24.妄執勇者、自滅する
オスカー達が大灯台に辿り着く数十分前。
周囲の雑木林に隠れるように、数百人の騎士達がその場に辿り着いた。
身に付けた兵装には、オルテシア王国の家紋が刻まれている。
ただの一般兵ではない。
王国内で最優と呼ばれる兵団、宮廷騎士団の面々だった。
武術と魔導に優れた者達が、武器を構えて大灯台を見据える。
既に突入する陣形は整っていた。
「各員、配置に着きました」
「よし! これより、大灯台の敵を一掃する!」
その中で一人、異彩を放つ青年がいた。
ウィルズ・ウェンダル。
武装こそ宮廷騎士団とは異なるが、金色に統一した大層な鎧を身に纏っている。
極めつけは青白い刃が輝く一振りの剣、神剣・エフィルフィート。
神なる存在から与えられたと言われる、伝説の剣だった。
オルテシア王国は神都・パラミナ程ではないが、神剣の存在が伝承として語り継がれている。
顕現したとなれば、それは伝説の再現。
騎士団でもない彼が団長レベルの指揮権を持っているのは、これが原因だった。
彼らの命じるウィルズに対して、部隊の副団長が問い掛ける。
「宜しいのですか? 一切勧告をしないままに攻め入るなど……」
「灯台内は既に魔族の手に落ちている。この神剣を授かった時、俺が受けた神託だ。勧告をすれば、相手に逃げの先手を取られてしまう。奇襲を仕掛けて、先に一網打尽にする。副団長、それが最善の策だ」
「……伝承の神剣が目の前にあるなら、それ以上何も言う事はありませんが、あまり早まった行動はしないようお願いします」
「……どういう事だ?」
含みのある言い方に聞き返すと、副団長はもう一度口を開く。
「オスカー・ヒルベルトの事です。ナワテコ村で、村人達に彼の存在を仄めかしましたよね? 実物の神剣があったからこそ王の許しが下りましたが、急遽村に立ち寄ったことを差し引いても、あれでは村を混乱させるだけです」
「何を……明確な敵を敵と言って何が悪い。万全を期しただけだ。その点については、国王も承知の上じゃないか」
「確かに承知の上です。しかしここは神殿都市・パラミナとの共有地。オルテシア王国からすれば共闘国なのです。先程の行動は、他国との協定に水を差すことにもなりかねません」
「……」
「それに万全を期するならば、フィリア様を王都の防衛に回さず、同行させるべきだったのでは?」
彼の指摘にウィルズは気難しい顔をする。
所詮、オスカーは戦友であるディアックを殺した咎人である。
その残虐性を周囲に知らしめておいても何の問題もない。
良かれと思って、通り掛かった村で久絶の勇者が起こした大罪を告げた。
それが間違いだったと言うのか。
間違いである筈がない。
そしてフィリアを同行させなかった件。
大灯台の話を聞いて、当然のように同行を申し出て来たが、それはウィルズが断固拒否した。
彼女は商業都市だけでなく、王都内の魔族鎮圧で大きな成果を果たした。
これ以上、余計な功績を挙げられては自分の立場が無くなる。
神剣を与えられた自分の力が本物であると示すため、余分な援護は不要だった。
今の自分に出来ない事はないのだ。
「フィリアには王都襲撃の事後処理が残っている。彼女がいなくても、俺と神剣の力があれば、直ぐにでも大灯台を制圧できるんだ。それとも、この力に不満があるのか?」
「……いえ」
そう言われた副団長は、何とも言えない顔をしながら首を振った。
異論がないのならそれで良い。
余計な事を言われて士気を乱されては困る。
ウィルズは腰に提げていた神剣を握りしめる。
神剣の力が全身に行き渡るのを感じ、聳え立つ大灯台を睨みつけた。
「そこにいるんだろう、オスカー? 今に見ていろ! 貴様を八つ裂きにして、王都の広場に磔にしてやるッ!」
敵が大灯台にいる、と神を名乗る者は言った。
