19.白魔導士、現れた神剣
「ヘルグラムさん!」
コカトリス達を拘束し終えたフィリアは、ヘルグラムの異変に気付き、噴水広場まで駆けつける。
だが彼は膝を屈し、既に深い眠りについていた。
どれだけ揺さぶっても起きる気配はない。
何が起きたのか分からないフィリアだったが、これが黒魔導によるものだと直ぐに察した。
「短時間で我が眷属を全て拘束するとは。流石は当代勇者ダ」
「一体、この人に何をしたんですか!?」
「何ヲ? 夢を見ているだけサ」
厳しい問いかけに、空中を舞うハイウォーカーは愉快そうに笑う。
「ただの夢じゃなイ。アレは現実とは体感時間が全く違うんダ。現実の1秒が、夢の世界の1週間に相当すル。つまり……」
その言葉にフィリアは息を呑む。
目の前の魔族が持つ力が本当なら、今経過している一秒一秒が、ヘルグラムにとっての1週間になるのだ。
そんな途方もない時間、夢の世界に閉じ込められればどうなるか。
人の心など簡単に壊れてしまう。
言葉を発するよりも先に、彼女は杖を振るって複数の閃光を放った。
相手を貫き消滅させる白魔導の攻撃だ。
宙を漂うハイウォーカーはそれらをギリギリの所で躱し、思わず息を吐く。
「危ないことをすル」
「黒魔導は使い手を滅ぼせば術式が停止する! 直ぐに貴方を倒します!」
「無駄ダ。既にお前も、我が術中に嵌っタ」
それは所謂勝利宣言だったのか。
瞬間、フィリアの視界に異変が起きる。
見えていた噴水広場だけでなく、周囲の光景が徐々に崩れていく。
眠ったという意識は全くない。
しかし辺りは暗闇に落ち、自身とハイウォーカーだけが取り残される。
「まさかっ!」
「黒夢は、相手の自覚なしに夢に落とすことが出来ル。お前もまた、夢の中の住人。そしテ……」
次にハイウォーカーは指を鳴らす。
するとフィリアの背後から木造の巨大な十字架が現れた。
一体何をするのか、と思う猶予もない。
夢の中では抵抗することも出来ず、いつの間にか現れた鎖によって彼女は十字架に磔にされてしまう。
手にしていた両手杖も鎖に繋がれたと同時に地に落ちた。
「凌夢。貴様は念入りに始末しなければならなイ。この空間は夢ではあるが、痛みを伴う夢なのサ」
「……!」
「夢の中ではスキルも魔導も使えなイ。一方的な嬲りサ。永遠に続く痛みの中では、人の精神など簡単に崩壊すル」
そう言って、ハイウォーカーの手中に鉄製の串が握られる。
鋭く尖った先端が鈍い光を放ち、軽く投げれば突き刺さりそうなほどの鋭利さがあった。
そんな鉄串を真っすぐに投擲し、無情に彼女の左肩を貫く。
無論、これは夢だ。
現実の肉体には一切干渉しない。
だが痛みだけは本物であるかのように存在している。
本当に貫かれたような激痛が走り、フィリアは痛みに表情を歪めた。
「うっ……!」
「先ずは一刺し目。さぁ、あと幾つで壊れるかナ?」
身動きが取れない中、新たな鉄串が目の前で生成される。
魔族はフィリアの精神が壊れるまで串を刺し続けるつもりだ。
確かに激痛が永遠に続けば、精神が摩耗するのは時間の問題だ。
現実の肉体にも大きな影響が出るだろう。
だがここで倒れてしまえば、今まで築き上げて来たものが全て無駄になる。
オスカーが自分を賭してまで守った勇者の地位が、崩れ去ってしまう。
脳裏に、去っていった彼の後姿が浮かぶ。
それだけは絶対にさせない。
フィリアはゆっくりと目を閉じ、身体に流れる魔力を感じ取った。
直後、彼女の全身から強烈な光が放ち始める。
「改聖」
「何ッ!? 白魔導は使えない筈……」
「悪しき夢よ、消え失せなさい!」
それは自動反撃を行う防御術式だった。
彼女が常に展開し、危機が迫った時に自分の意志とは関係なく発動する。
仮に意識を失っていようとも、夢を見ていようとも自動的に迎撃するものだ。
