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4.デバフ勇者、導く手

白い鳩はオスカー達を見渡しながら、喜びの声を上げる。

数日前に別れたばかりだというのに、オスカーにはやたら懐かしく感じられた。


『ご無事で良かったです! あれから足跡そくせきが掴めなかったので、まさかとは思っていましたが!』

「あぁ。聞いての通り、こっちは大事ないよ。戦いの傷も大分癒えた。フィリアの方は?」

『ご心配には及びません! 魔力を少し浪費しただけで、もう回復済みです!』


声色からしても問題はなさそうだった。

転移だの回復だのと、あれだけの術を行使しておいて、少し浪費しただけで済ませている。

相変わらずの魔力貯蔵量だ。

オスカー達の背後にいたエイダが、少しだけ困惑した様子で顔を覗かせる。


「フィリア、鳩になったの?」

『え? いえ、これは私の使い魔。本当の私は商業都市にいて、この子を通してエイダさん達と見聞きしているんです』

「使い魔……そんなものがあったのね。とにかく、フィリアが無事で良かったわ」

『ふふ。エイダさんこそ、元気そうで何よりです』


事情を呑み込んだようで、彼女は何度か頷く。

珍しくクスリと笑うフィリアも、親密な態度を崩さない。

短い間だったが、商業都市での一件で互いに仲間であると分かり合えたのだろう。

理解者が増えることは、決して悪いことではない。

ただオスカーは、その後の商業都市が気になり躊躇いがちに問う。


「……都市の皆は、ウィルズは無事なのか?」

『多少の混乱はありましたが、今は一つに固まりつつあります。ウィルズさんは、まだ意識が回復していませんが、直に目を覚ますかと』

「そうか……良かった」


オスカーは小さく息を吐く。

仮に都市の人々が暴動を起こしていれば、全て水の泡だった。

余計な戦乱を招くのは、彼にとって本意ではない。

勇者として出来る限りの事をしなければならなかった。

しかし、フィリアは言葉を詰まらせる。


『本当に、そう思っているんですか?』

「……」

『貴方が勇者の権威を守りたかったのは分かります。でも、ここまでの事をする必要があったんですか? もっと何か、別の道だって……』

「俺は深く考えるのが苦手だから、あの状況ではああするしかないと思ったんだ。勇者は俺の、存在価値そのものだから」

『でも、これではあまりに……』

「そんな事より、わざわざ使い魔を寄越したなら、何か伝えたいことがあったんじゃないのか?」

『オスカーさん……分かりました。本題に入りますね』


無理に話題を逸らそうとする言い方に、フィリアはそれ以上追及出来なかった。

時間的な問題もあるだろう。

使い魔を寄越している自体、危険なことは誰もが分かっている。

現状報告で済ませる筈もない。


『私は、皆さんの身を案じているんです。貴方達は強い、それこそ人族の誰よりも……それは分かっています。でも人族からも魔族からも追われるのは、とても過酷な道のり。私も魔将について調べているのですが、これから先、何が起きるか分かりません。ですから、ある場所に向かってほしいんです』

「ある場所?」

『隣国の神都・パラミナ。私の故郷です』


思いもよらぬ地名に虚を突かれる。

沈黙を打ち破る形で、ザカンが腕を組んだまま反芻した。


「パラミナと言えば、あのグリム教の総本山だったよな?」

「グリム教?」

「お、エイダは知らないか。世界を見守る神々を奉った宗教、それがグリム教だ。かなりの信徒がいるって話だし、その影響力も王国並だって話さ」


神都・パラミナは、世界の均衡を保つ四神を信仰する国だ。

人族の領土として、王国・オルテシアと対を成す立場にいる。

オルテシア王国の県境に隣接する形にあり、広大さでは劣るが土地の豊かさでは上を行く。

多数の信徒を輩出し、王都内にも少数だがグリム教信者がいる。

フィリアもその一人だ。

隣国であるパラミナは王国と協定を交わしており、魔王を倒すために支援する間柄でもある。

オスカーとしても関わりがない訳ではない。

だが、彼はグリム教信者という訳でもない。


「どうしてパラミナに?」

『状況を打開するためです。パラミナには、信頼できるお方がいます。使い魔の持つ手紙に、そこまでの道標を記しています。事情を説明すれば、きっと真実を見極めて、力になってくれる筈』

