23.デバフ勇者、拭わぬ汚名
ナワテコ村の怪しげな雰囲気は、オスカー達を立ち止まらせる。
無暗に立ち入って良いものか。
最早遠回りをして通り過ぎた方が良いのではないか。
そんな考えすら浮かびかけたが、先に村長らしき初老の男性が、迷っていた三人の前に進み出る。
ただ、様子は見るからに動揺していてぎこちなかった。
「お、お待ちしておりました……大司教様より、お話は伺っております」
「……ありがとうございます。ですが大灯台へ向かうために通り掛かっただけですので、直ぐに此処から立ち去るつもりです。ご迷惑をかけるつもりはありません。ただ、大灯台で今までに何か異変があったなら、詳しく教えて頂きたいのですが」
「え、ええ、構いませんよ。どうぞ、こちらへ……」
愛想笑いを浮かべながら村の中に案内する。
オスカーは念のために弁明するも、あまり耳に入っているとは思えなかった。
村人達の視線を浴びながら、集会所のような建物へと移動していく。
するとその途中で、不意にエイダが立ち止まる。
「エイダ、どうかした?」
「さっきまで、大勢の人がいたのかしら」
「えっ?」
「周りの空気から、そんな感じがしたの」
空気、と言われてオスカーは周りを見渡す。
しかし彼の感覚では何も分からない。
エイダの優れた五感が、何かを感じ取ったのだろうか。
同じように辺りを見ていたザカンも、小さく唸りながら地面を指差した。
「確かに、割と的を得ているかもしれないぜ。地面をよく見てみな。真新しい足跡が沢山並んでるぞ」
「本当だ……」
「しかも向かってる先は俺達と同じ、大灯台・ロベルバだ」
確かに土壌の道には、何十もの靴跡が残されている。
角張った形状からして重装備を施しているようで、村人のものではない。
これだけ似たような跡が幾つもあるとなると、それなりの団体か軍隊が村を通ったことになる。
そんな知らせは三人の中の誰も受けていない。
気になったオスカーは先行していた村長に尋ねた。
「村長さん。最近この村に大勢の人がやって来たりしましたか?」
「え……い、いや、そんな事は別に……」
しかし、はぐらかされてしまう。
一体、何を隠しているのだろうか。
追求した所で話してくれるとは思えず、沈黙を続けるしかなかった。
集会所に辿り着いたオスカー達は、応接間に通される。
既に出迎える準備は整えていたようで、席に着いたと同時に、待機していた別の村人から紅茶が差し出された。
それなりに値打ちのある香りがする。
周囲の目を気にしないエイダだけが、そのままカップを持ち上げ、そろそろと紅茶を飲み始めた。
「我々の村は大灯台から最も近い。だからこそ、色々な物資を渡す中継地でもあるのです。ですが、最近その輸送が滞っておりまして」
「滞る?」
「大灯台からの物資要請があって始めて、我々も準備が出来るのですが……ここ数週間、その要請が一切ないのです。こんな事は、今まで一度もなかったと言うのに」
村の人々も大灯台の動きに不信感を抱いていたらしい。
少し前にローファン達が調査目的で出向いて以降、灯台にいる監視員の姿すら見た事がないという。
夜になれば灯台内に明かりは灯るらしいが、逆にそれが不気味なのだとか。
確かに誰かはいるが、その姿を見たものは誰もいない。
時期的に尽きている筈の物資を調達する様子もない。
「つまり、物資が必要ない状況にあるって訳だな」
「それって、まさか……」
「あぁ。お前の推測は当たってたみたいだぜ」
少なくとも異常な事態が起きているのは間違いない。
最悪の場合、監視員が全滅している可能性すらある。
一度は戦いのために赴き、彼らと交流を図った身として、オスカーは心の中で身構えた。
「ちなみにですが、大灯台の内部を確認したことは?」
「いえ……あの場所は魔族の監視と防衛を行う拠点なので、一般人は立ち入れないようになっているのです」
大灯台の周囲は物理的な壁で覆われており、一般人が越えることは難しい。
出入りできるのは巨大な鋼鉄の正門だけで、許可を得た者だけが入ることを許されている。
通常であっても許可なく壁を越えれば拘束されるので、今の状態でそれを行えばどうなるか分からない。
余計な手出しをせずに静観していた村の判断は正しかったかもしれない。
「そうですか。でしたらやはり、自分達は大灯台に向かいます。魔族に占領されているかどうか、この目で確かめなければ」
「し、しかし、それは……」
「……? 何か、問題がありますか?」
