29.デバフ勇者、砲台の向かう先
腐朽剣によって、誤って三層下へ落下したオスカーは、何とか立ち上がろうと両足に力を込める。
毒が回ったことで受け身も取れず、そのまま激突したためだ。
免疫のない彼には、通常の人族や魔族以上に侵食が早い。
天地が逆になり、回転しているような感覚が常に付き纏う。
「ったく……いざって時に、ドジるなんて……」
やはり力が入らない。
オスカーはステータス異常を解除する解呪剣、そして懐のポーションを用いるが、体力が回復するだけだ。
毒状態は一切解除されない。
カイツェルが放った虚毒は、彼が製造した特異な物質。
通常の方法では解毒できないように改良されていた。
「ポーションや、解呪剣じゃ、解毒できない……。ただの毒じゃ……ないのか……」
徐々に視界すら黒みを帯びていく。
これは幼少の頃に何度も経験した事のある、死への誘いだった。
過去にあった這いまわるネズミの光景が、嫌という程に想起される。
このまま意識を失うのはマズい。
気絶すれば、カイツェルは間違いなく止めを刺しに来るだろう。
加えて、最上階に取り残されたエイダもタダでは済まない。
「早く……エイダの……所に……」
彼女がカイツェルを食い止めているのなら、早く助けに行かなくては。
意識を保とうとするが、最早自分が立っているのか、いないのかすら分からない。
最上階に戻る事も叶わず、オスカーの視界は暗闇に覆われた。
●
「目が覚めた奴は、他の騎士達を治癒してくれ! 俺一人じゃ、手に負えねぇ!」
大灯台から離れた雑木林付近。
薬師のザカンは、壊滅しかけていた宮廷騎士団の治療を行っていた。
優先すべきは白魔導を扱う治癒術師。
彼らが動けるようになれば、後は連鎖的に他の騎士達に治癒が行き届き、ギリギリ全員に行き渡る。
その推測の下、彼は手持ちのポーションを尽く使用していく。
そして傷が癒え、意識を取り戻した魔導士達に、ザカンは事情を説明して仲間達の治癒を依頼する。
勿論、ただのポーションではここまでの効力はない筈だ。
副団長は彼の手際の良さに驚愕を隠せない。
「ここまでの的確な処置……貴方は一体……?」
「ただのしがない薬師さ。副団長さん、悪いが俺をとっ捕まえるのはナシにしてくれよ」
ザカンは苦笑しながらも手を休めない。
騎士団も大罪人の関係者であることは分かっていても、治癒をされたという事実を目にして、拘束しようとはしなかった。
今は互いの救護のために力を尽くしていく。
人を助ける事に、国境も人も罪も、一切の関係がないというように。
しかし直後、遠方から爆発音が聞こえる。
「な、何だ!? 今の音は……!」
「見ろ! 大灯台の最上階から煙が!」
騎士達は先程受けた爆発のために身構えるが、その内の一人が上空を指差す。
大灯台の最上階から、大規模な煙が巻き上がっていた。
恐らく内部に潜む魔族との戦いが始まっているのだろう。
ザカンはそれを理解していたので、振り返ることはしなかった。
だがそれに呼応するように、空になっていたポーションの瓶が割れていく。
衝撃のせいではない。
悪しき未来を予期しているかのような割れ方だった。
「この嫌な感覚……」
ようやくザカンが手を止める。
言いようのない胸騒ぎが彼の身体を突き抜けた。
そうして見えるのは過去の話。
幼少のオスカーが、何度も死にかけた時の光景が想起される。
免疫がない故に長くは生きられない身体を持つ、息子の体質。
何故そんな光景を思い出してしまったのだろう。
「ま、まさか! 二人に何か……!?」
思わずその場から振り返る。
大灯台は変わらず濃い煙を吐き出し続けていた。
●
エイダは単身、カイツェルを前にしても退くことはない。
オスカーを助けに行っても、彼は間違いなく追ってきて、余計に場がかき乱される。
戦線を維持するためにも、相対する覚悟を決める。
そして先程、彼が豪語した言葉に反応した。
「幸福な世界?」
今までの行動とはかけ離れた単語を聞き返すと、カイツェルは微かに笑う。
奥に聳える砲台が、ガコンと音を立てた。
「そう。この世界をあるべき姿に戻すんだ。それこそが、ボク達の使命」
