10.デバフ勇者、小休止
薄暗い室内、所々に謎の光が明滅する中で、一体の魔族が修道院内の状況を観察していた。
様々な情報が飛び交い、その中から有力なものを見つけ出す。
そうして魔族は何度も真偽を確かめた結果、愕然とする。
「まさか、彼女が此処に来るなんて……」
魔族は一つの映像を見つめていた。
彼女と呼ばれる者を発見した事に、戸惑いと歓喜が入り混じる。
発見自体は本来の目的ではないため、どうすべきかを迷い始める。
彼女を優先すべきか、目的を優先すべきか。
「どうする……いや、迷う必要なんてない。伏兵を潜ませていたのが功を奏したんだ」
魔族は首を振る。
どちらかを選択する意味はない。
どちらも遂行すれば良いだけの話だ。
念には念をと、何重にも策を用意して来た。
彼女をそこに加えたとしても、何の問題もない。
思わず魔族はほくそ笑み、迷いを全て振り払う。
「安心してください。ボクが必ず、貴方を解放してみせます」
決意に満ちた声が、室内に静かに響き割った。
●
「そんなに強い人達だったの?」
「あぁ。先代勇者は個々の力は勿論だけど、チームワークも強力だった。勇者パーティーとして結成されてからは無敗だったらしいよ」
修道院内の牢獄に投獄されて以降、順番に浴室を使い終えたオスカー達は、ここに辿り着くまでの疲れを取るために休息に入っていた。
ザカンは即行でベッドに飛び込み、寝息を立てて眠ってしまう。
どうにも寝付けないオスカーは、同じく起きているエイダからの質問に答えていた。
大司教・フェーネラルを含めた先代勇者についての話である。
彼は先代パーティーの面々と面識があった訳ではないが、一般常識としてある程度の事は知っていた。
一つ一つ噛み砕いて、エイダに説明していく。
「中でも群を抜いていたのがクィン・マリー。彼女は14歳で宮廷騎士団の団長に、16歳で勇者パーティーのリーダーになった。あの大司教様を含めたメンバーを束ねるなんて、相当だよ」
「もしかして、オスカーよりも強かったのかな?」
「それは分からないけど、リーダーシップは俺より断然上だったろうね」
「じゃあ、エイダ達の仲間だったら、凄く心強かったと思うわ」
「違いないな。誰だって彼女を羨望してたし、小さい頃からその話を聞いていた俺も、同じだった」
エイダは残念そうに言うが、確かにその通りだとオスカーも実感する。
先代パーティーのリーダー、クィン・マリーは類稀な才覚を持つ人物だった。
幼少期には木の棒一本で魔族を倒し、武器を持ち始めてから一度も敗北したことがなく、勇者となった以降もそれは続いた。
百戦錬磨、一時は境海を挟んだ魔族の領土を取り返す所まで至る程だったと言う。
子供の頃にその話を聞いていたオスカーが、勇者に憧れを持つ切っ掛けにもなった。
「でも先代の勇者パーティーは最後の戦い……先代魔王との戦いで壊滅した。生き残ったのは、今いる大司教様だけだ。皆、他の勇者達の痕跡を探したけれど、残っていたのは先代魔王が放った巨大な爆発痕だけで、遺体も見つからなかった」
「……」
「勇者と魔王が倒れて、それから人族と魔族は拮抗状態になった。当時は大司教様も重傷を負っていて、とても戦える状態じゃなかったって聞く。どちらも攻められずに時間だけが過ぎていったんだ」
「それで、オスカー達が勇者に選ばれたのね」
「うん。発端は新たな魔王が生まれたという神託……予知を受けた人がいたからだけどね。でもその時は、魔王の正体がギンコだったなんて誰も分からなかった。まぁ、彼女の透過能力を考えればそれも当然だけど。だからこそ、形式的に勇者が選ばれたんだ」
「形式的? どういう事?」
複雑そうな表情でオスカーが視線を落とす。
勇者とは魔王を倒すための決戦用兵器、と言うのが一般的な認識だ。
だが、それ以外にも役割は存在する。
勇者となった者は、様々な恩恵を受けられる。
資金の援助、後世まで語り継がれる栄誉、強力な後ろ盾が増える。
それは勇者本人だけでなく、その人物に関わる者も例外ではない。
貴族の中には過去に勇者だった先祖がいたからこそ、その地位に辿り着いた者もいる。
