20.デバフ勇者、苦手なもの
大司教の暗殺未遂から数日後。
人々はどうにか落ち着きを取り戻していた。
我を失った神官達は拘束されたままだが、それを除けば脅威となるモノは去っていた。
残りはいかにして彼らを正気に戻すか。
大司教を始めとして、他の者達もその術を懸命に探る。
しかし、治癒魔導すら効かない洗脳は前代未聞だ。
どんな力が働いて意識を奪っているのか、殆ど手掛かりが掴めないままだった。
そんな中、オスカーは借り受けた一室で身体を休めていた。
「……こんな所か」
向かい合っていた机から目を離し、一息つく。
魔導を使えない彼に、洗脳の正体を探ることは出来ない。
それでも何か出来る事がないかと考えた結果、思い出したのは手元にあった例の黒い箱だった。
ギンコを転移させたと思われる謎の物体。
何か新しい情報が掴めるかと思い、腐朽剣で外側を錆させた後、内部の解剖を行う事にした。
そうして中身を開いたわけだが、中は歯車ばかりだった。
まるで時計の中身を見ているような、大小様々な歯車が何十何百と敷き詰められていた。
「結局、この箱が何なのかは分からなかったな。カラクリ仕掛けって言えば良いのか……でも、仮にこれで転移が発生していたなら……」
これらの部品の意味は、造った本人以外には分からない。
分かるのは、こういったカラクリ仕掛けで魔導に似た現象を引き起こすかもしれない、という事だった。
魔力を使用せず、ありふれた部品だけで行使する。
つまり暗殺の黒幕、今回の魔将はそれらを駆使する能力があるという事だ。
殆ど未知に近い力の一端を知りながら、オスカーはその対抗策を考えていく。
するとゆっくりと部屋の扉が開き、彼の元にやって来る者がいた。
「オスカー」
「あぁ、エイダか……って、その服はどうしたんだ?」
現れたエイダをオスカーが見ると、様子が違っている事に気付く。
いつも身に纏っていた寝間着ではなく、白を基調とした真新しい服を着ていたのだ。
祭服に似ていることから、修道院で支給される普段着のような物だろうか。
透き通った青い長髪も相まって、清浄な雰囲気すら放っている。
目を丸くしていると、彼女は見えるように両手を軽く広げた。
「テリアとそのお友達がくれたの。コッチの方が絶対似合うって」
「見繕ってもらったのか。サイズもピッタリだな」
「オスカーも似合うと思う?」
「良いんじゃないか? 今までずっと寝間着だったし、大分雰囲気変わったよ」
「キレイ?」
「うん。綺麗に見える」
「そう? 似合っているなら、もっと着ていようかな」
面と向かって綺麗と言われ、エイダは満足そうに微笑む。
純粋な笑顔だ。
パラミナの幼い修道女と言われても、誰も疑わないだろう。
亜人である彼女の正体は既に一部の者には知れている。
割と目立つ容姿なので、服装くらいは誤魔化しておいた方が良いという話もあったのだ。
テリア達には感謝しなくてはならない。
オスカーがそう思った矢先、いきなり彼女は、スカートの裾を捲くり上げて軽く揺らし始めた。
「キラキラした所は好きだけど、この長いヒラヒラは少し苦手だわ。走り辛いの」
「こら、そうやって捲くらない」
「えー」
「えー、じゃない。窮屈なのは分かるけど、はしたないって思われるぞ」
両膝どころか太ももまで露わになっているのを注意する。
幼いので羞恥心が薄いのかもしれない。
以前も翼を生やす際に、腹部ギリギリまで服を捲くり上げた事があった。
そんな状況で周りを出歩けば、今度は別の意味で拘束されてしまう。
人の中で生きる以上は、駄目なものはしっかりと駄目だと言い聞かせなければならない。
仕方がない、と言いたげにスカートの裾を元に戻すと、次にエイダはオスカーの顔を覗き込んで来た。
「オスカーに苦手なものはないの?」
「どうしたんだ、急に」
「エイダがヒラヒラ苦手みたいに、オスカーにも、そういうものがあっても良いと思って」
