔力を吸収するように、零攻剣は物理的な力を吸収する。
そして溜め込んだ力は放出される。
吸ったものを吐くことと同じように、一時的に身体能力を極限にまで強化する。
それが、零式に備わった二段構え。
「通す……!」
互いに躱すことの出来ない距離。
返しの技が来ると思っていなかったカイツェルには、反応することすら出来ない。
光線が放たれるよりも先に、電光石火の一撃がその胴を貫く。
「仲間を……思いを……守り通すッ!」
同時に、剣の先端から最後のデバフを放った。
生命体以外の物質を全て腐敗させる、腐朽剣。
圧倒的な腕力と武技によって、周囲の物質は魔将ごと、轟音と共に弾け飛んだ。




