17.白魔導士、蠢く暗躍者
「な、何だこの声!? 一体、何処から……!?」
ウィルズは思わず辺りを見渡すが、自室には誰もいない。
そして誰の気配も感じない。
今の声は頭の中に直接語り掛けてくるような感覚だった。
老齢の威厳あるもの。
聞き覚えのないそれは、再び彼に語り掛ける。
『汝、力を欲するか? 欲するのであれば、我がその願いを叶えてやろう』
「だ、誰なんだッ!? 姿を見せろッ!」
『我は汝ら人を導く者。或いは世界の祖。或いは星そのもの。また或いは神とも呼ばれている』
「か、神だって!?」
突拍子のない言葉に、ウィルズは混乱する。
あまりの出来事の連続で、遂におかしくなってしまったのかと頭を何度も左右に振るう。
しかし、何も変わらない。
徐々に火照っていた身体の熱が下がっていくのを感じる。
神という存在が自分に語り掛けてきたという特異さが、思考を支配した。
『汝は我に選ばれた。貪欲に力を求めるその意志を認めよう』
「選ばれた? 他の誰でもない……俺が……?」
『無論。魔族を制し、この世に平穏をもたらす英雄の素質がある。その素質、試してみたくはないか?』
「本当に、そんな力が……?」
『人の無知は、時に無垢なる刃に変わる。だが我は知っている。汝の心の奥底に眠る、勇者としての力を』
声はとても柔らかなものだった。
失敗を非難してきた他の人達とは全く違う。
自分に勇者としての資格があるのだと、確かに告げてくれている。
瞬間、彼の脳裏にオスカーの姿が浮かび上がる。
黒船から転落する際に見えた、あの憐れみの、見下した表情。
あの顔に一矢報いることが出来るならばと、両手を固く握りしめる。
「教えてくれッ! 奴を超えられるなら、俺は……!」
『その意気や良し。汝、ウィルズ・ヴェンダルに魔族を超える力を与えん』
直後、ウィルズの目の前に眩い光が生まれた。
思わず目を細めると、光の中から何かが現れるのが見える。
それは一振りの剣だった。
青白い透明感のある刀身と黄金の柄、そこから放たれる光の圧が神々しさを呼び起こす。
宝石剣とは比べ物にならない力強さを感じる。
彼は思わず手を伸ばした。
神と呼ぶ者など信じていなかったが、こうして確かな現実が広がっているのなら、信じてしまっても良いのだろう。
『神剣・エフィルフィートを汝に与えよう。この剣を携え、境海にある大灯台を目指すのだ。倒すべき相手は、そこにいる』
神なる声が消えたと同時に、ウィルズの手に神剣が収まる。
放たれていた光が一斉に彼の体内に取り込まれる。
彼は魔力が次々に注ぎ込まれている感覚を覚えた。
翼でも生えたように身体が軽い。
今までにない満たされた気分。
王都で受けた不快感を吹き飛ばす程の高揚が湧き上がる。
異変に気付き、追い出した筈の従者が扉を開けると、目の前の光景に驚きの声を上げた。
「ウィルズ様、今の音は一体……そ、その神々しい剣は!?」
「は……ハハハ! 凄い! 凄まじい力だ! これだ、これさえあればッ!」
今なら何でも出来そうな気がする。
従者の言葉など耳にも入れず、ウィルズは笑みを浮かべる。
だがその笑みは純粋なものではない。
新たな力を得た事で生まれた慢心が、そのまま顔に出たような形だった。
「待っていろ! オスカーッ!!」
何故自分が選ばれたのか、一体今の声は何だったのか、ウィルズが考える事はない。
剣を手にした身体に、刻印らしき模様が微かに浮かび上がっている事にも気付かない。
既に彼の思考には、オスカーへの復讐以外は存在していなかった。
●
「この残滓……やっぱり……」
国王の許可を得て王宮の探索を行っていたフィリアは、庭園の芝生で奇妙なものを発見する。
黒魔導を使ったと思われる残滓だ。
詳細な情報までは分からないが、攻撃の類ではない事は分かる。
恐らく探知系の魔導。
庭園から王宮内の構造を見定めようとしたのかもしれない。
芝生から手を放すと、後ろで控えていたヘルグラムが問う。
「何か分かったのかい?」