「信頼できる人って言うのは、まさか……」

『私のお師さ……コホン、大司教様です』


神都・パラミナの大司教。

グリム教に詳しくなくとも、その人物を知らぬ者はいない。

彼は教団の象徴であると同時に、人々を救った国民的英雄でもあるからだ。


「大司教・フェーネラル。かつて魔王を倒した先代勇者様、か」


オスカーは思わず呟く。

数十年前、先代魔王を打ち倒した先代勇者パーティーの最後の生き残り。

生きる伝説と呼ばれ、その権威と威光は王族にも匹敵する。

ただかなりの高齢で、パラミナから外へ出ることは無くなっている。

先代でありながら現在の抗争に参加していないのは、そのためだ。

今まで黙っていたギンコが、微かに両耳を動かす。


「懐かしい名前じゃ」

「ギンコ、知ってるの?」

「……」

「知ってるの?」

「ええい、顔を近づけるでない。先代を倒した勇者など、知っていて当然じゃろう」


一世代前の勇者と魔王の戦い。

当代魔王であるギンコが知らない筈もない。

じっと見つめるエイダをあしらいながら、彼女は投げやりな言葉を放つ。

確かに先代勇者が味方に付くなら、これ程心強いことはない。

勇者としての使命を全うした、尊敬すべき人物だ。

魔将の居所や目的についても、何か手掛かりが掴めるかもしれない。

しかしオスカーは首を横に振った。


「いや、それは出来ない」

『ど、どうしてですか……!?』

「俺達はお尋ね者、大罪人だ。今ここで先代様の元に行けば、余計な混乱を招く。下手をすれば、また周りを巻き込んでしまうかもしれない」

『それは……でも、このままじゃ……!』

「俺のことは良いんだ。それよりも、魔将の動向が見えない。先ずは、自分の身の安全を固めて……」


フィリアの焦燥じみた声にも、頑なな態度を崩さない。

何よりも、オスカーは事態の悪化を恐れていた。

ただでさえ商業都市の一件が起きたばかりだ。

簡単に信用が得られるとは思えないし、信用されなかった時のリスクも多い。

今こうして会話をしている事も、何処で聞かれているか分かったものではない。

魔将が近くにいる可能性も考え、忠告をした上で話を打ち切ろうとする。

そこに、エイダが白鳩へ近づいた。

誰かが言葉を発するよりも先に、鳩に提げられた手紙を手に取る。


「ありがとう、フィリア。貰っておくわ」

「え、エイダ……!」

「ん、何?」

「今の話を聞いていたのか? 俺達は追われてる身なんだ。先代様にまで迷惑を掛ける訳には……!」

「でも、フィリアも仲間なんでしょう?」


至極当然のように彼女は言った。

言葉に詰まるオスカーに、ザカンも彼の肩を叩いて制する。


「そうだぜ、オスカー。お前は商業都市で、彼女に勇者としての権威を託した。言ってしまえば信用した訳だ。だってのに、彼女からの話は聞けないってのは、おかしな話だぜ?」

「それは……」

「ったく、お前は昔っから抱え込み過ぎるんだよ。確かにこれ以上、周りを巻き込みたくない気持ちは分かる。だが、魔将の居場所は魔王も知らないようだしな。俺達の状況は手詰まりに近い。新しい糸口を探るためにも、他の協力者を探すのは悪い事じゃないさ」


オスカー達に向かうべき明確な目的地はない。

フィリアの申し出を断っても、意味もなく辺りを彷徨うだけ。

魔族の領土に特攻することも出来るが、無策で突撃する程に愚かではない。

このまま何も情報が掴めず、自滅することだけは避けるべきだった。


『今の私達は、表向きは水と油です。大事にする気はありません。既にパラミナには別の使い魔を向かわせています。皆さんが向かっても、混乱は最小限に留めるつもりです』

「ほら、フィリアもこう言ってるわ。行きましょう?」


流石と言うべきか、手回しがいい。

オスカーが恐れていた周囲への混乱も、フィリアは先回りして押さえていた。

普段の彼女からは考えられない動きである。

勇者としての責任感が、知らず内に芽生えたのかもしれない。

そしてそこまでされると、オスカーも否定出来なくなる。

寧ろ、感謝しなければならない。

逸らしていた視線を上げ、白鳩の方を真っすぐに見つめた。


「分かった。フィリアを信じるよ」

『ありがとうございます、オスカーさん!』

「礼を言うのは俺の方だ。商業都市で別れてから、色々考えて、ここまでの事をしてくれたんだろう? 本当に、ありがとう」

『い、いえ! これ位は当然のことです!』


少しだけフィリアの声が高くなる。

一瞬の動揺から、昔の彼女らしさが戻ったようだった。

後ろで様子を見ていたザカンは、満足そうなエイダと見比べ微かに笑う。


「ライバルが増えたかね?」

「ライバル? フィリアは仲間よ、戦わないわ」

「はっはっはっ! いや、今のは野暮だったな! 聞かなかったことにしてくれ!」


首を傾げるエイダに、すまなかったと言うようにザカンは後頭部を掻く。

仲間としての絆を今一度実感したのだろう。

振り返ったオスカーは、二人を見て頷いた。


「行こう。神都・パラミナに」

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