11.デバフ勇者、計画始動
「グガアアァァァッ!!」
地下牢から脱出したオスカー達を待っていたのは、理性を失った人々の声だった。
先程の盗賊と同じ状況だ。
複数の神官達が、我を忘れて他の者に攻撃を繰り返している。
襲われている側も何が起きているのか分からないようだった。
「クッ! おい、目を覚ますんだッ!」
「皆、洗脳されているのか!?」
「馬鹿な! 大司教様の結界内だぞ!? そんな事ある筈が……!」
どうにか戦闘態勢を整えているが、突然の事に間に合う筈もない。
奇襲を受けて修道院全体が混乱に陥っている。
オスカー達は喧騒に紛れて、事態を把握する。
やはり狂乱する者には、例の刻印が浮かび上がっていた。
「あの身体に浮かび上がった刻印……やっぱり、修道院内も同じ状況みたいだ」
「匂いの数は多いわ。でもバラバラで、色んな所にいるみたい」
エイダが大よその数を嗅ぎ分ける。
統制自体は取れていないようで、それぞれが思うがままに周囲を襲っているようだ。
ならば攪乱の可能性が高い。
これを起こした者の目的は、別にあると考えて良い。
そう断じると、オスカー達の前に神官が転がり込んでくる。
追われていたらしく、続けて商人らしき男が正気を失った様子で飛び掛かってきた。
「だ、誰かッ……! 助け……!」
何かを言うよりも先に、オスカーが石化のデバフを放つ。
暴走する彼らには術式に対する耐性は一切ない。
なす術も与えず、瞬時に石化させる。
腰を抜かす神官を余所に、彼は修道院の上階を見上げた。
「片っ端から対処する時間はないな。とにかく、大司教様の所に行こう。その間で洗脳されている人が見つかるなら、石化で封じるしかない」
「……待って」
直ぐにでも駆け出そうとしたが、エイダが立ち止まったまま呟く。
何かしらの違和感を覚えたらしい。
振り返ると、彼女は視線を別の場所へと向けていた。
「オスカーは先代勇者の所に行って。エイダは別の場所が気になるわ」
「別の場所?」
「ええ。他の人達とは違う匂い……地下からするの」
地下となると来た道を戻ることになる。
牢獄以外にも通路はあったので、他の場所がきな臭いという意味だろう。
だが、今から引き返せばそれだけ時間が掛かる。
二人で共に捜索をしている余裕はない。
オスカーは大司教の安否を天秤に掛け、直ぐに頷いた。
「分かった。手分けをしよう。俺はこのまま先に進む。エイダは匂いの元を辿ってくれ」
「ん。任せて」
「相手の狙いや力量が見えない。危ないと思ったら直ぐに逃げるんだぞ」
エイダの強さは知っているが、万が一がないとは言えない。
深追いはしないように警告だけは促しておく。
すると彼女は決意ある表情で、背を向けて走り出した。
見届けたオスカーも、反対の方向へと向き直る。
次いで騒ぎで右往左往していた神官達が、ようやく彼の姿を見て慄いた。
「貴様ッ、オスカー・ヒルベルト! 牢を出て何をッ……!?」
「悪いけど、話は後だ!」
今は説明している時間はない。
誤解されても仕方ない状況で、オスカーは制止の声を振り切った。
●
修道院内が混乱に陥る間、エイダは匂いの元を追って地下通路を探っていた。
本来ならばオスカーと共に大司教の所へ行くべきなのだが、虫の知らせというヤツか。
他とは明らかに違う、異質な匂いを追うべきだと直感したのだ。
それは地下を進むたびに徐々に濃くなっていく。
ただ、何処かで嗅いだことがあるようにも感じられた。
危ないと思ったら直ぐに逃げろ、オスカーは言っていた。
気遣っての事だとは分かっていたが、彼の役に立ちたいエイダとしては、何とか払拭したい立場でもある。
先に見えた薄暗いT字路を視界に入れつつ、複雑な心境を抱える。
すると徘徊していたのか、左の通路から地下牢獄の看守が唸り声を上げて近づいて来た。
「グ、グルルゥ……!」
「?」
「声ガ、聞コエル! ガアアァァァッ!!」
勢いよく飛び掛かってくるが、エイダは動じない。
瞬時に懐に潜り込み、デコピンを一発喰らわせる。
文字通りの子供らしい攻撃だったが、竜族の血を引く彼女の一撃は相当なものだった。
「ウギ……アガ、ガ……!」
脳を揺さぶられ、看守はその場で気を失う。
ここまでの旅の中で、相手を殺さず戦闘不能にさせる要領も、どうにか分かってきていた。
加えて男が妙な事を口走っていたのを、エイダは聞き逃さなかった。
「声? 誰かと話していたのかしら?」
問いに答えるように物音が聞こえ、左通路の奥の方へと目を向ける。
何かが動いたらしく、匂いもその方向から漂ってくる。
エイダは気絶した看守をそのままに、ゆっくりと距離を縮めていく。
幾つもある扉の中から、霊安室と書かれた部屋に足を踏み入れた。
中は広く、冷気が漂っており、閉ざされた棺桶が幾つも安置されていた。