つまりそれは、怨敵であるオスカーがそこにいると言う意味に他ならない。
商業都市での雪辱を遂げる時が来たのだ。
黒船から転落した時の、彼の同情するような表情が思い浮かび、ウィルズは歯軋りする。
そんな様を見て、騎士団の兵士達は怪訝な様子を隠さなかった。
「本当にオスカー・ヒルベルトが大灯台にいるのか?」
「さぁ……神剣がそう言ってるなら、そうなのかもしれないが……」
「止めておけ。どの道、俺達のやる事は変わらないんだ」
騎士団はウィルズに付き従っている訳ではない。
王都に潜伏し、人々を混乱に陥れた魔族の元凶を絶つために此処までやって来た。
フィリアの活躍によって出番を奪われ、それでもまだ王族の命を狙う者がいるのなら黙っていられる筈もない。
大灯台は元々、王国と神都の両方に面するように建てられた共用の監視塔だ。
有事の際は、互いに足を踏み入れても良いという条約を交わしている。
関所で許可を得た上での行動であり、オスカーが潜んでいるかどうかは些細な問題だった。
「全員、前進せよ!」
号令を受けて全員が雑木林から飛び出し、隊列を乱すことなく大灯台へと歩みを進める。
灯台への入り口は、数百mの更地を越えた先、閉ざされた正門一つだけ。
それ以外は強固な防壁に囲まれている。
対魔族に用意された特殊な防壁故に、並の攻撃では傷一つ付かない。
勿論、無策で突撃することはない。
宮廷騎士団の兵士達は、これらを破壊する術を用意していた。
既に後方で控えていた魔導士達が、大規模魔導を行使する。
「大紅蓮・烈渦!」
火炎を纏った圧倒的な物量を放出し、正門を吹き飛ばす。
王国精鋭の魔導士が放つ魔力は強大だった。
轟音と共に門は破壊され、黒煙を巻き上げていく。
これで灯台への道は開かれた。
前衛部隊は防御結界を展開しながら、雑草一つ生えていない更地を注意深く進む。
正門を破壊されても尚、灯台からの動きは一切ない。
「灯台からの応答がない。ここまで接近していれば、何かしら接触してくる筈……」
「魔族に占拠されていると言うのは、本当だったんだな。探知魔導はどうなっている?」
「いえ、全く反応がありません。我々を除いて、動いている生命体は何処にも……」
門を壊されれば内部の者が気付き、警笛を鳴らす筈である。
だがそんな様子もなく、気味が悪い程に静かだった。
やはりこの大灯台は何かがおかしい。
騎士達も今一度、自分達が敵地に踏み込んだことを理解する。
そんな時だった。
灯台の一階、幾つかの小さな窓がある場所から一瞬だけ光が見えた。
「何だ? 何かが光って……」
光は小さく、秒にも満たない煌めきだけを残す。
一体何が、と騎士の一人が呟いた瞬間だった。
空を切る音と共に、突如として血飛沫が舞い上がる。
「ぐはッ!?」
「どうした!? う、うぐッ!?」
周囲が異変を感じる度に、一人また一人とその場に倒れていく。
貫かれたような傷と、聞こえるのは何かが飛来する異様な音だけ。
速過ぎて目視出来ないのだろう。
得体の知れない奇襲が始まり、正体の掴めない相手に騎士達の隊列が乱れ始める。
「馬鹿な! 防御結界はどうした!?」
「術式が途絶えています! 今の攻撃と同時に、破壊されたようです!」
「何だとッ!?」
灯台に接近する際に、騎士団は強力な結界を展開していた。
魔族の軍勢が相手でも突破は難しい程の強度を持つ防御結界だ。
しかし、その結界は初撃の奇襲であっさりと崩壊した。
物理的な作用ではない。
まるで魔力そのものを消失させたかのような特殊な力があった。
そこで騎士達は灯台の窓から狙われ、奇襲に魔力殺しの能力があると理解する。
「結界は意味を成さない! 盾の防御に切り替えろ!」
「りょ、了解! くっ……!」
騎士団もノロマではない。
結界による防御が不可能だと察知すると、武装による物理的な防御に切り替える。
