28.デバフ勇者、唯一の弱点
カイツェルはエイダの息吹によって、後方に吹き飛ばされた。
奥の壁に激突したのか、甲高い金属音が響き渡る。
それによって空気の操作も解除されたようで、一気に濃度が元に戻っていく。
加重剣を解除したオスカーは彼女を見たが、光線を弾いた手の甲からは少量の煙が上っていた。
「エイダ、大丈夫か!?」
「少し火傷しただけ。直ぐに元に戻るわ」
問題ないように手を軽く振る。
赤く充血していたが、掠り傷程度のようなものらしい。
持ち前の自然治癒も含めて、瞬く間に修復していく。
彼女自身へのダメージはほぼないものと思って良い。
すると前方から布が破けるような音が響く。
見上げると、広がっていたカーテンが先程の衝撃に耐えられなくなったようだ。
上部にあったカーテンレールも重量のあまり壊れ、隠れていた奥の光景が現れる。
「えっ?」
「何だこれは!?」
しかし、そこにあったモノに対して二人は目を見開く。
聳え立つのは巨大な砲台だった。
探照灯の代わりに鎮座し、銀色の鈍い光を放っている。
下部に埋め込まれた巨大なパネルには、様々な文字が描かれているが、何を意味するのか分からない。
ただ、望遠鏡のように空に向けて砲口を上げている。
「ここにあったのは、探照灯だった筈。でも、これは明らかに違う。一体、何の意味が……」
魔将・カイツェルが設置したモノだろう。
監視員を拘束した筒のように、意味もなく置いているとは思えない。
きっと何か思惑がある筈だ。
注意深くそれを観察していると、エイダがあっと叫ぶ。
「見て! あそこ!」
彼女が砲口の近くを指差す。
その方向を見て、オスカーも息を呑んだ。
宙に浮かんでいたのは、見覚えのある水晶。
神殿都市の神官達が施した強力な封印術だった。
封印されているのは他でもない。
掌サイズまで縮小しているが、銀色毛並みの九尾の狐を見間違える筈もない。
「ギンコ!?」
「……やはり、来てしまったのか」
暗殺未遂から行方を暗ませていたギンコが、そこにいた。
やはり空間転移で連れ去られていたのは、間違いなかったようだ。
二人がやって来たことに対して、彼女は辛そうな声を出す。
同時に、砲台の奥から大きな物音共に土煙が上がる。
身に纏わり付いたカーテンの残骸を破り捨て、カイツェルが立ち上がった。
「これが、魔王様やアリアスを倒した実力……ハハハ、凄いよ。昔のボクだったら、一撃でやられていた」
破り捨てたと同時に、カイツェルの左肩が開ける。
だがそこにあったのは、ドワーフの生身ではなかった。
黄金色の金属。
ドワーフの形に似せているだけで、互いを繋ぎ合わせるために、何本もの留め具が埋め込まれている。
これは左肩だけではない。
吹き飛ばされた時も、金属の衝撃音が響き渡っていた。
あれは彼の身体から発せられたモノ。
恐らく左肩だけでなく胴体までも、カイツェルの全身は貴金属で構成されているのだろう。
オスカーは混乱しながらも、その事情を瞬時に見抜いた。
「どういう事? ドワーフじゃなくて、ゴーレム?」
「いや……ゴーレムなら、身体を保つ魔力がある筈。なのに、魔力を一切感じない……」
ゴーレムとは似て非なるモノだ。
こんな異様な姿は、オスカーもエイダも見た事がない。
最早生命体ではない、ドワーフの形をした動く鉱石と言った方が正しい。
どうやって動いているのか、そもそも何故動けるのか。
ほぼ無傷のカイツェルはゆっくりと歩きながら両手を広げた。
「ボクに魂はない。臓器も、脳も、骨も、意志も、全てこの物質で補っているんだ」
「……お前は、本当に魔族なのか?」
「この身体は、分け与えられたモノ。キミ達からすれば、異形に見えるかもしれない。でも、ボクは魔族だ。例え肉体が存在していないとしても、ボク自身が魔族だと思っているなら、それは紛れもない、魔族なんだ」
直後、彼の手中から何十という光線が降り注ぐ。
まるで意志を持ったかのように蛇行し、あらゆる角度から二人に射出される。
異形であるカイツェルの攻撃を正面から受けきるのはマズい。
直感的にそう思った二人は、その場から飛び退いて回避した。
迫りくる光線を捌き切る中、カイツェルは一撃を与えた褒美として静かに語り始める。