ウィルズの家系もそうだったはずだ。
成り上がるため、より裕福な地位を獲得するため。
故に、是が非でも勇者の立場を狙う者もいた。
そして勇者になれる方法は、単に実力だけでない。
「勇者は実力だけじゃない。親元の持つ地位や、金で買える役割だったんだ」
「金……あのキラキラして綺麗な石のこと? でも、石だけで勇者になれるの?」
「はは、確かにエイダから見ればそうなるか」
エイダにとっては、小難しい模様が描かれた石にしか見えないだろう。
だが、人族の社会ではそうはいかなかった。
実力が同じであるなら、より多くの金を動かした方が、勇者の役目を獲得できる。
途方もない裏金が動き、今回の選定は始まったと聞かされていた。
そんな中でオスカーが勇者の地位に上り詰めたのは、ギルドマスターが補佐に当たった事が理由の一つだった。
当然オスカーの実力は確かだったが、彼の支援なしには貴族という権力の前に封殺されていたかもしれない。
「人の生活の中だけだけど、あの石が沢山あれば何だって手に入るんだ。良い意味でも、悪い意味でも」
「変なの。エイダだったら、大切に取っておくのに」
「そうなのか?」
「竜は綺麗なものを大切にしておくの。絶対に手放さないし自分の傍で守り続ける。エイダもそれは同じ」
「……竜族の習性ってヤツか。確かに竜は、大きな財宝を隠し持っているって話を聞いた事があるけど」
エイダからすれば、そういった人の考えは理解できないようだった。
大事なものは傍に置いておく。
単純な事なのだが、欲に目が眩むとそれが見えなくなっていく。
初心忘れるべからず。
竜族云々の話に限らず、彼女の考え方は純粋で大切にすべきものだった。
「大切なものが無くなったら、それはとても悲しい事なの」
ジッと、彼女はオスカーを見つめる。
透き通る青い瞳が一瞬だけ輝いた。
「オスカーだけじゃないわ。ザカンもフィリアも、大切で良い人。だから、力になってあげたい」
「そう言われると、何だか気恥ずかしいな。でも確かにこのままじゃ、同じ勇者として先代に顔向けできない。名誉の回復だって、諦めた訳じゃないからな」
頬を掻きながら、彼は決意する。
勇者としての立場を得たのは、自分一人の力ではない。
支えてくれた人は確かにいる。
ならば今、力を貸してくれるエイダのためにも、燻ぶったままではいけない。
それが彼女を守ることにも繋がる筈だ。
と、オスカーは話が脱線しかけていたことに気付く。
「っと、先代勇者の話はここまでだ。他に何か聞きたいことがあるなら、分かる範囲で教えるけど」
「んー、そうねー」
難しい話をされると答えられるか分からなかったが、話を振ってみる。
すると少しの間があって、単純な疑問が浮かんだようだ。
「そういえば、オスカーって何歳なの?」
「さぁ……多分、成人はしてないと思うけど」
「えっ」
「俺は捨て子だったから生まれた年が分からないんだ。赤ん坊の時に父さんに拾われてね。本当の両親の顔も覚えていない。言ってなかったっけ?」
「う、ううん。初耳よ」
事情は割と複雑だった。
オスカーとザカンに血が繋がっていないことは、エイダも知らされていた。
だが捨て子だという話は聞いたことがない。
つまりは本当の両親の事を一切覚えていないのだ。
同じ境遇だったことを知り、エイダはふと尋ねる。
「本当のお父さんやお母さんに、会いたい?」
「いや。別にそこまでは、かな」
返答はアッサリしていた。
実の両親に対する未練は殆どないようだった。
オスカーは軽く首を振りながら、今も眠っているザカンに視線を移す。
その瞳は、いつも父に向けているものよりも優しく見えた。
「俺を生かして育ててくれたのは、他でもないこの人だ。今更本当の親に会っても、な?」
「そうなの?」
「まぁ、何て言うか……勇者になって有名になったら、もしかしたら会えるかも、なんて思ったこともあったよ。でも、そこで色々あってさ」
自嘲気味に笑みを浮かべる。
既に終わった話だと言うように、躊躇いなく当時のことを語り始める。
「自分が本当の親だって人達が、沢山出てきたんだよ」
「?」
