21.デバフ勇者と帰るべき場所
商業都市から立ち去ったオスカーは、追っ手が来ていない事を確認しつつ、森へと駆け込んだ。
近場には無人となった魔王の船が沈黙しており、風に吹かれて異様な音を響かせている。
するとその中から、心配そうな様子のエイダと、彼女に抱えられた魔王が迎え出る。
元々はオスカーが都市の様子を見て、安全を確認したら一旦戻ってくる手筈だったのだ。
そして事の顛末は、とうに気付いているようだった。
彼女達に近づくと、魔王は唐突に息を吐いた。
「不可解な男じゃ。あんな回りくどい事をするとは」
「仲間同士が争っているのに、見て見ぬ振りなんて出来ない。魔王、アンタだって魔族同士で同じ状況が起きたなら、止めに入っただろ?」
「……」
「皆、勇者ってものを疑い始めてた。あのまま放っていれば、俺だけの話じゃない。勇者を信じられない気持ちが、不安が、国中に広がる。そうなったら、人同士で必要のない争いが起きていた」
「じゃから、お主が身代わりになったと?」
「何処かの誰かのお蔭で、俺の評判は最悪だったからな。嘘だと言われても、これ以上、悪くもならない」
オスカーは後ろを振り返ることなく言う。
民衆は感情の荒波に呑まれていた。
あの状況下で、自分が無実を訴えた所で意味がない事は分かっていた。
彼らが聞き入れるとしたら、ただ一つ。
自分達が見た、確かな事実のみ。
そしてそれこそが、フィリアが人々を守ったという事実に繋がったのだ。
「……お主はまだ、人を信用しておらんようじゃな」
核心を突く言葉に、オスカーは何も言わない。
その代わりに、エイダが申し訳なさそうに俯く。
「エイダのせいだわ。翼なんて見せたから……」
「!」
「アリアスの時と同じ……迷惑かけてばかり……」
事の発端は市民が告げた一言。
翼を生やした少女をオスカーが連れている、という所からだった。
その少女がエイダである事は言うまでもない。
彼女は自分のせいで、彼を更に追い込んでしまったと自責の念に駆られていたのだ。
魔王を抱えていた両腕が微かに震える。
今にも謝ってきそうな雰囲気が流れると、オスカーは唐突に彼女の額を指で弾いた。
ペシンと音が響く。
エイダが驚いて顔を上げると、彼はデコピンした指を軽く振っていた。
「あ、痛たた……やっぱりエイダは頑丈だなぁ」
「えっ?」
「そもそもの話、君がいなかったらアリアスに気付けなかったし、魔王の船に辿り着くことも出来なかった。結果論、ってのを言いたいのかもしれないけど、エイダの事が迷惑だなんて、俺は思ったことなんてない」
「でも……」
「そんな顔をしなくて良いんだ。戦いも終わって、お互い無事なんだ。今は、それだけで十分だよ」
オスカーは互いの無事を喜び、意気消沈するエイダを元気づける。
無論、石を投げられた時の胸中には何故、という思いが重く圧し掛かった。
一人で背負い込む意味があったのかどうかも分からない。
ただ、オスカーには勇者としての誇りがあった。
デバフしか使えない彼にとって、その誇りを手放すことは、自身の存在価値を消す事と同義だった。
「それに、迷惑をかけたのはエイダじゃなくて、俺の方だ」
少しだけ声量を落とすと、新たな人影が現れる。
植物庭園から抜け出し、エイダ達と合流したのだろう。
父のザカンが、彼らに向かってゆっくりと近づいてくる。
「言いたいことはそれだけか? オスカー?」
「父さん……」
思わずオスカーは目を逸らした。
これは自分だけの問題ではない。
フィリアを持ち上げさせるための演技だったが、結果としてエイダやザカンを巻き込んだ。
二人を更に過酷な状況に追い込んだことにもなる。
謝られるどころか、非難されてもおかしくない。
