18.白魔導士、置いて行かれる
突如、王都の繁華街に出現したゾンビ、ハイウォーカーは宙を舞いながら両手を広げた。
人々がソレを魔族だと認識するよりも先に、手中から黒魔導を行使する。
黒い霧が放たれ、そこから鋭い眼光が幾つも現れる。
「行ケ! 眷属達ヨ!」
霧の中から飛び出してきたのは鳥獣の魔族、コカトリス。
息や体液に強い猛毒を持つ危険生物だ。
コカトリス達は、主であるハイウォーカーの命を受けて唸り声を上げ始める。
王都の人々もようやくソレらが魔族だと分かり、逃げ惑い始めた。
「魔族が現れたぞオオオッッ!!」
「そんな!? 一体何処から!?」
「外壁の魔族は全員倒したんじゃないのか!?」
つい先日、ゴブリンの襲撃が外壁で起きたばかりでの強襲。
何が起きているのか、人々は口々に叫びながら警備兵に助けを求めた。
警備兵も混乱の中で武器を構えるが、相手は伝承にも載るほど有名な魔族。
自分達の手に追えるのかと焦りを抱えたが、新たにやって来た人物にホッと息を吐く。
駆け付けたフィリア達が、民衆を庇いながらコカトリス達と相対したのだ。
「あの魔族には、新たな魔族を生み出す力があるようです! きっと、今までの強襲も……!」
「フッ。王都を騒がせていた魔族共の元凶が、オレの目の前にいるとはな!」
出所の分からなかった魔族襲撃の犯人は、あのハイウォーカーで間違いない。
ハイウォーカーは今も尚、黒い霧から魔族を生み出し続けている。
魔族が増殖する状況下、本体を叩きたいところだが、まだ民衆の避難が終わり切っていない。
コカトリスの猛毒は危険だ。
早々に人々から距離を離さなければ、被害が増える一方だ。
フィリアは即座にコカトリス達を隔離しようと杖を振るう。
魔族が決して逃げられないよう、自分を中心に球状の防御結界を展開した。
「安全を確保します! 私が魔族を拘束して……」
先ずはコカトリスを拘束して、相手の出方を窺う。
黒魔導を使役するのなら、魔族を生み出す以外の術式を使用してくるはずだ。
フィリアはヘルグラムに向けて指示を出そうとしたが、言い終わるよりも先に彼はその場から駆け出した。
槍を構え、自信溢れる顔で真っ直ぐに突き進む。
「雑魚はキミに任せた! オレは奴を倒すッ!」
「ヘルグラムさん!?」
彼女が呼び止める間もない。
立ち塞がるコカトリスの群れを物ともせず、槍を振るって道を作り出す。
何よりも、元凶を潰すことを最優先に考えている動きだった。
ハイウォーカーは迫りくるヘルグラムの姿を見て、余裕の笑みを浮かべる。
「意気の良い人族ダ。真っ直ぐに向かってくるとハ」
「雑魚を生み出すことしか出来ない分際め。オレの槍の前では無力だという事を教えてやる。公衆の面前で、オレの踏み台になるが良いッ!」
豪語する彼はこの襲撃において、戦果を挙げることを目的としていた。
勇者補佐として選ばれた以上、勇者パーティーの一員に等しい存在と見なされるからだ。
ここで魔族の元凶を絶てば、一躍有名になれる。
勝手に落ちぶれたウィルズを踏み台にして、己の家督を盤石なものにする。
それがヘルグラムの望みだった。
「駄目です、ヘルグラムさん! 相手の力が魔族を生み出すだけとは限りません! 一旦、相手の出方を窺わないと!」
だが、後方にいたフィリアは既に気付いていた。
前に出過ぎている。
コカトリスを押し退けて前進していったため、距離を離されてしまった。
あれでは援護が出来ない。
どうにか近づこうと足を踏み入れるも、当然の如くコカトリス達が立ち塞がる。
「ケケケッ! お前の相手は、俺達だッ!」
「貴様を倒せば、あの方も、さぞ喜ばれる!」
「このっ……!」
目の前の魔族を拘束しなければ、近づくことも出来ない。
彼女は魔力を漲らせて、目の前の敵に注力するしかなかった。
そんな中、ヘルグラムは虚空を舞って逃げていたハイウォーカーの元、噴水広場まで辿り着く。
攻撃を繰り出すコカトリスを斬りつけ、単身で十数メートルの所まで肉迫する。
追い付いた彼は鼻で笑いながら、ハイウォーカーを見上げた。