「ちょっと分かり辛いな。さっき言った通り、勇者ってのは地位も名誉もあるし、箔も付くんだ。命のやり取りをする最前線だから、お金だって沢山もらえる。だから、それに肖りたい人が出てきたんだ。俺の親だって、嘘をついてね」
「そんなの、酷いわ……」
「傍から見ても酷かったと思う。俺が本当の親だーって、知らない人同士で喧嘩し始めるし。しまいには父さんがキレて割り込んでいって、それを俺が止めに入ったりで、滅茶苦茶だったよ。でもまぁ、改めて考えたら情けないわ下らないわで、笑えて来るんだけどな」
オスカーが視線をエイダの方へと戻す。
その視線に彼女は直ぐに答えられなかった。
本当の親の事も分からず、欲に目が眩んだ他人が、親の名を騙って何人も近づいて来る。
そんな事をされれば、人に対する不信感が増し、両親を探す気も失せるだろう。
沈黙が流れると、その流れを打ち切るようにオスカーが問い掛ける。
「そういうエイダは何歳なんだ? もしかして俺よりも年上だったりするのか?」
「……エイダもよく知らないの。年なんて数えてこなかったし。でも、普通だと思う」
「見た目通りの年齢、ってこと?」
「そういう事」
竜の亜人は、記録上は存在しているかも分からない程の超希少種だ。
寿命がどれだけあるのか、人と同じように歳を取っていくのかも謎だ。
それでもオスカーよりも年上という事はないらしい。
すると彼が茶化すように胸を撫で下ろした。
「いや、今まで結構なタメ口だったからさ。俺よりもずっと年上だったらどうしようかって、少し焦ったんだ。ホッとした」
「もし年上だったら、どうしたの?」
「そうだな……先ずは敬語を使わないと。エイダさん、今日のご気分はいかかですか? みたいな?」
「クス……変なの」
調子のいい言葉に、エイダも口元を緩める。
複雑な心境の彼女を励ます。
らしくない事を言っている自覚がありながらも、続けて彼は言う。
「もし俺一人だったら、こんな冗談を言う余裕もなかったと思う。こうやって安心できるのは、エイダのお蔭だな」
「安心? 別に何もしてないわ」
「いや、何もしてないなんてことはないさ。傍にいてくれるだけで、もっと頑張れる気がするんだ。だから巻き込んだ側として、これだけは言っておきたかった。ありがとう」
改めてオスカーはエイダに感謝した。
一人でいれば、きっと余計な事ばかり考えて自分で自分を縛り付けていただろう。
そうならなかったのは、信頼できる仲間がいたからだ。
例え彼女がどう思っていようと、頼れる存在であることは間違いない。
断言すると、彼女は目を丸くする。
それから暫くして、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「そう、なのね。だったらエイダも安心、かも」
恐らくエイダも同じだったのだ。
元々、彼女は単身で魔将に狙われるリスクを避けるため、オスカー達に同行していた。
頼れる人がいなくて、一人で塞ぎ込んでしまう状況。
そんな中で肩を並べて語れる相手がいるだけでも、相当違う筈だ。
満更でもない返答をされると、オスカーも少しだけ嬉しくなる。
二人の間にくすぐったい雰囲気が流れていく。
すると暫くして、彼女はこんな事を聞いた。
「オスカーって、女の子に興味ないの?」
「え?」
「ザカンが、そう言ってたわ」
「あぁ……あれは……。何て言えば良いのかなぁ……」
修道院に辿り着いた時の会話を思い出して、思わず彼は気まずそうにする。
別に女性自体が嫌いなわけではない。
ただ、明確な好意を持たれる、或いは一定の距離を詰められると、苦手意識を持ってしまうだけだ。
理由は分かっているが、口では説明し辛い。
どう言い訳をしたものか。
暫く沈黙が続いたが、不意にエイダが何かに気付いたのか、辺りを見渡し始めた。
「どうかした?」
「向かいの牢から嫌な匂いがするの」
「匂い?」
「扉の蓋を開けてみて」
よくよく耳を澄ますと、扉の向こうから得体の知れない音が聞こえる。
物音ではない、判別し難いモノが響く。
何だろうか。
外の通路を確認するため、オスカーは閉じていた扉の小窓を開ける。