しかし、今も続く奇襲は薄い金属ならば突き破る程の威力があった。
盾による防御ならばまだしも、素の鎧だけでは何度も受けていれば破られてしまう。
魔導が使えず、スキルも魔力行使が前提のため同様に消失される。
そんな状態で、数百mある更地を侵攻するには時間が掛かり過ぎる。
騎士達が傷を負う中、ウィルズは明滅を繰り返す大灯台を忌々しく見上げた。
「これがお前のやり方か? 小賢しい真似をッ!」
「お待ちください、ウィルズ様! 今は防御に専念して……」
副団長は無暗に攻めても隊列が崩れるだけだと忠告するが、彼は聞く耳を持たなかった。
神剣を抜き、剣に自身の魔力を込める。
無謀な選択に見えたが、彼の持つ神剣は確かに本物だった。
込められた魔力を纏い、目視出来ない奇襲を何度も弾き飛ばしていく。
どうやらこの剣には、持ち手の意識外も含め、全ての攻撃から身を守る自動防御能力が備わっている。
加えて、魔力殺しの特性からも守る力もあるようだった。
故にこの状況下でウィルズは未だ無傷だった。
剣の特性をゴリ押ししながら、彼は灯台の複数の窓に向けて魔力を解き放つ。
「薙ぎ払えッ! 神剣・五刻旋風ッ!」
騎士達の守りではなく、攻撃のために力を振るう。
五属性を一つに束ねた強力な波動だ。
以前もオスカーに放った事のある一撃だが、今までのソレとは性質が違う。
神剣の援護によって威力が底上げされ、打ち消されることも無くなった。
無数に降り注ぐ攻撃を弾き返しながら、大灯台の一階に直撃する。
魔導の力が爆ぜ、光を繰り出していた窓ごと吹き飛ばす。
奇襲を繰り出していたモノも堪らなかったのか、ピタリと攻撃が止んだ。
「どうだ、見たか! これが神剣の、俺の力……!」
手ごたえを感じたウィルズは、薄ら笑いを浮かべる。
完全自動防御と能力開化。
これさえあれば、どんな者が相手でも薙ぎ倒せるだろう。
大灯台から降り注ぐ土煙を見て、自身が怨敵をなぎ倒す瞬間を想像する。
しかし次の瞬間、背後で強烈な光と共に、耳を劈く巨大な爆発が起きた。
「なッ!?」
何の予備動作もない、不意を突いた設置型の連鎖爆破だった。
後方で防御に専念していた騎士達が一斉に吹き飛ばされる。
しかも彼らが取っていた防御は、鎧や盾を用いた物理的なものだった。
魔導による防御結界ならば防ぎ切れたが、先程の奇襲で魔導は通用しないという思い込みがあった。
それを見越した上での地面からの大爆発。
彼らはまんまと敵の術中に嵌ったのだ。
「何だ……何が起きたんだ……」
「ぐぼッ……治癒術師は……いないのか……」
「く、クソ……誰か……」
更地の土煙が晴れるより先に、多数の呻き声が聞こえてくる。
侵攻していた殆どの騎士達が今の爆発に巻き込まれた。
唯一、ウィルズだけは神剣の自動防御故に無傷だった。
ただ神剣は持ち主が指示しない限り、持ち手しか守らない。
彼の表情から笑みは消え、一転して呆然とする。
「地面が爆発した? 何なんだ、一体、何をしたんだ! 俺達は宮廷騎士団だぞ! 神に選ばれたんだぞ……! こんな簡単にやられる訳がッ……!」
確かに、かの宮廷騎士団がここまであっさり倒されるとは夢にも思わなかっただろう。
だが彼らは気付いていなかった。
相手は魔将。
フィリアが仄めかしていた、魔王と同格の力を持つ恐るべき存在であることを。
今までの常識が通用しない高位の存在であることを。
高位者と相対したことすらない彼にとっては、全てが未知。
理解の及ばない事態だった。
まただ。
またお前は、俺を嘲笑っているのか。
かつての姿が思い浮かび、ウィルズはひたすらに虚空に向かって吠える。
「うおおおおォォォッッッ!! オスカアアアァァッッ!!!」
その叫び声は誰にも届かない。
上から塗り潰すように、更なる爆発が足元で巻き上がり、彼を呑み込んだ。