「どうした魔族。距離を取り続ける事しか出来ないのか? まぁ、地下を這いずり回るネズミならば、それも道理か」
「……成程ネ。君もそういう人間なのカ」
「何だと?」
「アリアス様は仰っていタ。王都に住む人族は屑ばかりだト。まさしくその通りダ。己の力を過信した者ばかりが集う烏合の衆。それが過去の栄光だと気付くこともなイ。お前達が築き上げてきたものは、先代の勇者達があってこそのもノ。愚かなものだヨ」
「オレ達の力が、愚かだと……?」
「そうサ。お前達の代で言うなら、先代勇者クィン・マリーだナ。あの女を見捨てた時と同じく、なにも変わっていなイ」
「貴様、先代騎士団長を侮辱するか……!」
ヘルグラムは槍を強く握りしめる。
先代勇者、クィン・マリーはかつて王国の宮廷騎士団団長だった人物だ。
直接顔を合わせることはなかったが、彼女の偉業は当然知っている。
勇者として無敗を誇っていた力は、まさに本物。
今の言葉は先代勇者への侮辱、そしてそれを目指した自分への嘲笑でもあった。
「あの方は、オレ達王国民にとっての希望だった! 彼女を侮辱することは、万死に値すると知れッ!」
必ず討滅する。
ヘルグラムはその場から跳躍し、ハイウォーカーへと突進した。
目にも止まらぬ閃光のような一撃。
即効で勝負を決めようとしたのだろう。
流石に躱すことは許さず、身に纏っていた黒衣を小さく引き裂いていく。
掠り傷を負ったハイウォーカーは意外そうな目をしながらも、再び距離を取ろうとした。
「無駄だ。もう逃げることは出来ない」
だが、彼は勝利を確信していた。
その直後、ハイウォーカーに異変が起きる。
逃げようとしていた身体が思うように動かない。
浮遊していた筈が徐々に高度を降下し、地面に這いつくばる。
自分の意志ではない。
頭を垂れる形で動きを封じられ、それがただの能力ではない事を悟らせた。
「これハ……」
「オレの固有スキル、傷伏。オレやオレの持ち物に触れた者をその場で平伏させる。どれだけ意志が強かろうが関係ない。貴様らのようなネズミは、切り落とし易いように、全て頭を差し出すのが相応しい」
彼の固有スキルは、触れた対象者の動きを強制的に止めるものだった。
しかも平伏すという無防備な状態での固定だ。
そんな態勢で動きを止められては何も出来ない。
普通の者ならば、触られた時点で敗北を確信するだろう。
勇者相手にヘルグラムが豪語するのも無理はない力だった。
「成程。それが君の自信の源カ」
「さぁ! 頭を深く下げ、詫びろ! このオレを敵に回したことを、あの世で後悔するが良い!」
「……ならば、それに抗ってみせよウ」
しかし、ハイウォーカーは静かにそう言った。
直後、周囲の光景が溶けるように崩れていく。
立ち並ぶ建物も、青が広がる空も、全てが暗闇に落ちていく。
流石のヘルグラムも異変を感じ、突き立てようとした槍の行方を失った。
「何だ、これは!? 異空間だと!?」
「異空間などではないサ。これは夢。我が黒魔導の極致、黒夢」
そう言いながら、ハイウォーカーはゆっくりと立ち上がる。
スキル影響化にあったにも関わらず、何事もなかったように動き出す。
ここは現実ではない、夢の世界。
ヘルグラムは無意識に眠りに落とされ、夢の中に意識だけが取り残されたのだ。
「君が接近する瞬間、術中に落とさせてもらったヨ」
「馬鹿な!? 俺の傷伏は確実にお前に発動した筈……」
「確かに発動しタ。でも今は夢の中、ただの寝言になったのサ」
眠りに落ちた時点でヘルグラム本体は無意識になり、意識的に発動していたスキルの力は消失する。
夢の中では全てが無防備。
助ける者もいなく、自分以外の全てが闇に覆われる。
そして発動者が術式を解かない限り、夢はどこまでも永遠に続く。
更に唯一いたハイウォーカー自身も、小さな笑い声を上げて闇の向こうに消えていく。
「待てッ! 何処に行く!?」
「君は夢の中に取り残されル。永遠にこの夢幻を彷徨うが良イ」
最早、彼に用はない。
暗闇だけの世界で孤独に取り残されるだけだ。
ハイウォーカーは手を伸ばす男を尻目に、現実の世界へと舞い戻った。




