22.デバフ勇者、大灯台の記憶
「この馬鹿者!」
「えぇっ!?」
大灯台・ロベルバの薄暗い一室に、ギンコの声が響く。
まさか怒られるとは思っていなかったようで、魔将・カイツェルは素っ頓狂な声を出した。
ずり落ちかけた三角帽子をどうにか手で押さえる。
そんな彼に対して、未だ封印された状態、巨大な水晶の中から彼女は続ける。
「いつ妾が助けを求めた? お前は余計なリスクなど背負わず、己の目的を果たせば良かったものを……!」
「ま、魔王様を人族の手に渡したままでは気が気ではありませんよ!」
「気が気でないのは妾の台詞じゃ……。目先の些事に気を取られ、大局を見失っては元も子もないじゃろうて……」
「些事かどうかは、それぞれの匙加減ですよ。それに、こうして貴方を助け出すことが出来た。何の問題もないじゃあないですか」
「問題、か。誤魔化さなくて良い。あの転移装置、元は妾を運ぶためのモノではなかったのではないか?」
ギンコは今までの経緯を冷静に分析していた。
大修道院から大灯台まで転移させた装置は、自身がやって来る前から配置されていた。
オスカー達が訪れたのは殆ど偶然に近く、始めから救出目的で置かれていたものではない。
明らかに別の意図があった。
「アレは罠。先代勇者・フェーネラルをこちら側に強制転移させ、自分のテリトリーで確実に殺すための代物だった筈じゃ」
「……気付いていたんですか」
カイツェルはアッサリと認める。
元は暗殺をより効率よく完遂するための手段の一つだった。
洗脳していた信徒の一人に持たせ、フェーネラルに近づいた所で転移装置を発動する。
いかに先代勇者と言えども、無詠唱の空間転移を回避するのは難しい。
防御結界を張っていたとしても、それごと転移させるので、決まればほぼ確実にこの場に引き寄せられただろう。
だが、彼に頓着した様子はない。
「確かに、転移装置で先代勇者を殺して、亜人のドッペルゲンガーに成り代わせておけば、神殿都市はボクの思うように動かせたかもしれません」
「ならば何故……」
「理屈じゃないんですよ、魔王様。こればかりは、打算なんかで動く話じゃないんです」
ギンコを見上げる形で、その場で跪く。
そこには彼女への絶対の忠誠があった。
「貴方はかつて、ボクの命を救ってくれた。そんな貴方を見捨てるような真似ができると思いますか? 今のボクは魔将に昇華して、昔とは考え方も違います。でも、貴方への恩義を忘れたことはありません」
「……」
「商業都市の一件は聞きました。貴方が自らの命を賭していたことも。でも貴方は魔族の王です。ボク達魔将のような仮初の存在じゃない。だから、生きていてほしいと思うのは当然でしょう?」
曇りのない純粋な言葉にギンコは何も言えなくなる。
過去、彼の命を救った時の光景が目に浮かんだからだ。
それはまだ、カイツェルが魔将に変貌する以前の話。
ギンコ自身も魔王継承戦を生き残り、魔王としての地位を獲得したばかりの時期だった。
人族に新たな魔王の誕生を悟られてはならないという事で、殆ど表立った活動はしていなかったが、戦いの中で傷ついた魔族領を平定させる活動を続けていた。
そんな中、彼女は僻地で死にかけの幼いドワーフを見つける。
半死半生の状態から戦いに巻き込まれたのだろうと思い、自責の念から彼を救い出した。
そのドワーフこそ、目の前にいるカイツェルだった。
彼は何の力もない魔族だったが、命を救われた事によって、ギンコを恩人として崇拝するようになる。
更に人族だけでなく、繰り返される戦いそのものに憎悪を抱き始めた。
幼いながらも知能が高く、二種族間の闘争の真意に気付いたのかもしれない。
だが力のない者にそれらを変えることは出来ない。
魔族間でも魔王に付いて回る軟弱者の扱いを受けていた彼は、力を求めるようになる。
そしてギンコが止める間もなく姿を消し、次に会った時には彼は変わってしまっていた。
魔将という魔族ならざる存在に昇華していたのだ。
魔将の中には、かつての人格を闇に染められた者もいる。
カイツェルもそれは例外ではない。
魔王であるギンコに匹敵する力を持つが、存在そのものが歪んでしまった。
最早彼をドワーフとして、魔族として扱う同志はいない。