「王宮の庭園で黒魔導の残滓を確認しました。しかもまだ新しい。王宮内部には侵入していないようですが、この王都の何処かに潜伏しているかもしれません」
「潜伏ねぇ……単に王宮の人間が、庭園で黒魔導を使ったって話じゃないの?」
「仮にそうなら、王宮内部にも同じような痕跡がある筈です」
王宮には内部に張られた結界以外の残滓は存在しなかった。
黒魔導の使い手は、庭園にまで足を踏み入れたが撤退したという事になる。
加えてまだ真新しい。
多く見積もっても数日前に発動したばかりだ。
フィリアはオスカー達から得た情報を思い返す。
黒魔導の使い手である魔将・アリアスは彼らが倒している。
復活は有り得ないが、黒魔導に長けた別の魔族がいる可能性はある。
もう一度、あの場所を探索した方が良いかもしれない。
「中心街に捜索範囲を広げてみましょう。先ずは、亡くなったギルドマスターの屋敷へ」
「あの屋敷に? あそこはもう、現場検証をした関係で誰も立ち入っていない筈だ」
「だからこそです。地下空間のある無人の屋敷となれば、それは絶好の隠れ家になります」
「ふぅん。まぁ、キミがそう言うのなら構わないけどね」
含みのある言い方はするが、反論はしない。
フィリアの実力を分かっているためだろう。
なので、彼女はヘルグラムと共に、旧ギルドマスター邸に向かう事にした。
もう一度あの場を調べ、手掛かりを探る。
ただ、旧ギルドマスター邸に行くには、どうしても繁華街に出る必要がある。
それは衆目の目に触れるという意味だ。
人々が繁華街に現れたフィリア達の姿を見て、歓喜または敬意の声を上げる。
それだけ信頼が集まっている、その証明でもある。
しかしそれは、本来ならばオスカーが持つべきものだ。
今までの経緯を知っていたからこそ、彼女は本心からは喜べなかった。
あるのはたった一つ。
彼らのためにも自分が此処で踏み止まらなければならないという思いだった。
改めて固く決意していると、ヘルグラムがにこやかに笑いながら声を掛ける。
「キミは本当に生真面目だね。そんなに気を張っていたら身体を壊してしまうかもしれない。少しは休息を取った方が良いよ」
「お気遣いは感謝します。ですが、王都の安全が確保されるまでは休む訳には参りません」
「固いねぇ。オレとしては、もっとキミと親交を深めたいんだけどな」
ポン、と肩に手を置いて来る。
振り向くと何処か距離感の近い笑顔が迫っていた。
どうにも休息の意味をはき違えている気がする。
今、そんな事をしている暇はないのだ。
フィリアはまだ殆ど初対面の彼に説明を始める。
「ヘルグラムさん。親睦を深めるのは、何も休息だけではありませんよ。戦いの場でも、今こうしている時でも、チームワークを築くことは出来る筈です」
「そうかなぁ」
「勿論です。お互いまだ知り合ったばかりなので難しいかもしれませんが、少しずつ互いの利点を理解し合いましょう。そうすれば、今後復帰するウィルズさんとの協力関係も上手くいくと思います」
「いや、ヴェンダル家の子息とは別に……」
「あ、貴族同士だから既に馴染みある関係、という事ですか。でしたら道中、貴方の槍術について教えて頂けると幸いです」
お互いに勇者の名を冠する者同士、ただの交流で終わってはいけない。
能力や戦術について聞かなければ、今後魔族と戦う時にどう動くべきかが分からなくなる。
宮廷騎士団に所属していた槍の名手足る所を聞くと、ヘルグラムは割とすんなり教えてくれた。
固有スキルの強さや自身の槍捌きを、過去の戦いを元に語ってくれる。
聞く限りでは相当な自信があることが伺え、その辺りを擽れば話を聞くのは簡単かもしれない。
そんな流れで聞き込んでいたので、ギルマス邸に着くのは直ぐだった。
「そうさ! 俺の槍に防御なんて無意味! 槍を振るえば、魔族が斃れる! そういう戦いだったのさ!」
「ヘルグラムさん。地下に着いたので、ここからは周囲の警戒をお願いします」
「え? あ、あぁ……」
