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2.デバフ勇者、在りし日の記憶

5年以上も前の話。

王都から遠く離れた、とある町の一角に古ぼけた家が建っていた。

何の変哲もない家だが、掲げられた看板には擦れた文字で薬師の銘が打たれている。

注視しなければ気付かない、気付かれるつもりもないような診療所。

その中で、一人の小さな少年が鞄を背負ったまま涙を流していた。

今はまだ勇者の片鱗すらない、オスカーその人である。


「ぐすっ……」


彼はすすり泣きながら俯き続ける。

身体の何処かに傷がある訳ではない。

傷があるのは心の方だ。

当然、異変を感じたザカンが直ぐに彼を見つけた。

薬草の整理をしつつ息子の帰宅を待っていた事もあって、慌てて駆け寄ってくる。


「オスカー、一体どうしたんだ!? まだ、クラスの奴に何か言われたんだな!?」

「べ、別に……」

「何もないなら、泣いたりなんてしないだろう!」


何が起きたのか、ザカンはまさかと思いながらも、嫌な予感を抱いた。

あくまで視線を逸らす息子に近づき、流れる涙を拭う。

するとオスカーは震える声で告げた。


「デバフしか使えない……能無しだって……」

「!」

「才能ない奴は……家に帰れって……」

「誰だ? 誰に言われた? 父さんがとっちめてやる!」


ザカンの嫌な予感は的中していた。

オスカーは学舎のクラスメイトから不当な差別を受けていたのだ。

何も一度や二度の話ではない。

デバフしか扱えない彼を嘲笑し、執拗に笑い者にしようとする連中がいる。

無論、彼は既にオスカーへの非難について申し立てていた。

行き過ぎた差別を止めるよう、教師や相手の保護者に言い聞かせた筈だった。


「クソッ、担任の奴め。前にも注意したってのに、全然変わってないじゃないか」


事なかれ主義、というものだろうか。

ザカンの言葉が現場に届いた様子はなかった。

現状を顧みない者に託しても意味はない。

事を荒立てたくはないが、これはもう相手の家に乗り込み、イジメの張本人に直接言って聞かせるしかないか。

そう思っていると、オスカーの両手が力強く握られる。


「……お父さん」

「……どうした?」

「僕、才能ないのかな? やっぱり、いない方が、いいのかな?」


か細い、挫折しそうな言葉。

それを聞いた瞬間、ザカンから怒りの感情はなくなった。

事を荒立てることは幾らでもできる。

だがそれは、本当にオスカーが望んでいることなのか。

彼に求めていることは、一体何なのか。

何よりもたった一人の家族のために、ザカンは思い直し、そして優しい声で言った。


「いっその事、辞めちまうか」

「えっ?」

「お前を評価してくれない学び舎にいる必要なんてない。そんな所は辞めて、別の場所を探そう」

「で、でも……」

「無理して行って何になるんだ? 行きたくないんだろう?」

「に、逃げたって……思われるし……」

「なーに言ってるんだ。人生、逃げるが勝ち。そういう言葉もあるんだ」


ザカンはオスカーが無能だとは、一度も思ったことがなかった。

息子には優れた才覚がある。

デバフという周りには評価されていない技能ではあるが、その力を別次元の強さで扱うことが出来る。

事デバフに置いて、右に出る者は存在しない。

そしてそれこそが、オスカーの本来歩むべき道を作っていく。

暴言如きで潰えさせる訳にはいかなかった。


「良いか? お前のデバフは無能なんかじゃない。伸ばせばきっと、皆が驚く位の力になる。それは、父さんが保証する」

「でも、それしか……」

「それだけあれば、十分だ」


自信の持てないオスカーに、ザカンは陽気に笑った。

お前の力は間違っていない。

自分の信じられるものを信じろと、言い聞かせるように。


「苦手なものを克服しても、それが得意な奴らには勝てない。埋もれるだけだ。得意なものを伸ばせ。極めるんだ。それがきっと、お前の色になる。だから、一緒に頑張ろうぜ。オスカー」







