5.デバフ勇者、奉られる神々
フィリアから片道切符を得たオスカー達は、王国の国境を越えて神都・パラミナへ向かうことに決めた。
既に彼らの所業は王国内に知れ渡っている。
発見されるリスクを回避するためにも、国外逃亡は考えられる選択肢の一つだった。
端的に言ってしまえば、これは亡命だ。
生まれた地を捨て、他国に助力を乞う。
成功するかは分からないが、オスカーには魔将の陰謀を止める使命がある。
諦める訳にはいかなかった。
パラミナまでは、徒歩となるとそれなりに遠い。
馬車を乗り継いで数日は掛かるので、一週間以上は見積もるべきだった。
体力的に響きそうなものだが、オスカーには勇者として苦を感じない程度のものが備わっている。
エイダにも竜人故の超人的な体力があった。
一番体格の良さそうなザカンが、真っ先にバテルのは自然な流れだった。
申し訳なさそうに笑うザカンだったが、オスカーもエイダも彼には助けられているので、急ぐ真似は決してしなかった。
移動の間、人目につかずに進むのは至難の業である。
どの街に降りても、オスカー達の包囲網があるのは想像に難くない。
なので、変装は必須だった。
商業都市と同じく、表装剣を利用して容姿・身長・声帯などを変えていく。
当初は変装が通じなかったエイダに対しても、多少の調整が出来る位には漕ぎ着けた。
彼女の素肌を人ではなく、竜のそれと考えれば良かったのだ。
何度か試行錯誤した結果、それは割とすんなり成功した。
一時的だが、透き通った青髪を真っ黒なそれに変える。
少女の髪を弄るのには抵抗があったが、エイダ的には意外と好評だった。
魔王に関しては、変装させる意味はない。
今まで魔王という存在は認知されていても、正体は誰も知らなかったので、どんな生物なのかも未だ不明なままだ。
こうしてオスカーがデバフで無力化している内は、魔力を持たない獣でしかない。
人目に触れても、ペットか何かと勘違いされるだけだった。
ただ意外だったのは、彼女は拘束する紐を解く気も、逃げる素振りも一切見せなかった。
反逆する可能性も考え、オスカー達は常に目を光らせていたが、ギンコはすまし顔のまま在るだけだった。
そこには自身を倒した者への、僅かな敬意があるようにも感じられた。
そんな形で整った変装だが、これらは所詮デバフの領域だ。
零魔剣のように、魔力を無効化・吸収されると一発で解除されてしまう。
王国の至る所に設置された検問では、変装対策として覆面での通行は禁じられていた。
デバフ変装の対策までは行われていなかったが、細心の注意を払って移動を続けた。
食材は基本的に森の中で調達し、足りなくなったものは街に降りて買い足す。
簡単に突破できない場合は、真夜中の闇に紛れて警備の穴を通り抜けることもあった。
危ない場面は幾つかあったが一週間後、オスカー達は無事に国境を超えた。
「やっぱり、フィリアは来ないの?」
パラミナの領域化に入り、一息ついた所でエイダが問う。
あれから一切音沙汰のないフィリアを案じているようだった。
同じ心情のオスカーも、そこは頷くしかなかった。
「フィリアは今、王都に戻っている。商業都市で起きた襲撃の報告や、後始末が残っているんだ。一緒に戦えるなら心強いけど、今出来るのは俺達への手引きまでだよ」
「そう……大変なのね」
「色々押し付けてしまったからな。だから代わりに、俺達が出来ることをしないと、だな」
「ん。エイダもその分、頑張るわ」
彼女は彼女で、魔将に対抗するための動きを取っている事だろう。
それにこれから先、会えないという訳でもない。
フィリアの故郷である神都に身を寄せる以上、合流する機会は必ず来る。
意気込むエイダもそれを理解したようだった。
「しかし、よくやってくれたもんだな。オスカーの話をパラミナに取り付けるなんてよ」
「彼女はパラミナでも次代の大司教候補に選ばれる程なんだ。誰だって、無下には出来ないんだろうな」
「成程、将来の大司教様になるかもしれねぇ人を、簡単には否定できねぇか。だが、彼女も自分の立場を考えて、ギリギリの事しか伝えてねぇはずだ。警戒だけは怠らない方がいいぜ」
「あぁ、今の俺は大罪人だ。行った矢先に、剣を向けられるかもしれない。そこは、慎重にいくよ」
パラミナに辿り着いたと言っても安心はできない。
王国で起きた一連の騒動は、オスカーが引き起こしたとされる冤罪も踏まえ、必ず伝わっている。