「そりゃあ、魔導や武術全般とかかな。全く出来ないから苦手だよ」
「んー、そう言うのじゃなくて……」
どう言ったものかと少し考え、様子を窺うようにもう一度顔を見つめてくる。
「オスカーって、苦手なものでも平気そうな顔をしてるの。でも本当に苦手だったら、きっと怖がったり嫌がったりする筈だわ」
「それってつまり……苦手って言うよりは、俺の弱点が知りたいって事?」
「弱点……確かにそうかも」
「おいおい、俺の弱みを握りたいなんて、一体何をさせる気なんだ……?」
「別に何もしないわ。ただ、気になっただけ」
何とも突拍子もない事を聞いてくる。
弱みを知りたいなんて言われたことは、流石のオスカーでも一度もない。
信頼されたいという彼女なりの思いがあるのだろう。
勿論、何事も平気という訳ではない。
劣等生と呼ばれていた頃も、仕方がないと割り切っていたからこそ乗り切られたのだ。
不得手なものを頑張っても、行き着く上限は見えている。
だが、そんな割り切り方すらできない程の苦手なもの。
思い浮かんだオスカーはエイダから視線を逸らした。
「ダメ?」
「……勇者ってのは、弱みを見せないものさ」
「勇者は関係あるのかしら?」
「と、とにかく、そういうのは少し恥ずかしいんだ。はい、そうですかって簡単に言えるものじゃ……」
本当に苦手なものを前にすると、それまでの体裁が全部崩れてしまう。
正直な話、色々と格好がつかないのだ。
わざわざ話して、今までのイメージを崩しても仕方がない。
どうにか言い訳をして切り抜けようとすると、エイダが何かに気付いて後ろを振り返る。
「あ、ネズミ。こんな所にもいるのね」
何のことはない一匹のネズミだった。
何処からか紛れ込んで来たのか部屋の隅、家具に隠れながら注意深く動いている。
気になったエイダは即座にネズミを捕まえた。
卓越した身体能力を持つ彼女にとっては造作もない。
両手で掴み上げた後は、ネズミの顔を指の隙間から覗かせる形で持ち上げてみる。
「この子、どうしようかしら。ねぇ、オスカー……」
流石にその場で食べる真似はしない。
エイダも今までの旅で、ある程度の一般常識を理解しつつあった。
ただ放置するのも気になるので、オスカーにネズミの処遇を尋ねてみる。
すると、そこで彼の様子がおかしい事に気付く。
ネズミの顔を見つめたまま、酷く怯えた顔をしていた。
「どうしたの? そんなに青い顔して」
「い、いや……とりあえず、ソレを早く何処かに……」
「ソレ? ネズミのこと?」
「おわっ!?」
何か気になる事があるのかと思い突き出してみると、驚きの声が響いた。
今までのオスカーからは想像できないもので、思わずエイダは目が点になる。
数秒も経たない内に、彼もしまったと言わんばかりに顔を背けた。
「もしかしてオスカー、ネズミが弱点……?」
「な、なな、何を言っているんだ……ネズミが怖いなんて、そんな訳が……」
「はい」
「っ!?」
どうにか強がろうとしたが、もう一度ネズミを突き出され陥落する。
再び身体を震わせて、彼は二歩三歩と後ろに引きさがった。
冗談などではなく、遂に観念したように頭を下げた。
「ご、ごめん! ネズミは本当に無理なんだ……! だから、こっちに近づけないでくれ……!」
魔将や魔王と激闘を繰り広げた男が、ネズミ一匹で狼狽えている。
触ることはおろか、近づくことすら駄目な様子を見ると、本当に苦手なようだ。
慌ててエイダもネズミを引っ込める。
それからこのまま掴んでいては余計に怖がらせると思い、窓の外へと投げ飛ばした。
姿形が景色の向こうで小さくなっていくのを見届けると、彼は乱れた息をゆっくりと整え始めた。
「ゼェ……ハァ……!」
「そ、そんなに怖がるなんて思わなかったわ……」
「い、いや、良いんだ……それよりエイダは大丈夫か? 噛まれたりしてるんじゃ……」
