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16.白魔導士、仲間が増える

オスカー達が神都・パラミナに辿り着いた頃、オルテシア王国の王都では再び魔族による襲撃を受けていた。

日が落ちてからの襲撃だったこともあって発見が遅れ、既に武器を掲げて城壁をよじ登ろうとする個体もいた。

数は数百に迫る程の、大小様々なゴブリンの群れだ。

一個体だけならば、衛兵一人で倒せる程度の力しかない。

それでも数に物を言わせ、警備の薄い夜を狙ったことで簡単には排除できなかった。

弓矢を扱うゴブリンもいたため、衛兵達も負傷を抑え切れず、援軍が来るよりも先に押し切られようとしていた。

しかし、その場に現れた一人の白魔導士によって形成は逆転する。


聖なる雷撃(ホーリー・スパーク)

「グオオォッッ!?」


城壁一帯を聖なる光が包み込む。

城壁を昇り詰めていた百体以上のゴブリンが一斉に消滅し、後方から来た同型も余波を受けて吹き飛ばされる。

追い詰められていた兵士達は、光を放った魔導士の存在を見つけ、安堵の息を吐く。

魔導士の名はフィリア・アーノルド、白日の勇者である。

以前の気弱な様子はなく、真剣な面持ちで眼前の敵を見据える。


同時に、群れの切り札として用意していただろう巨大ゴブリンが、闇の向こうから現れる。

人の何倍もの体格があるソレが、聖なる光が収まったと同時に勢いよく駆け出した。

巨体であるのに今までのゴブリン達とは比較にならないスピードで城壁に辿り着き、勢いよく駆け上がる。

狙いはフィリアだ。

他の兵士達はその動きに反応すらできない。

城壁に足跡を残しながら登り切った巨大ゴブリンは、持っていた棍棒を両手に持ち替え、勢いよく彼女に向かって振り下ろす。

まともに喰らえば命はないだろう。

しかしフィリアが動揺することはない。

持っていた大杖の脚部先端を軽く地面へ打ち鳴らす。

それだけで「聖なる雷撃(ホーリー・スパーク)」が、先程よりも威力を増して解き放たれた。

無詠唱で発動した上位術式を真っ向から受けた巨大ゴブリンに、防御する手段はない。

弓矢を弾く強固な肌すら貫通し、瞬く間に全身を浄化させていく。


「こ……ここまで、とは……」


巨大ゴブリンは呻き声を上げながら棍棒を取り落とし、そのまま消滅した。

生き延びていた十数体のゴブリン達も、リーダー格が倒されたことで逃げ惑う。

圧倒的だった。

たった一人加勢に加わるだけで、こうもアッサリ形勢が逆転する。

襲撃を守り切ったフィリアは、怪我を負った兵士達に歩み寄った。


「お怪我はありませんか?」

「は、はい! ありがとうございます……!」

「他に負傷している方は申し出て下さい! 直ぐに治癒します!」


近くにいる負傷者を一瞬で治癒しつつ、他にも怪我人がいないか声を張り上げる。

他の勇者がいない一人の状況であるにも関わらず、彼女は自分の意志で周囲を纏めようとしていた。

今までにない姿を見て、兵士達は感嘆の声を漏らす。


「ゴブリンの群れをあっという間に……フィリア様がこんなに強かったなんて……」

「あぁ。今まで影が薄かったけど、まさか、此処までだったとはな」


兵士達の言葉を耳にしながらも、フィリアはその評価に甘んじる事はなかった。

黙々と探知魔導を展開し、新たな敵が接近しないことを確認する。

彼女が一転したのは商業都市・ヴァンホルムでの一件があってからだ。

魔王の強襲があったにも関わらず、功労者であるオスカーを助けられなかった。

彼に更なる罪を被せ、勇者の地位に甘んじた。

故郷の神殿都市・パラミナに導いたものの、そこで断罪されてしまえばそこまでだ。

今は彼の健闘を祈るしかない。

そして自分に出来る事は勇者としての立場を守り、人々を守ること。

ウィルズは本家のヴェンダル家に引き戻された事もあって、たった一人であるという自覚が、フィリアに隠されていた厳格さを引き出すことになった。


全員の治癒と周囲の探索を終えて、フィリアはゴブリン達が残した足跡を見下ろす。

しかし、最近になって敵の数が異様に多い。

ここはオルテシア王国の王都。

魔族の群れが簡単に現れる程、警備は薄くない。

他の村や街での魔族襲撃は殆ど聞かないが、今回もそしてオスカーが追放処分となった日も、示し合わせたかのように魔族の群れが襲ってきた。

駆けつけるのが遅れていたら、城壁の門を解放されて城下町に雪崩れ込んでいただろう。


「やっぱり王国の深くまで、魔族は入り込んでいるのかも」


考えられる可能性は一つだけ。

王都近辺に魔族が巣食っているという推測だ。

オスカーが倒した魔将も、王族を殺して成り代わっていた事実がある。

一度国王に謁見し、周辺の探索を進言するべきかもしれない。

それからのフィリアの行動は早かった。

兵士達に今回の襲撃と奇妙な点を国王に伝えるよう指示し、翌朝、国王と直接話し合うために王宮へと向かった。

仮にも神殿都市出身であるフィリアだが、既に話を通していたので、すんなりと王宮には入れた。

王国精鋭の宮廷騎士団が控える中、謁見の間で国王・クレイロードと対面する。

王族然とした風貌と彫りが深く白髭を蓄えた容姿は、周囲の空気を自然と引き締める。


「白日の勇者よ。よくぞ魔族の群れを殲滅してくれた」

「いえ、私は責務を果たしただけです」

「謙遜する必要はない。今や勇者と呼べる者は、其方そなただけになってしまった。自国の者に頼れず、パラミナ出身の其方に頼るという始末だ。せめて、あのオスカー・ヒルベルトの凶行さえ防ぎ切れていれば良かったのだが」