「キミ達人族には刻印が刻まれている。それは言ってしまえば、神の傀儡であることの証明。見えない操り糸。都合の良い所で力を与えられ、都合の良い所で意志を埋め込まれるんだ」
「ローファン司教達の洗脳は、それが原因だって言うのか!?」
「ボクが刻印を解析して、捕らえた連中を操作したんだ。向こうで漬けた人族は、その研究の名残さ。洗脳したのは確かだけど、刻印はキミ達が元から持っていたモノだよ。ボクは、それをちょっと拝借しただけ」
刻印の正体について、魔将の口から語られる。
それはオスカー達の想像を超えるものだった。
刻印は人族に全員等しく与えられており、全員が操られる可能性があると。
伝承では、神託によって力を授かった勇者がいるという話があった。
全くの嘘とは言い切れない。
そもそも、嘘を言うならもっと真実味のある話をする筈だ。
光線を交わし切り着地したオスカーに向けて、追撃するようにカイツェルが問う。
「ねぇ、どうしてキミは勇者になったの? それは本当に、キミ自身の意志なのかな?」
「な、何を……!」
「刻印が存在する限り、キミ達人族は神々の意志に逆らえない。自分の思いとは関係なしに、力も意志すらも捻じ曲げられてしまうんだ。そんな中で、キミがキミである証拠は何処にある? 勇者になったのも、その思いも、そう仕組まれていたのだとしたら?」
即座に否定できず、オスカーの動きが止まる。
今まで築き上げてきたもの全てが、自分の意志ではない。
そんな風に考えた事がなかった。
デバフを否定されたことは幾度となくあったが、それも全て自分の意志で跳ね返してきた。
自分に出来る事はこれ以外にないのだと、揺るぎない思いを貫いてきた。
しかしそれすらも、そう思わされていたのだとしたら。
直後、足蹴りで光線を叩き落したエイダが声を張る。
「オスカー、惑わされないで! 神様は伝承だけのもの、実在しない筈よ!」
「目で見えないモノを信じろって言われて、信じるのは難しい。でも、神はいるんだよ。今までも、そして今も、ボク達が戦っているこの瞬間を天から見下ろしている。だからボク達は、羽を広げ、手を伸ばすんだ!」
カイツェルが頭上に向かって手を伸ばす。
同時に、彼の周りを覆っていた結界が崩れる。
刻まれていた文字が変質し、球状を保っていた守りの形が変わっていく。
攻勢の構え。
伸ばしていた手中に変質した結界が収まり、瞬く間に一気に放出する。
「偽神の裁き」
今までの光線よりも強大な、漆黒の砲撃だった。
赤黒い残光を撒き散らしながら、遮るモノ全てを呑み込んでいく。
反射的にオスカーは不動剣の結界を展開したが、食い止められたのは数秒間だけだった。
デバフを弾いた偽神の門が変異した力のため、それも道理と言うべきか。
結界が破壊されると同時に回避し、代わりにエイダが息吹を用いて応戦しようとするが、思わず制止する。
「エイダ! これは今までの光線とは訳が違う! 触れちゃダメだ!」
警告を聞いて、彼女は吐きかけた息を呑み込んだ。
偽神の裁きには追尾能力があるようで、回避しようとも延々と二人を追撃してくる。
そして追撃だけでなく、カイツェルを守るようにも動き、壁や地面がその余波で削れ落ちていく。
幸いなのは、偽神の裁きが一撃のみという事だった。
強力であるが故に制御も難しいのか、カイツェルも同じ砲撃を繰り出す様子はない。
ならばあえて無視をするべきか、それとも対抗策を考えるべきか。
互いに攻めあぐねる戦いを見ていたギンコが、耐え切れないように声を振り絞る。
「双方、止めるのじゃ! お主たちが戦う意味などない!」
「その通りです。大局を見るなら、戦う意味なんてない。でも、貴方の弱化はまだ解除されていません」
「!?」
「まだ、あの勇者は貴方の身体を縛り続けている。なら、それを解放するのがボクの最後の努め!」
ギンコの言葉に、カイツェルは反論する。
彼は一転にオスカーを見つめていた。
敬愛する魔王を封じ込める者に対する敵対心。
金属で構成された身体でありながら、その意思はハッキリと伝わってくる。
「奴の狙いは、俺を殺して彼女の力を取り戻す事なのか! だったら……!」