「い、いえ……! そのような事は……!」
村長が慌てて首を振る。
三人を引き留めたいような、そんな思いが見え隠れする。
しかし結局は何も言わず、出発を見送るようだ。
流石にあからさ過ぎるので、オスカーだけでなくザカンも怪訝そうな顔になる。
そんな中、エイダは空になったカップに唇を触れたまま、じっと扉の向こうを見つめていた。
「一体どうしたんだ、この村は。俺達に隠し事をしているようにしか見えねぇぜ」
「うん。でも無理矢理聞くのもやり辛い。ここはもう割り切って、先に進んだ方が良いかも」
村長と別れて集会所を出た後、直ぐに村を出ることにした。
敵が潜んでいるとか、そういう話ではないのだが、どうにも居心地が悪い。
自分達は信用されていないのだろう。
余計な誤解を招いては、大司教にも申し訳が立たない。
仕方なく真っ直ぐに村の出口へ向かおうとすると、エイダが小声で二人を引き留めた。
「二人とも、分かったわ。ここの人達が隠している事」
「そうなのか!? い、一体どうやって……」
「声を聞いたの」
彼女は自身の片耳を指差した。
「鼻だけじゃなくて、耳も良いのよ。さっきの場所でも、扉の向こうでヒソヒソ話をしていたから、聞き取ってみたの」
「ヒソヒソ話……全く聞こえなかったけど、それを聞き分けられるなんて凄いな」
「任せて。こういう事は、得意だから」
仕切られていた扉の向こうの声を聞き分けるのは、普通の人間には出来ない。
竜の因子が強いこともあって、元の五感が非常に優れているのだ。
前々から嗅覚で状況判断をしていたので、聴覚について突出していても不思議ではない。
黙々と紅茶を飲んでいるように見えて、意外と策士なのかもしれない。
「それで、分かった事なんだけど。王国の人が、ここに来たみたい」
「オルテシア王国の? 一体、何のために……」
「エイダ達と同じ、大灯台に行くためよ」
二人は驚く。
オルテシア王国の人がナワテコ村に出入りすることは珍しくはない。
この村は大灯台と同じ両国の国境上にある。
兵士であっても、ちゃんとした手続きを取れば往来の許可が出る。
だが、目的が大灯台に行くことなら話が変わってくる。
つまり何を意味するのか。
「王国の連中が、大灯台の様子がおかしい事に気付いたってのか!」
「連れていたのは、前に戦ったウィルズって人みたい。それとあの人は……オスカーが悪人だって、村の人達に広めたみたいなの」
「!?」
王国の認識では、オスカーは未だ重罪人だ。
断罪すべき指名手配犯として、村の面々に警告したのだろう。
そしてそれを表立って行ったのが、勇者パーティーのリーダーであるウィルズだった。
商業都市の黒船で吹き飛ばされて以降、どうなったか分からなかったが、まさかこんな所で名前を聞くとは思わなかった。
思わずオスカーが周りに目を向けると、こちらを見ていた数人の村人が一斉に視線を逸らした。
「ウィルズが、俺のことを……」
「この村はそれを聞いて、オスカーがやっぱり悪人かもしれねぇって思ったのか。でも大司教の命もあって、表立って追及も出来ねぇ。だからあのどっちつかずの態度って訳だ」
「……」
「やっぱり長居しちゃいけねぇな。さっさとここを出ようぜ」
ここに留まれば留まる程、彼らの不信感は大きくなっていく。
ザカンの提案に、オスカーは頷くしかなかった。
エイダは自分が話した内容が彼を傷つけたのではと不安になるが、その表情に悲観めいたものはなかった。
諦めもなく、今までと様子が違う。
一種の覚悟めいたものが感じられた。
「この様子だと、王国の兵士は先に灯台に行っているみてぇだな。鉢合わせになると、最悪戦闘になるぞ」
「敵地での仲違いは、ギンコと戦った時に懲りたばかりだ。エイダ、灯台に着いたら彼らが何処にいるのか探ってほしい。俺達は裏手から魔将を探す。弁明は後から幾らでも出来る筈だ」
「ん。分かったわ」
ウィルズ達との対話は、今は不可能だと断じる。
彼らは完全に三人を敵と認識している。
戦場内で出会ってしまえば、確実に先制攻撃を仕掛けてくるだろう。
そしてそれに気を取られることは、敵に背中を向けたと同義だ。
既に王国兵が攻めているという利点を活かし、真逆の方向から灯台に近づき、敵を挟み撃ちにする。
相手に挟撃されていると思わせるのが、一番有効な手段だ。
「オスカー、子供が来るわよ」
「!」
と、不意にエイダが声を掛け、考え込んでいたオスカーも思わず視線を上げる。
周囲が騒めく中、一人の少年が歩み寄ってきた。