「……それで、本当に世界が幸せになるの?」
「当然だよ。下賤な人族が滅べば、ボク達魔族が憎しみを持つことはなくなる。憎悪から解放されれば、争いも殺し合いもない。二度と血が流れる事もない。そんな幸福な世界が生まれる筈だ」
「……」
「ボク達はボク達の命を賭して、この世界を変える」
舞い戻った偽神の裁きを纏わせながら、カイツェルは宣言する。
人族を滅ぼす事こそが、真の平和に繋がるのだと。
だからこそ戦っているのだと、確かな思いを口にする。
エイダは頷かなかった。
彼女には竜の因子が濃く刻まれている。
人の姿をしている事を除けば、殆ど魔族のようなモノだ。
それでも彼の言葉に揺さぶられなかったのは、以前戦った二人の少女を思い出したからだ。
「貴方は、修道院にいた亜人を覚えてる?」
「亜人? あぁ、あのドッペルゲンガーの事だね。それがどうかしたの?」
「あの人達は言っていたわ。貴方が手を差し伸べてくれたから、戦っているんだって。でも貴方は、人族を憎んでいる」
「……」
「人族と魔族の混血、亜人は貴方にとって何なの?」
亜人は人族でも魔族でもない。
どちらの種族からも、他種族と交わった者として差別の対象とされている。
ならば魔将にとって、亜人とは何なのか。
ドッペルゲンガーの彼女達は、何のために戦ったのか。
彼女の問いを聞いて、彼は静かに答える。
「所詮、亜人は人族と同じ刻印を受け継いでいる。異端の中から生まれた異端、それがキミ達だ」
「そう……だったら、エイダは貴方を否定しなくちゃダメみたい」
冷静に、エイダは構えの姿勢を取る。
幼い彼女には分からない事が多いが、一つ分かった事がある。
結局の所、彼女達はカイツェルに利用された。
自分に手を伸ばしてくれた者を信じ、そのまま駒のように動かされたのだ。
もしかしたらあの二人は、本望だと言うのかもしれない。
だが、それはエイダには認められないモノだった。
「貴方の言う幸福な世界は、自分に都合が良い世界。見たくないモノを見ていないだけ」
「……何だって?」
「亜人を貴方は異端の中の異端って言った。でも、エイダ達だって望んで亜人になった訳じゃないわ。それを貴方は、まるで悪い事をしたかのように言う。生まれたことが罪だって言うの? ただ、生きているだけなのに?」
「だからこそ、だ。キミ達亜人がいるからこそ、苦しむ者がいる。命を奪われる者がいる。本来キミ達は、存在しちゃいけないんだ。それをあるべき形に戻す」
「そんな事を言われて、分かった、なんて言えないわ」
ゆっくりと首を振る。
彼が口にする幸福とは、自分本位な思いでしかない。
都合の悪いものを全て排除し、都合の良いもので固めているだけの理論。
誰とも分かり合わない、分かり合うつもりもない。
そんな考えに賛同できる筈もない。
「アリアスも、貴方も、凄い考えがあるのかもしれない。でも、そのために人の命を利用して踏み躙るなんて、絶対にダメ……!」
自身もアリアスの半殺しにされ、駒にされかけた。
それ故にエイダは、真っ向からカイツェルを否定する。
彼女は話を聞いていた魔王・ギンコは、辛そうな視線を向けた。
「エイダ……お主は……」
「……それがキミの信念か。だったら、それを打ち砕くのが、ボクの答えだ」
当然だが、カイツェルが止まることはない。
纏っていた偽神の裁きの軌道を変え、エイダに向けて射出した。
オスカーがいない分、的が絞られた事で速度は更に上がる。
人が反応できるギリギリの早さで、漆黒の光線が迫りくる。
エイダはそれを左腕で防御した。
当然だが、偽神の裁きは竜の装甲すら簡単に破壊する。
防御した所で、紙のように貫かれるのは目に見えていた。
しかし、装甲を破壊する一瞬の間。
接触した際の微細な反発時を狙って、エイダは防御した左腕を薙ぎ払った。
左腕からは血が巻き上がるが、気にしている場合ではない。
薙ぎ払われた運動方向に合わせて、被弾していた光線がほんの少しだけ逸れる。
受けたボールを押し返すように。
その逸れた僅かな隙間を掻い潜り、彼女は息を吸い込んだ。
