3.デバフ勇者、母の面影
彼の言葉に対して、彼女は素っ気なさを取戻し、視線を逸らした。
「……フン。魔将の事ならば、白魔の小娘から聞いた筈じゃ。奴らが今、どこで何をしているかなど知る由もない。それに、妾がお主らに明かすことなど何もない」
「相変わらずだな。でも、アンタは王だ。戦いを指揮して、今までも部下たちを送り込んで来た。だから逆に、戦いを止めるよう宣言することも出来る筈だ。俺達の目的は殺戮じゃない。ギルマスも、他の王族も、戦い自体には否定的だったんだ。今まで何百年争ってきて起きた事と言えば、それぞれの血が流れただけじゃないか」
「……」
「何の陰謀があるのかは知らない。どんな思いがあるのかも。でも商業都市のような、あんな無謀な事をする必要なんてなかった筈だ。一万の兵を犠牲にするような、あんな真似は……」
「……」
「本当に分かり合う道は、戦いを止める道はないのか?」
今まで何百年もの間、人族と魔族は互いに争ってきた。
元は魔族が人族の領域に侵攻してきたことが始まりだったらしい。
名目などなく、当初の人々は魔族の蹂躙に抵抗する。
多くの命が失われ、心の支えとして、王族達が筆頭となる勇者の存在を打ち立てたのだ。
当代勇者のオスカーらは、代替わりを重ねて77代目に値する。
しかしそれだけの時を経ても、互いの状況は変わらなかった。
戦う事への虚しさを説く者も少なくなく、オスカーも分かり合う道があるならば、それが最善であると思っていた。
王であるギンコも、それを理解していない筈がない。
「今更、じゃな」
「今更?」
「妾が宣言をしたところで、最早同胞は止まらぬ。お主らが気付いている通り、妾達は死ぬためにあの都市を攻めた。権限はとうに移っておる」
彼女は諦めたように言うだけだった。
唐突に出て来た権限の意味を、ザカンが考えながら説明する。
「つまり……魔王としての実権が、既に魔将達に与えられている訳か」
「じゃあ、仮に戦いを止めるようと言っても……」
「意味はねぇ、ってことだな」
魔将は魔王と同格の扱いをされている。
彼女の死が予定調和だった以上、混乱を避けないために権力を分散させていたのだろう。
魔将配下の魔族達が、牙を引く理由はない。
何故、そこまで人族への敵意を抱いているのか。
疑問を抱くオスカーに、次いでと言わんばかりにギンコが付け加える。
「それと勇者よ。お主は一つ勘違いをしておる。かつて、両種族間で始めて侵略を起こしたのはお主らの先祖、人族じゃ」
「!?」
エイダは不思議そうに首を傾げるだけだったが、オスカーは驚きを隠せない。
始めに、魔族が人族を襲った。
これは学院でも学んだ、紛れもない事実だからだ。
「そんな……歴史書は何度も目にした。魔族からの侵略が始まりだと、色々な所に書かれていたのに、意見が食い違っている?」
「お主らの言い分がどうかなど、知ったことではないがのう。妾達魔族の領土を、人族は半分も奪い去った。そう歴代の魔王から伝えられておる。長年の戦いは、それを取り戻すための戦いよ」
「魔族は人間の領土を奪おうとしている、なんてことは確かに書かれてあった。でも、魔族から領土を奪ったなんて記録は……」
何処にも、人族が戦争を始めた話はない。
仮にそんな事があれば、地位を築き上げてきた王族が知っている筈だ。
嘘偽りとなってしまえば、それは王政どころか、国全体を揺るがす話になる。
そもそもそんな食い違いがあったことに、今まで誰一人気付かなかったことにも違和感がある。
そして、ギンコが出任せを言っているようにも見えない。
「情報が少なすぎるな。オスカー、俺達の意見を今ここで擦り合わせても、結論は出ない気がするぜ」
「……分かった」
考えた所で何一つ確証が得られない。
横から割り込んだザカンの言葉に、オスカーは大人しく頷く。
分かるのは、両種族での意見の齟齬がある限り、和平の道は困難だという事だけだ。
もう一度、歴史書を漁るなどすれば、何かが掴めるだろうか。
そう考えつつ、彼は再度尋ねた。
「なら、もう一つ。どうしてエイダの事を知っていた?」
突然、そう言われたエイダはハッとする。
ギンコも意外そうに目を見開いた。
「何の話じゃ?」
「二人の関係を聞いているんだ。直接的な面識は、お互いになかった筈。それなのにアンタは竜人という事まで知っていた。もし、エイダに何かを言いたかったなら、ここで言ってほしい。これは人族と魔族に関係ない。彼女とアンタの問題だ」