「大丈夫よ。それに噛まれても、傷もつかないし」
竜人が獣相手に傷つくことはない。
そう言うと、オスカーは自分の事のように安堵した。
これが、エイダが望んでいた弱点だ。
言い訳も最早無駄なので、彼は気恥ずかしそうにエイダに話し始める。
「あぁ、もう、恥ずかしいな……。こういう訳だよ。虫はともかくネズミだけは駄目なんだ。見ただけで身体が固まるんだよ」
「どうしてそんなにネズミが嫌いなの?」
「昔、噛まれた事があって……それがトラウマになったと言うか……」
言い難そうに経緯を話す。
確かに今までの旅でも、眠りにつく時はザカンが獣除けの薬草を燃やしていたので、気付くことはなかった。
だがエイダはその経緯がよく分からなかった。
ネズミに噛まれたら、人にとっては確かに痛いのかもしれない。
しかしトラウマになる程とは、どういう事なのだろう。
疑問に思っていると、部屋の扉が開く音が聞こえ、ザカンが姿を現した。
「何だぁ? 今なんか、凄い声と音が聞こえたぞ?」
「父さん……ネズミが出たんだよ……」
「何だって? まさかお前、噛まれてないだろうな?」
「大丈夫。エイダが外に放り投げてくれた」
ザカンが少し深刻そうな声を出したが、脅威は去ったと知り安心する。
やはり大方の事情は知っていたようだ。
「ザカンもオスカーの弱点を知っていたのね」
「まぁ、十数年一緒に暮らしてりゃあ、分かることもあるさ。アイツらはすばしっこくて、簡単に捕まらないし、出た時は中々骨が折れる。しっかし、そんなヤツらを素手で放り投げるとは。流石だぜエイダ、偉いぞぉ」
「偉いの? エイダが?」
「おうともさ。今、一番輝いてるぜ」
ザカンは小さい子供を相手にするような褒め方をする。
叱るべきところは叱り、褒めるべきところはしっかり褒める。
あれはオスカー自身、経験のあるものだ。
見た目に反して精神的にはそこそこ大人びている彼女だが、その言葉に対しては割と満更でもなさそうだった。
褒められ慣れていないのかもしれない。
「こうなったら、エイダを対策処理班に任命するしかねぇな」
「たいさくしょり……何だか、カッコ良さそう」
「うむ、エイダにしか出来ない重要な任務さ。任されてくれるか?」
「ん、任されるわ!」
苦手なものが延々と取り上げられると、どうにも落ち着かない。
二人で勝手に話が進めていくので、オスカーが制止する。
「そんな大袈裟な話じゃ……」
「大袈裟な反応するお前に言われちゃあ、お終いだぜ。勇者って呼ばれてる男が、まさか大のネズミ嫌いなんて誰も思わねぇだろうしさ」
「うっ」
「大丈夫。ネズミの匂いは変わってるから、直ぐに捕まえてあげるわ」
「まぁ、そ、それは有難いけど……」
二人からそう言われ、反論できなくなる。
オスカー自身、何とか慣れようとしたこともあったが、何度やっても駄目だった。
あの形といい、あの素早さといい、幼少の頃からの苦手意識は簡単に拭えるものではない。
せめて何処からともなく現れる神出鬼没ささえなければ耐えられたのだが。
未だ顔色の戻らないオスカーを見て、気を取り直すようにザカンが腰に手を当てた。
「とまぁ、話が逸れちまったが、薬草パーティーの時間だ。厨房を借りて料理は作っておいたぜ。二人とも、食卓に来な」
「薬草も良いけど、お肉はあるの?」
「勿論さ。エイダのためにお肉パーティーも用意したぜ。ここまで肉が買えなかった分、奮発したから沢山食べな」
「やった! ザカン、ありがとう! さ、オスカーも一緒に行こ! 絶対美味しいわ!」
久々の肉料理なのでエイダは少し高揚している。
分かり易い反応だ。
体裁を気にするオスカーとは違って、好きなものも嫌いなものもハッキリと表現する。
そういう所はある意味では美点であり、見習うべきなのかもしれない。
純粋な笑顔を受けてどうにか落ち着きを取り戻し、オスカーは喜ぶ彼女の後を追うのだった。