「国王様、それについては以前お話した通り……」

「あの者の罪を取り消すことは出来ん。奴は我が親族を手に掛けた。それは揺るぎようのない真実」

「……」

「魔王を倒すため、我々両国の共闘は必要不可欠だ。頼りにしているぞ」


既にクレイロード王とは何度か会話を交わしている。

最近ではオスカーの無実を訴えようと、今のように直接話し合った事もある。

しかし、王は彼の罪を信じて疑わなかった。

状況証拠が何一つない上、親族であるギルドマスターを殺され、怒り心頭だったのが原因だろう。

最早、勇者一個人で王の意思が覆ることはない。

今はオスカーを怨敵と述べる言葉を流し、王都に迫る魔族の気配を伝えるしかなかった。


「国王様。一つ、申し上げたいことがあります」


王も昨夜の襲撃は知っているので、話はスムーズに進んだ。

フィリアは事実を元に、魔族が潜伏している可能性を述べる。

既に襲撃は複数回を起きている事なので、前回のように否定することなく、彼女の意見に頷く様子を見せた。


「魔族が王都近辺に潜伏している、か。確かに今までの状況を鑑みるならば、有り得ぬ話ではないな」

「気付かれないよう間者が紛れ込んでいるかもしれません。先ずは王宮内部から捜索を行おうと思うのですが、宜しいでしょうか?」

「そう言う事であるなら構わぬ。こちらも人員を割くことにしよう。其方が言っていた、魔将の存在も気掛かりだからな」


商業都市の襲撃は、魔族の大群という見解で収束している。

魔王が襲撃を指示していた点や、オスカーが拘束した魔王を連れている所までは信じて貰えなかったが、魔将の存在だけは予め伝えていた。

未知の魔将を危惧し、王は人員の手配を了承する。

これで少しは王都の防衛力もマシになるだろう。

フィリアは王に感謝の意を伝えつつ、早速探索の準備に取り掛かる。


「ではウィルズさんと合流次第、取り掛かります」

「いや、その必要はない」

「えっ?」

「彼は商業都市で醜態を晒した。今頃、ヴェンダル家で戒告処分を受けている所だろう」

「か、戒告ですか……?」

「我々も本意ではないが、ヴェンダル家はかつて勇者を輩出した、貴族名門の子息。其方と同じように、立場というものがあるのだよ」


表情を崩さないまま、クレイロード王はウィルズの処分を告げる。

確かに彼は商業都市の襲撃に間に合っていながら、人々の救助を無視して黒船に特攻。

そのまま気絶してしまう失態を重ねた。

一兵士ならばまだしも、勇者と貴族の名目を背負った者としては、肩身の狭い思いを強いられていても不思議ではない。

自身も次期大司教候補の一人として選ばれている事を理解していたからこそ、フィリアはそれ以上の事は言えなかった。


「代わりに協力者となる者を用意した。王都の捜索は、彼と共に行うと良い」


王の宣言と共に後ろから足音が聞こえる。

フィリアがゆっくりと振り返ると、足並みを揃えるように一人の青年が隣に並び立つ。