視界の先にあったのは、道中で拘束されていた盗賊達の牢屋だ。
通常ならオスカー達と同じく、大人しくしている筈なのだが。
「おいッ! 一体どうしたんだ!?」
「グッ! ギギギギギ……ギガッ!」
様子がおかしい。
向こうの扉も閉ざされているので完全には見えないが、盗賊達の狼狽する声が聞こえる。
更に響いたのは獣のような唸り声。
我を失った声と痛みを覚える叫び声が交差する。
「ググブブブッ!」
「ぐわああああっっ!? だ、誰かコイツを放してくれッッ!」
「何なんだよ! 何がどうなってるってんだ!」
盗賊達の仲間割れ、という話ではない。
明らかに異常なことが起きている。
だと言うのに、幾ら待っても看守がやって来る気配がない。
何かがおかしい。
ローファンから聞かされた暗殺計画を思い出したオスカーは、小窓から視線を外し、エイダに自身の手錠を掲げる。
「エイダ! 俺の手錠を外してくれ!」
「良いの?」
「あぁ、あの状況は普通じゃない! 嫌な予感がするんだ!」
「分かった」
オスカーの魔力は手錠の力で封じられている。
やり様によっては外すことも出来るが、今からでは時間が掛かる。
竜の力を持つエイダに、物理的に破壊してもらうのが一番手っ取り早い。
当然、手錠を無理矢理外すことが何を意味するか、分からない訳ではない。
それでも今の騒動が暗殺計画と関わりがあるなら、自分達の処断にも影響する。
見過ごすことは出来ない。
オスカーの覚悟を知ったエイダは、自身の手錠を難なく引き千切り、彼の手錠を片手でバラバラに砕いた。
直後、体内に魔力が流れる感覚が戻り、腐朽圏で扉を開錠。
向かい側の盗賊達の牢屋へ駆け込み、正気を失って仲間に襲い掛かる男に力を振るった。
「石化圏!」
「ギギッ!? ギ……ギァ……アァ……」
一瞬の内に、盗賊の男は石化に侵され動きを止める。
暴走する意識ごと、全身を固定させる。
他にも同じ症状がいないか、オスカーは残った盗賊達に声を掛けた。
「大丈夫か!?」
「あ、あぁ……」
「他に異変のある人は!?」
「い、いや……コイツ一人だけみたいだ……」
他の盗賊は手錠で両手を封じられたまま、暴走する気配はない。
彼らも何が起きているのか理解できていないようだった。
手掛かりを掴むため、オスカーは石化させた男の様子を窺う。
すると石化した身体に、得体の知れない模様が浮かび上がっている事に気付く。
術式のようにも見えるが、魔導を生み出すための公式、規則性が一切見えない。
「こんな模様は始めて見た。黒魔導の類なのか? 相手の精神を洗脳しているようだったけど……」
明らかに男は自我を失っていた。
洗脳系の術式を受けたと考えるのが妥当だろう。
しかし仮にそうであるなら、何故大司教の結界を通過できたのか。
悪意ある術式ならば、結界を通過する時点で検知される筈なのだ。
答えの見えない疑問が浮かんでいたが、その直後、上から叫び声が聞こえ始める。
思わずオスカーは牢屋を飛び出し、地上に向かう階段へと視線を向けた。
「まさか今の異変が、他でも起きているのか!?」
「オスカー! 匂いが一気に濃くなったわ! エイダも一緒に行く!」
「頼む! 修道院の様子を確かめよう! 大司教様が危ない!」
エイダも様子が一変したことに気付いたらしい。
同行を求める彼女に二つ返事で頷く。
すると寝ていたザカンも流石に起きたようで、目を擦りながら部屋から顔を覗かせる。
「な、何だ? 何の騒ぎ……んん!? 何でお前達、手錠を外して……!?」
「父さん、敵襲だ! 状況が分からないから、今から俺達二人で確かめに行く!」
「何ィ!? まさか、例の暗殺が始まったって言うのか!?」
実際の所は分からないが、それに近いことが起きている。
巻き込む訳にはいかないと、オスカーは無言でデバフを放つ。
こじ開けた扉を石化させ、ザカンを一人牢屋に閉じ込めた。
「父さんは此処にいて! 言っておくけど、絶対に扉を開けちゃ駄目だからな!」
「いや、石化されてて開けられねぇ……って、お、おいッ!?」
呼び止めようとするザカンを置いて、二人は階段を駆け上がった。




