12.デバフ勇者、真似される
「オスカー達の振りをする気ね!」
「振り? 振りだけじゃないよ。私達は、彼らそのものになるの」
彼ら、或いは彼女達は笑う。
ドッペルゲンガーは、生まれた時点から自分の姿を持たない。
他人に擬態することでしか姿を形成できない特異体質がある。
更に彼女らにはドッペルゲンガー特有のスキルがあり、亜人であるエイダも耳にした事があった。
「ドッペルゲンガーは、振りをした相手を殺して、成り代わる……」
「よく知っているじゃない。真似をする相手が、姿を真似た私達を見たら、その瞬間に死ぬ。それが私達、ドッペルゲンガーの固有スキル。そして殺した相手の力は、全て私達のものになる」
「……ヴァンダインって人を殺したのは、貴方達?」
「さぁ、どうでしょうね」
ドッペルゲンガーは擬態した場合、本物が持つ力の半分を得て、自由に使うことが出来る。
それだけでも強力だが本来の能力、固有スキルは確殺。
自分の姿を擬態した対象に見せることで、確実に相手を殺すことが出来る。
そして殺した時点で、本物が持っていた力を全て吸収し、完全に相手に成り代わる。
彼女達がフェーネラルとオスカーに変身した時点で、その狙いが何であるかはエイダにも理解できた。
「ルア、どう?」
「姿を変えたばかりだから、力が使えるまでは少し掛かるかな」
オスカーの姿をした方、ルアが首を振る。
ドッペルゲンガーの変身には時間が掛かる。
本来ならば変身する前に倒すのがセオリーだが、既に彼女達はその過程を終えつつある。
力の半分しか使えないとは言え、相手は勇者そのものだ。
オスカーのデバフがコピーされれば、手が付けられなくなる。
こうなれば、勇者達相手に力づくで突破するしかない。
「力が増える前に、オスカーの偽物を倒さないと」
ここで取り逃がせば、確実に二人が狙われる。
そう割り切ったエイダは、一瞬の内に距離を詰め、オスカーの姿に向かって肉迫する。
姿形は同じでも相手は偽物。
恩人である彼の姿を前に、躊躇い混じりに右手の鉤爪を振り下ろそうとした。
だがその瞬間、目の前に巨大な魔法陣が割り込む。
鉤爪が弾かれ、反射的にエイダは飛び退く。
同時にルアの後方にいたもう一人のドッペルゲンガーが、魔力を行使している事に気付いた。
「もしかして、フィリアと同じ……!?」
「わざわざ先代勇者の姿になっているんだ。この位の白魔導は使えて当然」
フェーネラルの姿のまま、自信に満ちた女性の声が聞こえる。
攻撃を阻んだ魔法陣は、フィリアと同系統の白魔導から生まれたものだ。
片方のドッペルゲンガーの擬態は、既に完成しているようだ。
加えて先代勇者の力の半分を扱うことが出来る。
警戒するエイダに向けて、魔法陣は更に輝きを増し、球体状に巨大な波動を放った。
「聖なる波動」
触れる者を排斥する波動の塊が、霊安室一帯を覆っていく。
後退しても意味がないことを悟ったエイダは両手を突き出し、素手で波動に対抗した。
両者が重い音を立てて拮抗し、電撃のような余波が迸る。
人の身体ならば簡単に弾け飛ぶ威力だったが、竜の亜人故にそんな惨事にはならない。
それでも無傷という訳にもいかない。
痛みに耐えながらも迫る波動を物理的に弾き返す。
直後、追撃するように、オスカーの姿をした偽物が剣で斬りかかって来る。
ただ、彼女は彼の武術レベルを知らないらしい。
エイダはそのまま拳で応戦し、十数回切り結んでいく。
刃を突き立てているのに全く通る気配がなく、ルアは驚いて再び距離を取った。
「何なの、この硬さは!?」
「気を付けて! その女相手に接近戦は危険だ!」
後数回斬りかかってくれば、隙を見つけて反撃できたのだが。
直ぐに距離は詰めず、エイダは様子を窺う。
ドッペルゲンガー達も、目の前の少女が特異な亜人であると気付いたようだ。
互いに顔を見合わせつつ、彼女に向けて問う。
「どうして人族に加担している? 同じ亜人なら、奴らがどんな仕打ちをしてくるか、知っている筈でしょう? 奴らは私達を人間扱いなんてしない。魔族と交わった汚らわしい種族として、一生虐げ続ける」
「皆が亜人を嫌っている訳じゃないわ。貴方達こそ、どうしてこんな事をするの? 魔将と関係があるの?」
ただの暗殺計画にしては、一連の流れがあまりに仰々しい。
フェーネラルを殺害する手段が、何重にも張り巡らされている。
今起きている騒動が魔将と関わっているのか。
答えは期待していなかったが、魔将の単語を聞いた瞬間、二人の視線が鋭くなった。
「……あの方の事まで知っているのか」
