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1.デバフ勇者、調整の理

商業都市・ヴァンホルムでの戦いは、人族の間で瞬く間に広まった。

突如現れた魔族の軍勢。

空中から飛来した謎の黒船。

それらを手引きしていたオスカー・ヒルベルトは民衆の前に現れ、魔王を倒したと豪語し、当代勇者のフィリアと敵対して姿を消した。

と言うのが、王族たちに伝わった顛末である。

既に王族兼勇者殺害の罪を負っていた彼は、更なる重罪を被ることになった。

勇者を殺し、魔王を倒したと発言する虚言者。

殆どの者がデバフ勇者の存在を否定し、唾棄すべき者と断じていく。

それによって幸か不幸か、人々の結束を強める結果となったのだ。


当然、魔族達にも勇者・オスカーが襲撃を手引きしたという情報が伝わる。

そしてそれは、彼らにとって捨て置けない事実だった。

今回の襲撃は秘匿されているもの。

人族がそれを予期することは不可能だった筈なのだ。

一体誰が、オスカーに情報を流したのか。

幸か不幸か、魔族同士の不信を煽る結果となっていく。

そんな中、主のいない魔王城内では、複数の魔族の気配があった。

円卓の広間で魔将らが集い、現状のすり合わせを行っていたのだ。


「魔王様が倒された、だって……?」


報を聞いた魔将・カイツェルが愕然とする。

集う魔将の中で、魔王が討伐された事実について、最も衝撃を受けているようだった。

対してザイヴナートは殆ど動じないまま頷く。


「えぇ。人族の領土に攻め込んだ後、反応が消えました。彼女が他者に倒されるのは、想定外でしたが」

「まさか、奴を倒した人族とは……」

「オスカー・ヒルベルト。アリアスを倒した勇者です」

「……侮ってはいなかったが、それ程の力を持っているとはな」


今まで黙っていたエスゼリクも、デバフ勇者の力を思い知り小さく唸る。

ここにいる全員が、魔王の敗北は想定していなかった。

命のストックを9個所持し、不可視の力を自在に操る念動者。

先代魔王亡き後、魔王の後継者争いで生き残ったのが彼女である。

単純なスペックで考えるなら歴代最強の魔王と謳われていた。

絶対不可視の力で防御に徹せられると、今いる四魔将であっても攻め切ることが出来ない程だ。

しかしそれを上回る力をオスカーは持っていたことになる。


「何てことだ……ボクの責任だ……」


カイツェルは今にも頭を抱えそうな声色を発する。

以前、ザイヴナートの進言を聞き入れたこともあって、余計に責任を感じているようだ。

立体映像で映し出された姿であっても、その様子はハッキリと伝わってくる。


「だが魔王……様が倒されたのなら、人族にも何らかの変化が起きている筈。勇者の死亡、強いて言うなら、あの男の死亡も十分あり得るだろう」

「いえ。今の所、そういった事象は確認されていません。つまり……」


ただ、ザイヴナートは冷静に事態を見極めていた。

自らが得た情報を元に、一つの結論に達する。


「彼女は生きています」

「!?」

「オスカー・ヒルベルトの能力は、対象の弱体化。彼女は無力化された状態で囚われている、という事です」


魔王が存命していることを、彼女は迷いなく告げる。

オスカーのデバフは、相手の力を奪うことに長けている。

情報を聞きだすために、捕縛している可能性は十分にあった。

彼女の見解を聞いた、カイツェルは反射的に息を荒げる。


「今すぐ助けに行く!」

「おい、カイツェル!」

「まだ魔王様が生きているなら、それはボクの役目だ! あの方はボクが助け出すッ!」


エスゼリクの制止する声を気にも留めず、彼は今にも映像を打ち切って動き出そうとする。

単独でオスカーを探し出し、奇襲を仕掛けるつもりなのだろう。

それより先に、ザイヴナートが強い口調で引き止めた。


「待ちなさい、カイツェル」

「!?」

「本来の目的を忘れたのですか? 我々の望みは魔族の解放。魔王様を救う事ではありません」

「でもっ……!」

「それに貴方に与えられた役目は、魔王様にとっても重要な転機。貴方が役目を放棄して助けに来たとなれば、彼女は大きく失望するでしょう」


彼らは意味もなくこの場に集まっている訳ではない。

個々に果たすべき目的があり、情報共有を行っているのだ。

私情を挟まず、大義ある目的を進めることが先決。

遠回しな言い方に、カイツェルは悔しそうに沈黙した。


「しかし、奴らが魔王様を生かしているということは……我々の狙いが知られた、と考えるべきではないのか?」

「いえ。仮にそうだとするなら、大きな動きがあって然るべき。ですが、そういった変化はありません。あるのは、オスカー・ヒルベルトが放ったとされる魔王打倒の虚言だけ。彼らはあの勇者を信用していないのでしょう」