しかしザカンは、そんな素振りを見せずに手を差し出した。
「手を出しな。治癒を受けたって言っても、まだ完全じゃない。治せるところは治さねぇと」
「……叱らないの?」
「馬鹿言え。何で叱らなくちゃいけないんだ。親が子を叱るのは、間違ったことをした時だけだ」
治癒されたと言っても、オスカーの身体には擦り傷が残っている。
完治させる為に、ザカンは手持ちのポーションを取り出して治療に当たった。
徐々に傷が塞がっていくのを見て、彼は息子に語る。
「確かに、お前がやったことが正しいかは分からねぇ。白魔の嬢ちゃんに託したって言っても、余計に周りを引っ掻き回しただけ。そう言えない事もない」
「……」
「でもな。誰かのために自分を貶めるなんて、簡単に出来ることじゃない。まして、守った奴らから石を投げられる状況で、だ」
無言のまま俯くオスカーに対して、ザカンは軽く背中を叩いた。
「辛かったな」
「……」
「でもしっかり覚えておけよ。お前に感謝していた人が、確かにいたって事を」
彼はオスカーを優しく励まし、厳しい言葉を投げ掛けることはなかった。
あくまで息子の無事に安堵するだけ。
そんな父の態度に対して、オスカーは言葉が見つからずに無言のままだったが、いつの間にか、エイダは泣きそうな表情をしていた。
「おいおい、何でそっちがそんな顔するんだ?」
「だって……だって……」
「いやぁ、参ったな。悪い悪い。息子の泣き顔、見れると思ってしんみりさせたかったんだ。ごめんな」
「何で俺が泣くと思ったんだよ……」
「えぇ? だってお前、小さい時はわんわん泣いて」
「昔の話じゃないか……」
「そうか? 泣き虫小僧なのは、今も変わんねぇと思ったんだがなぁ」
ザカンの態度に変化はない。
相変わらずな様子からは、妙なわざとらしさすら感じられる。
だが、不快感はない。
彼らが行った事を理解した上で、暗い雰囲気を晴らすように、意気揚々と声を上げる。
「よぉし! 二人とも、よく頑張った! 今日は魔王打倒祝いだ! 一旦休んで、あの山まで行ったら、薬草パーティーとしゃれ込もうぜ! たんと旨いもの食わせてやる! そこのお前も、一緒に食っとけ!」
「いや、妾がその魔王なのじゃが……」
「良いんだよ! こういうのは、皆で食った方が美味しいんだ!」
「はぁ……全く、これだから人族というのは……」
理解出来ない、と魔王は溜め息を吐く。
そんな彼女を抱えるエイダは、意を決した様子でオスカーに近づき、彼を見上げる。
先程までの悲しげな表情はなく、強い思いが現れていた。
「オスカー。エイダは、もっと力になりたい。こんな身体だから、迷惑かけてばかりかも……でも、もっと頑張りたい。それが、今出来る精一杯だから」
「……!」
「貴方に助けられた命を、今は貴方のために使いたいの」
自分の無力さを力に変えた言葉だ。
市民からの痛烈な非難に比べて、それはあまりに眩しかった。
まだ、自分は此処にいても良いのだと思い知らされる。
そこまで聞いて、オスカーは目元を拭って笑った。
「……ありがとう」
「悲しい……?」
「いや、そうじゃない。本当に、嬉しいんだよ」
そう言いながら、首を振る。
彼が見せたのは、感謝を含んだ純粋な笑みだった。
これからの目的は変わらない。
魔将を倒し、更なる陰謀を止める。
人々に対して潔白は晴らせなかったが、フィリアには大方の事情を伝えている。
彼女も魔将の存在を追い、皆に伝達することになるだろう。
過酷な道を辿ることになるだろうが、決して悪いことばかりではない。
自分が勇者である限り、きっとその勇気は、皆に伝わっていくから。
そんな確信をオスカーは抱き、二人と共に深い森の中へと歩き出した。
二章終了。