世論に疎い今、隣国ではどのような扱いを受けているのか。
それを考えるなら、素顔を晒したまま出歩くのは危険すぎる。
パラミナの中心部である大修道院に着くまでは、変装は解かない方が良いだろう。
「んー」
「エイダ、どうかした?」
「二人はパラミナの事、詳しいの?」
「え? そうだな……俺は信徒じゃないから、そこまで詳しくはないな。今の大司教、先代勇者様にも何回か会ったことがある位だし。そっちは、どう?」
「フッ、俺が敬虔な信徒に見えるか? 残念だが、そういうのはからっきしでね。昔、薬草を売りに行ったことがある程度だな」
オスカーもザカンも、神に祈りを捧げる信徒ではない。
パラミナに居を構えた事もないので、グリム教に関することは一般的な知識しかない。
そう答えると、不思議そうにエイダは首を傾げていた。
「何か気になることでも?」
「パラミナには神様がいるんでしょう? どんな姿なのかなって、思って」
「神様?」
「違うの? この前、ザカンがそう言っていたわ」
どうやらエイダは本当に神がいると思っているようだ。
宗教に全く詳しくない彼女からすれば、誤解するのも当然である。
人々を統べる、絶対的な存在が君臨していると思っているのかもしれない。
「……確かに大昔、人々を導いた神様がいたって伝承は残ってる。でも、今そこにいる訳じゃない。皆を導いた後は、再び天に戻ったって話でね。パラミナでは、天にいる神様へ祈りを捧げているんだ。祈りを捧げれば、道を見失った人を再び導いてくれる、ってね」
「ふーん、そうだったのね」
神が人を助けたというのも、所詮は言い伝えに過ぎない。
存在を否定するつもりはないが、その辺りの話は眉唾物にしか感じないのが正直な所だ。
神とは人々の心の支えになる偶像だというのが、オスカーの持論だった。
傍で聞いていた魔王が吐き捨てるように言う。
「下らんのう。姿の見えぬ者に救済を求める。そんな与太話を信じるなぞ」
「もしかして、魔族には神という概念はないのか?」
「己の道は、己で切り開くものじゃ。神などという存在は、妾達には無用の長物」
「自分の力で切り開く、か。確かに、俺としてはソッチの方がしっくりくる。俺が勇者になれたのも、自分の力を信じた結果だったし」
「……同情のつもりか?」
「同情じゃない。本当に神様がいるなら……」
彼は首を振って、晴天の空を見上げる。
「どうして今の争いを止めてくれないのかって、思っただけだ」
かつて神が人々を導いたというなら、今現れる様子がないのは何故か。
人族と魔族が争い、血が流れ続ける事態をどうして見過ごしているのか。
オスカーからすれば、その疑問は当然だった。
ただ神がいれば勇者という存在は不要になるので、複雑な心境でもあったりする。
勇者がいなければ、オスカーの存在価値は失われていたからだ。
ギンコが無言で俯く代わりに、後ろで聞いていたザカンは、何とも言えない表情で息を吐く。
「……どうやら、俺達のパーティーは神様ってモノに全くの無関心らしいな。白魔の嬢ちゃんが聞いたら、怒りそうなもんだぜ」
「そ、そうだな……折角、工面してもらったんだ。罰当たりな事を言うのも、ここまでにしておこう。エイダも、そういう事で頼むよ」
「ん、そうなの? 何だか難しそう……」
エイダはうーん、と考えこみながらも事情を呑み込む。
存在しないモノを、存在しているかのように振る舞うのは、中々難しいのかもしれない。
すると直後、首を傾げていた彼女が何かを察知する。
変化に気付いたオスカー達が息を潜めると、少しだけ鼻を動かし、森の向こうを見据える。
「オスカー、気配を感じるわ」
「……まさか、敵か?」
「ううん。エイダ達には気付いてない。でも、誰かを追いかけているみたい」
「追いかける? パラミナはもう直ぐだし、誰がいても不思議じゃないけど……」
この森を抜ければ広大な台地・バルクハルトがあり、そこを超えて修道院に辿り着く。
獣を狩りに来た狩人がいてもおかしくはない。
だが、誰かが追われているとなると話が違ってくる。
戦闘が起きている可能性は高い。
そしてその戦闘が、自分達に無関係だとは言い切れない。
オスカーはゆっくりと剣を抜いた。
「よし、このまま近づこう。フィリアの言っていた協力者かもしれない」
「分かったわ。付いて来て」
エイダは頷いて皆を先導する。
自分達が追われている身であると分かった上で、全員が助けに向かう事を選んだ。