全体を見ても更に薄暗く、眩い雰囲気とはかけ離れている。
死者が眠る場所だという事は、彼女も察しがついた。
一歩一歩、棺桶の列を慎重に進んでいく。
一見は無人だが、何者かが隠れ潜んでいる事は匂いで分かった。
「おやおや……こんな所に子供が迷い込んでくるとは」
唐突に、前方にある棺桶の影から一人の男が現れる。
神官の服を纏っているが、他の者と違って複雑な装飾品を多数身に付けている。
どうやら彼が根源のようだ。
何度か匂いを嗅いだ後、エイダは問う。
「貴方、誰?」
「私のことを知らないとは、無知な子だ。私の名はヴァンダイン。大司教補佐をしている」
「ヴァンダイン? その人は死んでいるでしょう?」
「フッ、まだ分からないかね? 私が死んだというのは真っ赤な嘘だよ」
ヴァンダインと名乗った男は不敵な笑みを浮かべる。
「信者達を洗脳して、その隙に大司教を狙う。暗殺とは言えない大袈裟な騒動だが、これが私達の計画。既に事態は、最終段階まで進んでいる」
「……」
「助けを求めたければ、そうすれば良い。所詮は子供の戯言。上で騒動が起きている今、君の言葉を聞く人間がいるとは思えないがね」
男はそれ以上の事をしない。
寧ろエイダを見逃す余裕すら感じられる。
アッサリとネタ晴らしをする辺り、何を考えているのか腹の内が読めない。
だが、エイダは一つの核心に至っていた。
その場から立ち去る事なく、冷静に男へ返答する。
「さっきと同じことを言うけれど。ヴァンダインは死んでいるわ」
「全く。だから言っているじゃないか、私がヴァンダインで……」
「同じ匂いが二つ。奥で埋葬されている人が、本物でしょう? 貴方は違う。匂いが全く同じ、瓜二つの偽物」
彼女は既に霊安室に入った時点で、同じ匂いが二つ存在している事に気付いていた。
一つは目の前の男、そしてもう一つは奥で安置されている棺桶からだ。
人も魔族もそれぞれ個体差があり、匂いも僅かに違いがある。
全くの同じ、瓜二つは存在しない。
加えて漂ってくるのは明らかな死臭。
王都で嗅いだことのある、ギルドマスターと同じ死の香りだった。
ローファン達が言っていたように、ヴァンダインは間違いなく死んでいる。
ならばヴァンダインを名乗る目の前の男は何者なのか。
彼女の問いを受けた直後、男から笑みが消える。
「もう一度、同じことを言うわ。貴方、誰?」
瞬間、男はエイダに向けて何かを投擲した。
鈍く光るそれは小型のナイフ。
首元による致命傷を狙った不意打ちを、彼女は難なく素手でキャッチした。
その様子を見て、エイダが普通の子供ではないと理解したようだ。
助勢に現れるように、男の後ろから黒髪の女性が現れる。
もう一人、協力者がいたらしい。
男と女性は互いに顔を見合わせ、示し合わせるように頷き合う。
「ただの子供じゃないのね。折角だから、死人に罪を擦り付けようと思っていたのに」
「甘く見ない方が良いよ、ルア。この子供、きっと私達と同じだ」
「そうね、ハル。この子、私達と同じだ」
二人から聞こえたのは、似通った女性の声。
男の方からも女の肉声が発せられたのだ。
性別を入れ替え、ヴァンダインに変身している事は最早疑いようもない。
そしてオスカーのデバフとは異なる、体質とも言える純粋な変身能力。
そこまでを理解して、エイダは二人の正体に勘付いた。
「聞いたことがあるわ。瓜二つの偽物に変身できる、ドッペルゲンガー。人と魔族の、亜人だけにある種族」
「へぇ、私達の事を知ってるんだ。そう言う貴方は一体、人と何が合わさった亜人なのかな? まぁ、どっちにしても逃がすつもりはないのだけど」
亜人同士、通じ合うものがあったのかもしれない。
黒髪の女性は怪しげな笑みを浮かべると、その場で姿を変える。
容姿や体型、纏っていた服すらも変貌していく。
現れたのは神官の服。
しかし、ヴァンダインのものよりも更に仰々しい。
輪郭を現した容姿は老いた男性で、相応の厳格さを漂わせる。
ヴァンダイン以上の立場かつ老爺となれば、思い当たるのは一人しかいなかった。
「あれは先代勇者……?」
続いてヴァンダインだった方も、形が崩れて別のモノへと変身していく。
しかし変貌が終えるよりも先に、エイダは息を呑んだ。
現れたのは見覚えのある長剣、見慣れた姿。
先程まで共に行動していた彼と全く同じ風貌。
「もしかして、オスカーに化けて……!?」
嫌な予感がしたが間違いはない。
共に行動していたオスカー・ヒルベルトそのものが、彼女の前に立ち塞がったのだ。
「同じ亜人のよしみ。一人で来た勇敢な貴方は」
「私達が丁寧に」
「殺してあげる」
相対するのは先代勇者のフェーネラルと、今代勇者のオスカー。
容姿はそのままに二人の女性の声が、霊安室に響き渡った。