「ハル。よく見たらこの子供、あの勇者と一緒にいた奴だ」
「そういう事……勇者と始めから繋がっていた。分かっていて、ここまで来たのね」
「少しは話が出来るかもと思ったけど、無駄みたいだね」
ハッキリとは言わなかったが、殆ど暴露しているようなものである。
そこまで明かした手前、逃がす気はないのだろう。
無詠唱で複数の光球が生み出され、エイダに向かって突撃する。
低音を発しながら不規則に動くそれらを、彼女は飛び退きつつ躱していく。
「やっぱり、貴方達は魔将と協力しているのね。でも、どうして? 彼らに協力しても、亜人は何も変わらないわ」
「分かってないよ。私達は、そんな事のために従っている訳じゃない」
愚問だと言わんばかりに、反論を切り捨てる。
直後、飛来していた光球が形を変え、鋭い光線へと変貌した。
「聖光線」
フェーネラルの力の半分とは言え、その威力は折り紙付き。
幾つもの光線が糸のように靡き、拘束を狙って纏わりつく。
その動きから触れてはいけないと悟り、隙を狙いつつ縦横無尽に駆け回る。
そんな彼女の動きに対して、ドッペルゲンガー達は恨めしそうに見据える。
「私達は何者にもなれる。でも、私達自身にはなれない」
「偽物でしかない私達に、あの方は手を差し伸べてくれた」
「あの方は、私達にとって神様だったの」
エイダには神様というモノが分からない。
グリム教が掲げる神様の定義についても、半分程度しか理解できなかった。
だがそれが心の底から信頼できるモノ、委ねられるモノという意味ならばどうだろう。
絶望の淵から救ってくれた恩人。
彼女達が言うように、それは偉大で高潔に見えるに違いない。
既視感を覚えたエイダは一瞬だけ動きを止める。
「神様……」
「貴方にはいないでしょう? 心の底から身体を預けられる。そんな存在が」
冷徹でいて憐れむような言葉が響く。
直後オスカーの姿をしたドッペルゲンガーが、剣を振り下ろして言った。
「石化剣」
「ッ!?」
反射的にエイダはその場から飛び退いたが、躱し切れない。
被弾した左腕が瞬く間に石化されていく。
竜の装甲を無視した最高位のデバフ。
オスカーが扱うその力を、彼女達は半分だけ取り戻したようだった。
苦痛に少しだけ顔を歪めるエイダに対し、振り下ろした剣を構えつつ笑みを浮かべる。
「どう? 仲間から攻撃を受ける気分は?」
「大分、身体に馴染んで来た。ようやく本来の力が使えそうだ」
彼女達は勝利を確信したのか。
半分だが力を扱える勇者が二人揃ったためだろう。
勇者に匹敵できる者など、そう簡単にいる筈がない。
例え目の前の少女がどれだけ頑強であっても、打ち倒せると思ったのだ。
「完全ではないけど、先代勇者と当代勇者の圧倒的な力量差を思い知ったかしら?」
「もう勝ち目なんてない。この二人も後を追わせてあげるから、諦めて死になさい」
最早殺意を隠そうともしない。
自分達の行く手を阻む明確な敵として、力を漲らせる。
死の宣告を受けたエイダは、左腕が石化したまま一歩だけ後退した。
「逃げる余裕なんて与えない! 暗黒剣!」
「聖なる雷撃!」
二人の勇者から新たな攻撃が繰り出される。
逃げ道を塞ぐために、彼女の視界が一瞬の内に暗闇に閉ざされる。
それは以前、魔王・ギンコから受けた光の遮断に酷似していた。
だからこそだろうか。
一度受けた攻撃に対して、どう対処すべきか自然と判断がついた。
視覚を封じられたまま、気配だけを察知して白魔導の光線を回避する。
躱された光線は行く当てを失って周囲の壁や天井を突き破り、重い音と粉塵を撒き散らした。
「暗闇の状態から白魔導を躱した、ですって……?」
「マグレに決まってる! 一気に畳みかけるよ!」
偶然であっても、素早い相手に単純な攻撃を放つだけでは止めは刺せない。
そして彼女達の目的は大司教達の暗殺だ。
戦いを長引かせるつもりはなく、先にエイダの動きを止める事が先決だと思ったようだ。
白魔導の魔法陣が消失すると同時に、長剣の一振りが繰り出される。
「不動剣!」
一点ではなく、霊安室全体に向けてデバフが行使される。
対象の動きを停止させる力だ。
エイダはそれに勘付いたにも関わらず回避行動を取ることなく、術中に嵌った。
石化と同じく身体の自由が利かず、文字通り、指先一つ動かすことが出来ない。
つまり、これ以上の回避行動は出来ないという事だ。
勝った、とドッペルゲンガー達は思った。
だがその瞬間、オスカーを模ったルアが眩暈を起こしてその場に膝を付いた。
「どうしたの、ルア!?」
「わ、分からない……急に眩暈が……」