それでもカイツェルはギンコへの忠誠だけは変えなかった。
闇に堕ちても尚、保ち続ける強靭な意志を見せつけられ、彼女は諦めるように息を吐いた。
「……カイツェル、お前の言い分は理解した。じゃが、妾を転移させたことは先代勇者だけでない、あの男、オスカー・ヒルベルトにも伝わった筈じゃ。恐らくこの大灯台が占領されている事にも気付いた頃じゃろう」
「直ぐにでも此処に攻め入って来る、ですか。生憎、ボクも無策じゃない。迎撃する準備は出来ています。それに本来の計画も、もうすぐ終わる」
ガコン、と何処からか得体の知れない音が響く。
それは灯台内に配置したカイツェルの仕掛けが動いたものだった。
一体何を企んでいるのかはギンコにも分からない。
ただ小柄な身体でありながら、そこから発せられる視線が鋭く光った。
「ボクは此処を皆から任された。ボクの事を信じて、託してくれたんです。だったら、逃げも隠れもしません。そして多分、勇者達も自分が背負っているモノのために戦いを挑んでくる筈」
「……彼らと戦う気か?」
「まさか、同情しているのですか? 魔王様、貴方は優しすぎる。同情なんてしちゃいけません。所詮彼らは、奴らの駒に過ぎないんだ」
「……」
「そう、人族はただの駒だ。でももし、勝敗が決するなら……それは多分、一方の思いがもう一方の思いよりも勝るような……死力を尽くすような、そんな戦いにしたい」
彼は感情に飢えていた。
闘争は互いの感情が膨れ上がった末に起きる、野生的な解決方法。
討論よりも分かり易い、立っていた方が勝ちという単純明快さにこそ意味がある。
聡明でありながらそれを望んでいるのは元々の性分か、はたまた魔将として植え付けられた本能なのか。
「思いのない戦いなんて、ごっこ遊びと何も変わらないんだ」
カイツェルが自問自答のように呟く様を、ギンコは黙って見ているしかなかった。
●
神殿都市・パラミナは晴天だった。
僅かに白い雲が見えるだけで、澄み渡る青空が広がっている。
最近はそんな余裕もなかったので、久しぶりに青空を見た気がするとオスカーは思った。
大司教・フェーネラルの宣言によって、オスカー達の身柄は国内で預かる話になった。
何か不利益になる真似をすれば、極刑が下されることに変わりはないが、これで度重なる検問に頭を悩ませる必要がなくなった。
大灯台までの道のりはパラミナ領域内でもあるので、一応自由に移動できる。
彼らは今、その道中を歩み続けている。
「実は海を見た事って、あまりないんだ」
最近舗装されたばかりに見える石造りの道。
昔の事を思い出しながら、ふとオスカーが呟く。
並んで歩いていたエイダが意外そうに目を丸くした。
「海って、境海のこと?」
「うん。勇者に選ばれる以前は一度も来なかったし、勇者になった後も魔族の迎撃にあたった時に来たくらいで、じっくり見る余裕なんてなかったんだ」
「境海は魔族の領土が近いし、仕方ないのかもしれないわ」
「だろうね。でも、あの時に見た海の青さは今でも覚えている」
人族の一般的な認識として、海は魔族が飛来する恐ろしい場所だ。
美しいと感じる者は殆どいないだろう。
しかし日の光に照らされた青い水。
青空と同じように透明な水面は、かつてオスカーの心を打っていた。
「綺麗に見えたんだよ。魔族の領土が近い危険地帯なのに、それが霞む程に広くて大きな場所だった。そして思ったんだ。もしかしたら向こう側にある大地にも、これ以上の綺麗な場所があるのかもしれないって」
「魔族の領土に?」
「何の根拠もない考え方なんだけど、その時はそんな気がしたんだ」
かつての勇者達も魔族領に足を踏み入れたことは何度も有る。
だがそこにどんな美しさがあるのか、描かれた書物は一冊もない。
領土が分けられていても、世界は一つ。
恐れられている海を美しく感じた彼は、その先にある光景を目に浮かべたのだ。
魔族側から逃げて来たエイダからすれば、理解しにくいものかもしれない。
余計な話をしたかと思ったが、彼女は小さく頷いた。
「そうね。でも、竜の里は綺麗だったと思うわ」
「竜の里?」
「昔、エイダがいた場所よ。本当の竜が住んでいる、唯一の場所」
元いた故郷なのだろう。
竜の里、読んで字の如く竜が住まう地の存在を仄めかした。