屋敷の地下は以前と変わりがない。
謎の牢屋や、柱だけの広大な空間が広がっている。
黒ずんだ血の跡や、戦いの傷跡も色濃く残っている。
これらはアリアスが作ったものなのか、ギルドマスター本人が作ったのかは分からないが、真っ当な意図はない事だけは分かる。
フィリアは柱ばかりが立つ灰色の空間で、術式を展開し再度残滓を探索する。
「報告では異常はないと聞いていたけれど……」
この場でギルドマスターとディアックの遺体が発見された際には、内部の事後処理は王都の衛兵に任せていた。
彼らの報告に間違いはなく、疑うつもりもない。
ただフィリアは探知魔導が反応を示した事に気付く。
探知魔導は探し当てた残滓を視覚化し、一般人の目にも分かるように黒ずんだ煙に変換させた。
「何だ、これは?」
「王宮の庭園の見た残滓と同じものです。見る限り、この術式も真新しい」
恐らく以前衛兵が調べた際には、本当に誰も隠れていなかった。
ギルドマスター暗殺の一件でフィリア達が立ち去ったと同時に、入れ替わりで潜伏したのだろう。
この場を利用して王都の動きを監視していたのかもしれない。
となれば、既に自分達がこの場を訪れた事も気付いている。
そうフィリアが思った瞬間だった。
「ギイアアァァァ!!」
「なっ!?」
二人の背後に複数の魔族が現れた。
様々な魔族の種類を掛け合わせた合成獣、キメラである。
気配など一切ない中での奇襲。
鋭い鉤爪が振り下ろされる瞬間、ヘルグラムが反射的に槍を構えて対抗する。
「ヘルグラムさん!」
「チィッ! 雑魚風情がッ!」
不覚を取られたことに感情を露わにした彼は、そのままキメラ達と交戦を始める。
魔力を身体能力に加算し、風を纏いながら槍を振るう。
フィリアも援護しようと杖を向けたが、それを止める形で別の気配が彼女の傍に現れた。
黒い制服、そして顔面にお札を張り付けた魔族だった。
死臭のような匂いも感じ、所謂生ける死体、ゾンビであることが分かる。
ゾンビは自分達の居場所を探り当てたフィリアをじっくりと見据える。
「まさかここを見破られるとは思わなかったヨ。勇者達モ、ただの木偶という訳じゃなさそうダ」
「魔族! やはり、王都に潜んでいたのですね!」
「警備の薄い所に潜り込むのは当然サ。それト、あの時の借りは返させてもらうヨ」
「借り? 一体何を……」
「我が主を葬った罪ヲ、忘れたとは言わせなイ」
ゾンビは両手を広げながら宙を浮く。
身体全体から黒魔導の気配を放ち始める。
その力の様子から、今まで残されていた残滓がこの魔族のモノだという事に気付いた。
「我が名は、ハイウォーカー! 亡き主、アリアス様のために忠義を尽くすまデ!」
フィリアは反射的に身構えたが、ハイウォーカーが攻撃を繰り出すことはなかった。
全身を影のように変貌させ、その場から消失する。
ただ消えたわけではない。
彼女は気配を追い、それが地上に向かっていると突き止めた。
「地上に向かった? まさか、王都の人々を襲う気じゃ……!」
小さな地響きが後方から鳴り響く。
ヘルグラムがキメラを倒した音だった。
複数いた魔族達は既に床に伏し、彼の手によって狩り取られていた。
本人は特に傷を負った様子もなく、槍を肩に立て掛けながら鼻を鳴らす。
「ご無事ですか!?」
「あぁ。やはり、雑魚風情ではオレの槍は止められないな」
「キメラの討伐、ありがとうございます! しかしリーダー格らしき魔族が、地上に向かいました! 中心街に出て、皆を襲うつもりのようです! 行きましょう!」
「フン。オレの力に恐れをなして逃げたか。まぁ、良いさ。コソコソと這いずり回る弱小魔族は、この槍の錆にしてくれよう」
ハイウォーカー達が何を企んでいたのか、ここで何をしていたのかは不明なままだ。
だが正体を明かした今、魔族は人々にまで危害を加えかねない。
手当たり次第に周囲を破壊することもあるだろう。
二人はそのまま地下空間を飛び出し地上に、繁華街へと向かった。