「わざと片腕を犠牲に……!?」
「迅雷吹!」
電撃の息吹がカイツェルに向けて放出される。
眩い光を伴い、空気を乗って感電を狙う。
すると彼はその場から退いた。
金属である身体に電撃を流しても意味などない筈なのに、回避行動を取った。
息吹は呆気なく避けられ、空気中に小さな電流を撒き散らすだけ。
だが、そこにエイダは光明を見た。
「やっぱり避けたわね」
「!?」
「貴方には一つの匂いがあったわ。今まで壊した砲台と同じ、雷の匂い。弱いけど、生き物の血と同じように巡ってる。きっとそれは貴方にとっての命の源。そしてそれは貴方への毒にもなる」
エイダは一つの気配をカイツェルから感じ取っていた。
彼に流れるのは電気。
左腕を自ら分離した時にも、切断面からは電気の流れが零れていた。
もし人や魔族にとっての血が、彼にとっての電撃であるなら。
無理矢理に注ぎ込めば、それは恐らく害になりえる。
回避行動を取ったことで確信したエイダは、全身に迅雷吹を帯電させる。
左腕からは再生が追い付かずに血が滴り落ちるものの、雷の生成に魔力を消費していく。
それを見て、カイツェルは見事と言わんばかりに笑った。
「クッ、アハハ! キミは直感で理解したのか! ボクが神々に奪われた技術、機械で造られている事に!」
機械という言葉は、既にこの世界には存在しない。
しかし生命体から外れた存在を、彼女の意志から感じ取ったのだろう。
敬意を表し、カイツェルは背後に佇む砲台を指差した。
「だったら、特別に教えてあげよう。ボクの後ろにある、この巨大な砲台。これは、人族の領土に向けた射出口だ」
「!?」
「中にあるのは特別な薬物でね。空気に触れると同時に、爆発的に増殖する性質を持っているんだ。ボクはこれから、それを上空に散布する」
「もしかして、それが本当の狙い……!」
帯電するエイダは砲口を見上げる。
一体何のための砲台なのかと思っていたが、ただの防衛装置ではなかった。
防衛ではなく攻撃のための拠点。
境海から陸へと吹く風、海風によって薬物は全土に渡っていく。
仮にそれが虚毒と同じ毒性なのだとしたら、どうなるのか。
思わず彼女は稲妻を砲台に放った。
「勿論、キミはその絶大な雷で阻止しようとするだろう。でも、ボクの偽神の門がそうはさせない。最大出力で、あらゆるモノを全て遮断しよう」
漆黒の結界が広範囲に展開され、砲台そして魔王すらも包み込んでいく。
先程は振動の力で貫通したが、今度は一切を通さない。
最大出力で維持された偽神の門は、外部からの影響を全て弾き返すようだ。
エイダの迅雷吹も内部に届いた様子はなかった。
「何も通らない!? でも、そんなの……!」
「砲台ごと包めば、偽神の門は散布する薬物も弾く。今のままじゃ射出できないのは分かってる。だからボクは、キミの魔力切れを待つ」
或いは都合の悪いものだけを弾く性質なのか。
カイツェルは稲妻を放出するエイダを見据えた。
「いつ解放するか分からない状態じゃあ、キミは断続的かつ同威力の雷を注ぎ込むしかない。キミの魔力の底は、とうに見抜いている。その傷、そしてそれだけの威力を続けられるのはせいぜい十分程度。既に砲台の準備は出来ている。魔力を失ったキミが膝を屈してから、コンマ一秒で発射させれば良いだけだ」
「っ……!」
「失敗作と言っても、神の力を模倣したモノ。キミに、この門は超えられない」
そう断言する通り、周囲が見えなくなる程の眩い電撃を放っているにも関わらず、結界には罅一つ入らない。
だがここで帯電を止めてしまえば、カイツェルは結界を解除して砲台から薬物を散布する。
中断は出来ない。
「ダメ……! 一人じゃ、壊せない……!」
エイダは苦しそうな表情を浮かべる。
力技でどうにかなる話ではない。
目の前の結界は、竜を超える上位存在の力を感じる。
向こうも結界を維持する限りは動けないが、こちらも時間稼ぎしか出来ないだろう。
「オスカー……!」
破壊できる可能性があるとしたら、それはオスカーの力以外にない。
彼女は階下へと落ちた彼の帰還を信じ、力を放出し続けるしかなかった。