不意に出て来た単語に今まで黙っていたザカンも口を挟む。
「マジか。そんな場所があるなんて、今まで聞いたことがないぜ?」
「魔族にとっても秘境だから、あまり近づかないし知られていないの。竜は強くて気難しいから、他の種族を近寄らせない。だから、エイダも逃げて来たわ」
「そうだったのか……悪いことを聞いちまったな」
「気にしないで。里の景色は綺麗だったのは、本当だから。居心地は悪かったけど、目に見えるモノが全部輝いて見えた。ああ言うのを、自然の美しさと言うのかしら」
エイダはオスカーの意見を否定しなかった。
人族と魔族、両方の領土を目にした彼女はどちらの側面も知っている。
美しいものも、汚れたものも。
それら全てを踏まえた上で、事実だけを口にする。
「だから、オスカーの考えた事は当たりよ。相容れないかもしれないけど、そこにあるモノはきっと綺麗なの。どんな人や、魔族が見ても」
「そっか、それを聞けて少し安心したよ。もし魔族との戦いが終わって平和になったら、見に行ってみたいな」
「見に行く……竜の里を?」
「互いに争う必要が無くなれば、そういう時間も少しはあると思うんだ」
全ての戦いが終わった後の話。
人族と魔族が手を取り合う事など、欠片も存在しなかった。
他の者に言えば、夢物語だと笑われるだろう。
それでも望みを諦めていい理由にはならない。
中傷されても尚、勇者としての責任を諦めなかった事と同じように。
「貴方なら、出来るかもしれないわ。エイダもそう願って、境海を渡って来たんだもの。それで、綺麗なものも見つけられた」
「綺麗なもの? あぁ、その修道服の事か。確かに、そうそう手に入る代物じゃない。大事にしないとな」
「んー、それもあるけど……」
どうしようかな、と言いたげにエイダが視線を逸らす。
服の事ではなかったらしい。
今まで彼女には苦労させてばかりだったので、それ以外に綺麗なものなどあっただろうか。
オスカーが首を捻っていると、代わりにザカンが小さく息を吐いた。
「お前は相変わらずだなぁ」
「……どういう事?」
「俺から言えることじゃねぇなぁ。そら、言ってやんな」
きっと言わなければ分からないと促される。
横で聞いていた彼の方が、よっぽど今の話を理解できているようだ。
するとエイダは少しだけ考えた後、オスカーに向けて微笑んだ。
「内緒」
幼くありながら、何処か大人びた、余裕のある茶化し方だった。
あまり見ない一面だったので、オスカーは少し面食らう。
もしくは、それが彼女の素の性格なのかもしれない。
「仕方ないねぇ。ま、直に分かるんじゃないか?」
「……?」
「それよりも見えて来たぜ。大灯台に一番近い村、ナワテコ村だ」
そうして話している内に、目先に立ち並ぶ木造の家々が見えてくる。
オスカー達は大灯台に向かう前に、その途中にあるナワテコ村に立ち寄るつもりだった。
最短距離で通り掛かる場所なので、わざわざ無視して遠回りをする必要もない。
村長らにも自分達が来ることは、既に伝書鳩を用いて知らせている。
未だ罪人の名は消えていないため、混乱をなるべく避けるためには当然の処置だった。
長居をするつもりも一切ない。
次第に村人達の姿も見えるようになったが、彼らはオスカー達を見た瞬間どよめき立った。
「お、おい、来たぞ……」
「ど、どうする?」
「どうするって言われても、大司教様からの命じゃないか」
「でも、さっきのアレはどう説明するんだ……?」
歓迎されない事は承知の上だった。
しかし、それ以上に彼らの様子はおかしい。
オスカー達が来たことに戸惑っているようで、何をどうすべきなのか、周りで目配せしながら話し合っている。
「一応、大修道院での一件は知っているって話らしいが……何だか、様子が変だな」
「まぁ、俺達の容疑は晴れてないから、疑っている人もいるんだと思うよ」
「かねぇ。でもなーんか、キナ臭いんだよな」
これは単純に警戒しているだけではない。
ザカンが真っ先に作為的なものを感じ取る。
匂いを嗅ぐような所作をした後、同じくエイダも村人達の心情を読み取った。
「皆、どうしたら良いのか分からなくて、困ってるみたい」
一悶着ありそうな気配があることを、三人は理解した。