既にオスカーは、カイツェルの戦いを見極めつつあった。
偽神の裁きは確かに強力だ。
不動剣を突破した破壊力ならば、完全防御可能な力は存在しないだろう。
しかしそれは、偽神の門を代償に生み出した砲撃だ。
恐らく偽神の裁きと偽神の門は表裏一体。
どちらかを発動する際は、もう片方を封じる必要がある。
つまり今のカイツェルに守りは存在しない。
オスカーは超速で飛来する偽神の裁きの動きを見定めながら、剣を握りしめる。
狙いは一つ。
自分に向かってきたソレを回避した瞬間に、腐朽剣を放つ。
生身の肉体ではない彼の身体は、腐朽剣を受ければ確実に崩壊する。
回避した直後であるなら、偽神の門に切り替える猶予もないだろう。
そうしてオスカーは自分に迫りくる砲撃を寸前の所で回避、と同時に剣を振いデバフを行使しようとした。
しかし。
「な……に……?」
剣が振るえなかった。
それだけでなく、その場に膝を付いてしまう。
眩暈が起きたのか視界がブレ始め、妙な息苦しすら感じられる。
この症状、この違和感。
オスカーには覚えがあった。
「やっぱり、弱点はそこだったんだね」
カイツェルは目を細める。
次いでエイダが異変を感じて駆け寄ってきた。
「オスカー!? どうしたの!?」
「身体に、力が入らない……まさか……」
彼女は一体何が起きたのか分からないようだったが、オスカーは気付いていた。
これは幼少の頃に何度も陥った事がある。
自身の身体を蝕む、久しく忘れていた、いや忘れようとしていた悪夢。
上手く言葉を発することも出来ない彼に代わって、カイツェルが言う。
「キミが扱うデバフは、ボクも研究したよ。それで分かったんだ。どうしてキミだけが、そこまで強力かつ異常なデバフを扱えるのか。デバフは使い手の状態異常耐性に比例する。つまり、健常者であればある程、威力と効力は下がり続けるんだ。そこから導き出される答えは一つ」
動けない勇者に向けて、カイツェルは宣告するように指差した。
「キミの身体には免疫がない。放っておけば数日すら生きられない程に、だ」
「えっ!?」
エイダが驚いてオスカーを見る。
それもそうだった。
彼女自身、そんな事実は今まで聞いたことがない。
王都から行動を共にして、身体の調子を崩した場面も一度としてなかった。
だが彼は否定しない。
苦しそうな表情のまま、剣を支えに立ち上がろうとする。
そう、オスカーの身体は一人で生きられる身体ではなかった。
何もしなければ一日で調子を崩し、一転して命の危険すらある。
彼自身が幼少期から嫌という程に理解している、呪いのような体質。
この事実は、父のザカンを除き誰一人として知らなかった。
「寧ろマイナスに降り切っている。そんな脆弱な身体でよくも、ここまで生きていられたものだよ。優秀な薬師がいたんだろうね。特殊な薬を日常的に摂取して、力が問題なく扱えるように、免疫とは別の耐性を得ていた」
「っ……!」
「だからボクは、その弱点を突いた」
ふうっと、カイツェルから息遣いが聞こえる。
無論、全身が貴金属である者が呼吸をすることなどない。
アレは呼吸ではない。
意図的に空気中に何かを吐き出している。
「虚毒。無色無臭の毒を放っていたなんて、気付かなかったよね? キミのために特別に用意したんだ。呼吸をする生命体なら、等しく汚染される。免疫のないキミが取り込めばどうなるかなんて、見なくても分かるよ」
偽神の門を解除したのは、攻勢に出るだけでなく、毒を空気中に侵食させるためだった。
出合頭に空気の濃度を変えて来たのも、その布石だったのだろう。
ここまで的確に弱点を見抜いてきたのは、この魔将が始めてだ。
オスカーは舌で血の味を感じながら、ブレるカイツェルの姿を見る。
スキルや魔導による状態異常ならば簡単に無効化できるが、純粋な毒はそうもいかない。
眩暈は余計に酷くなっている。
全身から倦怠感が重く圧し掛かり、耳鳴りまで聞こえ始める。
元々の体質故に毒の吸収も異常な程に早い。
意識を保っていられるのは数分くらいだろうか。
それでも彼は決して屈しようとはしなかった。
「こ、この程度の毒……! 何てこと、ないさ……!」
