21.デバフ勇者、準備を整える
「例の刻印について、正体が分かりました」
翌日、戦いの準備を整えていたオスカーの元に、大司教から一報が入る。
神官達を狂わせている刻印について、目星がついたのだと言う。
彼は一人、修道院内の書庫に招かれた。
貴重な歴史書が多く保管されている書庫内で、待っていたのはフェーネラルだけだった。
人払いをしているのだろう。
気難しい表情を崩しておらず、好転する情報ではないのだと察することは出来た。
「何か、言い難い事ですか?」
「えぇ。なので、他言無用でお願いしたい」
「分かりました。しかし一体、何が……」
「あの刻印は、歴代勇者の英雄譚に記述されていたもの。神々から与えられた刻印です」
そう言いつつ、フェーネラルは一冊の古い書物を机の上に広げる。
そこには太古の様子を描いた絵があった。
人や魔族を模したであろう者が、互いに争う様子が見て取れる。
何百年と続く、二種族の闘争の表れだ。
ただ、そこにはもう一つ目を引くモノがあった。
人と魔族を分かつように、見覚えのある模様が小さく描かれていたのだ。
「数百年以上前、かつて魔王と戦いを繰り広げていたかつての勇者は、神託を得て新たな力を得ました。その時、勇者の身体に浮かび上がった刻印が、今我々を脅かしているソレと一致するのです」
「そんな事が……」
「始めは私も何かの間違いと思っていましたが……ローファン達に浮かび上がっていたモノは、ここに描かれている刻印とほぼ一致しました。認めたくはありませんが、そう断定せざるを得ないようです……」
フェーネラルは苦しそうだった。
もう一度だけ書物を見返してみるが、そこにある模様は確かに例の刻印と酷似していた。
過去に勇者が授けられたものと同じものを、ローファン達が持っているという事だ。
無論、神々の神託によって彼らが操られているとは思えない。
ならばどういう事か。
オスカーは考えた末に一つの結論に達する。
「魔将が刻印を、神々の力を利用している。そういう事ですよね?」
「はい。まさかその力を信奉者たちに向けるなど、このような恐ろしい蛮行、断じて許す訳にはいきません。しかし今、信徒たちにこの話を明かせば余計な混乱を招くでしょう」
「自分も、ここの人達にそれを明かすのは、時期が早すぎると思います。大灯台・ロベルバに向かって、確かな情報を得てからでも遅くはない筈です」
フェーネラルがオスカー以外に明かさなかったのは、これが原因だろう。
ここは神都・パラミナ。
四神への信奉を第一と考えている者達ばかりだ。
今の情報は、下手をすれば神々が鉄槌を下したと勘違いされかねない。
只でさえ暗殺未遂から日が経っていない中で、混乱させる意味はなかった。
二人は互いに示し合わせ、待ち受ける魔将の存在を思い浮かべる。
刻印の正体は分かった。
仕組みは分からないが、操っている魔将を倒せば解除される可能性は高い。
パラミナの平穏を取り戻すためにも、信じてくれた人々のためにも、今回の突入は必ず成功させる。
決意を示すオスカーに対して、フェーネラルは危惧するように言う。
「今回の突入……本来ならば助勢したい所ですが、騎士団も不要という事で、本当に宜しいのですか?」
「はい。騎士団を連れていけば、その規模で相手に侵攻を察知されてしまう。魔将側には自分達がまだ混乱しているという認識のままでいてほしいんです。だからここは少数精鋭、自分達だけで潜入します」
「……そう、ですか。また貴方達には重荷を背負わせてしまいますが、どうか我々パラミナのため、お願い致します。それとこれを」
そう言って、フェーネラルは小さな水晶を取り出した。
水色に透き通った球状の鉱石だ。
唐突に差し出され、オスカーはそのまま両手で受け取る。
「これは……?」
「私の持つ、もう一つの水晶と連動しています。持ち主の行動を記録して保持する。貴方達が大灯台で見聞きした情報を得るためです」
「戦いの中で連絡を取る猶予はないから、ですか。分かりました。預かります」
「……どうか、貴方達に神の御加護があらんことを」
同行は互いの了承の下で断った。
彼には修道院の結界を張り続ける役目がある。
今は魔将を倒す事よりも防衛に専念してもらいたい。
戦いの帰還を願うフェーネラルに対し、オスカーは感謝するように頭を下げるのだった。
譲り受けた水晶を持って書庫を去ると、自室に向かう途中でエイダとザカンが待っているのが見えた。
既に支度は済ませているようだ。
二人はオスカーを見るや否や、いつも通りに声を掛けてくる。
「あ。来た」
「お。もう準備は出来たのか?」
エイダは大灯台への侵入に同行する方向で話が決まっている。
一緒に戦うと明言したからでもあるが、幾つもの戦いを共に切り抜けてきたこともあり、連れて行かない理由はなかった。
ただザカンについては修道院に待機させるつもりでいた。
理由は単純、彼自身に戦闘能力がないからだ。
無理に連れて行って、戦いに巻き込んでしまっては目も当てられない。