満ち溢れた光が辺りを覆い尽くし、夢の世界を呑み込んでいく。
光は彼女の意識と同調し、強制的に現実へと引き戻した。
迎撃していた光の群れが現実のハイウォーカーを貫いたのは、夢から覚めた直後の事だった。
「グハッ!?」
力づくで夢を破壊され、その反動で動けなかった魔族に聖なる光が降り注ぐ。
元々ゾンビである身体に、白魔導の攻撃は受けるだけでも致命傷に匹敵する。
貫いた光の群れが一気に爆ぜ、半身を吹き飛ばされる。
フィリアは相手に戦う力がない事を悟った。
自動反撃の存在を予期しなかったハイウォーカーも己の敗北を悟り、力なく笑う。
「オスカー・ヒルベルトを追放した今、我ら魔族の勝利かと思っていたガ……とんだ、伏兵がいた者だナ……」
「やはり、貴方達が彼を……!」
「だが、これで終わりと思うナ……既に天上の門は見つけタ……我が主と同じ意志を持つ魔将様方が、きっト……」
望みを託したつもりなのだろう。
ハイウォーカーは虚空に手を伸ばし、煙のように消滅していった。
残されたフィリアはコカトリス達の拘束が解かれていない事を確認しつつ、先程の言葉を思い返す。
魔将はやはり、何らかの目的を持って動いている。
それは勇者打倒などという単純なものではない。
今回の事件も、ただ襲撃を繰り返すためだけに潜伏していたとは思えない。
一体何のために、ハイウォーカーは王都に潜んでいたのだろうか。
天上の門とは、一体何なのか。
思案していると、王都の兵士達がフィリアの元に駆け付ける。
「フィリア様! ご無事ですか!?」
「私は問題ありません。他の人達に怪我は?」
「被害の報告はゼロ! 全くの無傷です!」
兵士の報告にホッと息を吐くが、それだけでは終わらない。
夢に苛まれていたヘルグラムも直ぐに目を覚ます筈だ。
フィリアが駆け寄ると同時に、彼はゆっくりと瞼を開けた。
「ヘルグラムさん! 私が分かりますか!?」
「ぁ……ぁあ……?」
力ない声が周囲に響き渡る。
無理もなかった。
現実世界ではたった2、3分の出来事だが、ヘルグラムにとっては途方もない時間を味わってきたのだ。
体感時間で、大よそ3年近く放置されていたことになる。
ヘルグラムがそれまでに何を思ったのか、フィリアには計り知れない。
ただ彼は目を開いて譫言のように呟き続ける。
「夢は……嫌だ……もう、ユメは……」
「悪夢は去りました。安心してください。ここは現実です」
「あ、あああああ……!」
「大丈夫。もう、大丈夫ですよ」
自信過剰だった先程までの姿は何処にもない。
夢に怯え、終わる事のない時間の流れを恐れているだけだ。
涙を流しフィリアの両膝にしがみ付くヘルグラムの背中を、彼女は優しく撫でる。
普段見たこともない彼の姿に呆気に取られている兵士達に、別の指示を出す。
「衛兵の皆さんは、捕らえた魔族を再度物理的に拘束してください。王都に潜入した目的を聞き出さなければ」
「は、はい! では直ちに……!」
とにかく危機は去った。
元凶の魔族は倒したものの、眷属達は未だに拘束し続けている。
主に仕えていたのなら、襲撃の目的を知らない筈もない。
例え喋らなくても読心術で確実に読み取れば良い。
しかし兵士達が動き出すよりも先に、新たな兵士が息を切らして現れた。
「報告しますッ! 拘束していた魔族が、全て殺されましたッ!」
「えっ!? どういう事ですか!?」
「そ、それが……!」
様子からして兵士が殺した訳ではなさそうだ。
誰がそんな事を、とフィリアが思ったと同時に、ゆっくりと彼女達に近づく者がいた。
見覚えのある騎士服を纏う青年は、親元から戒告処分を受けていた筈の金石の勇者・ウィルズだった。
動揺する周囲の人々に対して、彼は獲物を探すように視線を巡らせた。
「生きている魔族は、もういないか」