白銀の鎧を身に纏い、身の丈以上の長槍を背負う騎士だった。

風貌はウィルズとよく似て、貴族らしい気品が漂っている。

彼はフィリアの方を向き、にこやかに笑った。


「やぁ、白日の勇者さん。オレはヘルグラム・ブラウン。王の勅命で勇者補佐の役目を仰せつかった。よろしく頼むよ」

「ヘルグラムさん……確か槍の達人で有名な……」

「オレの事を知っているのかい。勇者であり、そして次期大司教候補の貴方に覚えてもらっているなんて光栄だね」


白銀の騎士、ヘルグラムは誇らしげな表情を崩さない。

彼は若くして王国の精鋭、宮廷騎士団にも所属したことのある槍の名手だ。

かつて、オスカーが勇者に選ばれる前は勇者候補として名が挙がっていた。

欠員となったウィルズの代わりとして、周囲が担ぎ上げるのも自然な流れだった。


「彼は貴族の間でも最高の槍使いと呼ばれている。必ずや其方の助けとなるだろう」

「あ、ありがとうございます」


王都の捜索は彼と共に行動をしろという事だろう。

王の計らいを受け、フィリアは感謝の意を述べた。

何にせよ、勇者パーティーがほぼ欠員している状況では心強い仲間になる。

お互いの連携に関して色々と考えなければならない。

謁見の間を出ると、ヘルグラムは意気揚々と声を掛けてくる。


「キミが密偵を探ると言うなら、オレも協力しよう。王都に蔓延るネズミ共は、今の内に一掃しなくちゃいけないからな」

「はい。よろしくお願いします」

「任せてくれ。他の勇者共とは違う、格の違いってヤツを見せてあげよう」


ただ、どうにも他の勇者に対して引っ掛かる物言いをする。

どうやらフィリアを除く現勇者達に思う所があるようだった。


「貴族の間でも噂になっているけれど、今代の勇者は不祥事が多すぎて呆れるよ。魔王殺しを虚言する王族殺しの平民と、その平民に呆気なく殺された拳士、民衆を顧みずに特攻した挙句に魔族如きに惨敗した子息ときた。全く……まともに活動しているのはキミ位だろう。始めからオレを勇者に選抜していれば、こんな事態にはさせなかったというのに。キミもそう思うだろう?」

「ど、どうでしょうか……」

「ふむ。どうやらキミはまだ、オレの力を過小評価しているようだね。良いだろう。そんな考えは直ぐに改める事になるだろう。この槍捌きの前にね」


ヘルグラムは背負った槍に触れながら、自信を崩すことがない。

確かに彼の言う事も一理あった。

報告だけを聞けば、今の勇者はあまりに杜撰だ。

そんな者には任せておけないと思うのも仕方のない事だった。

だが、大きすぎる自信は油断に繋がる。

彼からウィルズと同じ雰囲気を感じ取ったフィリアは、思わず忠告する。


「ヘルグラムさん、どうかお気をつけ下さい。今回襲撃した魔族の群れも、かなりの練度がありました。決して油断せず、これから相対する敵は相当の実力者であるという前提の下で挑みましょう。そうでなければ、もしもの時……」