「皮肉なものだ。敵である我々の方が、あの男を理解しているとは……」


魔将達にとって、魔王が捕縛されるのは想定外の事だ。

ただ、人族はオスカーを一切信用していない。

何を言った所で、妄言と切り捨てられるだけだろう。

情報が漏れる心配もないという意味では、不幸中の幸いだった。


「それで、どうする気だ? 彼女が斃れていない以上、更なる調整は望めないが」

「問題ありません。元々は人族の戦力を削ぐために行ったこと。共に戦った同志達が命を落している以上、それに並ぶ実力者が命を落とす。調整とは、そういうものですから」


現状、魔将らの計画を阻む者はいない。

人族も目先の感情に囚われ、冷静な思考が出来ていない。

恐らく魔将という存在がいることすら知らないだろう。

故に計画自体に支障はないと、ザイヴナートは断言する。


「ちょっと、待ってよ……どういう事?」


しかしそこまで聞いて、カイツェルが声を震わせる。


「ボクはてっきり、ボク達の存在を隠すために、あの方に表立って戦ってもらっているのかと思ってた。でも今のはまるで……魔王様が始めから死ぬ計画だった、そう聞こえるんだけど」

「……」

「まさかッ……!」


息遣いに怒気が込められる。

それもその筈で、彼は今回の襲撃の真意、魔王の死を知らされていなかった。

知っていたのは、ザイヴナートとエスゼリク。

そして当事者である魔王達だけだった。


「勿論、我々の存在を隠すためでもある。しかしこれは、彼女自身が了承して行ったことです。元より彼女は、我々と違って調整の理に属している」

「だからって! どうして、ボクに話してくれなかったんだ!」

「話せば貴方は、是が非でもついて行こうとするでしょう?」

「ッ……!」


カイツェルは再び言葉に詰まる。

その反応が証明するように、仮に魔王が死ぬために戦うと告げたなら、その身を投げ打ってでも助勢に入っただろう。

窘めるように、ザイヴナートは声を穏やかにした。


「カイツェル。貴方は聡明だが、まだ幼い。彼女に恩があることも理解しています。ですが、これは貴方達だけの問題ではないのです」


私情を挟んではならない。

魔将達が初めて集った時、交わした契約の一つだ。

今ある力、今ある命は、全て魔族の解放のためにあるもの。

だからこそ、ザイヴナートらはカイツェルに余計な情報を与えなかった。

彼が暴走し失われることは事実上、今ある計画全ての破綻に繋がるからだ。


「ボク達全員の問題……ね。だったら魔王様の事、話してくれても良かったのに……」

「カイツェル。気持ちは分かるが、ここは抑えろ」

「分かってるよ。アレ(・・)を作り終えれば良いんだろう? だったら、それを果たしてから魔王様を助けに行く。それなら、文句なんてない筈だ」


それだけ言って今度こそカイツェルは通信を打ち切り、静寂が訪れる。

不貞腐れた様な、割と投げやりな物言いだった。

残された二体は、円卓の机で顔を見合わせる。

実際に子供なのだが、あからさまな態度もあってエスゼリクは溜息をつく。


「全く、頑固な奴だ」

「聞き分けのない子供は嫌いですか?」

「同族ならば構わん。同族ならば、な」

「人族は別だ、と?」

「当然だ。人族の子など、見るだけで腸が煮えくり返る。あんなモノ、存在する価値もない」

「……そう言う貴方も、相当な頑固者のようですね」

「む……」


微かに笑う返しに、思わず口ごもる。

彼の言い方にも含みのある、意味深さがあった。

それを理解しているザイヴナートは深入りすることなく、ぼんやりと光る天井を見上げる。

既に次の算段はついていた。


「彼はあの様子ですが、例のモノは完成に近づきつつあるようです。そうなれば、後は我々が引き継ぐ」

「それについて異議はない。だが、囚われた魔王様が口を滑らせないとも限らない。もし事が大きくなるようなら、先に動くぞ」

「分かりました」


魔王が囚われているリスクは、考えて然るべきである。

進言を聞き入れると、エスゼリクも納得したように頷き、続くように姿を消した。

残されたザイヴナートは、円卓の間でゆっくりと息を吐く。

結局の所、オスカー・ヒルベルトは挫折することなく、勇者として戦う事を選んだ。

例えどれだけの冤罪を被せられたとしても、人を守ることを選んだ。

恐らくその強固さは、今いる魔将達にも匹敵する。

策略如きで折れるものではないことを、彼女は理解した。


「彼女の死によって、オスカー・ヒルベルトに死の連鎖が繋がれば良かったのですが……」


だが彼だけを危険視するのは盲目が過ぎる。

敵は一人ではない。

魔将の、魔族の敵は己を束縛する者全てだ。

その内、注意を怠ってはならない者の存在をザイヴナートは思い浮かべる。


「未だ存命している先代勇者。そちらも気に掛けておくべきでしょうね」


かつて先代魔王を討伐した勇者の残党。

力ある者の介入を予期し、更なる対策を考え始めるのだった。

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