「ウィルズさん!? どうして此処に……それにその剣は……」
「何だ、フィリアか。お前も気になるか? これは神剣・エフィルフィート。神より与えられた剣さ」
フィリアは思わず彼の手中にある剣を見る。
青白い刀身と黄金の柄。
それはただの剣でないと一目で分かる程の威圧感を放っていた。
更にウィルズは神剣と呼んだ。
神々から与えられる神話級の武器、彼女も当然その存在は知っている。
しかしそれは世界に二つとない伝説の剣。
かつて魔族側に存在した魔王の剣と比類される、古い書物のみに語られる代物だ。
オルテシア王国にあったという話は聞いたことがない。
「神剣!? まさか、四神様の!?」
「そう! お前達パラミナが信奉する神々から授かったのさ!」
「そ、そんな事が……! 一体、何処で……!?」
「信じられないのも無理はない。だが信仰深いお前達よりも、神は俺を選んだ! そう、他の誰でもない、この俺をだ! どうやって授かったなど、教えるつもりはない!」
本当に四神の導きを受け、剣を授かったというのか。
俄かには信じられないが、目の前の光景が全てを物語っている。
そして剣の刀身には魔族の血らしきものが滴っていた。
フィリアは数秒間の沈黙の後、ゆっくりと問い掛ける。
「どうして魔族を殺したんですか? 手掛かりが掴めるかもしれなかったのに」
「あんな連中から引き出す情報なんてない。それに俺は、次の目的地を賜っている」
ウィルズの視線は既に別へと向いていた。
王都を超えた遥か先、方角としては境海がある方向を真っすぐに見つめている。
「大灯台・ロベルバ。そこに倒すべき相手がいる」
「大灯台……あの境海の?」
「そうさ。倒さなくちゃいけない裏切り者がいるのさ。ククク……俺をコケにしやがった、アイツを倒すためにな」
大灯台・ロベルバは、魔族の領土を監視するためにある塔だ。
そこに敵がいるのだと彼は言う。
確かに今までの強襲も、魔族の侵入があってこそのものだ。
魔族側の動きを監視している筈の大灯台が見落とす、つまりは既に陥落している可能性も否定できない。
フィリアが反論できずにいると、嗤うウィルズは続けて話し出す。
「宮廷騎士団と共に、魔族に汚染された大灯台を攻める。フィリア、お前はそこで指をくわえて見ていろ。神剣がある以上、父上がそうだったように、例え国王であっても神の意志に背くことなど出来ない」
そう言って、ウィルズは剣を掲げる。
神剣は青白い光を放ち、自らを濡らしていた魔族の血を蒸発させる。
光は噴水広場だけでなく騒然としていた繁華街にまで及び、人々の目に留まる。
得体の知れない眩しさではあったが、彼らは一種の力強さを感じ取っていた。
「何だ、あの光り輝く剣は!?」
「まさか、あれは伝承に聞く神剣じゃ……?」
「真の勇者に与えられるっていう、あの!?」
神剣の存在はオルテシア王国にも伝わっている。
その剣を他でもないウィルズが握っている事に、皆が驚きを隠せない。
醜態を晒したこともあって、今では白い目で見られつつあったが、神剣という存在が現れた事で、全員が目の色を変える。
本物の力を前に畏怖のような感情が見て取れる。
その光景を見て、ウィルズは高らかに笑った。
「見ろ! これが選ばれた者だけが手に出来る勇者の証だ! 俺こそが、真の勇者足りえる存在なんだ! ハ、ハハハハハッ!」
天に向かって叫ぶその姿は、明らかにタカが外れていた。
一体、彼はどうしてしまったのだろう。
精神的な危うさはかつても見られたが、今の状態はより酷く悪化している。
意識を奪われ、何かに憑りつかれているようにしか見えない。
善意か悪意か分からないが、作為的な意志が感じられる。
常に見張られているような、妙な居心地の悪さ。
前後不覚となったヘルグラムを介抱しながらも、フィリアは不安しか抱けなかった。