「眩暈……?」
「そんな事は良い! 今だ、ハル! 始末するんだ!」
それでも好機と見るや否や、フェーネラル型のドッペルゲンガーが攻撃に集中し、術式を唱え始める。
どれだけ装甲が硬くとも貫通できる白魔導を選び出し、青白い魔法陣が形成される。
しかし、エイダは冷静なままだった。
相手は今、敵が動けないと気付き、攻撃に全ての力を注いでいる。
そんな気配を感じ取り、大きく息を吐きだす。
不動剣は確かに受けたが、動けないだけで呼吸が出来ない訳ではない。
だからこそエイダはそこに魔力を乗せた。
小さな息に魔力が灯り、巨大な竜の息吹へと変貌する。
「迅雷吹」
白魔導の光をかき消す程の稲妻が発生する。
方や攻撃に専念し、もう片方は眩暈で動けず回避もできない。
そもそも彼女達は、エイダが属性を用いたブレスを使うとは思っていなかった。
部屋中に迸った電撃が身体を貫き、その動きを麻痺させる。
「な……ん……!?」
「身体が、痺れ……!」
身体の麻痺は魔力操作にも影響する。
ドッペルゲンガーが持続させていたデバフの効力も、少しの綻びが原因となって失われる。
エイダは身体の停止・石化・暗闇が解消されていくのを実感した。
そして景色が晴れると同時に、二人の前へと一気に肉迫した。
亜人同士、戦わない道もあったかもしれない。
しかし彼女達は暗殺を遂行するためにいる。
逃がせば大司教だけでなく、本物のオスカーにも危機が迫るだろう。
ならばどうするべきか、答えはとうに出ている。
彼女は少しだけ悲しそうに、己の腕を振り下ろした。
「ごめんなさい」
竜の鉤爪が二人の身体を引き裂く。
致命傷を受けたためか、編まれていた魔法陣が消え、固有スキルが解除される。
オスカーとフェーネラルの形が歪み、本来の姿が現れる。
ドッペルゲンガーに自分の姿はない。
あるとすれば、それは何者でもない黒い人影そのもの。
人を黒く塗り潰したような身体だけだった。
ドサリと音を立て、彼女達は倒れ伏したまま、自嘲気味に声を上げる。
「竜族の……亜人だったのね……」
「息吹なんてあるなら……始めから、使えば良いのに……」
敗因は慢心。
勇者の形を取ることで圧倒的有利な状況下だと過信し、エイダの種族を見極めなかったことが原因だった。
仮に真っ先にブレスを使われていたなら、彼女達は距離を取るだけでなく、他の対策を取っていただろう。
エイダは小さく首を振って答える。
「一気に攻撃できる瞬間まで、温存していたの。ここで逃したら危険だし、オスカーの零魔剣で魔力を奪われたら、困るから」
「フ……フフ……始めから、逃げる気なんてなかったのね……」
「竜と見極められなかった……私達の負け、か……」
次の瞬間、ドッペルゲンガー達の姿が溶けていく。
闇夜の中に消えるように、次第に輪郭を失っていく。
もう長くはない。
気付いたエイダは背を向けることなく、その場に留まった。
互いの信念のために戦い、一方が勝ち一方が負けた。
恨むつもりも、勝利の余韻に浸るつもりもない。
ただ、最期まで傍にいる事を選んだ。
このまま消えるのはとても寂しい事だと思ったからだ。
すると彼女達は薄れゆく意識の中で言葉を紡いだ。
「亜人に居場所なんてない……命尽きるまで、虐げられるだけ……」
「私達は、そこから抜け出したかった……それの、何が悪いっていうの……?」
亜人として、ドッペルゲンガーとしての本心だったのだろう。
人にもなれず、魔族にもなれない。
無念とも取れる言葉を残し、彼女達は暗闇に溶けて消滅した。
静寂が訪れた霊安室の中で、エイダはゆっくりと立ち上がる。
「悪くなんてないわ。でもエイダにもいるの。貴方達に神様がいるのと同じ。とても大切な人が」
亜人の差別は今に始まったことではない。
エイダ自身も亜人のために竜族から見放され、商業都市ではありもしない噂を立てられてしまった。
この先も同じようなことが続くかもしれない。
しかし、彼女には信じられる者がいた。
亜人であると知っていながら、背中を預けて共に戦ってくれる人。
自分の信じるものを手放さず、とても勇敢だが、だからこそ人一倍に自分で背負い込もうとしてしまう人が。
背負わされたものから逃げて来たエイダからすれば、彼はとても眩しかった。
だからこそ、彼にしてあげられるのは、少しでも支えになる事だった。
それを信頼と言うのなら、恩人と言うのなら、ドッペルゲンガー達が言う神様にも成りえるのかもしれない。
もう逃げることは出来ない。
エイダは踵を返し、未だ騒動の気配が残る上階を見上げた。