しかしザカンは、覚悟が決まったような様子だった。
「父さん、これからエイダと一緒に……ってまさか……」
「そのまさか、さ。俺も一緒に行くぜ」
「待ってくれ。この先は安全なんかじゃないんだ。修道院にいてくれよ」
「本当なら、そうしたいんだけどな。色々と周りの目があるんだよ」
本意ではないと言いたげにザカンは溜息を吐く。
何やら事情があるようだった。
「大司教が宣言したとしても、お前の今までを疑う奴は当然いる。完全に容疑が晴れた訳じゃないからな。そんでもって、父親の俺も疑いの範疇なのさ。そんな中で俺一人ここに残れってのは正直な話、針の筵なんだよ。昨日の厨房を借りるのも大変だったんだぜ? 大司教も忙しいから、頼り過ぎる訳にもいかないしな」
「うーん……」
「それにお前の体調も気になる。戦いが長引くってなら、即席のポーションだけじゃ心許ない」
オスカー達に対する周囲の認識は、良くもなく悪くもない。
大司教が直々に伝令を下したこともあって、表立って責められることはなくなった。
それでも否が応でも人は態度に出るものだ。
どう接すれば良いのか分からないという他人の感情を、ザカンは肌で感じ取ったのだ。
全員でこの場を離れ、一旦は周囲の余念を払った方が良い。
父の進言にオスカーは連れて行くべきかを悩む。
すると最後の話に引っ掛かりを覚えたのか、エイダが尋ねてくる。
「オスカー、何処か具合が悪いの?」
「え? あ……いや、何ともないよ。見ての通り元気さ」
「そうなの? 無理してるなら、ちゃんと休まなきゃって思ったけど」
「心配しなくていい。久しぶりに丸一日休めたし、寧ろ休みすぎたくらいだ」
体調は今の所は万全だ。
心配する彼女に問題ないと伝える。
代わりに、父が周りから責められる光景が目に浮かんだ。
神官達は悪くはない。
事態を引っ掻き回した自分に責任がある。
だからこそ、父に重荷を背負わせるようなことはしたくない。
彼は観念してゆっくりと息を吐いた。
「そこまで言うなら構わないけど、道中までだよ。大灯台には俺達二人で行く」
「分かってるさ。お前達の邪魔をする気はねぇ。下手に首を突っ込んだら、足手纏いになりかねねぇしな」
ザカンも立場は分かっているようだった。
安全圏な場所までは同行するが、それ以降はその場で待機する。
自分が非力であると分かっているからこその発言だった。
ならばもう言う事は何もない。
こうして三人は再び、同じメンバーのまま大灯台を目指すことになった。
表立った見送りはないが、修道院から旅立とうとする彼らに複雑な視線を送る者は多い。
大修道院から出て、結界の外を目指そうとすると、彼らに駆け寄ってくる者達が現れる。
「勇者様!」
「君達は……」
声を掛けてきたのはテリアと、以前の盗賊騒ぎで助け出した少女達だった。
彼らが出発することを知り、居ても立っても居られなかったようだ。
オスカーの事を勇者と呼んだ彼女は、一生懸命な様子で頭を下げる。
「貴方達がフィリア様と協力し、ここまでやって来たことを聞きました。今のあたし達じゃ、皆さんのお役には立てません。けど、どうか……兄さんを、皆をお願いします」
「疑っている人達もいますけど、私達を盗賊から救ってくれたんですもの。テリアだけではなく、私達も貴方達を信じますわ」
「そうそう! 何て言ったって、命の恩人だものね!」
他の少女達も互いに頷き合い、出立を見送る。
周囲の空気に流されずに自分の意見を真っすぐに伝えに来た姿は、オスカーからすればとても有難いものだった。
彼女達もフィリアやフェーネラルのように、自分を信じてくれている。
ならばせめて、今出来ることはやり遂げなければならない。
「ありがとう。必ず、皆を元に戻してみせるよ」
期待に応えるためにも、修道院の平穏を取り戻すことを約束する。
同時に、久しぶりに勇者らしい言葉を言えたような気がした。
後ろにいたエイダもつかつかと歩み寄り、テリアを見上げる。
「テリア、役に立てないなんて言わないで」
「えっ?」
「貴方達は亜人のエイダを怖がらずに、服を用意してくれたわ。それは、とても嬉しくて温かく感じたの。だから役に立てない、なんてことはないわ。自信を持って」
「エイダちゃん……ありがとう。絶対、帰って来てね」
「任せて。皆を助けて帰ってくるわ」
きっと彼女も自分を信じてくれた人達の期待に答えたいのだろう。
柔らかい笑顔を向けるテリアに、自信を垣間見せるように微笑む。
環境の変化はやはり大きいものだ。
以前まではオスカー達以外の人には警戒心を抱いている様子だったが、それも徐々に穏やかなになっている。
周囲の状況が変われば、抱く心境も大きく変わるのだろう。
魔将を倒して色々なものが進展すれば、追われる身だった父やエイダの助けにもなる。
ここが踏ん張りどころだ。
微かな希望を抱いたオスカーは、エイダ達と共に結界を抜け、大灯台・ロベルバを目指すのだった。