「ん……昔の夢、か……」


商業都市から離れた森の奥深く。

目覚めたオスカーは、自分が過去の夢を見ていたことを思い出した。

周囲から一切認められず、笑い者にされるだけの日々。

それでも父の助言を信じて、力を振るい続けた。

きっと報われる日が来ると、自分は無価値ではないと思い続けたのだ。

結果としてギルドマスターの目に留まり、彼は勇者としての地位に抜擢された。

今思えば、懐かしい出来事の連続。


「久しぶりだ。あんな夢を見るなんて」

「お! 起きたか、オスカー! 朝飯、出来てるぜ!」


ゆっくり起き上がると、ザカンの明るい声が聞こえてくる。

随分前に起床して、朝ご飯の準備を済ませていたようだ。

肉と野菜の良い香りが、オスカーの元にまで届く。

どうやら思った以上に眠っていた。

商業都市での戦闘が過酷だったこともあるのだろう。

ただ、眠り終えた今では疲労も完全に回復した。

いつもと変わりない父の姿を見て、意味もなく安堵する。


「た、べ、て」

「い、や、じゃ」


何処からともなく変な声が聞こえる。

視線を横に向けると、エイダと魔王が小さな取っ組み合いをしていた。

どうにか肉を突っ込もうとするエイダに、紐で拘束された魔王が拒否している形だ。

互いに命を削り合った者同士だというのに、今は穏やかな雰囲気すら醸し出している。

彼が何かを言う前に、エイダが気配に気付いて嬉しそうな顔をした。


「あ、オスカー! 起きたのね!」

「……何やってるの?」

「ギンコがご飯を食べてくれないの」

「ギンコ?」

「魔王の名前。エイダに教えてくれたのよ」


彼女は魔王を持ち上げながら言った。

思い返せば、オスカー達は魔王の本名を知らない。

どういう経緯があったのかは分からないが、直接聞き出したようだ。

銀色の狐でギンコ、とは中々分かり易い名前である。


「困るねぇ。薬草パーティーの時は、しっかり食べてくれたってのに」

「アレはお主らが哀れじゃったから、仕方なく食したまでのこと。人族からの恵みなど、これ以上は受けぬ」

「こういう訳だ。魔王様は、思ったより頑固者らしい」


顔を背けるギンコを見て、ザカンは困ったように息を吐く。

相手は魔族の王で、こちらは人間の勇者なのだから、頑なにされるのも当然ではある。

ただ、彼女は死ぬために商業都市を攻めた。

死ぬことが何らかのトリガーになっている以上、生きてもらわなければ困る。


「そう言っても、餓死されると困るんだ。無理にでも食べてもらわないと」

「大丈夫。エイダに任せて」

「お主のそれは、ただの力技じゃろう……?」

「ふふふ。折角美味しんだから、食べないと損よ?」

「や、止めい! にじり寄るな! 顎が外れる!」

「はい、ずぼー」

「モガガガ!」


再び両者で小さな戦いが始まる。

しかし、ギンコはデバフで弱体化されているので力負けしそうだ。

オスカーとザカンは顔を見合わせて苦笑しながら、互いの支度を行った。

既に商業都市の襲撃から数日が経った。

一時はどうなるかと思ったが、追手が来ている気配はない。

捕えたギンコも、予想に反してかなり冷静だった。

オスカー達に対して同情している事もあるためか、全く会話に応じず、敵意剥き出しということもない。

竜人であるエイダが共にいることが、功を奏しているのかもしれない。


「オスカーも、エイダが食べさせるよ?」

「い、いや、自分で食べるよ」

「そう? 残念……」


ギンコに肉を突っ込んだ彼女に促され、オスカーは手を合わせて食事にありつく。

父が作った食事は、いつもと変わらない。

何処で手に入れて来たのか分からない、新鮮な野菜や肉の香りと味が染み渡る。

勇者としての地位は失墜した中で、こうして安心して食事を取れるのは、とても幸福な事だと、彼はしみじみと実感した。


「で? これからどうするよ?」


それから暫くして、食事を終えたオスカー達は、向かい合って今後の方針を決める。

今の状況は正直に言って、王都を去った時以上に悪い。

勇者の権威を守るために、余計に事態をかき回してしまった。

最早、人同士で話し合うことは困難。

唯一信頼できるフィリアには、ある程度の事を告げているので、そこは彼女に任せるしかない。

そのため、オスカー達に出来ることは限られている。


「俺は勇者としての務めを果たす。残っている魔将は三体なんだ。とにかく、その足取りを追わないことには、何も始まらない」

「……そうか。まぁ、今更立ち止まれる筈もねぇか」


ザカンは少しだけ残念そうな顔をするが、止めることはなかった。

過酷な道を選んだ息子を、ただ見届けるだけ。

だが魔将の足取りについては、追うにしても現状では痕跡が見当たらない。

相手側もかなり慎重に動いているのか、魔王があれだけ大規模な襲撃を行ったにも関わらず、今でも何の手掛かりも掴めない。


「三体……他の魔将は、エイダにも分からないわ」

「あぁ。でも、打つ手がない訳じゃない」


オスカーは視線をギンコに向ける。

連中が企む計画の一部を担っていたのだ。

魔将と関わりのあった彼女には、未だ隠し事がある。

当然、口を割るとは到底思えない。

フィリア以上の読心術が使える訳でもなく、真意をはぐらかされるかもしれない。

それでも、唯一の手掛かりは目の前の魔王以外にない。


「こ、この妾に対して……無理矢理、食を与えるなど……」

「魔王。聞きたいことが幾つかある」


顎をヒリヒリさせるギンコに対して、彼は冷静に問い掛けた。

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