この村の子供だ。
何の変哲もない姿で、立ち去ろうとするオスカー達を真っすぐに見上げる。
敵意がある訳ではない。
僅かに身構えると、少年は不思議そうに彼に尋ねた。
「あのう」
「……?」
「貴方は嘘つきなの?」
嘘つき。
その言葉にオスカーが虚を突かれると同時に、少年の母親らしき女性が現れる。
彼女は少年を抱き止め、無理矢理頭を下げさせた。
今の問いかけが酷い失言だと分かっているようだった。
「コラッ! 何て事をッ! も、申し訳ありません! ど、どうかこの事は大司教様には……!」
「いや、良いんです。貴方達が不安に思うのは仕方がありません。だからこそ、今の自分に出来るのは行動で示すことだけ」
「え……」
「大灯台の異変を解決する。自分はそのために此処に来ました。後は貴方達が信じたいものを信じて下さい」
オスカーの態度は殆ど変わらなかった。
今までの仕打ちから表情を曇らせてもおかしくないのだが、村人達に歩み寄る姿勢すら感じられる。
エイダとザカンが目を丸くしていると、彼は少年に一歩近づいた。
「君は、俺が怖いのかい?」
「……分かんない」
「そうか……でも、そんな俺に君は面と向かって言ってきたんだ。その勇気、忘れないでいてほしい。きっとそれが、君自身や大切な人を守る力になる」
「守る?」
「あぁ。魔導やスキルなんかじゃない、自分の心の強さで」
少年は純粋にその言葉を聞き入れ、小さく頷く。
それを見たオスカーは動揺する村人達に一礼し、その場からゆっくりと立ち去った。
行こうと目配せを受けて、残った二人も後を追う形で続いていく。
結果、険悪な雰囲気も場面も訪れない。
ウィルズがオスカー達を悪と広めた時点で、村の不信感による騒動に巻き込まれる予感すらあった。
それでも真摯に返答したことで、異論を唱える者は現れなかった。
幸いと言うべきか、危うしと言うべきか。
村を出た直後、ザカンが意外そうな声を上げる。
「変わったな。てっきり何も言わずに、立ち去るモンだと思ってたぜ」
「少し考えてみたんだ。今までの自分を」
前に進みながらオスカーは静かに答える。
それは不条理な待遇に晒された自身が、どう感じて来たかの話だった。
「勇者を除名されてから、俺は人を信じられなくなっていた。どうせ誰も分かってくれないって言う気持ちが、頭の何処かにあったんだ。今まで認めたくなかったけど、前に魔王から……ギンコから言われて、気づいたんだよ」
「お前……」
「掌を返されるみたいに、後から裏切られる事に疲れてたんだ。でも大司教様と会って、信頼されて、それが間違いだったことも分かった。俺はただ、逃げていただけなんだ」
魔族とは違い、人々からの非難に対して、彼は真っ向から立ち向かおうとはしなかった。
冒険者時代から嫉妬の目ばかりだった経緯もあって、雁字搦めに縛られて逃げる以外の手を考えなかったのだ。
その逃げの姿勢が、更に口実を与える結果になっていたのかもしれない。
商業都市で汚名を被った時、ギンコの指摘はまさに的を得ていた。
自分は人を信用していない。
勝手な思い込みと諦めで、大司教暗殺犯としての誤解すら受け入れそうになっていた。
そしてそれが、余計に事態を悪化させる事にもなっただろう。
だが、それは違う。
逃げてばかりでは何も解決しない。
人を信用できない男が、何を以って勇者を名乗るのか。
勇者とは、最後まで勇ましく在り続けられる者。
人の善悪を問わず、受け入れて前に進む者こそ勇者足りえる。
そして諦めずに向き合い続ければ、きっと分かってくる人が現れる。
「だからもう逃げずに受け入れる。自分が今までしてきたことも含めて、償えるものは償わなくちゃいけない。それで、こんな戦いを終わらせるんだ。人族の勇者として」
改めて人から信用される温かさを知った彼に、逃げる選択肢はなかった。
今までしてきた事、その全てが正しかった訳ではない。
だからこそ、魔族との戦いを完全に終わらせることが、人々への最大の償いになる。
確かな思いを口にすると、聞き終えたエイダが彼の袖を軽く引っ張った。
「なら、それを支える人がいなくちゃ、よね」
「エイダ……」
「一緒に、頑張ろ?」
勇気付けてくれる言葉に、オスカーは強く頷いた。
安堵して笑うザカンだけではない。
共に戦うエイダ、道を示してくれたフィリア、そして大司教達も、支えてくれる人は確かにいる。
決して一人ではない。
今はそれだけを考え、力を振おう。
目指す大灯台は、直ぐそこまで迫っていた。