「だ、駄目だわ! 無茶をしちゃ!」
直後、戻ってきた偽神の裁きが襲い掛かる。
それ察知したエイダが彼の腕を引いて、自分の方へと引き寄せた。
オスカーを狙った砲撃は、ギリギリの所で回避が間に合った。
しかし捕え損ねた偽神の裁きは、その場で渦巻のように回り始め、二人を内部に閉じ込める。
「キミの身体は、この世界で生きていける構造じゃない。人族なのに、人として生きる事も許されていない。まるで神から与えられた罰みたいだ。そして今、キミの身体がキミ自身を苦しめている。どうだい? 信じていた力に、神に、信念に裏切られる気持ちは?」
渦巻は急速に回る範囲を狭め、内部のオスカー達を切り刻もうとする。
隙間なく動く黒光線に、潜り抜ける場所はない。
咄嗟にオスカーはエイダの手を掴み、真下の床に向かってデバフを放った。
「腐朽剣……!」
毒が回って前後が分からない中、床を腐らせ階下へと二人で落下する。
緊急避難のような形だったが、このまま終わる訳にはいかない。
エイダの手を繋いだまま、持続させていた腐朽剣を光線上に、上階へと弾き出した。
向けられたデバフは斜め上、そのまま天井を突き破り上階へ、カイツェルの立つ場所を貫く。
まさかカイツェルも階下に避難したと同時に、攻撃されるとは思わなかったようで、反射的に避けたものの左腕が巻き込まれる。
直後オスカーは自分の手と、繋いでいたエイダの手に向けて浮遊剣を行使した。
偽神の裁きを回避し、もう一度上階へ戻るためである。
しかしその瞬間、悪化していた眩暈が更に酷くなり、彼は誤って力の加減を間違えてしまう。
浮遊の性質が互いの身体が反発するような方向に変わり、オスカーは更に階下へ、エイダは元いた上階へと弾き戻されたのだ。
あっ、と言う間もない。
狙いを失った偽神の裁きは既にカイツェルの元へと戻っており、残された彼女は空中で態勢を整えながらも、階下へと落ちていったオスカーを探した。
「オスカーッ!」
「生命体以外の物質を腐らせる……それがキミの切り札なんだね。やられたよ。一瞬でも動くのが遅れていたら、どうなっていたか……」
カイツェルは憎々しげに呟く。
腐朽剣によって侵された左腕は、瞬く間に全身を腐らせようと手首から肩へと上ってくる。
このままでは全身を破壊されると判断した彼は、そのまま左肩から先を分離させた。
左肩付近の留め具の全てが弾け飛び、重力に従って左腕が落ちる。
金属音と溶けた液体音が響き渡った。
「腕を自分で落としたの……? でも、あの匂い……」
オスカーの安否を打ち切り、エイダは床に着地しながらカイツェルと相対する。
金属で出来た身体には痛覚もないのだろう。
左腕を分離させても、全く動じる気配がない。
ただ、分離した左肩の断面からは妙な匂いを感じた。
「虚毒の中で平然と動けるなんて……生命体なら一分程度で昏倒する筈なんだけど、やっぱり竜の血は特殊みたいだ」
匂いの正体に気付くと同時に、カイツェルがエイダを見据える。
純正の竜には毒は通じず、血を色濃く受け継ぐ彼女にも同じ耐性がある。
その視線は、魔族最強種の亜人に対する感嘆のようなものだった。
次いで彼は、腐朽剣で腐り落ちた大穴を指差す。
「助けに行かないの?」
「……!」
「……成程ね。ここを離れれば、ボクに隙を与えると思っている訳だ。あの勇者の復帰を信じて、キミはここでボクを抑える、と。良い信頼関係だ。少し、羨ましいよ」
エイダはそこから動かなかった。
背を向ければ、彼は容赦なくその後ろを狙ってくるだろうからだ。
直ぐにでもオスカーを助け出したいが、それは出来ない。
二人が信頼し合っていると知ったカイツェルは、声色を少しだけ和らげ、ゆっくりとその場から見上げる。
そこには封印されたまま動けない魔王・ギンコがいた。
「でもボクにだって絆はあるんだ。魂のないボクにだって、彼女達を守るだけの絆が」
「カイツェル……止すのじゃ……!」
「邪魔はさせない! 命を賭したアリアスのためにも! ボクと、そして魔王様のために、幸福な世界を造るためにも! キミ達にはここで死んでもらう!」
己が敬愛する魔王を守るため、カイツェルは残された右手で偽神の裁きを使役した。