「分かっている、分かっているとも。キミの不安を払拭できるよう最善を尽くそう。そうすれば、オレもキミの隣に並び立てる勇者に、返り咲けるかもしれないからな」


本当に理解しているのだろうか。

視線を逸らして先に進むヘルグラムからは、地位向上こそ目的だという思いしか感じられない。

本質を分からないままに、話半分に聞いているようにも見える。

返り咲くという言葉がその最たるものだ。

勇者に咲くも咲かないもない。

チームを組む以上、互いに尊重して補い合う事が最も大切なのだ。

そうでなければ、以前と何も変わらない。

オスカーの追放を止められなかった、無能な自分と変わりはしない。


「……」


私が何とかしなければ。

無言の中でフィリアは不安と決意を抱え、彼の後を追うのだった。







時を同じくして。

ウィルズの本家、ヴェンダル家はピリピリとした空気が立ち込めていた。

理由はその場にいる者なら嫌でも理解できる。

広々とした居間、その中心で勇者・ウィルズは項垂れていた。

後悔や苦悶の色が表情から現れている。

対するのは屋敷を治めるヴェンダル家の当主でありウィルズの父親、ロラン・ヴェンダルだった。

何人かの従者に囲まれる中、彼は一度溜め息をついて続ける。


「ウィルズ、お前には呆れたぞ。一体誰のお陰で、勇者の座を勝ち取ったと思っている?」

「ち、父上のお陰です」

「そうだ。私が手を尽くしたからこそ、お前は勇者として確たる地位を得たのだ。だというのに何だ、この有様は?」


ヴェンダル当主は既に、ウィルズの敗北について報告を受けていた。

貴族間どころか、既に王都中の噂になっている。

それはヴェンダル家の名を貶めるものだった。

息子を勇者にするため、新たな名誉を得るため、彼は多額の金をつぎ込んだというのに、これでは面目が立たない。

流石のウィルズも父相手には反抗できず、視線を合わせることも出来なかった。


「魔族の群れに敗北し、王族殺しの平民如きを捕える事も出来ず、あまつさえ家宝である宝石剣を折って帰ってくるとは……」

「それはっ……オスカーと一緒にいた女が……!」

「この期に及んで、まだ言い訳をする気か!? 情けない!」

「っ……!」

「お前は勇者として立場だけでなく、このヴェンダル家の名に泥を塗ったのだ! これ以上、恥の上塗りをする気か!?」


僅かな反論すら許されない。

ロランの厳しい言葉にウィルズは息を呑み込む。

そして傍らで布に包まれた宝石剣を視界に入れた。

ヴェンダル家の家宝の一つだったそれは、真っ二つに折れてしまっている。

かつてヴェンダル家が輩出した勇者が手にしたとする名剣。

最高峰の硬度を誇る魔石を加工した最高ランクの両手剣、の筈だった。

しかし得体の知れない少女に攻撃を反射され、無理に受けきろうとした結果こうなった。

理屈は分からない。

理解したくもない。

そんな表情が滲み出ていたためか、ロランは続けてこう言った。


「今のお前を勇者として活動させる訳にはいかん。剣の修復が終わるまで、ここで頭を冷やすんだ」

「なっ!? じゃ、じゃあ今後の勇者の活動は!?」

「代わりの者は王族の方々が選抜している。お前が気にする必要はない」


代わり。

不必要な存在だと言わんばかりの単語が、グサリとウィルズの胸中に突き刺さる。

貴族の名家であるという誇りに数多くの罅が入る。

今まであらゆる事を優秀というレベルで乗り越えて来た。

失敗も挫折もなかった。

そんな言葉は、所詮持たざる者が放つ戯言だと思っていた。

だが、ここまでの敗北感を味わったことなどなかった。

もう何も反論できない。

ウィルズはよろよろ背を向け、その場を立ち去る。

居間から出ていく瞬間、ロランが微かに呟く。


「次期大司教候補のフィリア・アーノルドに恩を売っていれば、ヴェンダル家が両国の関係を築く第一人者になれたというのに……! これでは他の貴族に出し抜かれてしまうではないか……!」


思わずウィルズは歯軋りをした。

何故、自分がこんな目に遭わなければならない。

全身が熱を帯び、呼吸が荒くなっている事に今更気付く。

暴れ出したい気持ちを抑え、彼はどうにか自室に戻った。


「クソッ! 何でッ……! 何で俺ばっかり……!」

「う、ウィルズ様、落ち着いて下さい! お館様はウィルズ様の事を思って……」

「うるさいッ! 従者風情が、俺に指図するなッ!」


控えていた従者を追い払い、両手で頭を掻きむしる。

きっと今頃、フィリアは勇者としての立場を維持したまま王都の防衛を果たしている。

後ろに引っ込んで支援をしていただけの彼女が、先頭に立って皆を導いている。

本当ならそこは自分がいる筈の場所だ。

自分が先頭に立ち、皆を導く存在になっていた筈だ。

どうして、こうなったんだ。

皆が自分を見下している、そんな錯覚すら感じてしまう。

直後、商業都市で相対した男の顔が思い浮かぶ。


「オスカーッ! あいつ……アイツが全て……!」


オスカー・ヒルベルト。

空に浮かぶ黒船から吹き飛ばされる直前、彼が向けていた憐れみのような視線が思い起こされる。

まただ。

また、あの目だ。

自分が同格、いやそれ以上だと思い込んでいる視線。

勇者パーティー結成当時から、アレが全てを狂わせていった。

真っ当な生まれでない平民如きが、貴族と同じ立場な筈がないのだ。


「力だ! 力さえあれば、俺はッ……!!」


力があれば、こんな事にはならなかった。

力さえあれば、彼の使う訳の分からないデバフに膝を屈する事なんてなかった。

過去、オスカーに敗北した記憶がウィルズを苦しめていく。

宝石剣もなく、最早ここで待つことしか出来ないのだろうか。


『その願い、聞き届けたり』


瞬間、得体の知れない声がウィルズの脳内に響き渡った。

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