「オスカー……もしかして……」
「魔王との戦いで気付いたんだ。君は、自分のことを知りたがっている。だったら、俺には手助けする責任がある」
商業都市の戦いで、エイダは自分の事を問われた時、一瞬だけ戦意を失った。
彼女が欲しているモノが、ハッキリと現れた姿だった。
オスカーは彼女が魔族達に差別され、人族の領土に逃げ込んできたことを知っている。
だからこそ、巻き込んだ側として、せめて願いを叶えてやりたい。
そんな彼の意志を知ったエイダは、僅かな希望を抱いたような顔でギンコに問う。
「ギンコ、戦っているときに言っていたわ。お母さんと同じ場所に行けって。エイダは、お母さんが死んだことしか知らないの。何か知っているなら、教えて」
「……」
「もしかして、あなたが……?」
「勘違いをするでない」
最初は黙っていたが、エイダの言葉を遮ってギンコが否定する。
そこには今までにない明確な意志が現れていた。
「誤解だけは解いておくが、妾は何もしておらん。他の魔族もそうじゃ。種は違えど、彼女を殺したのは妾達ではない」
「種が違う? まさか、エイダの母親は人族だって言うのかよ……?」
「人の腹から生まれた命が、人の姿をしているのは道理。お主たちも、気付いておったのではないのか?」
ザカンの疑問に、オスカーまで目を丸くする。
気付く訳もない。
亜人が生まれる経緯は、人族の間では噂程度でしか広まっていないからだ。
「お母さんは、どんな人だったの?」
「さてな。妾も詳しくは知らんよ。何を考えていたのかなど分からんし、死に目に会うた訳でもない」
「……」
「ただ、物好きな女じゃった。人でありながら、魔族に敵対することもない。可能な限り、救える命は救いたい。かつて、そんな事も言っておったな」
人の身でありながら、魔族との交流があった。
そんな事をしていれば、とても人の世では暮らしていけなかった筈だ。
だが、そんな事情を持つ者がいたという話は聞いたことがない。
エイダのように密かに人々の地を離れ、魔族の地に移り住んだのかもしれない。
すると彼女の視線がオスカーに注がれる。
「救える命。オスカーも、同じことを言ってたよね?」
「……そう言えば、そうだった。まぁ、俺の場合は勇者としての心構え、みたいなものだけど」
「心構え……?」
「勇者だからって、殺しに慣れてる訳じゃない。寧ろ、慣れちゃいけないと思ってる。魔族が相手でも、結局は血の通った命だ。戦場に立つからこそ、相手の痛みを忘れちゃいけない。そんな、戒めみたいなものだよ」
救える命は救う。
勇者を拘るオスカーには親近感のある考え方だった。
エイダの母は、一体何を思い魔族側に下ったのか。
もし生きていれば、力になってくれただろうか。
エイダを見返すと、彼女は安堵するように笑っていた。
「そっか……」
「?」
「ううん。何でもないわ。ただ、お母さんと同じだったんだって、思っただけ。顔も、名前も知らなかったから。だから、少し嬉しいの」
複雑な感情の中でも、答えを見つけられたのだろう。
透き通った青い瞳が、真っ直ぐに彼を見つめる。
「やっぱり、あなたと一緒にいて良かったわ」
色々なものに裏切られた彼に、その言葉は中々に堪えた。
純粋な思いを真っすぐに告げられ、少しだけ照れ臭くなり視線を逸らす。
たったそれだけの事だったが、互いの信頼がより深まったような気がした。
「ん? 何だ?」
不意にザカンの声が聞こえる。
オスカーが振り返ると、彼は不思議そうに上空を見上げていた。
視線の先を追ってみると、そこにいたのは一羽の白鳩だった。
忙しそうに羽を動かし、これまた忙しそうに辺りを見渡している。
しかしオスカー達を見つけた瞬間、狙いを変えて一直線に飛んできた。
「鳩? まさか密偵……」
「いや、待てオスカー。この鳩、何か持ってるぞ」
剣を抜こうとするオスカーをザカンが止める。
彼の言う通り、確かに鳩は首輪に巻き付ける形で何かを付けていた。
よく見ると、それは手紙だった。
仰々しい包装をされており、新書のような印象すらある。
一体どういう事だろうかと皆が思っていると、鳩がオスカー達の前に降り立った瞬間、突然口を開いた。
『オスカーさん! それに皆さんも! やっと見つけました!』
「その声、フィリアか!?」
恐らく彼女の使い魔だったのだろう。
商業都市で袂を分かったフィリアの声が小さく響いた。




